見た目は自信があります
「‥‥では私共はこれにて失礼します。」
俺とアリウシア様は頭を下げ、去って行った親子貴族をにこやかに見送る。はたから見たら俺とアリウシア様は2人とも笑顔浮かべているように見えるだろうが俺は違う。
もうこの表情で固まってしまったのだ。会場に入ってからひっきりなしに貴族が俺達の所に挨拶に来て、それらにずっと笑顔を浮かべたまま対応していたので笑顔が通常の表情なのか何なのか分からなくなる。
はぁ、と俺は笑顔を浮かべたまま心の中でため息を吐く。
これは必要な事だとは分かっているがやりたくない。本当に。
全ての貴族がとは言わないが俺の事を探ろうとして来るし、あからさまにゴマを擦られるのも気が滅入る。そのゴマを擦って来た貴族の中には叙勲式で俺の騎士王について反対していた奴もいた。 平民ごときが! と声を荒らげていたのはどうしたと言いたい。
まあ、俺が顔を覚えてないと思っているのとそういう切り替えが大切という事もあるんだろうけど。理由は分かるが気持ちの良いものじゃないけどな。
さて愚痴も零した事だし、気分を切り替えて行くとしますか。
手に持っていたグラスを傾け、ブドウジュースを口の中に流し込みゴクゴクと喉を鳴らして飲む。
ぷっは! はぁ〜糖分が染み渡るぜ〜。 素晴らしい、やっぱり甘いものは良いなぁ〜
俺が笑顔固定の顔に手を当て恍惚とした表情を浮かべていると隣にいたアリウシア様が体を揺さぶってきた。
「ルディア様、ルディア様。」
恍惚としていた表情を引っ込め、笑顔固定の顔に戻した俺はアリウシア様へと目を向ける。恐らく貴族襲来のお知らせだろう。さあ、この騎士王ルディア・ゾディックが相手してやる。
「今度はなに男爵でしょうか? ワン男爵の次だからツー男爵でしょうか? 」
「あの、ワン男爵は30分前に挨拶しましたけど‥‥。そういう事ではなく先ほどのマーナビ男爵で最後ですと伝えたかったのですが。」
アリウシア様は笑顔を浮かべながらも戦闘態勢に入った俺に少し戸惑ったが優しくそう言ってきた。
「え!? それは本当ですか! 」
俺はパーっと咲くような笑みを浮かべアリウシア様の手を勢いよく握る。
それが本当ならこの挨拶無限地獄から解放され、晴れて自由の身という事か!
「は、はいそうです。」
顔を赤くして小さく頷いたアリウシア様を見て俺は今の自分の状況に気づき、急いで手を離す。遠くで俺達を見ていた貴族達がさすが騎士王、手がお早いとか何とか言っているがアリウシア様には聞こえていないようだ。よかった。
まあ、聞こえても何の事か分からないだろう。そういう事を知っている歳じゃないしな。盗賊共から情報収集して色々と知っているアイリスが異常なんだ。うんうん。
「それはよかった。正直疲れていたんですよ。」
心の中で頷いた俺は胸に手を当てほっと息を吐いた。まあ30分前の貴族とついさっきの貴族の名前がごっちゃになっている時点で相当疲れたが来ている事は分かる。もしこのまま続けていたら顔の判断も出来なくなっていたかもしれない。
「ルディア様でも疲れる事、あるんですね。」
口に手を当て意外です、とばかりに驚くアリウシア様。
それに俺は視線を合わせ、わざとらしくため息を吐いてから苦笑気味に口を開いた。
「そうですね。というより常に疲れています。」
「ふふふ、変なの。はいこれどうぞ。私の飲みかけですが。」
「ありがとうございます。」
どうやら俺のグラスの中身が空っぽという事に気づいて、気を使ってくれた様だ。俺はその好意に笑顔で礼を言ってから受け取る。
まだ足りないと思っていたんだよね。ありがたい。
グラスに口をつけブドウジュースを飲んでいるとアリウシア様が顔を赤くしてモジモジとしているのが見えた。ははは、初心よのぉ〜
(きもい。)
うるさい。
俺がアリウシア様を見て貴族共を相手にして擦れた心を癒しているとレヴィが口を挟んできた。きもいとは何事だ。キモくない。俺は断じてキモくないぞ。見た目は。
心については自信を持ってキモくないとは言えないので絶対的な自信がある容姿についてキモくないと言い切る。それはそれでどうかと思うが仕方ないだろう。だってそれしか自信ないし。
「リーデンブルグ王国、国王ベルクリウス・フォン・リーデンブルグ陛下、第1王妃ルクシア・フォン・リーデンブルグ様、第2王妃エフィリア・フォン・リーデンブルグ様のおな〜り〜。」
心の中でウダウダと言い訳を垂れていると、会場に兵士の声が響き渡り、王様達が入ってきた。すると会場にいた全ての貴族が跪く。勿論アリウシア様もだ。
俺もそれに合わせ跪いた。
跪きながらも王様達を見てみると、3人とも先程とは違う豪華な服を着ている。俺とアリウシア様が貴族達と挨拶無限地獄をしている時に着替えたのだろう。着替えるのがかなり遅い気がするがわざとに違いない。挨拶無限地獄が終わったのと同時にきたのを考えるとそうとしか思えないからな。
しかし、クソジジイがいないのはどう言う事だろうか? あの人も一応、王族だろうに。
俺が何故だ? と心の中で首を傾げていると王様が腹に響く様な声を上げた。
「皆の者、よく集まってくれた。今日は143年ぶりの騎士王誕生祭だ。存分に楽しんでほしい。さて我のつまらない話はここで切り上げるとしよう。今夜は踊り明かそうではないか。」
143年ってまじか、と驚いていると王様が指を鳴らす。すると会場の壇上にいた楽団が演奏を始めた。
え、もしかして踊るのか? 今から? 誰が?
俺が混乱に陥っていると、王様とルクシアさん、複数人の貴族の人達が意図的に開けられていると思われる空間に出て踊り始めた。その貴族の中にケルビーニ公爵が混じっている事と人の少なさを見るにあれは公爵と王族の人達だろう。
急展開過ぎるぞ! どうすればいいんだ!
俺はもう何が何やらと目を回す。意味がわからない。
「ルディア様、お手を。」
初めての状況に俺があたふたとしているとアリウシア様が手を差し出してきた。もしかして俺もあの中に混じるのか? 大人ばかりしかいないあの空間に。しかも全員とびきり踊るのが上手いじゃないか‥‥。
ふふふ、いいだろう。これは俺への挑戦とみなす。
見せてやるさ、マドマーゼル先生に仕込まれたこの俺のダンスをな!
「アリウシア様いきましょう。」
混乱で少し頭がおかしくなった俺はアリウシア様の手を取り、いざ出陣とばかりに足を踏み出したのだった。




