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打倒野菜帝国  作者: 魔法使い
諸国漫遊編
3/3

哀しみのきゅうり

 古い民家の囲炉裏を囲み、老夫婦と勇者フィアが食事をとっていた。


「勇者さま。お口にあいますか?」

「うにゃー、美味しい!」


 伝説の剣バンノボウチョと伝説の盾オナベノフタを装備した勇者フィアは野菜四天王を倒し、ヒャクショーとされていた人間達を解放した。

 だが野菜帝国が滅んでも各地には狂化野菜が残っているのだ。

 そこでフィアは己の修行を兼ねて先日旅に出た。今日は通りがかったこの村に泊めてもらう予定だ。ここは村長の家である。

 フィアは村長夫人の作った料理に舌鼓を打っている最中なのだ。


「きゅうりが一杯だね」


 ぽりぽりと漬物を齧りながら言った。ご飯とよく合う漬物だ。


「うちはきゅうりを作ってるんですよ」

「そうなんだ」

「ヒャクショーとして野菜帝国に連れ去られた時はどうなるかと思いましたが……。こうやって戻ってきてきゅうりが収穫できるのも勇者さまのお陰です」


 フィアはにっこり笑った。

 おじいちゃん、おばあちゃんが無事おうちに戻れて良かった。お陰で泊めてもらえ、美味しい夕食も食べさせてもらえている。

 フィアは佃煮に手をのばした。これも甘辛い味付けでご飯が進む。こりこりした食感だが、何の佃煮かわからない。

 その正体が気になり村長夫人へと尋ねる。


「これは何の佃煮?」

「きゅうりの皮ですよ」

「かわ?」

「ええ、勇者さまはきゅうりの成長の早さをご存知ですか?」


 フィアは首を横に振った。すると村長夫人ではなく村長の方が説明してくれる。


「我々きゅうりを育てる農家はきゅうりの収穫時期は戦争です。きゅうりは一日二回も三回も収穫してやらないといけない」

「育つのが早いから?」

「そうです」


 そこでフィアは首を傾げる。大きくなるのは良いことではないのか。どんどん育ててはダメなのだろうか。

 フィアは巨大きゅうりに齧りつく自分の姿を想像した。巨大きゅうりの一本漬け……なかなか悪くない。

 だが村長が苦笑する。


「出荷にはサイズの制限があります。ノウキョーに定められた規格に合わないものは出荷できません」

「それはどうするの?」

「捨てられます」


 フィアは唸った。それはもったいない。

 そんなフィアを見て村長夫人が言った。


「もちろん、我々も手塩にかけて育てた野菜を捨てるのは忍びない。だからあの手この手で自分たちで食べようとするのです」


 フィアは目の前に並んだ料理を見た。

 漬物、佃煮、そして炒め物にもきゅうりが使われている。この炒め物もなかなかのものだ。きゅうりと肉の炒め物など初めて食べた。だがニンニクの風味が良いし、何よりきゅうりが青臭くない。不思議だ。あとで秘訣を聞かねばならない。


「きゅうりは熟すと皮が固くなりますが、その方が佃煮にはむいている。……そうなる前に収穫してやって食べられれば一番なのですけれど」


 苦笑する村長夫人にフィアは首を振った。

 そこまで大切に食べてもらえるきゅうりは幸せだ。

 フィアはうんうん頷くと、美味しい料理を完食した。



 ***



 翌日村長夫妻に見送られて、フィアは旅立った。街道を歌いながら歩く。軽やかな歩調で進んでいたフィアが遠くに見えた緑に立ち止まった。


「何かある……」


 じっとその緑色を眺める。動いている。それも一つ二つじゃない、大量だ。

 嫌な予感が込み上げてきた。

 フィアはバンノボウチョを鞘から抜き放ち、駆け出した。あれは恐らく狂化野菜。それも一体、二体ではなさそうだ。

 距離が縮まると向かう先にいるのがきゅうりの狂化野菜の群れだと分かった。狂化野菜たちもフィアの接近に気付き、迎撃の構えをとる。

 風をきる音がした。フィアはとっさにオナベノフタで身を守る。オナベノフタに弾かれたのはきゅうりの弦だ。

 フィアは魔法で焼き払い、バンノボウチョで切り裂きながらきゅうりの群れの中を駆ける。フィアの攻撃にあたったきゅうりの狂化野菜は赤い光に包まれ、普通の野菜に戻った。

 攻撃をさけながら進むフィアが探しているのは、この群れのボスだ。養父シェイドから聞いたのだ。群れのボスを倒せば全て終わる、と。

 向かって来るきゅうりを倒しながら進むフィアの先に一際立派なきゅうりの狂化野菜がいた。こいつがボスに違いない。

 フィアはそいつの前で立ち止まった。ボスと思われるきゅうりも進み出て来る。


「バンノボウチョにオナベノフタ……お前が四天王を倒した勇者フィアか」

「そうだよ。お前のこともやっつけて美味しく食べてやるんだから!」

「美味しく……か。そううまくいくかな」


 フィアはバンノボウチョを振りかざし駆け出した。きゅうりのボスも弦を鞭のように操り攻撃をしかけてくる。


「勇者よ。お前は我々が何故こんなにたくさんこの場にいるか分かるか?」

「わかんないよ!」


 フィアのバンノボウチョで弦が切断される。だが切断面から再び弦が伸びはじめた。


「我々は歪な形だったり、育ち過ぎたせいで棄てられた哀れなきゅうり!」


 きゅうりのボスの叫びにフィアは思わず立ち止まる。そして周囲を見渡した。ボスほどではないが大きなきゅうりや歪な形のきゅうりだ。中には歪と言っていいのか分からない程度のきゅうりもいる。


