ハロウィンの夜に(東方二次創作)
魔法の森の外が騒がしい、とアリス・マーガトロイドは人形を作る手を止めた。
「そういえば、今日はハロウィンだったかしら。まったくお祭り騒ぎが皆、大好きだものね」
そう呟きながら、手元にある霧雨魔理沙の人形――これで126個目――を見たアリスは、彼女のことを思い出す。
きっと今頃は、里で他の子供達に混じって、「トリック・オア・トリート。お菓子をくれないといたずらしちゃうぞ」と叫んでいるのだろうか。
「むしろおいしいお菓子がありそうな紅魔館に行っているかもね。ついでに、本を拝借しているのかも」
あそこの時間を操るメイド長は、ナイフの扱いが上手く、料理が美味しい。
それはお菓子作りにも余すことなく発揮されている。
しかも魔理沙が好みそうな魔導書がたっぷり詰まった図書館まで有るのだ。
自分から行くとしたらあちらの方がありそうだった。
「後は一緒に化物神社とかしている、博麗神社に霊夢達と一緒に宴会をしているのかも。半分幽霊もいるし妖怪達だし、人ならざる者が集まって騒ぐには丁度いいかもね」
折角だから後で見に行こうかしらとアリスは思って、手土産になりそうなお菓子は、先日里で小麦粉、砂糖などを買って作ったクッキーをちょうど今日焼いたのだ。
気まぐれに作った嗜好品。
誰かにあげようと思ったのだが、そんなアリスの脳裏に材料を買った時の光景がよぎる。
里で楽しそうに魔理沙が霊夢と話していた。
別に今に始まったことではないのだが、どことなくモヤモヤしてしまう。
しかも、まっさきに優先されそうなのは紅魔館だというのも、アリスには気に入らない。
「……魔法使いになる前に、捕まえてしまおうかしら」
ポツリと小さく呟くアリス。
今ならばきっとアリスの力だけでまだどうにかなる。
成長途中の魔法使い。
蕾となり花を咲かせて結実する前にこの手でて折ってしまえば、きっと手に入る。
「何度考えても、私の美学に反するわ」
深々と溜息をつくアリス。
目の前の魔理沙人形はもうほとんど完成だ。
後は、帽子のリボンを付けるだけなのだが、
「ハロウィンらしくかぼちゃのアップリケでもつけようかしら」
一応、126個作っているとはいえ、その全てが微妙に服装にアレンジを加えている。
こんな魔理沙も見たい、あんな魔理沙も見たい。
その欲望のままに募る恋心がアリスを追い詰めて、気づけばカラフルな七色の魔理沙人形まで作ってしまう始末だ。
そういえば外で見た魔理沙は、霊夢と一緒に随分と大きなかぼちゃを買おうとしていたように思う。
そんな大きなかぼちゃで灯りを作ってどうするのか。
「小さい灯りで満足しておけばいいのに、欲張りね。……人のことは言えないか、私もね」
呟くアリスは、魔理沙が会いに来てくれるだけで満足できない自分の心を嗤う。
赤い唇が笑みの形を作るもすぐにそれは消えた。
本当に笑えないのだ、アリスは。
「……このまま私も祭りに参加しようかしら」
一人この家でいじけているよりはそのほうが健康的だ。
そう思って、部屋を出て玄関のドアを開けたアリスは、そこにカボチャ頭のお化けが立っているのを見た。
え、何これ、とアリスが固まっていると、
「トリック・オア・トリート。お菓子をくれないといたずらしちゃうぞ」
「……魔理沙?」
するとそのカボチャ頭の何かは首を縦に揺らす。
どうやら本当に魔理沙らしい。
アリスはそれまでの何処か気落ちするような気持ちが全部吹き飛んでしまった。
そんな魔理沙はアリスに向かって、
「今日はかぼちゃのお化けだ! 悪戯されたくなかったらお菓子要求する!」
「……クッキーでいいかしら」
「いいよ!」
「それとそのかぼちゃの被り物は脱いで頂戴。壁にぶつけられると汁がついで面倒だわ」
「えー、わかったよ。これ作るの大変だったのに」
「でしょうね、これだけ大きいんだもの。入って」
部屋に招き入れるアリス。
けれどその足取りはいつもよりも軽い。
だが部屋に入りかけたアリスは、気付いてしまう。
アリスの視線の先には作りかけの魔理沙人形が!
慌てて隠そうと思うアリスだが、
「あれ、それ私の人形……」
「え! う、うん、まぁ……」
「上手く出来てるな。里の人形劇で使うのか?」
「え! ええ、そう。そうなの、それで作っていて……」
「近くで見せてもらってもいいか?」
「う、うん。そう……」
挙動不審だが魔理沙の興味は人形に移っていて幸い気付かれなかった。
それにアリスはほっと胸をなでおろしながら、その部屋にある棚から包み紙を取り出し、箱のなかからクッキーを取り出して詰め込んでいく。
最後に、花をあしらった留め金で袋の端をとめて、
「ほら、お菓子」
「あ、ありがとう。でもこの人形良く出来ているな」
「でもまだ作りかけなの。もう少しで完成だけれどね」
「そうなのか……可愛く作ってくれて嬉しい」
微笑む魔理沙に一瞬アリスはどきりとしてしまう。
けれどそれを必死に抑えて、
「もう用は終わったでしょう、帰って」
「ええ、いいじゃんもう少し」
「人形が作りかけなの。邪魔しないで」
「ああ、うん分かった。そういえば皆これから神社に集まって宴会するらしいから、よかったらアリスも来いよ」
「いいわよ。これが出来上がってからいくわ」
魔理沙がそう答えると嬉しそうに笑う。
そしてかぼちゃを再びかぶり、ほうきに乗って空を飛んで行く。
それを見送ってからアリスは部屋に戻り、疲れたように椅子に座った。
「あ、焦った。勘違いしてくれて助かったわ」
あれは愛玩用の魔理沙人形なのだ。
大事に大事に愛でて飾って手入れをするためだけの人形なのだ。
だって、まだ、本体には触れることすら出来ないのだから。
「でも、この遠くて近いような距離感も、いいのかもね」
このもどかしい思いもまた、長い時間を生きる魔法使いにはしんせんだ。
退屈という劇薬を飲まずに済むのだからそれもいいかもしれない。
「いずれは、手に入れるけれどね」
魔理沙、貴方をね、そうアリスは呟きながら機嫌よさげに魔理沙人形を作って、そしてしばらくしてからいつものように宴会に参加したのだった。
「おしまい」
久しぶりの東方の百合です。読んで頂きありがとうございました。