IN-2
『ご足労願ってすまないな。まぁ座るといい』
スネイルが慇懃無礼な口調で迎えたのは、島の北端にあるスネイルの別邸だった。前回の話し合いから、10日が過ぎてた。
『ここは私が交渉の時だけに使う別邸でね。必要最低限以外の、人払いは済ませてある』
『…いい所に住んでるんだな』
タクトは椅子に腰かけると、部屋をしげしげと見まわした。見るからに高価な調度品が、所狭しと陳列されている。どれもギラギラと無闇に光り輝き、タクトの価値観からすると悪趣味極まりない。しかし、それを口に出す程馬鹿ではなかった。
『褒めても何も出ないがな』
スネイルは僅かに笑う。
『さて、本題に入ろう。先日の決闘の詳細についてだ。あの集会所では、込み入った話は出来ないからな。約束を取り付けるには、大勢の前。細かな話は、静かな場所に限る』
言うとスネイルは、タクトに視線を合わせ、
『さて、まずは確認だ。決闘は受けてもらえる…と考えていいだろうか?』
『ああ。一番被害の出ない方法が決闘というなら、それを受けるしかないからな』
タクトの頭には、カイのキャラクターが浮かぶ。島でも有数の戦士であるカイ。1対1での戦いで後れを取るとは思えない。これならば、十分南側でも勝機はある。
『素晴らしい!』
スネイルは指を鳴らす。
『実に聡明な決断だ』
『南には屈強な戦士が何人もいる。そう簡単には負けるつもりは……』
タクトがそう言葉を継いだとき、スネイルが言葉を遮る。
『慌てるな。話はまだ続いている』
スネイルは指を一本突き出し、左右に振った。
『お前は単なる決闘だと思っているはずだが、話は違う。先日話したはずだ。この決闘は【この島独特】の決闘だ』
『……』
困惑する表示を見せるタクトをよそに、スネイルは指を2度鳴らす。
すると、ドアが静かに開き、メイド姿の女性がしずしずと現れた。メイドは銀色に輝く盆を持っており、その上には古ぼけた器が2つ、逆さまに配置されていた。
スネイルは座ったまま無言で器を受け取り、手で追い払う仕草を見せる。深々と一礼し、メイドは音も無くドアの向こうへと消えていった。
『さて、ここで簡単な問題だ』
器の1つを取り、スネイルは言った。
『この島で取れる“魔法水”の話だ。魔法水1~5の効能を言ってみろ。何、決闘に関係する確認事項だ。面倒だが言ってくれ』
『魔法水1が、軽症の怪我。魔法水2が、重症の怪我。魔法水3が、全ての病気。魔法水4が、毒。魔法水5が呪い』
この島では、他の場所では採取出来ない、珍しい水が摂れる。それが魔法水。水を摂れる場所は5か所あり、それぞれに1~5の番号が振られている。
1から5には効能があり、それはタクトの諳んじたとおり。魔法水自体は、無色透明・無味無臭。水と変わりがないのだが、1口飲めば、たちどころにそれぞれのステータス異常が治ってしまう。
物珍しさと抜群の効果も手伝い、この島での主要産業となっている。それは北も南も同じ。この島では北と南が二手に別れ、同じ産業で競いあっている。
『では第2問だ。この魔法水の致死量は?』
『グラス一杯分』
ふて腐れたように、カイトは答える。
薬も過ぎれば毒。この便利な魔法水も、一度に飲みすぎると、死に至る。その致死量は、ワイングラス一杯。
『そう。丁度、このグラス一杯分ぐらいだな。では第3問。致死量を飲んだ場合の対処は?』
『飲んだものよりも、大きい数字の魔法水を5分以内に飲む……。あのさぁ、この辺りの確認必要か?島に住む人間の常識だろ?』
グラス一杯の魔法水を飲んだ時、1つだけ助かる方法がある。それは、【飲んだ魔法水よりも大きな数字の魔法水を同量飲む】というもの。この場合のみ、大きな数字の魔法水は解毒剤として働く。
『そう常識だ』
