ドラグレット リターンズ
「よし。これで・・・コーイチ、ちょっと動かしてみろ」
これが・・・ワシが初めて聞いた・・・厳密には、聞いたと自覚して聞いた、最初の言葉じゃ。
「うん・・・」
コーイチと呼ばれた少年が、ワシを右腕に装着して、スイッチを操作した。
「ファイナル・アタック!」
ワシは・・・無機的な電子音を発した?
・・・いや、叫んだ。
時は三十六世紀。
テクノロジーを極め、全ての労働から解放された人類は、生きる目的を失い、刹那的な享楽を貪る日々を送っていた。
そんな、数多ある享楽のひとつに・・・シェルアームズ・ファイティングがあった。
「シェル」と呼ばれるパワードスーツを装着した命知らずのパイロットたちが、ド派手な戦闘を繰り広げるのだ。
爆音の荒れ狂うコロシアムに、突如現れた天才パイロット・・・ジョウ。
なぜ、彼は天才と呼ばれるのか?
シェルは、攻撃力、防御力、機動力などの設定が厳しく制限されている。
パイロットたちは当然その制限内で、少しでも戦闘を有利に運べるように知恵を絞る。
すると自然の成り行きで、使用する武器は槍や薙刀などの長兵器が主となる。
遠い間合いで戦える武器のほうが、圧倒的に有利だからだ。
弓矢や鞭を使うものも少なくないが、出力を制限内に収めようとすると、破壊力や防御力に乏しくなってしまうために、接近されると極端に不利になる。
だから、そこそこ遠い間合いを維持しつつ、格闘戦になってもそれなりに対応できる装備・・・となると、槍や薙刀が一番無難なのだ。
ところが、ジョウの使用する武器は・・・右腕に装着した、「ドラグレット」という名の、龍の意匠をほどこしたガントレット・・・籠手ひとつだけだった。
ほぼ、素手と言っていい。
そんな圧倒的不利な状況で、ジョウは果敢に戦い、勝ち続けていた。
降り注ぐ飛矢を。波打つ鞭を。
襲い来る槍の穂先を。
ギリギリでかわし、間合いを詰めて・・・密着状態からの必殺ブロー「ゼロ・バースト」を叩きこみ、対戦相手を沈める。
そんなジョウの熱い戦いは、次第に・・・怠惰な日々を送る人々の心を動かし始めた。
ただの娯楽のひとつでしかなかった「シェルアームズ・ファイティング」が、今、世界を揺るがす・・・!
・・・と、ゆーのが・・・某民放で土曜の朝九時からオンエアしとった、子供向け特撮番組「鋼殻シェルアームズ」の概要じゃ。
CGに頼り切らない、スーツアクターの皆さんの体当たりのアクションが見ものだったんじゃが、いかんせん子供向けにしては設定が重過ぎて、視聴率的には辛うじて合格点、というレベルで、続編の企画もボツになったそうじゃ。
ワシ?
ワシは・・・ドラグレットじゃ。
ま、玩具じゃがの。
ワシの持ち主のコーイチ君が、五歳の誕生日プレゼントに買ってもらったんじゃ。
次々と新しいヒーローが出てくる中、ありがたいことにコーイチ君は、ずっとワシで遊んでくれてのう。
ところが三年ほど経ったある日、ワシの配線の一部が切れてしもうたんじゃ。
このまま押入れの奥にしまいこまれるか、下手をすれば捨てられるかという状況じゃった。
じゃが、コーイチ君のお父さんが、どこぞから部品を調達して、配線を直してくれたんじゃ。
その時・・・
お父さんが使った規格外の部品が、電流の流れ方に妙な影響を与えたのか。
それとも、お父さんやコーイチ君の強い思いがワシを揺り動かしたのか。
とにかくワシは、自我に目覚めたのじゃ。
目覚めたのはよいが、その瞬間からワシはこのとおりの老いぼれじゃった。
まあ致し方あるまい。
何しろヒーロー界は新陳代謝が激しいでの。放送が終わればその時点で「古いヒーロー」じゃ。
ましてやワシは二年も前に終了した番組の玩具じゃからの。
