孤児院を回る目的
「アハハ、すまないねぇ。うちの連中が騒がしくて。」
孤児院の応接室に通され椅子に座っている俺にこの孤児院の経営者ティーダ・マクレーンさんがお茶を出しながら謝ってきた。いやティーダさんが1番煩かったと思うんですけど‥‥。
さて、なんで俺がティーダさんの名前を知っているかと言うと先程玄関で自己紹介をされたからだ。まあ登場の仕方がかなり凄かったけど。孤児院中から絶叫が上がったと思ったらドタドタと足音が聞こえてきて、一斉にスターッと現れた時は思わず俺も絶叫を上げそうになった。あれは一種の恐怖体験だと思う。
「いえいえ、賑やかでいいですね。」
俺は心の中でそんな事を思いながら片手を横に振りお茶を啜った。ティーダさんは自分のお茶と玄関で出迎えにきた女の子、マルチダさんの分のお茶をテーブルに置いてどっこいせと椅子に座る。このテーブルには俺、ティーダさん、マルチダさんの3名だけが座っている。
じゃあ使徒ズはどこに? となるかも知れないが、その答えは後ろに控えている、だ。なんでも俺と一緒の席に座るのはメイドとして、神軍として如何なものかだそうだ。
お前ら馬車で一緒の席に座ってだろと言いたいが、時と場所に寄ると言う事だろう。たぶん。
「すいません。」
俺がお茶を啜りながら後ろに視線を向けていると、マルチダさんが小さく謝った。玄関でのあの事だと思うけど、俺は別になにも気にしてないので目を合わせて微笑む事でその気持ちを伝えた。
するとマルチダさんは子供相手にそんな事をされるとは思っていなかったようで目を見開いて驚いているが、俺は気にせずに目を横に向ける。マルチダさんのような反応は慣れっこだからな。
俺が視線を向けた先には大体20数名の子供達がいた。ここマルチダ孤児院の孤児達だろう。その中に半ケツを出して不機嫌そうにしている8歳程の男の子がいるが、あれがジェームズだな。無理やりはかされたようだ。
それにしてもこの歳で下半身を出す事に拘るとは末恐ろしい‥‥。
「それで今日はどうして来たんだい? もしかして‥‥。」
俺がジェームズに戦慄を覚えながらこの孤児院に来た目的の子は居るかな? と視線を巡らせて、見つけたと小さく呟くのと同時にティーダさんが話しかけてくる。ティーダさんの視線が俺と同じ子に向いている事からティーダさんも気付いたようだ。
「ええ。」
俺は1つ頷き椅子から立ち上がって子供達へと歩み寄って行く。そして1人の俺と同い年くらいの女の子の前で立ち止まった。
「久しぶりだね。元気にしていたかい? 」
「は、はい。覚えていてくれたんですか? 」
女の子は自分に近づいてくる俺を見てあたふたとしていたが、前に立った俺を見て意を決したようで上目使いで聞いてくる。それに俺は頷いた。
「うん。名前は残念ながら知らないけど顔は覚えているよ。」
この女の子は俺が孤児院を回る目的、盗賊達に捕まっていた子供達の1人だ。確か2つ目の隠れ家に捕まっていたと思う。アジトに捕まっていた子供達は高確率で親を殺されていたのでエイバの孤児院にいるだろうと踏んだのだ。まあ、このティーダ孤児院には見た所この子1人しかいない様だが。
では何故俺がその子供達に会おうとしているかと言うと、手っ取り早く使徒を生み出す為と、使徒になったとしても俺に悪感情を抱きにくいと思ったからだ。我ながら下衆な事を考えると思うが一切の不自由はさせないので許して頂きたい。
「あ、あの! 何がなんだか分からないうちにルディア様がエイバから出立してしまって! 私、助けてもらったお礼も言えなくて‥‥それで‥‥」
女の子は俺が心の中でそんな事を考えているとは知らずに、声を上げる。しかし言葉が纏まらず、しどろもどろになってしまった。俺はそれに落ち着く様にと笑みを浮かべる。
「大丈夫だよ。ゆっくりでいいから。」
