IN-1
創作サークル『弐人国家 創刊号』という同人誌で発表した作品です。聞いたことのあるパズル問題をベースに、それを話に仕上げてみました。
ミステリーとファンジーと多少ラノベの要素があるので、どれかに引っかかった人は是非お読みください。
9月1日~9月5日の午後十時に更新(予定)です。
『失礼させていただく』
細身の中年男性が木製のドアを開け、南の集会所に姿を現した。髪は丁寧に撫で付けられ、白が基調のゆったりとした服装には、華美な装飾品が山のように付けられていた。あくまで丁寧な口調なのだが、男からはどこか慇懃無礼な雰囲気がにじみ出ていた。
途端に集会場が水を打ったように静まり返った。突き刺すような視線が男性に集中する。中には怒気を孕んだ視線を送るものや、腰に装備した洋剣に手を掛ける者までいた。男が何か間違いを起こせば、即座に飛び掛る。一触即発の雰囲気。
しかし、男性はそれを意に介せずと言った様子でズカズカと集会場の中央に歩を進め、視線を軽く横切る。
『私は北の代表で、商人のスネイルという者だ。南の代表はどちらだ?』
全く淀みのない、朗々とした声で名乗った。その堂々とした立ち振る舞いに、集会場の空気が僅かにどよめいた。
『俺だ。南をまとめているタクトという者だ。同じく商人だ』
奥からにじり出るように、人のよさそうな青年が中央に飛び出した。こちらは同じ商人でも、汚れがあちこちに残る、薄汚れた格好をしていた。タクトは自分の手をズボンで一度拭うと、スネイルに手を差し出した。
『よろしく』
スネイルはその手を一瞥し、タクトの顔を値踏みするようにジロリと眺めまわす。
そして、口の端にシニカルな笑みを浮かべた。
『結構。北と南、手を結べる状況ではないだろう』
『この野郎!』
先ほど、怒気を孕んだ視線を送っていた大男が叫ぶ。筋骨隆々とした姿は、戦士そのものだ。
『そっちから島を荒らしといて、何言ってんだ!』
ズカズカとスネイルに近寄ると、両手で襟首を掴み、力任せに持ち上げた。
『殴って解決するなら殴りたまえ。何なら殺しても構わん』
両足が地面を離れたのに係わらず、スネイルは全く動じる気配を見せずにいた。
『何だとぉ!おい、誰かコイツを抑えつけろ』
『止めなさい!カイ!』
カイと呼ばれた大男を制す、鋭い声が飛んだ。純白のローブを身に纏った小柄な女性。白魔導師の正装だ。
『その男を殺したところで、どうにかなる問題じゃない』
『しかし、ヒヨリ…』
集会場にいる殺気だった面々を諭すよう、白魔導師のヒヨリは一段と声を張り上げる。
『そのスネイルという男を殺したら、間違いなく北と南の戦争になるわ。そうなったら、圧倒的に不利なのはこっち。それが分かっているから、たった一人で敵地の集会所に来ている……そうですよね?』
ヒヨリは、スネイルに鋭い視線を投げかけた。襟元を抑えられたまま、スネイルは僅かに口角を上げた。
『…そういう事だ。まぁ、外に人を待たせているので、一人という訳ではないがな。少しは頭の回る奴がいて助かる。さて、放してくれないか。戦士クン』
カイは大人しくスネイルを降ろすと、うな垂れた。この場において、戦士は何の役にも立たない。その事に今更ながらに気づき、打ちひしがれているように見えた。
『さて、本題に入るとしようか』
スネイルは服装を直す仕草をしつつ、手近なテーブルに腰を掛けると、タクトに座るよう促した。
『この島には人が多すぎる。ざっと計算した所で、島には南北合わせ二千人が存在している。それはご存じだろう?』
『知ってるさ。北が1500人。南が500人』
『では、単刀直入に言おう。南の500人はこの島から立ち退いてもらえないだろうか?』
あまりにも冷酷な提案。この言葉に集会場の全員が息を呑んだ。もちろん相対するタクトとて、例外ではない。しかし、冷静を装い、話を続けた。
『立ち退いた後の保証は?』
『保障など無い』
スネイルは表情を変えずに答えた。
『何故北が保障をしなければいけない?人数でも、武力でも、経済力でもこちらが圧倒的だ。我がオルラン商会の力を使えば、南を潰そうと思えば、すぐに潰せるのだ。実力行使を行わないというのが、こちらの最大限の譲歩だ』
最悪の条件だ。
タクトは歯噛みするが、表情には一切出さない。
『さて、立ち退きには応じてもらえるかな』
『断る』
即座にタクトは返す。
『俺1人の話なら、どんな条件でも呑む。だが、500人の生活が掛ってるんだ。呑めるわけがない』
『決まりだな。つまりは全面戦争という事だ』
スネイルが指を弾き、意地の悪い笑みを浮かべる。“全面戦争”という具体的な単語がスネイルから発せられると、集会場の空気が凍り付いた。タクトの顔が一瞬にして曇る。
『交渉は決裂だ。では、私の話は以上だ。長居は無用、帰らせてもらおう』
『ま、待ってくれ』
立ち上がるスネイルを、タクトは制止した。何か策がある訳ではない。とにかく、このまま帰らせてはいけない。その一心でタクトは呼び止めた。
『まだ何かあるのかな?』
『せ、戦争になれば、こちらは確実に負ける』
タクトは言葉を探す。
『何とか…何とか、共存の道はないだろうか?』
タクトの表情を凝視していたスネイルが、不意に笑い声を上げた。発作が起きたような、爆発的な笑い方だった。
タクトは理由が分からず、ただ間の抜けた表情を見せ、原因を探るようにあたりを見回した。ヒヨリと視線がかち合う。フードの隙間から見えるヒヨリの表情は苦りきっていた。
(この、バカ)
タクトには、そう呟いているようにも見えた。
しばらくすると、スネイルの笑いの発作もようやく落ち着き、
『いや、失敬。からかってすまなかった。しかし、ここまで直球の提案をされるとは思っていなかったのでね‥』
タクトに軽く詫びると、すぐさま表情を戻し、
『実を言えば、全面戦争は北とて本意ではない。確かに、戦争を仕掛ければ勝つのはこちらだ。しかし、その為に割く、人・金・物も馬鹿にならないからな。戦争を避ける道があるなら、そちらを選ぶ』
『そ、それじゃあ』
タクトは顔を上げるが、スネイルが即座に制す。
『しかし、共存の道はない。島の人数が多いのは事実だ。どちらかが出て行くのは必定だ』
スネイルが意地の悪い笑みを見せた。
『そこで提案をしたい。この島には、古くから伝わる決闘方法があるというじゃないか。その決闘で雌雄を決するというのはどうだ』
スネイルは驚くタクトをよそに、スネイルは指をパチンと鳴らした。