もうとっくに隠居しとるはずなんじゃ。
それがこうして、故障を直してもろうて、また遊んでもらえるのじゃから、結構なことじゃて。
コーイチ君はワシを装着した右腕を、振ったり回したり、パンチを連打したりした。
ワシはその動きに合わせて、衝突音や炸裂音、爆発音を鳴らし、内蔵されたモーターを回転させてバイブレーションを響かせた。
「やったあ。ちゃんと動くよ・・・ゼロ・バーストも!」
コーイチ君はワシを腰に引きつけて、グッと力を溜め、・・・ぶん、と突き出した。
ワシは、ひときわ大きな爆発音と振動を轟かせた。
・・・じゃが、そんなコーイチ君も大きくなる。いつまでもワシで遊んだりはせん。
しかしそれでもコーイチ君は、ワシを押入れの中に閉じ込めたりはせなんだ。
リビングの本棚の空いたスペースに飾ってくれたんじゃ。
元気が出ない時や気合いを入れたい時には、ワシを装着してテンションを上げることもあったしの。
ま、少々埃が積もるようなこともあったが、時々掃除をしてくれるんじゃから、よしとしよう。
そんな日々が続いて・・・コーイチ君も中学生になった。
よく晴れた、暑い日じゃった。
その日、コーイチ君は一学期の期末試験の最終日でのう。
試験を終えて帰宅すると、お母さんは買い物に出かけておった。
コーイチ君は腹が減っていたが、昼食を用意するには気持ちがだらけておったようで、コップに水を汲むと、半分ほど飲んで、生あくびをして、そのままコップをリビングのテーブルに置くと、ソファに横になってしもうた。
・・・よく晴れた、暑い日じゃった。
ワシは、どこからか煙の臭いがするのに気がついた。
慌てて周りを見回し・・・目はどこにあるかって?龍のデザイン部分の、その龍の目じゃよ。
で・・・見つけたんじゃ。
リビングの隅に置いてあった、新聞の束から煙が上がっておるのを。
なぜじゃ?
今、この家にいるのはコーイチ君だけじゃ。
そのコーイチ君を含めて、この家の人間は煙草を吸わん。
だから火種になるような物は見当たらん。
しかし、確かに新聞紙からは、細い煙が上がっておる。
ワシは、その新聞を・・・煙の上がっておる部分をじっと見つめた。
そして、その部分が妙に明るいことに気がついた。そこにだけ、光が強く当たっておるのじゃ。
そうか・・・
コップじゃ。
コーイチ君が水を飲んだ後、半分ほど水が入ったままでテーブルの上に置きっ放しにした、ガラスのコップ。
こいつが凸レンズとなって、窓からの強い日差しを収斂し、その光が新聞紙のインクの部分に当たって燃えておるんじゃ。
理屈は分かった。
が、問題はここからじゃ。
煙は刻一刻と、確実に太さを増しておる。今にも炎が上がりそうじゃ。
コーイチ君は眠り込んでおる。
火災報知器が作動すれば目も覚めるじゃろうが、今はまだそれほど煙は上がっておらん。
この調子で煙が増え続ければ、コーイチ君は酸欠で目が覚めなくなるかもしれん。
その後で炎が上がったりしたら・・・万事休すじゃ。
誰かが、コーイチ君を起こさねばならん。
・・・誰が?
ワシしかおらん。
じゃが・・・どうやって?
電池は辛うじて作動できる程度には、残っておる。
が、いかんせんスイッチが入っとらん。動きたくても動けん。
・・・動けん、じゃと?
それがどうした。
ワシは、ドラグレットじゃ。
飛矢にも鞭にも槍にも怯まず、ジョウの盾となって飛び込み、ここぞという時に必殺技を決めてきたんじゃ。
・・・という物語を、コーイチ君と一緒に紡いできたんじゃ。
そのコーイチ君の、リアルの危機じゃ。
何とかせねばならん。
とにかく今、この時・・・今、動かずに・・・
いつ動くというんぢゃあああ!