俺の笑顔を見た女の子は落ち着いた様で胸に手を当ててから勢いよく頭を下げた。
「助けてくれてありがとうございました! 」
それを見て俺は女の子の頭に手を置き、撫でる。
「君が元気そうで良かった。酷い目に遭ったから心配していたんだ。」
「ルディア様‥‥ルディア様! うぇぇぇん! 」
女の子は俺に撫でられていた頭を上げ、次第に目に涙を浮かべ始めた。どんどんと目に涙が溜まっていき、遂には俺に抱きついて泣き出してしまった。我慢が出来なくなった様だ。それを俺は抱きとめ、よしよしと背中をさする。
俺は女の子が落ち着いたのを見計らって肩を掴み、体を離す。離した女の子の顔は涙でぐしょぐしょだ。それを見た俺は苦笑いを浮かべて、胸ポケットに入れていたハンカチで女の子の顔を拭く。これで常時2枚持っているハンカチが使えなくなってしまったが、まあ良い。どうせハンカチなんて今まで何かを包む事にしか使った事ないし。
「ほら、せっかくの可愛い顔が台無しだ。」
「ヒック ヒック 」
一通り涙を拭いた俺はハンカチを再び胸ポケットに仕舞った。まだ、目が赤いが涙は止まっている。もう大丈夫だろう。
「いいかい? 悲しい事、辛い事が一杯あったかも知れない。でもそれでも君は前を向いて生きていかなければならない。出来るかな? 」
女の子が泣き止んだと判断した俺は女の子の目を見てそう言った。しかし、女の子は赤い目を逸らす。
「で、でも私‥‥。」
「不安? 」
俺が訪ねた事に女の子は、目を逸らしたままながらもコクリと頷いた。
不安、か。ここだ、ここで俺がこの子の不安を解けば一気に俺に対する好意的感情が跳ね上がり使徒と化すだろう。この子が使徒じゃない事は神軍にいない時点で分かっている。使徒になった時点で神軍に入る確率は軽く9割は超えるだろうからな。入らない人も居るだろうが、それは少数派。今は考えなくて良い。さあ、やるぞ。こんな公衆の面前でやることは恥ずかしくて仕方ないが、背に腹は変えられん!
心の中で決意した俺は女の子にずいっと迫る。
「そうか、じゃあ僕がおまじないをかけてあげよう。」
俺は少し背伸びをして女の子のおでこにキスをした。するとキスされた女の子はカァーッと顔を赤くし、おでこを手で抑えて口をパクパクとさせている。目からは戸惑いの色が伺えるが、一瞬だけ紅く光った。
それを見て俺はよし、と心の中でガッツポーズをとる。これで使徒にならなかったらどうしようと密かに思っていたんだ。よかった〜
「へ、へっ!? 」
「おお! シエスタがキスされたー! 」
「真っ赤だぞー! 」
「「「ヒューヒュー!! 」」」
俺が心の中でホッと息を吐き安堵していると女の子はへんてこな声を上げ、それを周りで見ていた子供達が囃し立てる。へ〜女の子の名前はシエスタか、覚えておこう。使徒になったからには俺とは長い付き合いになるからな。
「今、君に力を授けた。その力は他人から見たら途轍もなく強大だ。でも君なら使いこなせると僕は信じているよ。それでも何か困ったことがあったらどんな小さな事でもいい、僕をルディア教を頼るといい。」
「は、はい。分かりました。」
シエスタが頷いたのを見た俺はアリエル達にここからは神軍がお願いと視線で伝える。アリエル達は俺の視線の意味が分かったのか、1つ頷いて歩み寄ってくきた。
俺はそれを見て席へと戻る。
俺は全くと言って良いほど神軍のシステムを知らないからな。俺が下手にやるよりアリエル達に任せたほうが良いだろう。
「はっ、破廉恥な! 」
マルチダさんが椅子に座った俺に向かって破廉恥と言ってくるが、まさにその通りなので何も言い返す事ができない。恥を恥とも思わないこと、俺にぴったりだ。まあ、心の中では物凄く悶えているので少しだけ違うけども。
