騎士王に乾杯
王城内にある謁見の間とはまた違う豪華な扉の前に案内された俺はただ立ち尽くす。
なんだこの豪華な扉は? 彼方此方に精巧な金細工が施されているにも関わらず、下品になってない。ここまで金細工ばかり使っていたら下品にもなりそうなものだが、触れるのすら憚かるほどの気品が漂ってくる。
召喚された後、こっそりと王城内を探検した時には見なかったものだ。これだけで幾らするんだろうな。龍王剣舞祭で稼いだお金と、とんとんいやそれよりも高いかもしれない。
「ルディア様、既に中には数多くの貴族の方々が入っています。準備はよろしいですか? 」
扉をみてピクピクと眉を動かしているとアリウシア様が俺の顔を覗き込んできた。
そう今から俺の騎士王誕生を祝うパーティーだ。なんでも中には王国中の貴族が集まっているらしい。全ての貴族という訳ではない。来ていない貴族もいるそうだ。まあ、パーティーの為に王都に全員集合して、その間に魔族やら帝国やらが攻め込んできたら洒落にならないからな。最低の人員は残しているんだろう。
王都に1ヶ月間チンタラ待たせていたのは、貴族の子弟達と俺の顔合わせの意味合い以外にも王都勤めじゃない遠くから来る貴族達の為の時間稼ぎの意味合いもあった様だ。
あの王様、裏でコネコネ策略巡らせやがって、実はまだあるんじゃないか?
「もちろんです。」
では他にどんなこと考えているんだ? と考えながらアリウシア様に笑顔で返す。アリウシア様は俺と王様達の努力の甲斐があってすっかり元に戻った筈だが、しかしどう言う事だろうか? また赤くなってモジモジとしている。
「ではその‥‥」
今度は何だ? と首を傾げているとあっそうか、と納得した。エスコートですね分かります。
俺はなるほどねと心の中で頷き映画や漫画、アニメで見た事がある様に脇を少し開いた。
「行きましょうか。」
「はい。」
俺はアリウシア様が自分の腕に手を通したのを見て、扉に歩いていくと扉の前にいた兵士が大声を上げ、豪華な大きい扉をギギギと開く。
「リーデンブルグ王国第1王女アリウシア・フォン・リーデンブルグ殿下、騎士王ルディア・ゾディック卿のおな〜り〜。」
卿って、俺が卿って呼ばれてるぞ! うわ凄い新鮮、確か伯爵と同等なんだよな騎士王は。年に一定の額を貰えるというし、クフフフ。
俺が年に金貨30枚か、と口元に笑みを浮かべながらパーティーが行われる会場へと入ると既に中に入っていた貴族達が一斉に此方に振り向いた。
「おお! きたぞ。騎士王の登場だ。」
「あのお方が騎士王か、凛々しい雰囲気が漂っていらっしゃる。」
「王女殿下もまたお綺麗になったのではないか? 」
「ああ、あの幼さで末恐ろしいですな。」
「それを言うならば騎士王の麗しい顔立ちも目を引く。」
各々が手に酒だろう飲み物が入ったグラスを持ち、俺たちへ向け世辞を述べている。俺とアリウシア様はそれらに笑顔で対応していく。
一通りの対応を終えると、トレイの上にグラスを乗せたメイドがやってきた。
「どうぞ。」
「どうも。」
「ありがとうございます。」
俺とアリウシア様はそのメイドからグラスを受け取りお礼を言う。流れで自然と受け取ってしまったが、これお酒か? ワインぽいけども。
グラスに入った薄紫色の飲み物を凝視して、お酒で痛い目を見た事がある俺はこれは確認せねばなるまいと思い、グラスに鼻を近づけクンクンと匂いを嗅ぐ。
ん〜、アルコールの匂いはしないけどお酒じゃないのか? 少し口に含んでみるか。
グラスを傾け、ほんの少しだけ口に流し込む。口の中に広がる仄かな甘みにそれを引き立てる酸味。うん、これは‥‥。
「ブドウジュースかよ。」
構えていただけに思わず素の口調が出てしまった。分かり辛いったらありゃしない。まあ、それはそうか子供に酒を出すわけないもんな。少し警戒しすぎていたのかもしれない。
でも間違いと言うものはあるので警戒を解くつもりはないけどな。
「ルディア様どうしたのですか? 」
グラスを凝視したままの俺を見て不思議に思ったのか、アリウシア様が首を傾げて聞いてきた。
「いえ、何でもありませんよ。」
俺はグラスから視線を外し、笑顔で首を横に振る。何をやっていたか言うつもりはない。何処の世界にお酒かどうか警戒して飲み物を飲む子供がいると言うのだろうか。居ないだろう? だから言う必要はない。
「そうですか。」
アリウシア様もさして気にする事ではないと思っているのか1つ頷くだけで追求してくる事はない。
ふぅよかった。珍しくボロ出しちゃったからな。危ない危ない。気をつけないと。しかし、凄い数の貴族だ。叙勲式の時にいた貴族の数とは比べものにならないな。いた貴族といなかった貴族は何の違いがあるんだ?
