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C県商工労働部JK課。  作者: 佐倉木野子
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JK第7号 販促イベント②-本番直前-

 4月20日、日曜日。私はC駅南口から歩いて3分ほどの場所にある、JK課アンテナショップを訪れていた。


 もちろん目的は、今日の10時から開催される販売促進イベントに、シーバくんとして参加するためだ。


 9時に現地集合と聞いていたが、私は8時過ぎには既にアンテナショップの前に到着していた。


 元々私は、大切な用事があるときは1時間前には現地に移動しておくタイプだった。それこそ県職員の試験を受けたときもそうだった。


「おはよう。早いね」


「あ……おはようございます!」


 声をかけられてそちらを振り向くと、企画広報班の野田班長がそこに立っていた。私はあわてて挨拶を返す。


「9時までまだ先は長いから、ゆっくり待ってて。先に会場を見てきてもいいよ」


「はい。そうしてみます」


 野田班長に頭を下げると、私は会場の方に歩いていった。


 JK課アンテナショップは例えるなら小型のコンビニ程度の広さしかない。人を集めてイベントをするには役不足だ。だからイベント会場はここから歩いて2分程度のところにある中央公園で行うようだ。


 会場に近付くと、既に何人もの人が忙しなく動いているのが見える。ロープは張られていないが何となく入りにくい雰囲気だ。


「おはようございます!」


 私の姿を見て、おそらくスタッフの一人であろう女性が声をかけてきた。


「お、おはようございます。……あの、中に入って見て回ってもいいですか?」


「ええ。もちろん」


 スタッフの人は私にそう答えると大きな段ボール箱を手に持ち別の方向に歩いていった。たぶん、このセーラー服を見ただけで私がJK課の職員だと言うことは分かったのだろう。


 私は会場内に足を踏み入れる。会場内はフリーマーケットのようなお祭りの屋台のような、たくさんの出店が立ち並んでいた。


 落花生を使ったお菓子や、濡れ煎餅、シーバくんグッズ。JK課と言うよりは単にC県の名産品が並んでいる。近くの駅ビルでも売っているような物ばかりで、面白味はない。


 ふと、私は売り場の片隅に黒く染まった一角を見つけ、興味を引かれてそこに向かった。


「ああ……Qさんか……」


 そこにはいつも睦沢先輩の肩に乗っている変な物体が何体か置かれていた。本物?のぬるぬるした物体とは別に、フェルトでできた普通の?ぬいぐるみやシルバーアクセサリーもあるようだ。


 これが売れる理由は私にはさっぱり分からないが、まあ専用の売り場を用意するくらいには売れているのだろう。


 その隣にはJKのためのオフィス文具、と題した売り場があり、私たちも使っているラメ入りの名刺や、同じくラメ入りの付箋、スマートフォン風の電卓等が置いてあった。こちらは先程の一角よりは理解できる。


 おそらくこの周辺の売り場ではJK課が開発した商品が販売されているのだろう。


 私は出店を見て回ると、最後にステージに近寄った。


 その組立式のステージは、金属製のパイプがむき出しになっていて、飾り気はない。お世辞にも立派なものとは言えなかった。


 とは言え、ステージはステージだ。地面よりも一段高い場所と言うだけでも存在感は有り、その上に立つことを想像するだけでも私の身は震える。


 ステージの裏手に回ると、壇上に登る階段が目についた。横幅も狭く、足を乗せる面もあまり長くない。私の適当な印象では、シーバくんになってこの階段を登るのは少し大変なように感じた。


「こんな感じで……こう……」


 私はシーバくんのサイズや視野を想像しつつ、その階段を登ってみる。とは言え、そもそもシーバくんが私の想像の産物でしかない今そんなことをしても、気休めにしかならなかった。


「……戻ろうか」


 私は予行練習を諦めて、アンテナショップに戻ることにした。




 私がアンテナショップに戻ると、店の前に柏さんの姿が見えた。


「きのちゃーん。おっはよー」


 柏さんは私に気付くと手を大きく振って声をあげる。休日の9時前と言うこともあって、駅前は普段より人通りが少ない。そんな中で柏さんの声はとてもよく通った。


「お、おはようございます」


 私は柏さんに駆け寄る。柏さんの声に気付いたのか、アンテナショップの中から企画広報班の残り二人、野田班長と睦沢先輩も姿を現した。


「全員揃ったね。それじゃあ、軽く打ち合わせをしとこう」


 野田班長は手元で丸めていた紙をぱんと叩くと、その紙を広げる。


「イベントは予定通り10時開始。私たちは30分前に現地入りして、ステージの裏にある仮設の小屋の中で待機。衣装に着替える人はそこで着替える」


「は、はい」


 衣装に着替える人である私は返事を返した。


「まず司会の人が最初に今日のイベントについて軽く会場に説明する。3分くらいしたらJK課職員の出番が来るから、私たち三人がステージに上がる。シーバくんの出番はまだ」