「へ〜それが噂に聞く、ルディア教の力を授ける儀式かい。どんな原理しているんだろうねぇ。」
「さあ、どうでしょうね。」
ティーダさんが頬杖をついてアリエル達へと視線を向けている俺に疑わしげな目を向けて来た。俺はそれに適当に返す。グダグダ言葉でいっても分かりにくいし、言うつもりもない。
まあ、俺にそう言う目を向けるのは分かる。他人から見たら突然おでこにキスして力を授けました、とか言っている頭をおかしな奴に見えるからな。目が紅く光るのだって一瞬だし分からないだろう。視線1つで了解するアリエル達が可笑しいのだ。
「シエスタと言ったか。君は今ルディア様の手により使徒となった。ステータスを見てみなさい。」
テーブルで俺たちがそんなやり取りをしている内にアリエルがシエスタに話しかけた。シエスタはアリエルに言われて少し戸惑ったがステータスを開く。
「え、はい。【ステータスオープン】ッ!? 」
シエスタが目を見開いて驚いていることから、俺が力を授けたといういう事は半信半疑だった様だ。
「君は今、使徒として覚醒した。全ルディア教信者の憧れと言っていいだろう。そこでどうかな? 君がその気なら神軍には入りルディア様に仕えないか? 」
シエスタの表情を見たアリエルはしゃがんで視線を合わせて、神軍勧誘を始めた。しかし、覚醒って言い方かっこいいな。今度から使ってみよう。
「私が神軍に‥‥嘘‥‥これはもしかして夢!? 」
アリエルに勧誘を受けたシエスタは口に手を当て頓珍漢な事を言い出した。何でそうなるの?
俺はズッコケそうになるのを堪えて、シエスタに話しかける。
「いいや夢なんかじゃないよ、シエスタ。現実だ。」
「そうルディア様の言う通りこれは現実だ。さてどうする? 勿論シエスタの自由だよ? 」
俺とアリエルにそう言われて、シエスタは1度ティーダさんに視線を向けてから頷いた。どうやら決めたらしい。
「私、なります。神軍に入ります! 」
「そうか。歓迎する。神軍第103分隊隊長アリエル・ウェイトスターが責任持って世話をしよう。」
はっきりと大声で宣言したシエスタの肩にアリエルは手を置き、笑顔を浮かべた。
世話か、もしかして神軍って師弟制度みたいな事をやっているのか? 後でよく調べておこう。何か俺の知識が役に立つ事があるかもしれないからな。
「つまりあんたがシエスタを養子として取るという事でいいのかい? だが、王国法で15歳以下は養子を取れないとなっているんだけどねぇ。」
頭の中であれやこれやと考えているとティーダさんがそう言った。
へ〜そんな王国法があるのか。初めて知った。まあ、それはそうか未成年が養子取れるわけないもんな。
「それはわしの名義でやるから大丈夫じゃ。ルディア教の名においてシエスタに何不自由させないことを誓おう。」
俺が首を傾げどうすんだ? と思っているとアリエルの後ろにいたバトラーが振り返りティーダさんに目を合わせる。バトラーとティーダさんは暫くの間視線をやり取りし、先にティーダさんがふっと逸らした。
「‥‥そうかい。助かるよ。正直いってカツカツだったんだ。1人減るだけで助かるってものさね。さてっと。」
「ちょっとお母さんそんな言い方! 」
アリエルと話しているシエスタに聞こえる様に大声で言ってから椅子から立ち上がったティーダさんに、マルチダさんが声を荒らげるがティーダさんはどこ吹く風だ。
俺は椅子に座ったままティーダさんを視線で追う。
この人わざとシエスタに聞こえる様に言ったな。シエスタが1度ティーダさんに視線を向けていたのが気になったが、なるほどね。シエスタはティーダさんに懐いていたのか。そしてそれを思ったティーダさんはシエスタが思い残さない様にするためわざと‥‥。不器用な。もっとうまいやり方があるだろうに。
そんな不器用なやり方だと、上手くいかないぞ?
