3日前
ルディアがクロエ達と再会する3日前。クロエ達、学園の1年生達は食堂で朝食を食べていた。クロエは頬杖を突きながらスクランブルエッグをスプーンで掬って呟く。
「あのバカ、いつになったら帰ってくるよ。はぁ〜」
あのバカとは勿論ルディアの事だ。5ヶ月前突然王都に叙勲式をやると旅立ってしまった事にクロエは大層怒っている。別れの挨拶も出来なかったし、そう言う事は予め言って欲しかったのだ。
腹いせとばかりに掬ったスクランブルエッグを口に勢いよく突っ込むが全くスッキリしない。更にイライラしてきたクロエはコップに入れていた水を一気にゴクゴクと飲み干した。
そんな見るからに機嫌が悪いクロエにSクラスの女生徒が話しかける。クロエはルディアが王都に行ってから大なり小なり不機嫌だったので1年生の殆どはもう慣れたのだろう。
「あれ〜クロエ。最近いつもそればっかり言ってるじゃない。ルディア君の事でしょ? 」
「ち、違うわよ! 」
クラスメイトに言われてクロエは頬を赤らめた。それを見た女生徒はニヤーっと笑みを作った。弄る気満々な事が目に見えて分かる。クロエは自分が弄られそうになっているのに気づいて頬に両手を当てるが見られた時点でもう遅い。逆にそういう行動はさらなる弄られる要素になること請け合いだ。
「赤くなっちゃってまあ〜。すっかり乙女ね。自分からキスしたらしいし? 」
女生徒はニヤニヤとした笑みを浮かべたまま、頬に両手を当てているクロエをからかいを込めた眼差しで見つめる。クロエはその視線に耐えられなくなったのか、机に突っ伏した。
「う〜 恥ずかしい‥‥。まだそれ言う? もう5ヶ月は経ってるわよ。」
「ふふふ、一生言うわ〜。」
自分で5ヶ月という言葉を言ってまたルディアへの怒りを再燃させたクロエだが女生徒の一生言うという発言を聞いて突っ伏したまま、イヤァァァっとばかりに首を横に振る。
「ふん! クロエ・アークライト、公衆の面前で自分から行くなんてとんだ破廉恥な女ね。」
そんなクロエに今までフランと会話していたエルザが鼻を鳴らし喧嘩腰で話しかけた。どうやら5ヶ月たってもこの2人の仲の悪さっぷりは変わっていないらしい。エルザの挑発にクロエはばさっと突っ伏していた姿勢から起き上がる。起き上がったクロエの目は鋭く、正しく戦士のそれだ。この歳でこの目が出来る事は凄い事だが、此処で発揮するのは良い事か否か‥‥。
「今なんて言ったかしら? エルザ・ワーライト。聞き捨てならない言葉が聞こえたんだけど。」
クロエは机にガシャンっと手をついてエルザを睨みつける。そんなにわかに危ないムードになってきたのを見て、周りで食べていた1年生達はまたかやれやれと溜息を吐き、1年生以外の生徒はうるさいなと眉を潜める者や、何だ何だと興味津々に見ているものなど様々だ。そんないろんな意味で注目されているのを知っているのか、いないのか分からないが、エルザは口元に笑みを浮かべてクロエに答える。
「あら? 聞こえなかったんだったらもう一度言ってあげましょうか? クロエ・アークライト。」
「まあまあ、2人ともケンカはそこまでにしましょう。前から気になっていたんですが2人ともどうしてフルネームで呼び合っているんですか? 呼び辛いでしょうに。」
バチバチと視線で火花を散らしているクロエとエルザにフランが割って入った。このままではいつ戦いをおっ始めても可笑しくないと思ったからだ。それを見た1年生達はほっと息を吐く。因みにフランはいつもクロエとエルザの喧嘩を止めている事から1年生達の間で調停者と呼ばれている。調停者、対立する双方の間に立って争いをやめさせる者、フランにぴったりなあだ名だ。
それはともかく、フランに言われて毒気を抜かれたのかクロエとエルザの2人はバチバチと視線で火花を散らしていたのをやめた。クロエは椅子に座り直してフランの問いかけに答える。
「なんとなく? 」
「私も同じく。」
エルザもクロエと同じ理由でフルネームで呼んでいたのか同じくと頷いた。それを見たリザが1つ頷いてから笑顔で口を開く。
「仲がいいんだね。」
「「それはない! 」」
