王都最後の夜
パーティーが始まった頃はまだ空に太陽が浮かんでいたのだが、今では太陽は沈み、代わりに月が顔を出している。大気が汚染されていないからなのか、夜空は星々が綺麗に輝きまるで宝石箱の様だ。きっとこの世界に来る事が無ければ見る事は出来なかった景色だろう。素晴らしい。
「はぁ。」
「綺麗ですね。」
俺が夜風を浴びながら空を見上げて、感嘆のため息を吐いていると一緒にバルコニーに出てきたアリウシア様がポツリと呟いた。今まで俺達はダンスを踊っていたのだが、疲れたので丁度見つけたバルコニーに出て休んでいる。それにアリウシア様がついてきた形だ。
しかし、俺のダンスを見て驚いた貴族の表情は良かった。すかっとしたぜ。挨拶で俺を散々苦しめてくれた貴族達よ、我が力を思い知ったか! なんてな。
まあ、意趣返しとしては丁度良かった。疲れたが。
「そうですね。綺麗です。」
アリウシア様の呟きに答えると、アリウシア様は夜空から視線を外し俺へと向けてくる。真剣な表情だが、どうしたのだろうか。
「ルディア様、私が部屋で言おうとしたこと、覚えていますか? 」
いきなり聞かれても何の事か分からない俺は、キラキラと輝く星を眺めながら何だったかと考える。
言おうしたこと。言おうとしたことか。こうして言ってきたという事は今日の出来事かな? いやまだ決め付けるのは早い。 間違えたらいけない雰囲気だ。いっその事聞いたほうが‥‥。
そこまで考えてハッと思い出した。
あ、あれか。部屋から出る時にごにょっと言ったやつ。全然聞き取れなかったな。
思い出した俺は夜空から視線を逸らしてアリウシア様に目を合わせる。思い出せて良かった。今日の事じゃないか。これで忘れました、教えて下さいと言おうものなら好感度がだだ下がりしていたな。危なかったぜ。セーフ。
「ああ、あれですか。」
俺は思い出せたことに安堵しながら笑顔を浮かべる。しかし、アリウシア様の顔は不機嫌顏だ。
え、俺何かしたか?
「その顔、ごにょごにょ言っていて聞こえなかったな〜と思っていますね! 」
俺が背中に冷や汗を掻いているとアリウシア様が顔をぐいっ、と近づけてきた。
しかし、じと目気味で睨まれているのは何故だ。それと何で俺の心の声が漏れている。あ、でも漏れてないな。ごにょごにょじゃなくて、ごにょっとだし。ここ重要ね。
でも考えていた事がバレているのには変わりない。どうしたものか。
顔を逸らして頬を人差し指で掻きながら横目でアリウシア様を見るとウソはダメと顔に書いてあった。これは、正直に言った方が良さそうだな。しかし、何で怒ってるんだ? 分からん。
「いえその様な事は‥‥無いとは言えませんね。」
「もう、いいです。 それでですね。あのとき言おうとしたことなのですが‥‥」
俺の答えを聞いたアリウシア様はふぅ、と息を吐いて俺から顔を離していった。どうやら俺の答えはOKだったらしい。もう訳がわからない。何で不機嫌になったのかも、何でさっきの返しでOKなのかも。
まあ分からない事は置いといて、アリウシア様は今からその言おうとしていたことを言うつもりのようだ。心して聞こう。
逸らしていた顔を戻しアリウシア様へ視線を向ける。
「はい。」
「ルディア様、大好きです! 」
アリウシア様は顔を夜空の下でもわかるほど赤く染めて大声で言ってきた。アリウシア様の告白を聞いた俺はパッと顔を会場へと向ける。会場は未だに音楽が流れていて貴族達が踊っていた。
俺はそれを見てほっと胸を撫で下ろす。
よ、良かった。公開告白になるかと思ったぞ。 しかし、何でいきなりこんな所で‥‥。ああ、そうか明日俺が学園都市に帰るからか。アリウシア様、全く貴方って人は。
勇気を振り絞るためか知らないが目をつぶっているアリウシア様を見て、俺は苦笑を浮かべる。
せっかく勇気を振り絞ってくれたんだ。これはしっかり応えないとな。
俺は目を瞑っているアリウシア様の頭に手を乗せる。 頭に手を乗せられたからか目を開いたアリウシア様の目を覗き込みながら俺は微笑む。
「アリウシア様、僕もでしゅよ? 」
「「‥‥。」」
い、いやぁぁぁぁああ!! 何でそこで噛むんだ俺ぇぇぇ!! いきなりの告白の余波かぁぁ! どうして俺はここまで打たれ弱いんじゃボケェェ!
