パターンΔ 作戦名RSO
壊れかけのオモチャのようにギギギと振り向くとそこには少し背が伸びたクロエがいた。腰に剣を差して防具を付けている。肩に葉っぱをつけていることから後ろの森から今出てきたと言うところか。しかし、さっきの言葉から推測するにクロエは意図的にここに来たと言う訳では無いのだろう。じゃあなぜここに‥‥。ヤバい、心の準備というものがぁぁ!!
「それはこっちが聞きたいわよ。それとその人達だれ? 」
俺が突然現れたスタンド使いにどど、どうしようとパニックになりかけているとクロエが腰に手を当てて聞き返してきた。クロエの体から、ブワッと寒気のするオーラが迸り二重にブレて見える。スタンドを出す一歩手前だ。
「へっ!? 」
「手紙に書いたよねぇ? 新しい女の子を連れ帰ってきたら‥‥」
そんなクロエに恐怖し素っ頓狂な声を出している俺に追い打ちをかけるように、クロエは手をベキベキと鳴らして睨みつけてきた。
ヤバい殺される! 何で神器を持ってない時に遭遇するんだ! あれが無いと俺は死ぬぅぅ! 時間を稼がねば‥‥。ここは馬車通る進路上。何とか時間を稼ぐことが出来れば神器を持った援軍が到着する筈だ。だが‥‥。
そこまで考え髪をゆらゆらと怪しく揺らしながら目を光らせているクロエを見て、俺は顔を引き攣らせる。
神器が到着しても俺はこのスタンド使いを退けることは出来るのだろうか。いや、怖気付いている場合じゃ無い! やるっきゃないんだ。俺が生きる為にも!
覚悟を決めた俺はフシューと口から怒りのブレスを吐いているクロエに話しかけた。
「い、いや。 手紙にはなになにをするとはかいてなかったし〜、それによく見て! 男の子もいるから! 」
バーン! と言う効果音が付きそうなくらいの勢いで子供達の中の男の子を両手で指差す。手をヒラヒラとして強調する事も忘れない。さあどうだ! 男はいるぞ!
だがしかし、俺の必死な行動は虚しく失敗に終わった。シーンと静まり帰り、ピューっと風が吹く。そんな空気に俺は冷や汗を流す。
し、しくじった! どうすんだこの空気! そういう問題じゃないのよ! とばかりにクロエの圧力は大きくなるわ、子供達は微動だにしないし! なにか、なにかないかこの空気を打破するようなものは!? 何でもいい、きてくれ!
すると俺の願いが通じたのかクロエの後ろの茂みからガザガザと言う音が聞こえてきた。 お! 助かった!
「すげー。近くから見ると圧巻だな、おい! ん? ルディアじゃあねえか!? 」
しかし、その茂みから出てきたのは俺の期待するような空気を打破する物ではなかった。まあ、ある意味空気を打破するかも知れないが。ジルコ・ベイン。轟魔と呼ばれる俺、クロエに次ぐ入試第3位の男の子だ。よりによって何で此奴なんだよ。最悪だ。何でもいいから来てくれなんて言わなきゃよかった。
「ププッ! やっぱりルディア、ハーレム作ってやがった! アヒャヒャヒャ!! ヒィヒィ ウヒョアヒャヒャ! 」
ジルコは茂みを出てくるやいなや俺を指差して爆笑し始めた。今ではゴロゴロと笑い転げている。おいジルコ、お前の大好きなクロエに黙れって感じに睨まれてるぞ。いいのかそれで。
「ねぇ、ルディ。そんなのはどうでも良いからその人達だあれぇ? 」
俺が男の子を指差したままジルコをじと目で見ていると、頬をスッと撫でられて耳元で囁かれた。この声はまさか、ヴィオラちゃんか!? どうして!? クロエ、ジルコと来たから、来るとしたら学園の誰かかと思っていたのに! なぜだ!?
「ひっ!? ヴィ、ヴィオラちゃんまでどうしているの! 」
俺は予想外の事が連続で起こって思わず声が上ずる。ヴィオラちゃんはそんな俺の目をジッと見つめてくる。そのヴィオラちゃんの目はまるで俺の全てを見透かそうとしている様だ。
こ、こわい。シメめられる‥‥。
そんなヴィオラちゃんの目が怖くなった俺はスッと目を逸らした。逸らしてしまった。ヴィオラちゃんは目を逸らした俺を見て目を細めてからフッと離れる。やっべ、目を逸らしちゃったよ。あそこは逸らしちゃいけない所だったのに〜しくじった!
