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ヒケンシャ

 ぼくが生まれた場所は、透明なカベに囲まれた空間だった。そのカベはまるで監禁するみたいに立方体におおわれていて、その中にはぼくによく似た仲間がいた。

 カベの向こう側には、白くて薄い服を着た大人たち。その人たちは、ぼくらに食事は与えてくれるけれど、狭い部屋の中から出してくれようとはしなかった。大人たちみんなが、ぼくらを興味深そうに見つめてる。

 それはぼくにとって人生と形容できるぐらい当たり前のことで、とても居心地の悪い世界だった。


 ある日を境に、大人たちの様子が変わった。ぼくらを見る目が狂気に揺れていた。右手には治療の時に使う注射器を持っている人がいて、その人がぼくらの住処に入って来た。

 ぼくの一番の親友――といってもカベの中にはぼくと2人だけだったのだけれど――の小さい体は簡単に取り押さえられて、抵抗も出来ないまま注射器を打ち込まれた。大人の親指に力が込められると、コハク色の液体が親友の身体に侵入していった。ぼくの親友は、うめき声をあげてぼくを見つめてきた。動けなかった。

それから体温や心拍数などを機械的に測ると、大人たちは満足そうな顔をして視界からいなくなった。監視役か、1人だけ残ってはいたけれど。ぼくは静かに親友のそばに近よった。

「大丈夫?」

「……多分」

 ぼくの親友は、注射器を刺された部分を気にしているようすだった。その部分には、彼の体液か注射液か分からない、小さな水滴が付いていた。

 触る気にはなれなかった。


 それから毎日、大人たちがぼくらの生活空間に訪れた。食事を与えてくれる人がいるから、それ自体は珍しいことではないけれど。白衣を着込んだ大人たちは、ぼくの親友に毎回液体を注入し、ノートパソコンというもので、親友の心拍や血液から得られるデータを嬉々としてまとめていた。

 名前の分からない誰かが真剣な表情で打ち込んだ情報を、沢山の人間が腕を組んだり首を捻ったりしながら覗き込む。

 その背後、ぼくの隣では、ぼくの親友が方で息をしながら衰弱しているというのに。

「狂ってる」

 ぼくの呟きは、当然のように彼らには届かなかった。


 ぼくの親友は、案外あっさりと息絶えた。特に目立った外傷もなく。苦しみのあまり、暴れて透明なカベをかきむしっていたのが、とても印象的だった。その行動はカベの中の生活に慣れたぼくからすると、以上過ぎる行動選択だった。

 息絶えたぼくの親友は、死亡が確認されるとすぐさま隔離区域から取り出された。遺体は丁重に、そう丁重にどこかへ運ばれていった。ぼくは、何とも言えない気分でその姿をただ見つめていた。

 そして、ある程度予想していた展開。

 ぼくの身体は軽々と持ち上げられた。ぼく程度の力ではほどけないぐらいの力強い拘束。そして視界に出現する、身の毛のよだつような注射器。最近の注射器は小さく、細くなって痛みも減ってきたらしいけど、そんな気が全くしない。

 手袋をはめて注射器を持った男性の顔は、醜く歪んでいた。ぞわりとして、思いっきり暴れてみても、力強い拘束が解けるはずもない。

 注射器が、ぼくの身体に突き刺さる。

 皮膚が貫かれる強烈な痛み。

 ぼくの血液に、流れ込んでくる不純物。

 局所的に締め付けられるような痛み。

 最悪な気分だ。


 それからのことは特に語らなくてもいいかもしれない。

 大体ぼくの親友と全く同じ目に遭ってるだけの話だ。

 分かったことは、最近ご飯を食べようとすると、気持ち悪くて吐いてしまうぐらいのことだろうか。

 あぁ、歩くと体の芯がとても痛いのもそうか。

 どちらにせよ、ぼくの身体は日に日に衰弱していって、大人たちはその姿を喜んで観察し、ぼくがどれだけ弱っているかデータとして読み出していた。

 それも、もう限界に近い。

「……これで、満足?」

 ぼんやりと霞んできた景色の中、ぼくは傷1つ付かないカベをひっかきながら呟く。表情ももう良く見えない大人たちが、笑っている気がした。



「――やはり妙だな。人間だと大腸がんになるはずだが、ラットでは小腸の方が大腸より速い。これはラットの問題か? 他の実験動物ではどうだろう? どちらにせよ、これだけではデータが足りないな。次の実験を用意しよう」


Fin…


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