第五話 真治のチートな魔力
お腹の虫に悩まされつつも、ヒレンに道案内をされながら近くの街に向かってトラックを走らせている。
どこに行くにも一瞬で行けてしまうヒレンは、少ない記憶を手繰り寄せながらの道案内。今はもう石畳のない草原を走っているトラック。時々魔物に出くわしながらもヒレンがそれを追い払いつつの旅だ。
再び走り出してからどれくらい経っただろうか。すでに陽は傾き空にはうっすらと夕焼けが見え始めた頃、ようやく街に辿り着いた。街の名前はアリシュリム。街のほとりには大きな川が流れており、川の向こうには村が見える。村と街は一本の橋でつながっている。ヒレン曰くこのありアリシュリムは、新鮮な農作物と新鮮な家畜肉が有名なのだそうだ。それだけに街は商業地区が大きく、五日に一回大きな朝市があるのだという。
で、今ヒレンはどうしているのかというと、人に見られるのはまずいかもということで、真治の上着の胸ポケットに入っている。元々形を成していない精霊だから、胸ポケットに入ってもポケットが膨らむこともないのだ。
で、真治のトラックはというと、この世界、取り分けこのマキアート王国には「運び屋」というトラックのような乗り物で大量のものを運ぶという仕事があり、そのための駐車場のようなものが整備されている。そこに真治はトラックを留めているのだ。あと、ヒレンに分けてもらった銅や一円玉は、何かのためにとトラックに積んであった小分けのビニール袋に入れてそれをリュックに入れて持ってきている。
夕方とはいえ、いや夕方だからこそなのか街の人通りは多く、さらに美味そうな匂いがあちこちからしてきて、空腹の真治にはたまったものではない。
「なあ、ヒレン」
「なに?」
「銅とかってどこで換金してもらえるんだろうな……」
「ん〜、とりあえず人に聞いた方がいいと思うよ」
「だよな……」
とりあえずと、役所みたいなものが見えたのでそこに入ってみることにした真治。入ってみたはいいが、そこには剣や鎧をまとった屈強そうなおっちゃん、お兄さん、お姉さんたちが屯っている。見かけない服装の真治が入ってきたことで、屯している連中の目が真治に集中する。さすがに尻込みする真治。さらに顔はひきつっている。
「うあ!ちょっと怖いかも……」
「だいじょぶだよ、しんじにはあたしがついてるって」
「で、でもよ……」
「だいじょぶ、襲われそうな時にはあたしの名前を呼んで。そしたらあたしがしんじの前に姿現すから」
「お、おっけー……そんときは頼んだ……」
「任されたよ!」
「あ……」
「な、なに?」
「換金してもらう時には小分けした方がいいかも……」
「小分けって銅はひと塊になってんぞ?」
「あ、いやアミニウムの硬貨だよ。さすがにあれだけの量を出しちゃったら拙いことになりそう」
「りょ、りょーかい……」
とりあえず窓口みたいなところにちょびちょび進む真治。顔はひきつったままだ。
やっと窓口まで着いた真治の前には、きれいなお姉さんがいた。年は二十歳ちょっとくらいだろうか。まっすぐのブロンドを肩口でそろえてあり、髪はきらきらと輝いて見える。さらにメガネッ娘だった。メガネッ娘キター!
