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打倒野菜帝国  作者: 魔法使い
四天王編
2/3

後編 人参とピーマン

 四天王の二人を倒したフィアは更に先へ進む。これで三人目だ。一体何が出てくるのか。

 聖なる呪文で岩の扉を開いて進んだ先は、また同じような部屋だ。そして今まで同様に部屋の中央に転がる野菜。

 その赤い光に包まれたオレンジ色の根菜を見た途端、フィアはげんなりした。

 あっという間にフィアと同じぐらいの大きさになり、手足が生え、目と口が現れた人参と向かい合う。


「よくぞ来た。勇者よ。どうやら同胞二人は敗れたようだな」

「お前もやっつけてやるもん」


 人参は不敵に笑った。


「さあ、どうかな。私はお前の人参嫌いを知っている。何度となく周りの者の皿に私を放り込んで押し付けた……そんなお前の数々の許しがたい所業! 」

「にゃっ……なんでそれを……」

「ふん、例えばこんな事も知っているぞ。最近では養父シェイドにバレて咎められることが増えた。だから直接人の皿に放り込むのを止め、転送魔法まで駆使して己の皿から人参を駆逐している!」


 フィアは思わずよろめいた。そんな自分の最高機密がばれているなんて。

 だが、そんなことにめげている暇はない。

 フィアはバンノボウチョを振りかざし駆け出した。人参もこちらへと掛けて来る。間合いに入るまでもう僅かというところで、横殴りの攻撃がフィアを襲った。直撃を受け身体が横へと吹っ飛ぶ。