俺がティーダさんを凝視しているシエスタを見てそんな事を考えている内に、ティーダさんはタンスから書類を取り出して来た。バトラーはその書類をテーブルに近づいてきて受け取る。
「この書類に名前とああ、それとあんたは冒険者かい? 」
ティーダさんは書類を指差して色々と説明していくが、途中であ! となりバトラーに冒険者かと聞いた。それにバトラーは頷く。
「ああ、そうじゃよ。神軍は全員冒険者じゃ。魔物の素材を売るときに役に立つからのぅ。」
俺はバトラーに言葉を聞いてカチンと固まった。
うそ、魔物の素材って売れるのか?
(ええ、そうよ? 知っているのもだと思っていたわ。)
そう言うの早く教えてよぉ〜 え、なに俺これまで物凄い数の魔物の倒して、それを放置してきたんですけど幾らくらい損してるんだ?
(え〜と ざっと‥‥)
俺の問いかけにレヴィが答えようとしているが、俺はやっぱりいい、と止める。
やっぱ言わなくていい。心が折れそうだ。次からはちゃんと拾っていこう。だからこれまでの事は忘れよう。そうしよう。
「それじゃあ、冒険者カードをここに翳しな。」
「ほいっと。」
俺が心の平穏を保つため過去仕留めた魔物の達の記憶を消去していると、バトラーがティーダさんに言われた場所に長方形のカードを翳した。すると、カードから光が出て書類に文字を刻んでいる。うわ、凄っ!? 本当どういう技術なんだよ。
まじまじと冒険者カードとそこから出ている光を見るが全くわからない。謎だ。
やっている事は俺が布にプラズマキャノンでやった事に似ているが、どっからそのビームのエネルギー出してんだろ? と考えている内に終わってしまった。ああ、もっと見ていたかったのに。
「これで、晴れてシエスタはあんたの娘ってわけさ。 ‥‥幸せにしてやんな。じゃないと私が許さないよ。」
ティーダさんは書類に刻まれた文字を一通り確認して大丈夫だったのか書類を畳みポケットに入れてから、バトラーと俺にのみ聞こえる声量で言ってくる。
俺とバトラーはそれに頷いた。
ティーダさんは俺とバトラーに強い視線を向けてから納得したのか、ふっと視線を緩めシエスタへと振り向く。
「シエスタ、あんたは今日からこの爺さんバトラーの娘だ。とっとと出て行きな! 」
ティーダさんはきつい口調でシエスタに話しかけるがシエスタはティーダさんに笑顔を浮かべて頭を下げた。
「はい。短い間でしたが、お世話になりました。」
「そ、そうかい。んっ! 達者でやりな。」
ティーダさんはシエスタがまさか頭を下げて来るとは思わなかった様で、言葉に詰まる。
だから言っただろ? そんなんじゃ上手くいかないって。シエスタにはバレバレだったからな。そう言うのは普段からギャップがあり過ぎると意味がないんだ。まあ、今回は意味がなくてよかったけどね。さてと、まだ回るところもあるし行くとしますか。
そうと決めた俺はスタッと椅子から降りて、頬をぽりぽりと掻いて照れているティーダさんにお辞儀する。
「さて、僕達はこれで失礼させて貰います。」
「ああ、もういくのかい。果物ありがとうねぇ。美味しくいただくとするさ。」
それを見たティーダさんはテーブルの上に置かれた果物に目を向けてお礼を言ってきた。それに俺は笑顔で答える。
「次、エイバに立ち寄った時はお肉でも持って訪ねさせて貰いますよ。では」
後ろからお肉!? と言う子供達の叫び声を聞きながら、俺達はシエスタという新たな使徒を連れティーダ孤児院をあとにしたのだった。