「これはお母さんから教えて貰ったあれを‥‥」
やっちまったと焦る俺をよそにヴィオラちゃんは去り際に不穏な言葉を残してゆらゆらと体を揺らしながらクロエの所に歩いて行った。
あれってなに!? お母さんってあのエルさんだよね!? やべーよ。超やべーよ。さっきから何もかもが悪い方向に転がって行っている気がするんですけど‥‥。
俺が顔に手を当ててため息を吐いていると、また茂みからガサガサと音が聞こえてきた。もう来なくていいよ。と言うよりこないでください! なんなんだよ! あっちの援軍ばっかり到着しやがって! 早くカモーン俺の援軍!! そして神器を持ってきてくれ〜! 俺のHPが切れる前に!
ガサガサ、ガサガサと鳴っていた茂みから出てきたのは学園の皆んなだった。大体30人前後と言ったところだろうか? なんでこんなところに大所帯でいるんだよ。大所帯は俺が言えた事じゃないけど。
俺は男の子を指差していた体勢を戻して学園の皆んなへと体を向け、爽やかに挨拶をした。
「皆んな久しぶりだね! 」
「ルディ。貴方ったら、はぁ。」
「突然王都に行ったと思ったらそんなに女の子を‥‥きっちり聞かせて貰うわ。」
この危機的状況を脱するためにした俺の行動にフランがため息をはき、エルザちゃんが闘志を漲らせる。エルザちゃんはどうやら子供達の中の男の子が目に入っていないらしい。
なぜわかるかって? それはエルザちゃんの目を見れば分かる、としか言えないな。うまく言葉で表現できない。ただ言えることといえば、俺氏ヤバいだな。うん。
「リザ見るんだ。あれがあいつの正体だぞ。5ヶ月間見ないうちに、リザをほったらかしにしてあんなに沢山の女の子を侍られていたんだ。目を覚ますんだリザ。そしてお兄ちゃんを見てくれ。」
俺が爽やかな笑顔を浮かべたまま、学園の皆んなに視線を巡らせているとリザの肩に手を置いてそう言っているグレイが目に入った。
お前が目を覚ませシスコン野郎。
「あれ〜? ルディアくんが3人いる〜」
リザは話しかけてきたグレイなど目に入っていない様だ。なんせ、俺が3人見えているらしいからな。‥‥それってやばくね?
「リザァァァァ!! 戻ってきてくれェェェ! 」
グレイも俺と同じことを思ったのかリザを抱きしめて叫び声を上げた。しかし、リザは戻ってこない。俺が5人に増殖した様だ。細菌並みの繁殖力だな。
「貴様ァァァ! ここで倒す! 」
俺がくだらないことを考えていると、グレイは腰に差していた剣をジャキンっと引き抜いた。それと同時にクロエも言葉を発する。
「パターンΔ 作戦名RSO(Rudhia Sokuhobaku Osioki)を開始するわ。構え。」
クロエが指示を下すと俺と使徒ズを囲む様に学園の皆んながサッと展開し、先が輪っかになった縄取り出した。とても慣れた動きだ。まるで訓練していた様な‥‥。これか! これが考えていたお仕置きですか! まさかこれほどまでの人員を俺のお仕置きの為につぎ込んで来るとは、どんだけ気合入っているんだよ‥‥。
しかし、これはまずい。さっきまで大人しかった使徒ズが囲まれた事によって殺気立ち始めた。今すぐに止めなければ血を見る事になる!
「ちょっと待って! みんなタンマ! というかどこに縄なんて隠し持っていたのぉ! 」
「ハーレムキング、今すぐ退治してくれるわ。」
「俺に少しでも分けやがれ。くそが。」
「なぁ。ルディアの素材を剥ぎ取って装備作ったらモテるんじゃないか? 」
「ああ、そうだな! それでいこう! 」
「「「おう! 」」」
俺の必死な声に男子諸君は縄をブンブンと振り回しながらそう答えた。ていうか素材を剥ぎ取るって俺のこと殺す気じゃねえか。あと、人体で作った装備なんて身につけたら引かれるだけだからな。引かれて警備隊とかに逮捕だ、ヴァーカ。
はぁ、男子はダメだ。止まりそうにない。南無、使徒にミンチにされて下さい。
心の中で男子諸君に手を合わせた俺はじゃあ女子だけでも止めなければ! と女子達に目を向ける。
「ルディア君のジュルリ 」
「クロエ、ちゃんと報酬は受け取らせて貰うわよ。」
俺が視線を向けた先にいたのは目をギラギラとさせた女子達だった。全員極上の餌を前にした肉食獣の様な顔になっている。そんな女子達の1人が言った聞き捨てならない言葉に俺は勢いよくクロエに振り返った。
「クロエ報酬ってなんだ!? 」
俺に問いかけられたクロエはただにっこりと笑い、何も答えないでやれとばかりに指を鳴らす。
クロエの合図と同時に一斉に縄が飛んできた。ああ、まずい、まずい! 使徒が暴走する!