「ファイナル・アタック!」
無機的な電子音じゃが・・・ワシは、叫んだ。
爆発音を、炸裂音を、最大のボリュームで慣らした。
モーターも焼き切れよとばかりに、バイブレーションを振るわせた。
そして・・・コーイチ君は、目を覚ました。
「うわ?・・・あ・・・何だ・・・わっ?燃えてる・・・」
コーイチ君は、慌てて火を消しにかかった。
やれやれじゃわい。
この後、お母さんが帰宅してからの顛末は・・・
ワシにはもう、分からん。
スイッチの切れた電気製品が作動するなど、あり得ないことじゃ。
じゃがそもそも、玩具が自我を持つこと自体が、あり得ないことじゃ。
「あり得ない存在」であるワシなら、「あり得ない現象」も起こせるんではないかと思ったのじゃが・・・
その結果までは、考えとらなんだ。
「あり得ない存在」と、「あり得ない現象」を重ねると・・・
それらは全て「無かったこと」になるんじゃ。
ワシは、自我が消えていくのを感じながら・・・じゃが、満足じゃった。
コーイチ君を救えたからじゃ。
さようなら、コーイチ君・・・
ワシの、可愛い・・・坊や・・・
「ジョウ?お風呂が沸いたから、早く入りなさい」
「はあい・・・ちょっと待って。ここだけ見たら入る」
ボクは、「鋼殻シェルアームズ」のDVDを観ていた。
ジョウが、ドラグレットでズーロンのサウザンド・スマッシュを弾きながらダッシュして、ゼロ・バーストを・・・決めた!
「っしっ!」
「あ~、終わったわね・・・じゃあ、早く片づけて。早く寝なきゃ駄目よ。今日だって入園式の間中、ずっと眠そうだったじゃない」
「あれは、園長先生の話が退屈だったからだよ」
「そーお?」
「そうだよ・・・」
ボクはデッキからDVDを取り出して、ケースにしまった。
この「鋼殻シェルアームズ」のDVDは、ボクのお父さんのものだ。
すごく昔のテレビ番組だけど、ボクも好きでよく観てる。
お父さんはこの「鋼殻シェルアームズ」が・・・特に主人公のジョウが大好きだ。
ボクが生まれた時、お父さんもすぐ傍にいたらしいんだけど、生まれたばかりのボクを見て、名前は「ジョウしかない!」って思ったんだって。
「ただいま」
そのお父さんが帰ってきた。
「お帰りなさい・・・ジョウがこれからお風呂だけど。一緒に入る?ご飯のほうがいい?」
「ああ・・・先に食べるよ。ジョウ、入園式はどうだった?」
「ん・・・面白かったよ」
「退屈だったんでしょ?」
「園長先生の話がだよ」
「そうか・・・とにかく今日から幼稚園児だな。じゃあ、入園のお祝いに・・・これをやるよ」
お父さんはそう言って、棚に飾ってある・・・ドラグレットを手に取ると、ボクに差し出した。
「あら、いいの?それ、コーイチさんが小っちゃい頃から大事にしてた玩具でしょ?」
お母さんは、ちょっと驚いたり怒ったりすると、お父さんのことを名前で呼ぶ癖がある。
「いいんだ。いずれジョウに渡そうと思ってた・・・いや、返す、っていったほうがいいような感じでさ。僕がこの玩具を買ってもらったのも、今のジョウと同じぐらいの頃だし。祝・入園てのも、いい機会だと思ってね」
「ふうん・・・そりゃ『コーイチ』より『ジョウ』が持ってるほうがぴったりだけど」
「ははっ・・・どうだ、ジョウ?こんな古い玩具はいらないか?」
「ううん。そんなことない。欲しいよ・・・ありがとう」
ボクはそう言って、ドラグレットを両手でしっかりと掴んだ。
そして、ワクワクしながら右腕に装着した。
スイッチを入れて、腕を振る。
「ファイナル・アタック!」
ドラグレットの叫びに、爆発音と・・・それから・・・
「ただいま」と「おかえり」の両方の声が重なって聞こえた。
お父さんは笑顔でボクを見ながら、コップに水を汲んで、半分ほど飲んで・・・そのコップを、テーブルに置いた。
途端にボクはドキドキして、背中が冷たくなった。
・・・これはまだ、誰にも言ってないんだけど・・・
ボクは、水の入ったコップがテーブルに置いてあるのを見ると、なぜだかちょっと恐くなるんだ。
どうしてかなあ?
ドラグレット リターンズ・・・完