第三話 姫様の悩み
メインヒロインの登場です。
真治とヒレンが漫才をやっている時から少し遡って、マキラート王国王都ラッシュベルクは王宮の一室。
ヒラヒラの水色のドレスを着たいかにもお姫様なブロンドに青目の美しい少女、名をアユカ=ベールズ=マキアートという。この国の第二王女だ。アユカは目の前のタキシード姿の初老の男をじっと見つめている。
「私が召喚致しました方はどちらに落ちたかわかりましたか?マクディオ」
初老の男、名をマクディオ=レーリッヒ。アユカの執事である。マクディオはアユカの問いにただ首を横に振るだけで答えとした。
「あの方が見つからないと、私はコラール帝国皇帝の元に嫁がなくてはなりません。いくら政治的とはいえ、私はあの方へ嫁ぐことだけは嫌です。もっと人を増やして捜索範囲を広げてください:
「かしこまりました、アユカ様」
マクディオは恭しくアユカに礼をすると、部屋を出て行こうとドアノブに手をかけた。それをアユカが止めた。体ごとアユカを向くマクディオ。
「あと……あと七日以内に探し出してください」
アユカは立ち上がると、自分を向いて立つ目下であるはずのマクディオに深く頭を下げた。
「お願いします、マクディオ……」
マクディオはアユカの肩をつかむと自分に頭を下げるアユカにそれをやめさせた。
「そんなことお止めください、アユカ様。私はアユカ様に忠誠を誓った者。そんな私に頭を下げるなどしてはなりません。アユカ様は毅然と私に命令なさればよろしいのです」
「良いですね」と、マクディオはアユカをのぞき見る。アユカはコクンと頷くだけだった。
「私もケビン皇帝にアユカ様を嫁がせるなどさせません。帝国とはいえ小さな国を併合しただけの小帝国。それに我が国との条約があるのですから、いくらアユカ様が婚姻を断ったとしても条約を破るような真似はしてこないでしょう。むしろそうなったときは、あちらの全国民から愚帝として罵られるだけですし、仮に我が国に侵攻してきたとしても、東のサマーリア王国、南のラージル王国が黙ってはいません。どうかアユカ様にはご自身の幸せのために婚姻をしていただけますよう、このマクディオ尽力いたす所存でございます。どうか、このマクディオにお任せくださいませ」
「ありがとう、マクディオ。いえ、お爺様……」
アユカはマクディオの胸に飛び込んだ。
マクディオ=レーリッヒ……。妻であり前女王であったマリア=ハルト=マキラートを亡くした後、名を旧姓に戻し、当時一九歳であったレギルに国を任せ、アユカが生まれてからはアユカの執事としてやってきた。そんな折コラール帝国が「白の姫君」と呼ばれるアユカをケビンの妻としてよこせと言ってきた。しかし王レギルはコラール帝国の要求を無視。しかし農作物の輸出先の大部分がコラール帝国であるというマキラート王国に対し、若い皇帝ケビンはマキラート王国からの輸入を全面カットするという圧力をかけてきた。これによって農家は大打撃を受け、さらに輸出の代わりにと入ってきていた金も国庫に残るのは圧力前の四分の一という状況にもなり、輸入への金銭支払いも困難を極めてきている状況にある。国王レギンは、泣く泣くアユカの説得に入ったが、嫌がるアユカを無理やりにとはさせたくないのも親としての心情。しかも正王妃と第一王女でありアユカの姉であったナユカを三年前に病で亡くしており、次期国王はかつて側室であり現王妃でもあるメリーヌとの子供第一王子であるスチュワートということになっている。そういう訳で、アユカには政略結婚という大役を果たすべき位置にいる事も確かではあるのだ。ただ皇帝ケビンがまともな人間ならアユカも国のためにと身を投じたであろうが、皇帝ケビンの二つ名は「冷徹の若皇帝」である。なぜそんな二つ名になったのかというと、それは二年前に遡る。
前皇帝ミケルは、国家財政に苦しんでいた小国をコラール帝国の配下に入れることで小国国民の生命を守った誰からも親しまれ敬れる皇帝だった。が、そのミケルを生温いとし、実父を毒殺してまで皇帝の座にのし上がったのが当時の第一王子ケビン、現皇帝ケビンその人である。さらに国中の町や村から美人と称される少女たちを強引に奪い、飽きるまで体を弄び、飽きたら部下への性的奴隷として与えた。さらに使えなくなるとそのまま殺してしまっていた。
またケビンに異を唱える者は、その場で斬首刑とした。これによりケビンに逆らえる者は国から消えてしまったのだ。そしてついた二つ名が「冷徹の若皇帝」である。
そんなケビンの元に国一番の美人とうたわれる愛娘を差し出そうとする親がどこにいようか。