俺は頭の中でどうするどうする、とグルグル考えながら迫ってくる縄達を見ているとその縄達が一斉に切り刻まれた。もう手遅れか‥‥。
俺はがっくしと項垂れて、俺を囲む様に武器を構えているアリア、アイリス、アリエルの3名に視線を巡らせてから、後ろにいる子供達へと視線を向ける。子供は全員各々の武器を構えていた。ダメだこりゃ。
「これ以上は皆様といえども見過ごすことは出来ません。」
「ルディに手を出す奴は私の世界に要らない。」
アリア、アイリスは縄を投げた学園の皆んなへと向けて殺気を飛ばす。その殺気を受けて学園の皆んなも先程の雰囲気とは打って変わって真剣な表情になる。いつでも武器を抜ける様にしているところはさすが学園の生徒と言ったところか。
「アリアは分かるけど、そっちの子は誰? 只者じゃないわね。」
「あ〜この子は‥‥」
「親衛隊総員、戦闘態勢! 」
クロエにアイリスのことを聞かれて此処で、この一触即発の雰囲気を断ち切るかと俺が答えようとしたが、俺の言葉はアリエルの大声に遮られてしまった。いつもならこんなことはないんだが、どうやらアリエルは溜まりに溜まっていたものが噴火したらしく、周りが見えていない。これは言葉じゃ止まりそうにないな。
「唸れ聖槍ロンギヌスよ。絶対神ルディア様の神威を示せ! 皆の者これは聖戦だ! ルディア様に手を挙げる不届き者に死を! 」
「「「はっ! 」」」
アリエルが槍を天に掲げ言った言葉に子供達がはっ、と返して学園の皆んなへと突っ込んで行った。アリエルも天に掲げていた槍を下ろし、構えてクロエへと踏み込んでいく。
それを見て俺はやっぱりこうなったか、と呟く。早く止めなければ学園の皆んなが使徒ズにやられてしまう! 幸いアイリスは学園の皆んながいつもこんなノリと知っているアリアが止めてくれている。今のうちだ!
「全員止まれ! 」
俺はアリエルとクロエが斬り合いしている間に割り込んで怒声を上げた。俺の声を聞いた使徒ズはピタリと止まる。学園の皆んなは突然止まった使徒ズに困惑しているようだ。
使徒ズがちゃんと止まった事を確認した俺はアリエルへと視線を向ける。
「なんで止めたのでございますか? ルディア様。」
アリエルは槍を突き出した体勢のまま首を傾げて聞いてきた。俺はその顔を見てもうやだとため息を吐いた。この顔、本当になんで止められたのかわかってない表情だ。ハァ〜
「ルディ本当にこの人達はなに? 変なこと言うわ、手が速いわ、それに‥‥」
クロエはそこで言葉を切り、アリエルから視線を逸らして他の使徒ズへと目を向けた。
「実力は恐らく学園である私たちと互角以上‥‥。」
「はっ! 貴様ら如きと我ら神軍が互角だと? ふざけた事を抜かすな! 」
アリエルがクロエの言葉を聞いて攻撃しようとしたのを見て俺はアリエルのほっぺを引っ張る。
「にゃにをすりゅのでしゅか! いふぁいでふ。」
「止めろってば。アリエル、親衛隊の武装を解いて下がれ、これは命令だ。」
引っ張ったほっぺをフニフニとしながら俺はアリエルに命令を下す。命令という言葉を出せば下がるだろう。
「はっ! 畏まりました! 総員、直ちに戦闘行為中止し、基本姿勢で待機せよ! 」
「「「はっ! 」」」
アリエルは俺の予想通り敬礼して子供達、親衛隊へと指示を出した。指示を出された子供達は元気よく返事をしてシュッと俺の後ろに下がって跪いた。跪いているのが基本姿勢なのか、初めて知ったぞ‥‥。
「あいつら、つえぇぇ。」
「私達、学園の生徒なんですけど‥‥。」
学園の皆んなは使徒ズが戻っていったのを見てへたり込んだ。一方的に押さた事にショックを受けている様だ。俺はそれを見てはたと気づく。これって図らずもお仕置きムードから脱したんじゃね? と。ナイス使徒達よ! 褒めて遣わす! イヤッホー!
「本当に何なのよ、あれ。」
「すごい強いんだね〜。」
俺が心の中で喜びのあまり踊り狂っているとクロエとクロエの陰に隠れていたヴィオラちゃんが使徒ズに視線を向けながら話しかけてきた。
「それはあとで説明するから、さ。どうしてここに居るのか教えてくれないかな? 」
俺はせっかくお仕置きムードからそれた空気を戻してなるものかとどうして此処にいるのかと聞く。これはただ別に話を逸らす為だけに言ったわけじゃない。本当に気になっているのだ。
「ん? それは3日前になるんだけど‥‥」