スネイルは手に取った器を、片手で弄ぶ。
『そして、これは決闘に使える…いや、そもそもこれがこの島の正式な決闘なのだ』
『ん?何を言ってるんだ?』
タクトは頭を掻いた。
『この島の丁度中間地点に、元は闘技場だった廃墟があるだろう?』
『ああ』
『あれは元々、この島独特の決闘を行うための決闘場だった…という話…まぁ、設定と言ってもいいがな。その独特の決闘とはこうだ。【両者、片手に1つずつの専用の器を持ち、魔法水を入れる。両者は、闘技場の中央で相対し、相手の差し出した魔法水を必ず飲み干す。飲みほした後、10分間その場に立ち続けた者を勝者とする】』
タクトはスネイルの言葉をすぐさま反芻し始めた。
これは、魔法水の副作用である毒を使った決闘だ。元々からあった、というのは単なるファンタジーステージ上の設定だろう。そして、そんな設定が存在するという事は…このルールに従わなければ、この島では決闘が出来ない…という話なのだろう。その土地土地によって、独特の決まり・禁止事項が存在する…ファンタジーステージではそんな『ローカルルール』が山ほど存在している……タクトはそこまで考えを巡らす。
『気付いているとは思うが、これはここのローカルルールだ。私が考えたものではない。この島の決闘の場合には、魔法水の決闘しか認められないようだ』
スネイルがタクトの考えを読んだように、言葉を繋げる。タクトは微かに頷いた。
しかし、突然の提案にタクトの心は大きく揺らいだ。
この決闘を素直に受けて良いものか?何か穴は無いのか?そして、誰を決闘に出せばよいのか?
タクトの脳裏には、多くの疑問が渦巻き始めた。気が付くと、
『1つ質問……』
と呟いていた。スネイルは即座に反応し、
『質問も反対も無しだ』
指を鳴らし、流れを打ち切った。
『何をどう尋ねても、この島には、この決闘しかないのだよ。私とお前とで決闘をやろうじゃないか。勝った方が全てを総取り。実に簡単な話だ』
スネイルは言うと、メイドに持ってこさせた器を2つ、タクトに押し付けた。
『この器が、決闘に使う専用の器だそうだ。差し上げよう。何、毒など何も仕掛けてはいないさ。……まさか、この期に及んで、決闘はしない…とは言わないだろうね?』
『す、少し考えさせて…』
とにかく考える時間を稼ぎたい。焦りの表情を浮かべているタクトの手元が、不意にキラリと輝いた。見ると、スネイルに押し付けられた2つの器の表面に細かな文字が白く浮かび上がっていた。筆記体のようだが、まるで読むことが出来ない。タクトが困惑の表情を見せるうち…器の光は徐々に弱まり、やがて元の状態へと戻った。
『契約完了と言ったところか』
スネイルがそう呟く。
『契約?』
2つの器をしげしげと見つめていたタクトが、思わず顔を上げる。
『そう。その専用の器は、決闘の道具であり、契約書でもあるのだ』
怪訝な表情を見せるタクトに、スネイルは言葉を続ける。
『つまり、その器を掴んだのなら、決闘の意思ありとして、決闘に参加しなくてはならない。先ほどの光は、決闘参加者として登録され印だ。これ以降、もし、棄権するようであれば決闘に負けたとみなされる』
『お、おい!こっちは一言も…』
思わず声を荒げ、タクトはスネイルに詰め寄った。スネイルはすかさず右手を前に出し、それを制する。
『おっと、暴力は止した方がいい。我々は決闘者としてエントリーされているんだ。この島での決闘者同士の暴力はご法度だ』
『…それも、ローカルルールの1つか』
『その通り。察しが良いな。つまり、我々は何がどうあろうとも決闘をせざるをえない訳だ。まさか、この期に及んで棄権するなど無いだろうな?』
スネイルの畳み掛けるような強引な問いかけが、タクトの目の前まで迫っていた。