クロエとエルザは同時にリザへと振り向き、それはない! と断言する。その姿はどう見ても仲が良いようにしか見えないが、本人たちは認めないだろう。リザはいっても無駄だろうなーっと思ったので苦笑いを浮かべた。
「ア、ハハハ。(やっぱ仲良いな〜)」
「やっぱり仲良いですね〜。」
リザは自分が心の中に押しとどめていた事をさらっと言ったフランへと掴みかかりガクガクと揺らす。うわぁー揺れるー頭がーと言っているフランにリザは気づかないまま、口を開いた。
「フランちゃん! 私は心の中で思ってても口に出さなかったのに! 」
リザはそう言ってからはっとなった。言ってしまったと。ギギギとぎこちなくリザがクロエとエルザの方向を向いてみると2人は頬杖をついてリザをじと目で見つめていた。
「へ〜思ってたんだ。」
「ほほ〜」
「うぇぇぇ〜」
リザはクロエとエルザに聞かれていた事実に目に涙を浮かべ、おかしな声を出した。そんなリザを見てプッとクロエとエルザ、フランは吹き出す。どうやら、からかわれていたらしい。リザはそれを見てフランをポンポンと効果音が付きそうな叩き方で叩く。
「もう! いじわる! 」
「すいません、つい。」
「ついじゃないですよ〜。」
クロエはリザとフランのやり取りを見てひとしきり笑ってから、真剣な顔を作り両手を組み口元を隠して話題を変える。
「ま、いいわ。あいつ、ルディがそろそろ帰ってくる時期だからもう一度お仕置きの作戦を確認するわね。女の子を連れて来なかった場合にはパターンα。ま、これはあり得ないわ。王都にいるお爺ちゃんから得た情報から考えて必ず1人以上は連れてくると考えていいでしょう。」
ギリギリと組んでいる手に力がこもっていくクロエ。その圧力で机に少しヒビが入ったかも知れない。
女生徒は少し線が入った机を見て見ぬ振りをし、クロエに話しかけた。
「ああ、確かクロエのお爺ちゃん、あの剣神ウォルフガンフだっけ? 」
「そうよ。因みにお爺ちゃんがやられたらしいわ。あと龍王剣舞祭に優勝したとも言ってたわね。」
クロエは女生徒の質問に頷いて答え、ウォルフガンフの手紙から得た情報を喋った。それを聞いた同席にいた者達だけでなく、周りで会話を聞いていたり、会話に混じってたりしていた1年生達がお〜っと声を上げた。それにまた上級生たちがうるさいと1年生達を睨みつけるが、ルディアが龍王剣舞祭に優勝したという事実に興奮している1年生達はそれに気づいていない。
「お〜流石に凄いね〜ルディア君は。」
「かっこいいし、強いし、性格良いし。完璧よね〜。」
「「「ね〜 」」」
ね〜っと女生徒達は笑い合う。それを見て男子生徒達がドンッと机を叩いた。1人だけ手ではなく頭を朝食のスクランブルエッグに突っ込んで、ドンッではなくガチャン! っとしている人がいたが言うことは皆同じだ。
「「「ルディア、討つべし! 」」」
「かわいい、かわいいリザを‥‥クソぉぉぉぉ!! 」
スクランブルエッグに頭を突っ込んだ生徒、グレイはスクランブルエッグに頭を突っ込んだまま、喚き散らす。どうやらね〜っと笑い会っていた女生徒の中にリザが混じっていたらしい。そんなグレイを周りにいた男子生徒は肩に手を置いて慰める。このグレイのリザ愛っぷりは1年生の中では誰もが知っている事なのだ。
「皆さん。話が逸れてますよ? 」
フランは手をパンパンと叩いて逸れていた話題を戻す。クロエはフランにそう言われてはっと気づき、そうだったとフランにお礼を言う。
「そうだったわ。ありがとねフラン。それで女の子を1人以上、10人以下はパターンβそしてそれ以上はパターンΔよ。」
パターンΔ、そう聞いて1年生達はざわざわとし始めた。まさか本当にやるのか、ルディアヤバくないか? などなど、様々な事を言っているがどれにも共通しているのはそのパターンΔが非常に危険なものと言うものだ。よっぽどパターンΔは危険な物なのだろう。
そんな声を聞きながらエルザはドンッと机に手を付き立ち上がる。
「Δ!? 本当にやるの? あれってふざけているもんだと思ってたから、私結構おかしな奴提案しちゃったんだけど。」