メガネッ娘が真治にニッコリ笑う。真治もニッコリとは程遠い笑いを浮かべる。
「冒険者ギルドへようこそ」
冒険者ギルドキター!「やっぱあるんだ」と心の中でアハハと笑う真治。
「どんな御用でしょうか?」
「えっと、実は換金してもらいたいものがありまして……」
「はい、ギルド証はお持ちですか?」
「は?……いえ持ってません」
「商業者ギルド証でもかまいませんが?」
「すみません、それも持ってません……」
真治が答えると、メガネッ娘はすまなそうな顔になる。
「申し訳ありませんが、ギルド証がないと換金の取り扱いができないんです。もしよろしければ今作ることも可能ですが……」
ギルド証がないとできないんじゃしょうがないか……
「じゃあお願いします」
真治が答えると、紙と羽根ペンとインクを出してきた。髪を見てみると、なぜかひらがな。すべてひらがなである。
「なあヒレン」真治が小声でヒレンを呼ぶ。
「え?今出る?」とポケットからひょっこり顔を出すヒレン。
「いや、ここの文字って。あー言ってなかったっけ。アルカーナ文字だよ。どこの国でもアルカーナ文字が使われてるよ」
と平然と答えるヒレン。ひらがな=アルカーナ文字……。正直真治にとってはほっとする字だった。
「何か?」
メガネッ娘が首をかしげている。
「あ、いえ。何でもないです……ハハハ」
とりあえず取りつくろっておく真治だったが、顔はひきつっていた。
「えっと、これに書けばいいんですか?」
「はい。ご不明な点があれば言ってください。字がわからなければこちらで代筆もしていますので、おっしゃってください」
「アハハ、ありがとうございます。字はわかりますので」
「では、お願いします」
書く項目は……
・なまえ
・ねんれい
・せいべつ
・しゅぞく
・じょぶ
である。
何というか日本の役所と比べたら項目の少ないことだ。
とりあえず、「なまえ」には「ありが しんじ」、「ねんれい」には地球年齢と同じ「29」を、「せいべつ」には「おとこ」に丸をつける真治。しゅぞく……種族って事でいいのかな……人ってことで良いんだよな?……悩む真治。しかしいくら考えてもわからないものはわからない。わからないところは聞けと目の前のメガネッ娘が言っていたのを思い出して、聞いてみることにした。
「すみません」
「はい、なんでしょう?」
なんでしょう?もなにも、メガネッ娘は真治が書いている間ずっとニッコリ営業スマイルで真治を見ていたのだが……。
「えっと、しゅぞくって……」
「はい、えっと「しんじ」さんは、人間ですよね?」
「えっと、人間以外にあるんですか?」
まあそうなるだろう。地球で文字が欠けてしゃべれるものと言えば人間しかいない。だが……
「はい、人間以外に、竜人族、ネコ族、イヌ属、トラ族とありますので」
「へ?」
さすがファンタジーだと思った真治だった。
「それで、しんじさんは、人間ですよね?」
「え?あーはい。人間です」
「では、「ひと」と書いてください」
メガネッ娘から言われたように「しゅぞく」の欄に「ひと」と書く。
「他には何かありますか?」
「えっと、この「じょぶ」ってのは……?」
「あ、そうですよね。こちらは「ゆうしゃ」「けんし」「きし」「まどうし」とあるのですが……
とりあえず、「ゆうしゃ」に関しては初めはなれません。というか歴史上まだ二人しかなっていません。
次に「けんし」ですが、剣を使う「じょぶ」です。
「きし」は、貴族出身の方でしかなれません。
最後に「まどうし」は、魔術が使えるかどうかによって変わってきます。それにそもそも魔力がどれだけあるかによってもなれるかどうかが変わってきますので、こちらで魔力を見させていただく必要がありますが、一定の魔力があることが分かれば「じょぶ」として認定されますよ」
丁寧に説明してくれるメガネッ娘。どうするかなーと真治が考えていると、
「とりあえず、魔力を図ってみましょうか?この石に左右どちらでも構いませんので手を置いてください」
