OUT-1
「ありやとあしたー」
篠木拓斗が、ヘラヘラとした調子で頭を下げると、
「おい、どんどん雑になってんな。お前のありがとうございました。オレと仕事変わるか?」
宍倉海が段ボールの山を抱えつつ、大げさなため息をついた。角刈りに日焼けした筋肉質の大きな体躯。Tシャツから覗く両腕は、丸太のように逞しい。
「この暑い時に、マジメにやってられるかよ。俺は、お前みたいに、体育会系じゃないかならな」
「ウチの柔道部の夏合宿に来るか?性根から鍛えなおしてもらえるぞ」
「遠慮しとくよ。死にたくないしな」
拓斗は溜息を付くと、レジ台に頬杖を突く。
「しっかし…決闘かぁ」
そう呟くと、頭をガリガリと掻きむしる。
「どうするよ?海?」
「オレが代表でいいなら、いくらでも戦うが」
ダンボールを抱えたまま、海は鋭いミドルキックを繰り出す。空気を叩き切るような、鈍い音が響いた。
「それは助かるんだけどなぁ…ちょっとひっかかるよなぁ」
「何がだ?」
「確かに、1対1の決闘ならお互いの被害は最小限に済む。ただ、決闘ってのは、随分不確実な戦い方だ。絶対は無い。確実に勝てる何かを、北は企んでるのかもしれないな…」
「そんな難しい事、オレに話してくれるなよ」
海は肩をすくめる。段ボールを棚の近くに下ろすと、中身を手際よく棚に陳列し始めた。
「オレは相手の思惑や企みなど分からん。力で解決出来ない話なら、オレにはどうしようもない」
「そうだよなぁ…お前に聞いて自分がバカだった」
拓斗はため息をつく。
「たまに、自分のギャップにゾッとするよな。オンラインの【ファンタジーステージ】じゃ、500人のトップなのに、オフラインはしがないドラッグストアの自給800円人間だもんな」
「なるほど……“しがないドラッグストア”ねぇ…」
店の奥から、ひょっこり姿を現したのは、『ドラッグストア杜若』とプリントされた、赤いエプロン姿の、1人の女性。色違いのエプロンを、拓斗と海も着用していた。
名札には『杜若日和』とプリントされていた。
「“ファン研”のよしみで、ウチの店で夏のバイトさせてあげてるのにねぇ。知ってる?最近じゃ、バイトだってなかなか決まらないご時勢なのよ。ウチの親が病気で店に立てないから、その分の2人なの。分かる?」
しなやかで長い黒髪。白く透き通った肌に、整った顔立ち。更には抜群のプロポーション。そして、3人が通う大学のサークル『ファン研』こと『ファンタジーステージ研究会』の会長でもあった。
一見非の打ち所の無い彼女だが、現在の表情はどこまでも険しく、その全てを台無しにしていた。
「様子を見に来れば、こんなグダグダグダグダして。だからお客さんが来ないのよ!」
「逆だって。お客さんが来ないからグダグダしてんだよ」
日和は両手でグッと拓斗の頬をつねる
「いたた…」
「で、どうすんの?」
「何が?」
「決闘の事よ」
日和は語気を強めた。
「か、考え中」
「何にも考えないくせに。こんな言いがかりみたいな決闘で負けたら、ファン研の名が泣くわ」
日和が険しい顔で、拓斗に突っかかる。
「ていうか、ファン研代表の私の顔に泥塗るんじゃないでしょうね?」
「まぁ、とにかく、今は相手の出方を見るしかないんだろう」
海が話に割って入った。
「そうなら、考えても仕方がない。とにかく仕事しないとな」
淡々と海は商品を並べ始めた。
「ま、そうね…今は切り替えて、拓斗はしっかりレジ係!」
日和は拓斗を強めに叩く。拓斗は少しバランスを崩すと、前のめりになった。
「…ったく、女だけどバカ力だよなぁ」
拓斗は呟くと、店の外に視線を移した。外は突き刺すような光が溢れ、夏の熱気がむせ返るようだった。