世界を狙える拳
王族専用席から出た俺達は足早に貴族達が座る区画を後にする。視線を送ってくる貴族どもが鬱陶しいし、今日の全ての試合も終わって観客達が席を立ち始めたからだ。早くしないとい闘技場の入り口が混んでしまう。ルディア・ゾディックとしての威光を使えば人混みをモーゼの如く割る事が出来るだろうがそう言うのはしたくない。だってねぇ、そんな事したらルディア・ゾディックの名が落ちるし、人として如何なものかと思うしね。
「あ、ルディア君! お疲れ様! 」
貴族の区画を抜け、平民の区画に入った所で左下の観客席の方から声を掛けられた。声掛けられた方向を向いてみるとお父さんやお友達と一緒にいるカエラさんが手を振っていた。その手を振っているカエラさんに1人の女の子が詰め寄って何かを言っているがよく聞こえない。まあ、あの剣幕と、口の動きから推測するに大方そんな馴れ馴れしくしていいの!? とでも言っているのだろう。
俺は手を振り返してカエラさん達の所に向かう。しかし俺の距離が近づくたびにお父さんの顔の険しさが変わっている気がするのは気のせいだろうか? 試してみよう。
1歩踏み出すと目がより、2歩踏み出すと目線に殺気が宿り、3歩踏み出すと眉間に皺が寄った。では4歩目はと踏み出してみると顔が般若になった。どうやらこれ以上近寄ったら殺るぞ! というサインらしい。 しかし、お父さん忘れてないだろうか。ウチにはもっと怖い鬼がいる事を。
気を引き締めて後ろ振り向いてみるとそこにはブワッと風が吹いたかに錯覚するほどの殺気を纏ったアリアとアイリスがいた。それを見た俺は思わずごくりと喉を鳴らす。俺がさっき貴族に威嚇するよう教えた時よりも凄まじくなってない? アリアはにこやかに微笑みながらもバックに目を赤く光らせ長い髪を振り乱している青い肌をした鬼を出現させているし、アイリスは腕を組み最早攻撃力を伴っているのではないだろうかという程の殺気を撒き散らしている。王者のようだ。
これはまずい。アリアとアイリスが爆発すればお父さんの髪の毛が残るかどうかすら怪しい。 俺はカエラさん達にお父さん何とかして、そうしないと血の海になると必死にハンドサインで救援を求めた。
そのハンドサインが通じたのかカエラさんが頷いた。ふぅ〜よかったと少し冷や汗をかいた額を拭い安堵する。しかし俺はその後のカエラさんの行動を見てカチリと固まってしまう。
「死ね! 」
カエラさんが目の光の尾を引きながら勢いよく振り返り左ストレートをお父さんの鳩尾にドゴ! っと鈍い音を響かせて拳を叩き込んだからだ。いきなりの娘の強襲にお父さんは為す術もなく前に倒れこむ。
‥‥あれ死んでないよね? 死ね! って言ってたけど流石にそこまでやってないよね?
(いい打ち込みだったわ。 ちゃんとした訓練を積めば世界を狙えるわよ。)
俺が倒れこんだお父さんを見てそう思っているとレヴィが真剣な声音で言ってきた。
うん確かに黄金の左だったよ。拳に色々篭った良いストレートだった。龍王剣舞祭に出たら良いところまで行ったのではないだろうか?
「ごめんね〜ルディア君。うちのクソ親父が毎回毎回。」
俺が地面に突っ伏したお父さんの上に足を置いてぐりぐりと踏みつけているカエラさんを見てそう思っていると、カエラさんが両手を合わせて謝ってきた。それに俺は歩きながら笑顔で良いですよと返す。
「良いですよ。娘を思う父親の気持ちも分かりますし、ここまでするのはカエラさんへの愛情が強いという事でもありますからね。」
「本当によくできた子だねぇ。このボンクラに爪のアカを煎じて飲ませてやりたいくらいだよ。」
カシアさんが倒れているお父さんを見て言う。それに俺はただ苦笑いをして返した。
「このクソ虫が痛い思いをしないと分からないようだな。」
俺とお母さんがそんなやりとりをしていると俺の横をアイリスが抜けていき、ぐで〜んと伸ばされたお父さんの手の指を踏み躙りながらそう言った。何やってるのアイリス! 地味に痛いところを中心的にやるのは止めないさい!
俺がアイリスを止めに入ろうと足を出したところでアリアが強めの声でアイリスを注意した。そうそうアリア、言ってやってください。
「こら! レーティシア、触ってはいけません。妊娠しますよ? こういうのは遠くから石を‥‥」
頼みますという視線を送ろうと振り向いて見ると野球ボール大の石を手に持ち今にも投擲しようとしているアリアがいた。それを見た俺は慌てて止めに入る。
「ちょっと待とうかアリア。 ダメだからね。絶対ダメだから! 」
「‥‥そうですか。残念です。」
振り上げていた手を下ろして残念そうにするアリア。しかしこの石何処から拾ってきたんだ? こんなところに落ちているはず無いのだが。
俺が疑問に思っているとカエラさんがお父さんを踏みつけていた足をどけて代わりに肩を両手で掴んで持ち上げた。
「ルディア君良いよ止めなくて。 1度頭に石をぶつけられた方が少しはマシになると思うから。さあ! アリアさんどうぞ! 」
起き上がらされたお父さんは白目を向いて口からよだれを垂らしている。あの上にさらに石を叩き込んだらマシになるどころかアッパラパーになると思うんだけど。
顔を少し引き攣らせながらさあさあとアリアを煽っているカエラさんを見ているとカエラさんの肩が叩かれた。
「カエラ、ちょっと紹介してよ。 私達置いてきぼりなんだけど。」
「そうだぞカエラ。 なんか気まずいじゃないか。」
ああ確かに端っこで気まずそうにしてたな。カエラさんのお友達。
「ああ、ごめんごめん。」
アハハと笑いながら2人に謝ったカエラさんはお父さんから手を離して俺に向き直りその2人を紹介してきた。しかし、お父さん大丈夫だろうか? 顔から思いっきり行ったけども。
「ルディア君こっちの冴えない奴がジリルに、この目がつり上がってる怖い人がエリカ。私の通っている学校の同級生なの。」