「私もですね。」
「わ、私も。」
エルザの言った言葉にフラン、リザも同意する。どうしようと言う顔をしている事から本人たちの言う通り本当におかしな奴なのだろう。エルザ、フラン、リザが目に見えて焦っていると、さっきまでずっとスクランブルエッグに頭を突っ込んでいたグレイがガバッとスクランブルエッグを撒き散らしながら顔を上げる。周りの男子生徒がうわ、汚ねっ! と言っているのも気にせずにグレイは拳を突き上げた。
「ハハハ! Δか、良いじゃないか! ルディア! 女を10人以上連れてこい! 刈り取ってくれるわ! ウハハハ! 」
「あの、さっきからグレイ君がおかしな事になっているんだけど。」
「ほっといたほうが良いですよ? シス菌が移ります。」
女生徒が高笑いを上げているグレイを見てそう言うとフランがシス菌なる物が移ると水をチビチビと飲みながら言った。それを聞いたリザはグレイに振り返って怒鳴りつける。
「お兄ちゃんうるさい! 静かにして! 」
リザに叱られたグレイは目を虚空にして椅子に座り込んだ。周りの生徒達が今度は一体何をするんだ? とグレイを息を呑んで見ていると、ふっと脱力してまたスクランブルエッグへと顔を突っ込んでから、泣き叫び始めた。
「リザに叱られたァァ! お兄ちゃんの威厳がァァ! ウワァァァ! 」
この時周りで見ていた生徒達は同時にこう思った。お前にもともと兄の尊厳などない、と。
リザは、ウワァァァっと泣き叫んでいるグレイを見てはぁ、とため息を吐いてから立ち上がって方々に頭を下げる。
「すいません! すいません! うちの兄が! 」
「おい、お前ら何を騒いでいるんだ。」
そんな騒がしい1年生達に1年のSクラスの担任ゼンツ・ガフェインが何をやっているんだと歩み寄ってきた。クロエはゼンツを見て頭を下げる。
「あ、ゼンツ先生。すいません。」
「「「すいません。」」」
クロエが頭を下げたのを見て1年生達全員が一斉に頭を下げた。ゼンツは素直に頭を下げて謝られて怒る気力を抜かれたのか腰に手を当てため息を吐く。
「はぁ〜仲が良いことは良いことだが、食堂であんまり騒ぐんじゃないぞ? 」
「はい。それでゼンツ先生はどうして此処へ? いつもは教師棟で食べてましたよね? 」
「それはな‥‥これだ。」
フランに首を傾げて聞かれたゼンツはニヤリと笑ってから胸ポケットから1通の手紙を取り出した。それの手紙を見ても答えが分からなかったのかエルザは手紙を指差してゼンツに問いかける。
「それは何ですか? 」
「これは学園長から届いた物なんだが〜分かるか? 」
「「「ッ!? 」」」
勿体ぶるようにように言うゼンツに全く分かりませんと、1年生全員は首を傾げていたが学園長と言う言葉から答えに行き着いた様だ。顔に驚きの表情を貼り付けている生徒達を見てゼンツは頷く。
「そう、帰ってくるぞ? 英雄が。」
「それは本当ですか!? 」
驚愕からいち早く立ち直ったエルザが声を荒らげてそれは本当かとゼンツに問いかけた。ゼンツはそれに手紙を開きながら答える。
「ああ、3日後だそうだ。何でも学園長によると、ルディアはお前らに早く逢いたくしかたがないらしい。馬車の中でも、もはや病的なまでにずっと逢いたい逢いたいと呟いているそうだ。」
ゼンツの言葉を聞いた生徒達は色めき立つ。それはそうだろう。ルディア・ゾディックと言う人物は良くも悪くも1年生達の中心人物なのだから。
ゼンツは喜び合っている生徒達をチラリと微笑ましいとばかりに視線を向けてから手紙の続きを読む。
「そして学園長はこうも書いている、そんな寂しがり屋なルディア君を驚かせるために門の前で迎えてやるように、とな。勿論その日は公欠扱いだそうだ。私と一緒に3日後ルディア君を1年次全員で迎えに行くぞ! 」
「「「おーー!! 」」」
手紙を投げ、拳を掲げたゼンツに合わせる様に1年生全員も拳を掲げた。拳を掲げている内の1人のクロエはフフフと口元に笑みを浮かべる。
「ふふふ、ルディ。待っているわよ。ずっと練りに練って来た作戦を実行してやるわ。ヴィオラにも教えてあげないとね。フフフ 」