「たとえばそのきゅうりを見ろ!」


 ボスが指差したのはちょっとだけ曲がり過ぎているきゅうりだ。


「そいつはほんの僅か規定より曲がっていた為に出荷できなかったきゅうりだ……。ノウキョーの規格はあまりに小さ過ぎ、厳しすぎる! そして我々のような哀れなきゅうり達を生むのだ!」

「でも……」


 フィアは工夫して少しでも棄てるきゅうりを減らそうとしていた村長夫妻を思い出した。そして目の前の怒りを露わにするきゅうりに反論しようとした。だがボスは首を横に振り、フィアの反論を封じる。


「もはやこうなっては話し合いなどする余地はない」


 その言葉にフィアは項垂れた。勇者である自分に出来る事は狂化した野菜たちを倒し、美味しく食べることだけだ。ノウキョーの規格を何とかすることも出来ない。

 きゅうり達のボスがフィアへと向かって来る。フィアは迷いを切り捨て、己もきゅうりへと向かって行った。



 ***



 戦いは終わった。

 見渡す限り、きゅうりだらけだ。狂化から開放されたきゅうりがそこら中に散らばっている。

 フィアはボスきゅうりを拾い上げた。


「また随分と立派なきゅうりだな。にしても、この数!」


 背後で声がし、振り返ると養父シェイドにそっくりなバンノボウチョの精霊が立っている。精霊は呆れたようにきゅうりの山を見渡していた。

 フィアは精霊に近づいた。精霊がフィアの浮かない表情に気付いたのか、不思議そうに首を傾げる。


「勇者フィア、どうした?」


 フィアはノウキョーの規格ときゅうり達の哀しみの話をした。自分が無力だと感じたのはこれが初めての経験だったのだ。

 精霊はなるほど、と頷いた。そして手をポンっと叩く。瞬く間に台所が現れた。


「それについてはお前の養父に相談するといい」

「シェイドに?」

「そうだ。転移魔法で家に帰って相談しろ。バンノボウチョの精霊である俺は時間に制限があり、相談役には向いてない」

「わかった……」


 フィアは頷いた。とりあえず今はこの大量のきゅうり達だ。


「なにを作るの?」

「まずはボスきゅうり。大きくなりすぎたきゅうりは皮を剥いて、タネを取って使う」

「きゅうりの皮……フィアいいレシピ知ってる!」


 今こそおばあちゃん直伝、皮の佃煮を作るのだ。


「よし、じゃあ勇者フィアはこのヘチマみたいなきゅうりの皮を剥いてくれ」


 フィアは皮むき器を受け取りきゅうりの皮を剥き始める。


「今回は何を作るの?」


 思わず気になって尋ねると精霊は気まずそうな顔をした。


「あー、実はなぁ。ウチの冷蔵庫にあんまり食材がなくて……って、そんな目で見るなよ! ちょうどこれからスーパーに行こうかと思ってたところなんだ!」

「スーパー?」

「え、ああ。何でもない。精霊ご用達のスーパーだ。気にするな」

「むー、怪しい……」

「ほ、ほら! 手が止まってるぞ! 何を作るか、だろ? まず育ちすぎたきゅうりは味噌炒めだ。歪なきゅうりの方はそうだな……卵とベーコンが少しあるから炒め物にする。あとは漬物だな」


 フィアは皮を剥き終わったきゅうりを精霊に渡す。そして皮を食べやすい大きさに切り始めた。精霊の方は皮をむいたきゅうりを縦半分に切り、スプーンでタネの部分を取り除いている。そしてそれを食べやすい大きさに切り始めた。


