懐かしい味
他の出場者達のいる控え室についた俺はドサリと椅子に座り込む。二回戦があるまでここで待機らしい。かなり視線を感じるが今物凄い気分が悪いので無視して机の上に置かれた焼き菓子を手に取り口に運ぶ。
サクッとした食感の後に仄かに広がる甘み、美味しいな。
思いもよらない美味しさに手に持っている嚙りかけの焼き菓子を見て眼を見開く。
俺が赤ちゃんの頃に食べたクッキーに勝るとも劣らない美味さだ。これ持って帰れないかな? 机の上に一杯あるから良いよね。持って帰っても。俺がポケットに入れていたハンカチを取り出して焼き菓子をハンカチの上に置いていると椅子に座っている俺を包み込むように影が差した。
「ほぉ〜さっきの試合が嘘みてぇに可愛いところあるじゃねえか。 はん! こんなただのお菓子大好きなガキにお前ら何をビビっているんだよ。さっきの試合だってバーナドに金を握らせて勝ったんだろ? いくら渡したんだぁ? 」
誰だよ、馴れ馴れしいな。 今焼き菓子を包むのに忙しいの! 50個包み込むまでは相手にしないからな。 これは俺の癒しなんだ、贅沢なんだ。 邪魔する奴は人であれ、魔物であれ、魔族であれ、神であれ何人たりとも許さない。
俺は後ろから聞こえてきた野太い声を無視していそいそとクッキーを手に取っていく。
あっあの真ん中にジャムみたいなのが付いているものも入れよう。
「おい聞いているのか!? この俺様が話しかけてやってるんだぞ! 八百長野郎が! 」
ドゴン!
俺がハンカチの上にジャムが乗った焼き菓子をおいたと同時にそのお菓子達にゴツい手が振り下ろされた。お菓子ごと机はへし折られ床にお菓子達がブチまけられる。
俺はお菓子のその残骸達を見下ろしながら身体中に殺気を纏わせていく。
お菓子オカシおかしお菓子おかシお菓子ぃぃぃ! 俺のお菓子に何しやがんだぁぁぁ!!
ぶっ殺してやる。体の四肢を削いでその削いだものをケツから突っ込んでやるからな!
(ちょっとルディ! 我慢、我慢して! 今手を出したら失格になるわよ! )
うるさい。 こいつを殺すこと以上に価値があることはない。俺からお菓子を奪った罪は重いんだ。宿に帰ってみんなで食べて心の傷を癒そうと思ってたのにこの虫けらがぁぁ!
俺が身体中に真っ黒な殺気を纏わせて振り向くと赤髪の18歳位のゴキブリがいた。
こいつかぁ、俺のお菓子に手を出した虫は。
(ああ、ダメだわ完全にブチ切れて頭がおかしくなっている。)
「へへへ、俺様の話を無視するからそうなるんだよ! 悔しかったら何か言いやがれ! まあ八百長している奴がそんな根性なんてないだろうけどな。」
なんだこいつ。虫が人語を話しているぞ新種の虫か? まあいい、解体することに変わりはない。
俺はそのゴキブリに向かって手を翳しプラズマを発生させようとしていると俺とゴキブリの間に人が割り込んできた。
「ちょっと待って! ちょっと待とう。 ね、ね! 」
冷や汗を流しながら1人の中年の男性がそう必死に言ってくるが俺はその男の足元に視線がいく。こいつお菓子を踏みつけてやがる。
「虫が増えた。」
その男の足から目線を上げた俺は手にプラズマを発生させる。
「え!? 嘘! 打つの!? 」
「打ってみろよどうせハッタリだろうが! 」
それを見た男はあたふたと慌て始め、赤髪のゴキブリは怒声を上げる。俺のこれがハッタリだと思っているようだ。フフフならハッタリかどうか体感して見るがいい。
「お前は黙ってろ! 誰かこいつを抑えて! 」
俺がプラズマキャノンを手から放とうとした所で止めに入った男が赤髪のゴキブリに向かって怒声をあげて周りで見ていた出場者達に声をかける。するとその呼びかけに応えて複数人が赤髪のゴキブリに飛びかかった。
「痛ってえなあ! 放せよ! 俺様に触れるな! 」
「煩い! バーカス! てめえは毎回毎回新人に絡みやがって! いつもは見逃してたが今回だけは見過ごせねえぞ! なんて化け物にちょっかいかけてんだよ! こっちにまで被害が及ぶじゃねえか! 」
「そうよ それにお菓子を積み上げながらニコニコ笑っていた子にあんなことをするなんて許せないわ! 」
俺が赤髪のゴキブリに手を翳してプラズマキャノンを放とうとしながらそれらの会話を聞いていると、肩をチョンチョンと叩かれた。なんだ? 今はゴキブリ退治に忙しいんだが。
そう思いながら肩を叩かれた方向を振り向く。 するとそこには手にお菓子を大量に持った女性達がいた。
な、ああんなにお菓子が‥‥。 俺はそのお菓子に目が釘ずけになる。
「ほらルディアく〜んお菓子だよ〜 こんなに一杯あるよ〜 」
手に抱えているお菓子を俺に見せつけるように見せてからはいっと渡してくる。
こんなに一杯お菓子が‥‥。
大量のお菓子を受け取った俺はあのゴキブリが人間に見えて来たが怒りは収まらない。
せめてお菓子達と同じ運命を辿らせてやらないと。
「でも、お菓子の仇取らないと‥‥。」
俺がそう口籠るとそれを聞いた赤髪の男を抑えていた人達がニカっと笑う。
「それはおじちゃん達がお仕置きしておくからね〜♪ 」
お仕置きと言うが俺は納得で来ない。 自分で直々にやりたいのだ。
「ルディアくんあ〜ん 」
納得できませんと顔に浮かべていると、口の中にクッキーを突っ込んできた。
美味しい。 あのクッキーの味を思い出す。
「こっちおいで〜 」
俺が思い出に浸りながら頬を緩めてクッキーを頬張っていると口にクッキーを突っ込んできた女性がヒラヒラ〜っとクッキーを揺らしながら遠のいていく。
あ、待ってクッキー!
俺はそれにふらふらとつられていく。
(‥‥まるで犬ね。 )
はっ! 危ない危ない。 つられていくところだった。
でもこのやりとりで俺の怒りはすっかり沈静化してしまった。もう滅殺する気は起きない。
しかし言う事は言わないといけないので両手に抱えているお菓子を落とさないようにしながら赤髪の男に振り返り睨みつける。
「今回は許してやる。 だが次やったら欠片一片たりとも残さずに消し去るからな。」
そう言って俺はクッキーをひらひらとやっているお姉さんのところに走って行った。
「ふ〜やっぱり7歳児だな。お菓子で釣られるなんて可愛いじゃねぇか。」
ルディが立ち去った後にバーカスを抑えていた人達の内の1人がそう呟いたのだった。
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