「うにゃーー!」


 地に叩きつけられ、痛みをこらえて何とか起き上がる。

 どうやら葉の部分で殴られたようだ。手足にしか目がいってなかったせいで、気づくのが遅れたらしい。

 人参がいるであろう方向を慌てて振り返る。だが、そこに奴の姿はない。

 馬鹿な。そんなはずがない。

 必死に人参の行方を探すフィアの背後に何者かの気配が現れた。慌てて地を蹴り、攻撃を回避する。体勢を整え、攻撃の主を見る。

 人参が地中から現れた。


「卑怯もの!」

「ふん、我ら根菜。地中から現れて何が悪い」


 フィアはバンノボウチョを繰り出した。だが人参は地中へと沈み、その攻撃をかわす。

 それだけではない。地上に残った葉の部分でフィアへと攻撃を仕掛けてくる。その間合いはフィアのバンノボウチョよりも長い。

 そして再び葉の攻撃を受けて、フィアは転んでしまった。倒れたフィアの目の前をコロコロと何かが転がっていく。


「フィアの水筒が……」


 慌てて手を伸ばし拾ったが、蓋が外れ中身が少し地にこぼれてしまった。

 そのとき、目の前の地に埋まった人参が絶叫した。


「何だこれは! 土、土が酸性に……!」


 フィアは驚いて人参が埋まっている辺りの土を見つめる。そこは水筒から先ほどこぼれた液体で濡れている。

 フィアは己の水筒と絶叫する人参を見比べた。奴が苦しみ出した理由はこれだろうか。

 ちなみにこの水筒の中身は養父シェイドが持たせてくれたレモンジュースだ。クエン酸は疲労回復に役立つからな、という一言とともに渡された。

 もしやこのジュースでこいつをやっつけられるのではないか。

 フィアはそう思いつき、もう一度水筒の蓋を開けた。そして未だに苦しむ人参へと近づくと、奴が埋まっている場所にレモンジュースを更に注ぐ。

 人参の断末魔のような叫びが耳をつんざく。


「さ……酸性! か、身体が裂ける!」


 足元の土がボコボコと盛り上がる。

 フィアはいつでも攻撃が出来るようにバンノボウチョを構えた。

 待つまでもなく、人参が土中から飛び出して来た。その身体は所々裂けている。

 フィアはためらわずバンノボウチョで斬りつけた。人参がばったりとその場に倒れる。

 倒れた人参は赤い光に包まれた。その光がおさまると、そこには普通の人参が転がった。

 フィアは人参を拾い上げ、じっと見つめる。


「よお、苦戦したみたいだな」


 また背後から声が聞こえた。

 振り返ると精霊が立っている。


「ねえ、どうしてジュースこぼしたら勝てたの?」


 酸性、酸性と騒いでいた人参の言葉を思い出し、精霊に聞いた。


「ああ。人参は強い酸性の土に弱い。そんなとこで育てると裂けたり、割れる」


 そうか、とフィアは頷いた。


「じゃあ、それ持ってこい」


 精霊に言われ、これから自分を待ち受ける苦行にため息をついた。重い足取りで精霊に近づき、人参を手渡す。

 フィアの浮かない表情を見て、精霊が笑った。


「人参も調理次第。お前に食べられる料理もあるぞ」


 精霊は勇者データを開き、眺める。


「なになに、匂いとえぐみ、甘さも微妙、か」

「フィア、甘い食べ物好きだけど……」


 思わず言いよどむ。

 確かに甘いものは好きだ。だが人参は何か違う。

 なるほどな、と精霊は頷いた。そしてまた手をポンと叩くと台所が現れた。


「さっきも言ったが人参も味付け次第。例えば細く切ってゴボウと一緒にきんぴらにして、味をしっかり染み込ませたら食べやすいぞ。まあでも今回は甘いの好きな勇者フィアのために定番グラッセだ」