「佃煮つくっちゃうね」

「ああ頼む」


 フィアは熱したフライパンにごま油を入れ、きゅうりを炒め始めた。そしてそこへ砂糖と醤油を加え、汁がなくなるまで火にかける。ゴマと七味をかければ完了だ。


「お、うまそうだな。じゃ、こっちは味噌炒めだ。ごま油できゅうりを炒めるところからだな」


 精霊はきゅうりにある程度火が通ったところで、ニンニクのすりおろしと砂糖を加えた。

 フィアはそれを見て首を傾げる。


「お味噌は?」

「最後だ」


 その言葉通り精霊は最後に味噌を加えて、混ぜていく。味噌の良い香りが漂った。ニンニクの香りも混ざってたまらない。


「んで、あとは歪なきゅうりの方だな」

「面白いかたちー」


 フィアは思わず笑った。精霊はきゅうりをザクザク切って塩をまぶした。


「これは少しおいておく。後で水気を絞るんだ」

「なんで?」

「青臭さをとるためだ。その間に卵を用意する。勇者フィアはベーコンとニンニクを切ってくれ」

「んにゃ!」

「ベーコンは食べやすい大きさ、ニンニクは薄切りだ」


 精霊は卵を割りほぐし、そこにごま油と醤油をちょっとだけいれて味付けした。そしてそれをフライパンで炒める。


「これは後で混ぜ合わせるからとりあえず半熟でいい」


 そう言うと、フライパンから皿に取り出した。そして塩をまぶしていたきゅうりの水気を絞る。


「できたよー」

「よし、こっちも準備完了だ」


 精霊はまずフライパンに油とニンニクを入れ熱する。ニンニクの良い香りが漂い始めたら、そこにベーコンを入れた。


「いい匂い」

「あ、やべ。そろそろ時間が!」


 精霊は焦った表情を浮かべる。


「よし、ベーコンの油が出てきたからきゅうりを入れる。ポイントは強火だ!」

「なんで?」

「歯ごたえが悪くなる!」

「あれ、精霊さん。透けてきたよ」

「時間切れが迫ってるんだ」


 精霊はあたふたとコショウを振っている。そしてそれを皿に取り出した。


「いいか、ポイントはきゅうりは強火、炒めすぎない、だ!」


 皿を差し出す精霊にフィアは困った顔でさっき焼いた卵ののった皿を見せた。


「ねえ、これは?」

「しまった……」

「忘れてた?」


 そのような事を話している間にもどんどん精霊は透けて見えなくなっていく。


「それはもう火が通ってるから、適当に混ぜて食べろ!」

「うにゃー……適当……」

「残った大量のきゅうりは持っていくからな! 漬物にしてご近所にも配っておく! 近所の奥さんに喜ばれるからな!」


 シェイドそっくりなバンノボウチョの精霊は爽やかな笑顔で去っていく。


「んにゃー! 近所の奥さんの点数稼ぎよりもちゃんと作り終わってから行ってよ!」


 漬物はさておき、適当に混ぜて食べろとは……。そんなのは有りなのだろうか。

 フィアは消えていく精霊を見送る。あとには作ったきゅうり料理ののった食卓とフィアだけが残された。

 よいしょ、と椅子に座る。ちゃんとご飯まであった。


「いただきます……」


 白いご飯にこりこりした食感と甘辛い味付けが染み込んだ皮の佃煮。ニンニクと味噌の風味がたまらない味噌炒め。青臭さをとり、シャキシャキした食感を残して炒めたきゅうりにベーコンの塩気とニンニクが良いアクセントだ。


「卵なくても美味しい」


 フィアはそう言いつつ、半分は半熟に炒った卵を混ぜて食べた。だが、ぴりっときかせたコショウに卵の優しい味が混ざると、また別の味わいが楽しめる。

 フィアは美味しくきゅうりを完食した。


「ごちそうさまでした。んー、今日はおうちに帰ろうかな」


 フィアが立ち上がると食卓が跡形もなく消える。

 養父シェイドに相談もしたいから、転移魔法で帰ろう。フィアはそう決めるとグルメ町一丁目の自宅へ転移した。


「シェイドー、ただいまー!」

「え、もう帰ってきたのか?」


 フィアが台所に現れると、シェイドが両手にきゅうりを抱えあたふたとしている。シェイドの言葉にフィアはふくれっ面になった。


「もうって……」

「へ、いやいや。まだ昼間だからな。ほらいつも戻ってくるのは夕方だろ?」


 その言葉にフィアは機嫌を直した。シェイドはいつも生水と野宿はダメだと言っている。だから泊まるところがない時はフィアは転移で帰ってくる。そして翌朝また同じ場所に戻って旅を続けるのだ。

 そこでフィアはシェイドの抱える大量のきゅうりに疑問をもった。


「ねえ、なんでそんなにきゅうりが一杯あるの?」

「こ、これはだな……」

「これは?」

「えーと、あの、その……そうだ。おすそ分けだ!」

「もらったの?」

「そう、きゅうり農家から!」


 シェイドが抱えるきゅうりは歪な形だったりで所謂ノウキョー規格外だ。フィアは納得する。


「そっかあ。大切に食べないとね」

「漬物にしようかと思ってな」


 フィアはうんうんと頷いた。シェイドが汗まで流しているのは不思議だが……しかもポロポロと抱えているきゅうりを落としている。様子がおかしいのは、もしかして悩みでもあるのかもしれない。

 漬物を作るお手伝いをしながら、自分の悩みを聞いてもらおう。そしてシェイドの悩みも聞いてあげるのだ。

 フィアは腕まくりをし、手伝いをすべくシェイドに駆けよったのだった。

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