と何やら平らな石を出すメガネッ娘。石で魔力を検査……さすがファンタジーな世界だ……。
「じゃあ、とりあえず……」
真治は、メガネッ娘が出した石に左手を置いた。
こういう時、転生ものの小説とかだと魔力がチートだったりするんだよな……と考えていると、石が光り始める。そして、落ち着いた色は虹色。しかもその光は強い。
この光を見たメガネッ娘は「うそでしょ?」という一言を残して奥に下がってしまった。
あ、あの……この手はどうすればいいんでしょうか?そもそも魔力ってあるのかないのかもわからないし……。とひきつった笑いを浮かべる真治。
少し間があって、ドタドタとさっきのメガネッ娘と中年太り真っ盛りのおっさんが走ってきた。
おっさんは、真治の手が乗る石の光を見て驚きの表情をした。
「こ、これは!……」
おっさんが驚くのを見て、周りのお姉さんやおばさんがたちどころに集まり始め、さらに広いロビーみたいなところに屯していた怖そうな連中も何事だと騒ぎ始めた。さらに職員たちが「今日の業務はここで終わります」と言いながら真治が立つ窓口以外は扉が閉まる。怖そうな連中の中にはギャーギャー騒ぐ者もいるにはいたが、そこはそこ。騒ぐ連中よりも強い連中に取り押さえられ、外に連れ出されていく。
おっさんとメガネッ娘が何やら二言三言話してから、メガネッ娘が
「しんじさん、申し訳ありませんが奥の部屋に来ていただけませんでしょうか?」
と真治から見て右奥の扉を指さした。
「わ、わかりました……」
いったいどういうこと?と首をかしげながらもメガネッ娘の指す扉から中に入った。この間、ヒレンはというと……ポケットの中ですやすやと眠っている。
☆☆☆ ☆☆☆
メガネッ娘の指す扉から中に入った真治は、さらに奥の部屋に通された。そこは結構広く、奥に大きな大理石で作られたような立派な机があり、扉の左手にソファが小さいテーブルをはさんで向かい合うように置かれている。真治はソファに座るように勧められるままに腰を下ろす。真治の向かいには左手にメガネッ娘、右手におっさんが座った。
「あの、なぜこんなところに?」
真治は、とりあえず気になったことを聞いてみた。
「はい、実は……」とメガネッ娘が言いかけたのをおっさんが止めた。
「これは私から説明しよう」とおっさんがソファに座り直す。歩っこり出たお腹が邪魔そうだ。しかも口に蓄えたちょび髭が何とも言えない雰囲気を醸し出している。
「まずは、自己紹介をしておこう。ワシはアリシュリム冒険者ギルドのギルドマスターを務める、ライーザ=コトフ。以後よろしく」
やっぱりギルドマスターっているんだ……つか、このおっさんギルドマスターっぽくないなー……などと失礼なことを考えている真治。
「はあ、よろしくお願いします……」
「で、だな……。えーっと……これは「しんじ」が姓なのか?」
あ、文字はひらがなでも、名前は西洋式なのか……ごちゃ混ぜだな……。
「いえ、「しんじ」は名前です」
「いや失礼。では、名前の「しんじ」で呼ばせてもらおう」
「はい、かまいませんよ」
「では……」
ギルドマスターのライーザが、なぜ真治をこの部屋によこしたのかの説明を始めた。
まあ石が反応した真治の魔力が原因なことは薄々は感づいていた真治だったが、問題は真治の魔力の強さと属性だったのだ。
通常、魔力の属性は四大精霊の属性によって表される。つまり、風属性なら緑、水属性なら青、土属性なら白、火属性なら赤という光が出るらしい。ただ、中にはどの属性もないのに魔力だけはあるという者も極々わずか、三年に一人くらいはいるらしいのだが、そういう者はたいていの場合魔術を使えないし、光も黒なのだそうだ。また、まれに複数の属性の魔力を持つ者もいるらしいのだが、その時には、二つの光が分割されて光るらしい。なので多くても4つの光が出ることになるのだが、真治の場合は七つの光。この光を出したことがあるのは、歴史上たった二人のみ。しかもその二人は勇者のジョブを持った二人なのである。