「王女殿下、お久しぶりで御座います。」
ブドウジュースを飲みながら会場に視線を巡らせて叙勲式にいた貴族といなかった貴族を見比べているとグラスを手に持った60代の男性貴族が近寄って来て声を掛けてきた。着ている服を見るに上流貴族だろう。
「お久しぶりです。ケルビーニ公爵。」
アリウシア様がその貴族ににこやかに挨拶を返す。公爵、という言葉を聞いて俺はブドウジュースを飲んでリラックスしていた顔を引き締める。
やはりか。公爵とはいきなりの大物だ。いや、俺たちへの挨拶の順番が決まっているのかも知れない。偉い人から順番に、とかな。まあ、にわか知識しか持っていない俺が分かる事なんてたかが知れているけれども。
「してそちらが騎士王ですか。始めましてになるかな? 騎士王ルディア・ゾディック卿。」
はははとアリウシア様と暫く談笑したケルビーニ公爵が俺に視線を向けてきた。目に俺を探ってやるという意思が感じられる。
俺を探ろうとは10年早いわ狸ジジイ。クソジジイとやり合ってきた俺の力見せてやる。
「お初にお目にかかりますケルビーニ公爵。ルディア・ゾディックで御座います。」
グラスを左手に持ちながら右手を左胸に当て、お辞儀をした。
「おやおや、平民上がりだと聞いていたが随分と礼儀が正しい様だね。」
ケルビーニ公爵は手に持っていた酒を口に含み俺に蔑むような視線を向けてくる。平民をわざとらしく強調しているのは俺を煽るためだろう。だがしかし、そんな子供染みた挑発が通用するのは子供くらいだ。精神が前世を合わせ23歳の俺には通用しない。残念だったなぁ フハハハ!
「いえいえ、いつボロが出るのではないかと冷や汗を流しております。」
眉尻を下げながら、恥ずかしいそうに苦笑いを浮かべ首を横に振る。
ケルビーニ公爵はじっと俺を見つめてから笑い声を上げた。
「ハハハ、私はタリス・ケルビーニ公爵だ。宜しく。」
恐らく何らかの基準に俺が達していると見なしたのだろう。手を差し出してきた。
俺はそれを握り返し笑顔を浮かべる。
「宜しくお願い致します。」
「では私はこれで。新しく生まれた騎士王に乾杯。」
手を離したケルビーニ公爵はアリウシア様に1つ礼をしてからグラス掲げ去っていった。
何だ最後のあれ? カッコよかったぞ。いつかやってみよう。まあ、大人になってからだな。今の年齢でやったら失笑の嵐が吹き荒れること請け合いだ。
「ルディア様、ケルビーニ公爵は南部を束ねる大物貴族です。そのケルビーニ公爵に認められるなんてすごいですわね。」
20か? いや25か? と、どの位の年齢からならOKかと考えているとアリウシア様が凄いですねと褒めてきた。ここでえ、やっぱり? と言うべきか否か。答えは決まっているな。
「認めて貰えたのでしょうか? よく分かりませんが。」
すっとボケるのが答えだ。俺は首を傾げる。
「ふふふ、わかりにくい方ですわよね。」
アリウシア様は口元に手を当て微笑む。分かりにくくはないと思うぞ。
俺とアリウシア様がそんなやり取りをしていると今度は2人の男女の貴族が近付いてくるのが見えた。夫婦だろう。
はあ、まだまだ面倒くさい挨拶は始まったばかりという事か。気を引き締めて行こう。
俺はグラスに入ったブドウジュースを飲み干し、キリッとした顔を作るのだった。