はぁはぁ、発散は後回しだ。 今はこの空気を何とかせねばならんぞ。アリウシア様も固まってるし、俺も顔が赤くなって来ているのが分かるし。
でもどうやって対処すればいいんだ。どうにも出来んぞ。
「ププッ あれ? ルディア様顔赤くなってます? 」
俺がああでもない、こうでも無いと考えを巡らせているとアリウシア様が吹き出してイタズラ気に目を細めた。
俺は弄られてたまるものかとアリウシア様の頭から手を離して腕を組みそっぽ向く。
「さ、さあ何のことでしょう? 踊りすぎた時の体の火照りがまだ取れてないのかも知れませんね。そもそもバルコニーに出たのは暑かったからですし。大体‥‥」
「ふふふ、そういう事にしておきます。」
人差し指を立て見苦しい言い訳を長々としたが、アリウシア様は微笑むだけで何も追求して来なかった。
それを見て俺は負けたと思った。
純粋な子供に大人の対応をされるとは何とも恥ずかしい限りだ。一生の汚点だな。
(ええ、一生弄ってやるわ。)
俺ががっくりと落ち込んでいると、レヴィが嘲笑う様な声色でクククと言ってきた。どうやら俺の内なる心に潜む敵に目をつけられた様だ。
ああもうやだ。俺のバカ。
「ルディア様、これを。」
俺がさらなる自己嫌悪に陥っていると、アリウシア様が自分の首にかけていた首飾りを外し手渡してきた。
「ペンダント、ですか。」
そのペンダントは球状の宝石を白銀の金属で装飾したものでシンプルな作りをしている。しかしその球状の宝石が特殊だ。球状の宝石はまるで夜空の様な色合いをしていて所々が星の様に輝いている。凄いな。
「はい、私の宝物なのですが。明日ルディア様は学園都市に帰ってしまうのでしょう? そのペンダントを私と思って持っていて欲しいのです。」
「分かりました。しかし、僕も何か渡すものを‥‥」
なるほど、そういうやつか。なら大切に持っておこう。しかし、アリウシア様から貰うだけ貰うってのもなぁ。 渡せる様なもの何か無いかな?
俺は自分自身を見てみるが、着ているものは学園の制服に装飾品は騎士王勲章のみ。
制服は1着しか持ってないし、どっかをちぎって渡そうにも引かれるのがオチだ。騎士王勲章など以ての外だしな。
俺は空を見上げて自分の不甲斐なさに心の中でため息を吐く。
うん、俺渡すもの持って無いね。どうしようかな〜、いっその事小さい隕石を重力操作でとって‥‥隕石、隕石。 その手があったか!
俺は夜空を眺めて、閃いたことを実行に移す。
「ルディア様何を? 」
アリウシア様は空を見上げたと思ったら突然バルコニーから見える夜空に向かって手を翳した俺を不思議に思ったのか聞いてくるが俺は答えない。
見てもらうのが1番だ。そろそろかな?
「アリウシア様、空を。」
俺はタイミングを見計らいアリウシア様に空を見る様に促す。
「一体なん‥‥綺麗‥‥」
夜空に視線を向けながら言葉を発していたアリウシア様は、何十という流れ星の大群を見て口に手を当て絶句した。
俺はそんなアリウシア様の横顔を見て1つ頷く。
よし、満足して貰えたかな? 流れ星は流星物質と呼ばれる太陽の周りを公転する小天体が、大気に衝突、突入し発光したものなんだけど、俺は別に宇宙から小天体を重力操作で引き寄せて流れ星を起こしているわけじゃない。プラズマだ。
プラズマキャノンを自前でボコスカ撃って擬似流れ星を作っている。 まあ、プラズマキャノンは地上に衝突する前に消し去っているし、流れ星は小天体が大気に秒速数kmから数十kmという猛スピードで突入し、上層大気の分子と衝突してプラズマ化したガスが発光したものっていうしいいよね?
「残るものではありませんが、僕はこの夜空を贈りましょう。」
自分で言っといてなんだが、ああ臭い臭い。 だがアリウシア様には効果てき面の様だ。
「素敵です。ルディア様‥‥。」
アリウシア様は顔赤くして俺を見てくる。よし、さっきの醜態を帳消しとまではいかなくても挽回出来たかな。
俺は自分で起こした流れ星の大群に目を向ける。
さて流れ星か。 自分で起こしているから願いもへったくれもないが願っておきますか。自分で願いを叶えるってことで。
流れ星に向かって両手を合わせて目を瞑り心の中で願いを言う。
「何をしているのですか? 」
アリウシア様は俺がなにをしているのか気になったのか聞いてくる。それに俺は目を開き、手を解いてから答えた。
「僕の故郷には流れ星に願い事をすると叶う、という言い伝えがあります。どうですか? アリウシア様も何か願いをしてみては。」
「そのような言い伝えがあるのですか。では私も。ルディア様とまた会えます様に。」
願いがダダ漏れなのはわざとなのか? いやいや俺じゃあるまいし、そんな事はしないだろう。そんな薄汚れてはいない筈だ。うす、汚れて‥‥。
「終わりました! ルディア様はなにを願ったのですか? 」
俺が自分で自分のことを薄汚れていると言って少し傷ついいるとアリウシア様が無邪気に笑顔浮かべながら首を傾げる。どうやら俺の願いが気になるらしい。
ふっ、あんまり深入りすると火傷するぜ? 子猫ちゃん。
(‥‥。)
俺が心の中で言った事にレヴィは無言を貫く。俺は少し冷や汗を流しながらもレヴィに話しかけた。
おーい、レヴィさーん。 ツッコミお願いします。
(‥‥。)
だがしかし、レヴィはなにも喋らない。 もう俺は泣きそうだ。
きもいって言って! お願いレヴィ!
(変質者。)
はぅ!
思わぬダメージを負った俺は胸を押さえたまま、アリウシア様から背を向けた。
「秘密です。」
「あ! ずるいです! 待ってください、ルディア様! 」
こうして王都最後の夜が更けて行ったのだった。