 野田班長は各々の顔を見ながら、そう伝える。


「JK課の挨拶は私がやる。5分くらい話す。最後に新規採用職員の紹介をするから、そうしたら柏さんの出番。同じく5分程度時間をあげるから、好きなことをやる」


「えっ」


 その言葉に私の方が驚いてしまった。


「柏さんも結構大変な役割なんですね」


 私がそんな感想を漏らすと、柏さんは両手を軽く上げてみせる。


「まあちょいとJK課の広報担当として顔を覚えてもらわんといけないからね。やり過ぎなくらいアピールしてやんよ」


 柏さんは私の心配とは裏腹に楽しそうな声でそう言った。彼女は本当に企画広報班向きだと、私は改めて思う。


「で、あかねがやり過ぎなくらいアピールしたら、私が止めに入る。そこでJK課の紹介は終わり。次に司会がスペシャルゲストの紹介をするから、そうしたらシーバくんがステージに上がる」


 ようやく自分の出番が説明され、私は身を引き締める。


「全員がステージ上に揃ったら、今日の会場で販売している名産品のうち一品を選んで、その魅力を会場にアピールするって企画をやる。私は醤油ドーナツ、小滝は柄長うちわ、あかねは落花生マカロン、シーバくんはシーバくんカレー」


「シーバくんカレー……」


「シーバくんのように真っ赤なカレー。辛いと見せかけて実はC県産のトマトたっぷりの甘口カレー」


「ははあ……」


 展開についていけず私は変な声を出す。


「シーバくんは話せないから、カレーの箱を持ってお客さんに見せる動きをするだけで大丈夫。心配する必要はないよ」


 野田班長は私にそう伝えると、手に持っている丸めた紙をまたぽんと叩いた。


「名産品の紹介が終わったら私たちは舞台から降りる。司会の人が会場内の他の名産品の紹介をしている間に、小滝は急いで衣装に着替える」


「え? 睦沢先輩が着替えるんですか?」


 私が首を捻ると睦沢先輩は頷いた。


「このセーラー服で歌っても、雰囲気が出ないですから」


 睦沢先輩は訳のわからない返答をしてきて、私の中の疑問符がさらに膨れ上がる。


「名産品の紹介が終わったら最後に小滝が一曲歌うんだ」


「歌……えええ?」


 野田班長が改めてそう説明してくれたが、私の中の疑問符は全く消える気配がない。


「私の滾る熱情を伝えるには言葉では足りなくて、歌うしかなかったと言うことです」


 睦沢先輩がさらに訳のわからない言葉を続け、私の疑問符はオーバーフローした。まあいい、ともかく私には関係のないことだと思おう。


「……それで、シーバくんの出番は終わりですか?」


「私たちはその後も会場で売り子をやるんだけど、シーバくんは体力使うだろうから。ステージを降りたら小屋に戻って、元の姿に戻っていいよ」


 野田班長はそう説明する。ともかく自分のやることは分かった。たいした役割もないし、難しそうな部分もなかった。しかしそれとは裏腹に、私の中では緊張が段々と膨れ上がっていった。




 本番15分前。私たちJK課の四人は、ステージ裏手の小屋で待機して、出番を待っていた。


 日曜日にC市のど真ん中でイベントを行う以上覚悟はしていたが、会場のざわつきがここまで響いてくるくらい、観客の数は多い。


 この小屋に入る前にイベント会場を改めて見てみたが、既に100人程度は集まっているようだった。イベントが始まってから集まってくるだろう人たちのことも考えると、今の数倍は観客が増えそうな気がする。


「そろそろ……シーバくんになってもいいですか?」


「そうだね。いいんじゃない」


 野田班長が肯定の言葉を返してくれたので、私は小屋の奥、ついたてで隠れたスペースに歩いていった。


 ついたての奥には折り畳み式の長机があり、その上には色々なものが雑多に置かれている。その中に私と柏さんがシーバくんを入れた箱もあった。


 私はその箱を開き、シーバくんを中から取り出す。そしてまずはシーバくんの胴体の部分を地面に広げた。私はシーバくんを傍らに置いて、まずは自分のセーラー服を脱ぐ。


 シーバくんになるときは動きやすい服装で、とマニュアルにあったので、今日はセーラー服の下に中学校で使っていた体操服を着ていた。だから、セーラー服を脱ぐだけで私の着替えは終わる。


「…………」


 私は少し躊躇しつつ、シーバくんの胴体に足を差し込んだ。


 表面の感触とは異なり、シーバくんの中は柔らかくはない。少し特殊な衣類を着ているような感覚だ。どちらも着た経験はないが、潜水服や宇宙服と似たような着心地かもしれない。


 私は続いて頭の部分を手に取る。こちらも内部を見るとヘルメットのような雰囲気をしている。胴体だけを身に付けている状態に私は不安を覚え、私はさっさとそれを被ることにした。