「グラッセ?」

「そうだ、肉料理のつけあわせなんかにいいな。まずは人参を輪切りにして面取りからだ」


 精霊は人参を鍋へ入れ、人参がかぶる程度の水を加える。


「ま、基本的に俺は手抜きしたい。だからここで一緒にバターと砂糖を放り込む。んで、鍋を火にかけるんだ」


 フィアは火にかけられている鍋を恐る恐る覗き込んだ。これはただの人参の煮物ではないのか。

 そんなフィアを精霊は笑って言った。


「沸騰したら弱火でことこと煮込むだけ。最後ちょっとだけ強火にしたら照りがでて本格的だ」


 精霊はやはりどこからかもう一つ鍋を取り出す。


「そのお鍋……」

「時間短縮の秘術だ」


 鍋の中には出来上がりであろう人参が入っている。


「やっぱ人参一本じゃ、これが限界だなあ。人参ゼリーや人参ケーキもオススメだったんだが……まあ、それはまた今度」


 ほい、と人参のグラッセとやらを持った皿を手渡された。

 フィアは恐る恐るフォークでそれを刺した。抵抗なく刺さるところを見る限り、これはとても柔らかいのだろう。

 嫌いな煮物の人参の味を思い出し、覚悟を決めて口に放り込む。

 噛み締めた瞬間、思わず瞑っていた目を見開いた。


「美味しい……」


 嫌な甘さではない。フィアの嫌いなえぐみもバターの風味のおかげか全く感じなかった。


「ちなみに甘さを引き立てるのにちょこっと塩を入れるのもありだ。コンソメって手もあるが入れすぎるな」


 フィアはうんうんと頷き、甘くて美味しい人参をせっせと口へ運ぶ。


「お、もう時間か……。最後の一人は俺にとってもお前にとっても強敵。頑張れよ」


 薄れていく精霊を人参を頬張りながら見送る。フィアは精霊に向かって力強く頷いた。

 フィアは人参を美味しく食べ終え、水筒のレモンジュースを飲む。

 そして意気揚々と部屋の奥にある岩の扉へと歩み寄った。


 これで最後。

 フィアは若干緊張しながら、聖なる呪文を唱える。

 ゆっくりと開いていく扉を見つめ、最後の四天王の正体を考える。きっと奴に違いない。

 部屋に入り、今までと同じように部屋の中央の床を見た。

 そこにはやはりフィアの想像通りの緑の野菜。赤い光に包まれ瞬く間にその姿を変える。フィアと同じぐらいの背丈に手足が生え、目と口が現れた。


「よくぞ来た。勇者よ。俺は野菜四天王、ピーマン」


 フィアは一つ頷いた。


「ところで勇者。お前にこの住処の場所を教えたのは誰だ? どうせあの忌々しいカボチャかサツマイモあたりだろうな。あの裏切り者どもめ!」

「カボチャもサツマイモも甘くて美味しいもん!」


 フィアの言葉にピーマンが怒りを露わにする。


「勘違いするな! 例えばカボチャ! あいつらとて熟す前は甘くなどない。食べた事があるか? ズッキーニか何かのような野菜だぞ! そしてこの俺は人間の都合で未熟なうちに刈り取られた哀れな野菜……」


