挨拶周り
「そうかい、学園都市にねぇ。寂しくなるじゃないか。まあ、達者でやりな。」
カシアさんは頬に手を当て残念そうにため息を吐く。今俺は王都を出発する前にお世話になった人達に挨拶回りをしている所だ。ここまんぷく亭で最後になる訳だが、訳あって1人で回っている。その訳は後で話すとしよう。
今は、カシアさんだ。色々とトラブルはあったが楽しかったし、料理も美味しかった。優勝祝いも開いてくれたしな。その時に騎士学校1ー1のみんなが来ることも許可してくれるとは太っ腹だ。勿論その時の食費全額は俺が払った。カシアさんは断固反対していたが。
決勝出場祝いの時は全額奢りだったからせめても食費位はね。2回連続掻き入れ時に貸切、しかも食費全部持ちはかなりきついだろうからな。
「はい、学園都市に来る事があったら気軽に僕を頼って下さいね。これでも顔は広い方ですから。」
「ハハハ! 本当に頼もしい坊やだよ。と言うのに‥‥」
俺はえっへんとワザとらしく胸をはり、フンスと鼻を鳴らす。それを見たカシアさんは大きく笑い声を上げた。笑い終わったカシアさんは目に浮かんだ涙を指で拭い、なのにとばかりに下に視線を向け足に敷いているお父さんに蹴りを入れた。
「グハッ! 」
蹴り受けたお父さんは海老反りになり、またバタンと地面にうつ伏せになる。そう俺が店に入った時からこうだったのだ。まあ、近くのテーブルに1センチ四方に綺麗に切られたステーキが乗っている皿がある事と困惑顔の男性客がいる事から何が起こったのか目に浮かぶけど。
「これは一向に成長しないと来たもんだ。」
「アハハ、それでお世話になったお礼と言ってはなんですが。」
俺はお父さん変わらないな、と苦笑いを浮かべてからさっき買った焼き菓子の詰め合わせを渡す。
「おお、ありがとうね。学校からカエラが帰ってきたら食べさせてもらうよ。」
再び怒りが再燃したのかガシガシとお父さんに蹴りをいれていたカシアさんは蹴りを入れている時の鬼の形相とは打って変わって柔らかな表情でお菓子の詰め合わせを受け取った。
それを見た俺はお父さんに尊敬の眼差しを送る。
漢だ。ここまで一貫して行動を貫くとはとても俺には出来そうにない。きっと俺ならころっと行動を変えるだろう。
しかしカエラさんいないなと思っていたけど学校か。確かに普通なら学校に行っている時間だもんな。ああ、学園が懐かしい。今思えば俺、学園でまともに授業受けてないんだよな。どど、どうしよう帰ったら授業について行けませんでしたって事になったら‥‥。
ま、まあ大丈夫だよね? しぃ、所詮は小学生レベルよ。
声が揺れているのはきっと鬼の形相のカシアさんが怖かったからに違いない。きっとそうだ。
「ほら、あんたもお礼。」
俺が心の中で見苦しい言い訳をしていると焼き菓子の詰め合わせを脇に挟んだカシアさんがお父さんに蹴りを入れて促す。
お父さんは幾ら蹴りを入れられても無反応だったにも関わらず、グググと顔を上げた。それを見た俺は思わず目に涙が浮かびそうになる。
おお! お父さん、男にお礼が言えるようになったんですね!? これがいつもツンツンしていたあの子がデレるあれなのか! 最終日にきて初デレ。 さあ来い受け止めてやる!
手をこちらに伸ばしているお父さんに応えるように俺はしゃがみ込む。俺とお父さんはお互いに見つめ合い、その視線を男と男の友情が行き来する。
お父さんがパクパクと口を開いて何かを言おうとしているので俺はタダで待つ。
「ああ、あり、ありが10匹。 」
しかしお父さんの口から出てきたのは子供のような言葉だった。
俺は顔に手を当てため息を吐く。だめだこりゃ。口をパクパクしていたのは単にお礼を言いたくなかっただけだったとはな。
しかも、蟻が10匹ってなんだよ。懐かしいなおい。
「はぁ。」
俺はもう一度ため息を吐いてからお父さんの顔に視線を向ける。そのお父さんの表情は見たことがないほど苦渋に満ちていた。
初めてみたよ。蟻が10匹をそんな苦渋に満ちた表情で言った人。まあ、これがお父さんだな。デレたらお父さんのアイデンティティがなくなる。
「子供か! 」
俺がまあいいかと苦笑いを浮かべて立ち上がると同時にカシアさんの蹴りがお父さんにめり込む。うわぁ〜痛そ。
「では僕はこれで、カエラさんにもよろしくお伝えください。」
ドカドカと蹴られまくっているお父さんを見て、そんな感想を抱いた俺は1つお辞儀してから背を向けた。しかし、カシアさんに止められる。
「あ、ちょっと待ちな。」
ボロ雑巾のようになったお父さんから足をどけたカシアさんは奥へと走って行った。なんだろう?
俺は首を傾げなんだろう? と思っていると、直ぐにカシアさんは戻ってきた。手に3つの箱を持っている。
「はぁはぁ これ残り物だけど無いよりもいいだろう? 味は保証するからさ。」
よっぽど急いでいたのだろう。カシアさんは息を切らしてその3つの箱を手渡してきた。なるほど弁当か。まあ、俺たち全員で御者、クソジジイ合わせて5人だがカシアさん達とは会ってないから知らないのは当然か。クソジジイ達のはそこらへんで適当なのを買えばいいよね。
「ありがとうございます。助かります。また1年後、お世話になりますね。」
俺はカシアさんに頭を下げお礼を言ってから今度こそとばかりにドアに手をかけた。
「ああ、そうか。来年の龍王剣舞祭にも出るのかい。カエラも喜びそうだ。楽しみに待ってるよ! 」
俺は背中から聞こえてきた声に振り向いて笑顔で答えてから外に出た。バタン、ドアを閉めるとまんぷく亭の中から喧騒が聞こえてくる。
「女将! さっきのルディアじゃねえか!? 」
「ブフッ! ルディアってあの聖魔ルディア? 龍王剣舞祭で最年少優勝した‥‥」
「ああそうだよ。偶然知り合いになってねぇ。今日学園都市に帰るんだってさ。」
「マジか。てことはここは聖魔ルディアいきつけって事になるよな。」
「アハハハ! ないない。ホラあんた起きな! とっととステーキ作るんだよ。まったく‥‥」
カシアさんが客達の言葉を否定する声が聞こえてからドカ、ズルズルと音が聞こえたので恐らくお父さんは厨房に連行されて行ったのだろう。
それにしてもと耳を傾けると、まんぷく亭が俺のいきつけという噂が広まっているようだ。
まあ、いきつけといえばいきつけなのであっているな。 自分で言うのも恥ずかしいけど俺は有名人だ。そのいきつけという話が広まれば繁盛するだろう。弁当をもらったお返しを考えていたけど、今は一先ず頭金として受け取ってくれ。勿論次来るときは何か持ってくるからさ。
俺はドアノブから手を離し、まんぷく亭の近くに止めてある馬車へと向かう。