「重……」


 それを被ったときに想像以上の重みがあり、思わず私は声をあげてしまった。あわてて私は手を口で押さえようとしたが、手をうまく口の部分に持っていくこともできない。


(動きにくい……)


 私は体を適当に動かしてみる。胴体の部分は想像以上に動かせるのだが、とにかく重い頭が厄介だ。重さそのものではなく、重心が不安定すぎる。ふらつく頭を首で支えなければならず、疲れる。


 次に気になったのが、視野の狭さだった。正面は見えるが、側面は全く見えない。つまりそれは別の方向を見るときに頭ごと動かすことになり、頭を動かすとまた頭がふらつき首が痛くなる。


(シーバくんって大変だ)


 少し動くだけでこの有り様では、間違っても演技はできないだろう。それこそぬいぐるみのようにその場に立っているだけの方がいいような気がした。


(演じるのではなくなりきる……か)


 私は先輩からのアドバイスを改めて思い出す。体が動かないのなら、せめて心くらいはシーバくんになりきろう。さっきのように声を出すなどもっての他だ。


(私はシーバくん。シーバくんはC県に住む不思議ないきもの。好奇心が旺盛で挑戦が大好き……)


 私は繰り返し心の中でシーバくんのことを唱えることにした。




「おおおー! シーバくんだー!」


 私がついたての後ろから姿を現すと、柏さんが歓声をあげる。


「握手してください! あくしゅー」


 私は差し出された手を握ろうとして、しかし視野が狭くその手の先がどこにあるか確認できなかった。私が伸ばした手の行き場を探していると、その手が誰かに握られる。そして上下に大きく振られた。


「見えないんだ?」


 柏さんは私の今の動きだけで、それを察する。私は頷こうとして頭を下げ、頭の想像以上の重みで前に倒れそうになった。


「おっと……」


 柏さんは両手を伸ばし私の体を押さえる。


「シーバくんも大変だねえ」


 そして先ほどの私と全く同じ感想を呟いた。


「シーバくん。今日お手伝いをしてくれるスタッフの人を紹介してもいいかな?」


 野田班長の声が聞こえたので、私は体ごとそちらに向く。この体型では、頭だけ動かすのは難しいと言うことを私は理解してきた。


 私が体を向けた先には、野田班長と睦沢先輩の他に、もう一人女性が立っていた。先ほど会場を見て回った時に見かけたスタッフの人と同じ格好をしている。つまり、彼女もイベント会社のスタッフだろう。


「公津です。今日はシーバくんのお手伝いをさせていただきます。私は側を離れませんので、何か問題が起きたときはこうして、両手をぶらぶら振ってください」


 彼女はそう言いつつ私に近寄る。そして、私の両手が揺さぶられた。


「こんな感じです。この動きをしていたら私が近寄って問題を察して解決します。困ったら手をこう振ってください」


 そしてまた私の手が揺さぶられた。この動きはこの図体でも簡単にできる。自然と出る動きではないし、焦っているようにも見えない。考えられたサインだと私は思った。


「それでは、10時まで後6分です。まずはイベントの開始を待ちましょう」


 公津さんはそう言うと、私の視野にぎりぎり入る程度の位置に動いた。それは私の視野を明らかに理解していての動きで、私は軽い安心感を得る。


「あかねは大丈夫? 緊張してない?」


「私は、まあ……全く緊張してないっすね。失敗どんとこいって感じで気楽に構えてます」


 野田班長に声をかけられて、柏さんは普段の調子で答える。


「ジャグリングって準備はいらないんですか?」


「スポーツじゃなくて芸なんで、いつでもどこでも咄嗟にできないと」


 柏さんはそう言うと、突然どこからか数個のボールを取り出して、それを順番に上に放り投げていく。ボールは天井ぎりぎりをかすめ、落下し、また柏さんの手元に順番に戻っていった。


「おお、うまいうまい」


 野田班長は軽く手を叩いてみせる。私はというと、また話についていけなくなってきた。


「私は今日ジャグリングをやるんだよ。子どものころからやってたから、簡単な奴ならそれなりにできる」


 柏さんは私の方を見てそう説明すると、今度は地面に向けてボールを何個か投げた。それは地面で勢いよく跳ね返り、また天井付近をかすめ、落下してくる。


 柏さんはいつの間にか後ろを向いていて、背中越しにそのボールをキャッチした。


「芸人は失敗が許されないけど、私は失敗もネタにできるから。素人無敵って感じ」


 最後に柏さんは両手を広げ、ボールを左手から右手まで体の上で転がしてみせる。柏さんは素人と言ったが、少なくとも数日の練習では明らかにできない動きだった。


『みなさん、おはようございます! これより第6回、JK課アンテナショップ販売促進会を開催します!』


 突然、マイクを通した大音量の声が響いてきた。


「10時です」


 スタッフの公津さんが手元の時計を見てそう告げる。こうして、私と柏さんにとっては初体験のイベントが始まった。

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