 フィアはこてんと首を傾げた。

 何かおかしい。ピーマンの様子が変である。怒っていたのがどんどん落ち込んできている。


「完熟になることも許されず、未熟な青いうちに食卓へのせられ……挙句の果てには苦いだの、子どもが嫌いな野菜ナンバーワンだの」


 ピーマンはブツブツ言いながらフィアに背を向けて座り込んでしまった。いじけ虫になっている。


「しかも俺は完熟すれば苦味も気にならん。その上未熟なときより栄養価が高い……。なのに人間どもめ……!」


 うずくまり、地を拳でなぐるピーマンがフィアが哀れになった。

 フィアも勇者であるがチビチビ言われるのだ。大人になればチビじゃなくなるはずなのに。

 子どもの自分を勇者として担ぎ出しておきながら何だ、と言いたくなる。

 大人になる前に刈り取られ、あれこれ言われるピーマンと同類だ。

 フィアは思わずピーマンの背後に近寄り、その身体を励ますかのように軽く叩いた。


「わかるよ。フィアもそうだもん」

「勇者……!」


 振り向いたピーマンに力強く頷き返す。


「でも、大丈夫! バンノボウチョの精霊ならきっとピーマンを美味しく料理してくれる! フィアはそれを美味しく食べるんだ!」


 ピーマンは感極まった様子でフィアの手を握り締める。そんなピーマンを赤い光が包み込んだ。

 光がおさまると、フィアの手のひらに一つのピーマンがのっていた。


「うーん……なんか最後は俺に丸投げって言うか、責任重大って言うか……」


 声が聞こえ、振り返ると精霊が何やらぼやいている。

 フィアは精霊に駆け寄ると、ピーマンを手渡した。


「美味しくしてね!」

「とりあえず、頑張るよ」


 一つため息をつくと精霊はぽんと手を叩く。再び台所が現れた。


「ピーマンの苦味対策。縦に切る。茹でる。一番オススメは電子レンジで加熱してから調理すること」

「電子レンジって何?」

「魔道具の一種だ。ピーマンの塩昆布和えも美味いが酒のツマミっぽいからなぁ。とりあえずご飯に良く合うピーマンの

 佃煮とお子様向けにピーマンと豚肉のケチャップ炒めだ」

「ご飯! ご飯ある?」

「抜かりはない。ちゃんと炊いてある。じゃあはじめるぞ」

「んにゃっ!」


 精霊はまず細長い不思議な箱を取り出した。

 フィアが見たことないものだ。そこから透明な何かを引っ張り出す。


「それは?」

「ラップだ。細かいことは気にするな。まずこれでピーマンを包んで電子レンジに入れる」


 フィアは電子レンジなる魔道具にピーマンをいれる精霊の

 姿を見守った。入れて間もなくピーっという音ががする。精霊は中からピーマンを取り出した。

 これは何かの儀式だろうか。


「これで大丈夫なの?」

「ああ、ポイントは丸ごとってとこだ」


 精霊は透明な何かをピーマンから剥がした。そしてピーマンを千切りにする。


「細いね」

「なるべく細く切る。まずは佃煮からだ。フライパンを熱しごま油でピーマンを炒める」


 フィアは椅子の上に立ち、精霊の手元を覗き込む。ごま油の香ばしい香りが漂ってきた。


「ピーマンがしんなりしてきたら、調味料をいれる。ありきたりだが砂糖、酒、醤油で味付けだ」

「フィアお手伝いする!」


 早速とばかりに醤油を手にしたフィアを精霊が一喝した。


「待て!」

「うにゃっ! な、なに?」

「いれるのは砂糖からだ!」


 フィアは精霊に指示された通り、砂糖、酒、醤油と入れていく。


「汁気がなくなるまで炒めたら白ごまを振って完了だ」

「次はケチャップ炒めだね!」


 精霊は佃煮を皿へ盛り、頷いた。そして何処からか平べったい四角い皿に入った肉を取り出す。


「これは酒と醤油なんかを使って下味をつけておいた豚肉だ。うちには豚バラしかなかったから、今回は豚バラで作る。豚コマでもいいぞ」

「うちにはって……?」


 精霊にもお家があるのだろうかとフィアは疑問に思った。だが精霊はフィアの言葉が聞こえなかったらしい。そのまま続ける。


「まず豚肉を炒める」


 じゅうじゅうと音がし、甘い脂と肉の良い香りがする。お肉は最高だ。

 その香りにフィアはお腹が空いてきてしまった。


「で、最初に準備したピーマンを入れる。これでピーマンをしんなりするまで炒めて、最後にケチャップを入れるんだ」

「フィアはケチャップたくさん入れて欲しいなぁ」


 精霊は頷くとフライパンの中を覗き込んだ。


「いい感じだな。ケチャップ投入。そして混ぜる。どれどれ……」


 味見だろう。精霊はちょこっと手にとり食べ、少し塩を加えてもう一度味を確認した。


「大丈夫?」

「ああ。完成だ」


 フィアは椅子に座らされた。いつの間にか現れたテーブルの上に料理の皿がある。

 ピーマンの佃煮、ピーマンと豚肉のケチャップ炒め、そしてご飯だ。

 さっそく佃煮をご飯にのせて一緒に食べた。

 フィアはこれが本当にピーマンだろうかと疑問に思った。甘辛い味付けと言うのもあるかもしれないが、何よりあの苦味も青臭さも感じない。


「ご飯がすすむだろ?」


 フィアは頷き返し、今度はピーマンと豚肉のケチャップ炒めにハシをのばす。

 ためらわず口の中へと入れた。こちらもやはりピーマンの青臭さや苦味は感じない。

 ケチャップの味で誤魔化されているのとは違う。まるで違う野菜だ。ケチャップの味と豚肉から出た肉汁や甘い脂がからんでたまらない。

 フィアは我知らず笑顔になった。そしてピーマンを美味しく完食したのであった。



 ***



「行くのか」

「うん」


 フィアは身の回りの品を詰めた風呂敷を背負い養父シェイドと向かい合っていた。

 四天王を倒したことで野菜帝国の野望は潰え、ヒャクショー達は開放された。だがまだ各地には狂化野菜が残っている。

 そこでフィアは自分自身の修行も兼ねて旅立つことにした。

 もっと美味しく野菜を食べれるようになるように。そしていつか野菜を美味しく料理出来るようになるのだ。


「そうか。気をつけていけよ。何かあったらすぐにバンノボウチョの精霊を呼び出せ」

「あれ……? なんでシェイドがバンノボウチョの精霊のこと知ってるの?」

「えっ! それはだな……えーっと、ほらあれだ! 俺も昔は勇者だったからだ!」


 フィアはそうか、と頷いた。


「いいか。三食必ず食べろよ。拾い食いはするな。とりあえずご飯時にも必ずバンノボウチョの精霊だ」

「うん。じゃあ、いってくる!」


 フィアはそう言うと、笑顔でシェイドに手を振り駆け出した。

 バンノボウチョとオナベノフタを装備した勇者の旅はこれからだ。


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