ケビンがこういった愚劣な事をしているのは何もマキラート王国だけではない。隣国であるサマーリア王国、ラージル王国からも搾取しているのである。だが、そんな国同士が手を結んだらどうなるか、それくらいはケビンにも分かっていたため、ケビンはそれぞれの国へ嘘の情報を流し、さらに国同士で連携しようとした場合は、国を滅ぼすと脅しをかけてきたのだ。普通の状態であればケビンに屈しないだけの国力を誇るマキラート王国、サマーリア王国、ラージル王国であるのだが、コラール帝国は三国の向こう側に位置する大国ラスビア王国と手を結び、両側から脅しをかけるという作戦に出たのである。もちろんラスビア王国には、三国がよからぬことを考えているというでっち上げをし、ケビンの愚案で国力の下がった自国から実妹であり、かねてからラスビア王国国王タガートが目をかけていたメリッサをめとらせることで協定を結んだというわけである。
そんなアユカは、自分の身に降りかかった思いもよらない事案に心を悩ませ、一度異世界を見てみたいと時空魔法をかけた水晶玉に映ったのが真治だった。そこには重たそうな金属の籠を汗を流しながら押していて、にこやかに談笑する真治の姿にアユカは一目ぼれしてしまったのだった。さらにアユカにとって見逃せなかったのは、真治の体から立ち上る魔力を示す光だった。その示す魔力の色は七色に見えた。ただの一目ぼれだったのなら目に焼き付けた真治の笑顔だけでどんな苦労も乗り越えて行けただろう。しかしあの魔力を見てしまっては、アユカは成り行きに身を任せるような事はしたくないと強く思ったのだ。だからこそ父であるマキアート王に進言し、真治をこの世界へ呼び寄せることにしたのだ。時空魔法は大量の魔力を消費する魔法の一つ。まだ一〇〇パーセントの確率で時空魔法が使える状態ではなかったのだが、背に腹は代えられないと勢いだけで真治を呼び寄せたのだが、魔法の途中で力尽きてしまったアユカ。そのために今アユカは必死に真治を探しているのであった。
☆☆☆ ☆☆☆
ところ戻って真治とヒレン。なぜか真治はヒレンを目を輝かせて見つめていて、ヒレンに至ってはドヤ顔で胸を張っている。
何があったのかといえば、落胆している真治にヒレンの風の魔術で真治を重力に逆らって浮かせて見せたり、キャビンの窓を閉め切った中でエアコンもつけずにヒレンの風だけで涼しくしてみせたりと、ゲームでそれなりに魔法というものに多少なりとも憧れを持っていた真治は、たったそれだけでヒレンを尊敬してしまったのだった。
「ヒレン、すげー!」
「アッハー!すごいでしょ!」
パチパチとヒレンに拍手を送る真治に、精霊のくせに天狗になってしまったヒレン。
と、真治がヒレンに気が着いて急ブレーキをかけてからここまで時間にして約一時間ほど。その間エンジンはかけっぱなし。当然スマホも充電しっぱなし。ということは燃料もけっこう減ってるのではと、見たくない結果を見ようを燃料計を見たところ、起きた時に約半分くらいを指していた燃料計の針はなぜか全く動いていなかった。おかしい。やっぱりこの世界に来たことによって燃料計壊れたのかなとちょっと思い返してみると、エンジンをかけた時にガンという音が聞こえて、そして突然ヒレンが現れた。しかもヒレンが現れる前の音はエンジン辺りから聞こえた気がした。そこで、とりあえずということでヒレンに聞いてみることにした。
「なあヒレン」
「なに?」
「ヒレンさ、現れた時顔真っ黒だったんだけど、もしかしてこの下にいた?」
と、真治はキャビンの下を指さした。指さすキャビンの下にはエンジンがあるのだ。
「うん、いたけど?」
それがどうしたの?という顔でサラリと答えるヒレン。
まさかなーと思いながらも、やっぱり聞いてみることにする真治。
「で、エンジンで何かやった?」
「エンジンって?」
ヒレンは目をパチクリさせてさらに首を傾げて言った。
「この下にある金属の塊でワンワンいう奴……」
真治のつたない説明に人差し指を顎においてしばらく考えたヒレンが、手をポンと打った。
「あ、あの筒の中にハンマーが行ったり来たりして爆発する奴?」
ヒレンはピストンと爆発を大げさに示して答えた。しかしその目はランランと輝いている。
対して真治の顔はひきつっていた。
「そ、そう。そのエンジン……何かした?」
「何かって、冷たい風がワーッときてハンマーがガーッて上がってきて、ボカンって爆発して黒い煙が筒の外に出て行ってたのを見てたんだよ。ただちょっとうるさかったのとなんか臭い水みたいなものがブシュッて飛び出してきてたから、風の入り口と飛び出てくる水を止めて、あたしが風送ってるの。風は私の得意分野だから、今私が何もしてなくても常に新鮮な風が筒の中に入っているという訳。少しは静かになったでしょ?」
そう答えて、再びドヤ顔でニッコリ笑うヒレン。いや、可愛いのだが……
「ハハハ……だんだんとこのトラックが知らないトラックに変わっていくー……」
「だいじょぶだいじょぶ!このヒレン様がついてるんだから!」
何もわかっていないヒレンが、崩れ落ちる真治の頭をポンポンと撫でるのだった。