一人はアルカーナ創世記に登場するリゲイル=アルカーナという神話に登場する神。そしてもう一人は、マキラート王国初代王でありアルカーナ史上伝説とされる魔王との戦いに勝ったヨシュア=ベリント=マキラート。この二人だけである。マキラート王国は建国八千年を超えており、アルカーナではマキラート建国が地球でいうところの西暦のような意味合いを持っているのである。それに、実際問題ヨシュア=ベリント=マキラートという人物がいたかどうかなんて今持って定かではないらしく、この世界の学者の中ではマキラート建国者は他に似るのではないかというのが最も有力視されている説だったりもするのである。なぜこういう説が出てくるのかというと、ヨシュア=ベリント=マキラートが使ったとされる鎧や大剣が今持って確かなものであるとは信じがたいというのが、ヨシュア不在説を有力視している原因であったりもするからなのだ。まとめてしまえば、七色の魔力を示す者は二人とも神だといってもいいくらいのイレギュラーさなのだから、ライーザ達ギルドの職員が大騒ぎするのもわかるというものである。
ライーザの説明に自分なりにあれこれと解釈した結果……
「うげぇ……」
と、苦虫を噛み潰したような顔になる真治であった。まあ間違っても異世界人ですとは言えない真治。もし言ってしまえばこれ以上にとんでもない状況になるだろうくらいは真治であっても予想できてしまう。そんな時、再び腹の虫が……
グー!
ライーザとメガネッ娘がパチクリさせた目を合わせて吹き出してしまう。真治は恥ずかしいやら情けないやら……。
「なんだ、腹空かしてるのか?」
とはライーザ。少しはオブラートに包んでほしいと願う真治であったが、状況が状況なだけに空腹である事を隠す事は出来ない。とりあえずと苦笑いを浮かべてみるものの、逆に目の前の二人の笑いを取るだけにしかならなかった。
と、メガネッ娘が手を打った。
「そういえば、真治さんは換金に来られていたんですよね?」
「は?はぁ……」
「なんじゃもしかしてお金持ってないのか?」
メガネッ娘の確認に頷いた真治に、ライーザは少し驚いていた。
「はあ、すみません。持ってないです……」
ここまで来ては空腹で無銭である事を正直に言った方が良いだろうと直感で思った真治が正直に答えるも、目の前の二人は逆に真治が無銭であることの意味を考えていた。
「もしかして、盗賊に襲われたんですか?」
「いや、盗賊に襲われたにしては着ている服があまりに上等すぎる。いやむしろ見たことのない服だぞ」
「そう言われてみれば、そうですね……」
「真治……お主何者だ?」
「真治さん、正直にお答えください。事と次第によっては……」
おっさんとメガネッ娘、二人に問い詰められる真治。正直に答えるべきなのか、それとも話をはぐらかした方がいいのかと額に冷や汗浮かべながら思案していた時だった。すやすやと真治の胸ポケットで眠っていたヒレンの鼻フーセンが「パン」と破れて目を覚ました。ポケットから見える真治の顔が困惑している。これは自分の出番かもと勘違いしたヒレンが真治の目の前に姿を現した。しかも向いている方は真治ではなくおっさんとメガネッ娘の方だった。
「しんじをいじめるのは誰?」
いきなり現れた手のひらサイズの緑の光に包まれたちっちゃな女の子。あまりの急な出来事におっさんとメガネッ娘は驚いている。まあいきなりこんなのが現れたら驚くなという方が無理な話である。真治は真治で顔に手を当ててガックリと肩を落としていた。
「……って、あれ?しんじ、どしたの?」
真治を振り返ったヒレンは、落胆している真治に目をパチクリさせている。ヒレンとしちゃ真治のピンチを救おうと出てきた正義のヒーロー(この場合はヒロインか?)気取りだっただけに、ヒレンの頬を冷や汗がツーと流れていく。
「えっと……もしかしてお呼びでなかった……かな?」
と聞くヒレンに、真治の笑顔はひきつっていた。
腹減り真治くんですが、、、飯はもうチョイ待って・・・