終章 すり抜けた真実
結論から言おう。脅迫事件は解決した。と言うより、俺達が第四倉庫に着いた時点でほぼ解決していたと言うべきか。
倉庫には黒スーツの連中があちこち倒れていた。身体のあちこちに鋭い刃物で貫通された傷があり、殆どの奴は気絶していた。クランは黒い塊を一瞥もせず奥へズンズン進んでいき、奥の事務所のダイアル式金庫を俺に担がせた(十キロ、結構重かった)。後で龍商会ビルの防犯グッズ屋に持ち込んで開けてもらった所、果たして龍士会の機密がギッシリ詰まったMOディスクが一枚。一人で返しに行ったが、交換条件無しにあの女王陛下が親切をするとはとても思えない。次の布石を打ったのだろう、などと本人に問い質しても無駄だ。惚ける事に掛けてうちの女王の右に出る者はいない。
そうそう、家に帰っていなかった那美さんは栗花落さんと一緒に倉庫にいた。スーツの連中に誘拐されて、如何わしい所へ売り飛ばされる寸前だったらしい。
『倒れてるのは誰がやったの?』
『さぁ……刃物が風を切る音は聞こえましたが、誰かまでは私には……何分目が見えないものですので』
栗花落さんがそう言うと、那美さんが『連中と同じ黒スーツがドアから来て、剣で一撃。鮮やかな技で返り血も飛んでいませんでした。誰かは知りませんが、あれは達人です』
『へぇ』クランは感嘆の声を上げ、『倉庫の中は怪我人で一杯だよ。その人凄く強いんだね』
『ええ、何と言うかオーラが違います。見ていて震えが走りました』
そこで那美さんは手を叩き、『そうだ!栗花落さん、先生が帰って来る前に帰らないと』
『そうでした。クランベリー様、一足お先に失礼します。今度是非私の家にお立ち寄り下さいね。美味しいお茶を御用意して待っています』
『ありがとう。じゃあ、また』
手を繋いで出て行く二人を見送った数十秒後、セミアとアスが警察官を連れて来た。警官は状況確認の後携帯で応援を呼び、あっと言う間に環紗中の警官が集結。第四倉庫内は入った時は広いと思ったが、こんなに人間がひしめいているとかなり狭く感じる。
とまあ大捕物があり、黒い大群が即日警察病院に連行された(間違って収容された芳養先輩は翌日父母とママン、それに龍士会の社長が事情を説明して一般の病院に移送された。うわ言で鬼が出た、やっぱり普通の女と結婚する、と意味不明な言葉をしきりに呟いていたらしい)訳なのだが……大きな問題が二つ。
一つは連中の意識が戻った時、
数日分の記憶が飛んでいたのだ。
何故俺達の周りは悉くそんな犯罪者ばかりなんだ?
『龍士会に不法侵入したのはお前達だろう?』
『覚えてません』
『社員や会社を脅迫したのも』
『嘘でしょ刑事さん?あ、分かった。ドッキリでしょこれ?どっかにカメラが回ってて』
『その社員を誘拐して暴行したのはどいつだ?』
『だから知らないですってば。それよりこの怪我何なんすか?痛み止め切れてスゲー疼くんすけど』
『はぁ……結局誰の命令でやったんだ?』
『だから、気付いたらここに寝てたんですってば!信じて下さいよ刑事さん!!』
一人や二人なら罪を逃れるための言い訳だと決めて徹底的に尋問するだろう。しかし三十人全員に一切合切否定された日には、百戦錬磨の刑事達もお手上げだ。証拠も証言も揃っている以上起訴即有罪はほぼ確定、だが連中には肝心の罪の記憶が無い。刑務所に入ろうが決して真の意味での償いにはならないのだ。まぁ、原因やその後の経過は権力の無い一介の皇太子の手には余るので考え過ぎないようにしよう。
それよりも、だ。今はこっちの余程大事な問題をどうするか。いや、どう答えるべきか。
「レイ?」
数分前。話があると呼び出され、雪の積もった中庭に着いて早々女王陛下は言った。
『私イヤリングが欲しいの』
何故?どうしてよりによって俺に?と疑問を差し挟むべきか。しかしポケットには丁度クランの耳に似合いそうな水色真珠のイヤリングがある。
(そうか!きっと俺がプレゼントしたいって気持ちが無意識を伝わって、クランの口から飛び出たんだ。以心伝心って奴だな。ようし!)
「クラン」ラッピングされた小箱を取り出し、雰囲気たっぷりに蓋を開けてみせる。「こんな事もあろうかと買っておいたんだ。着けてやるよ」
彼女はやんわりと手で制し、「いい。自分でちゃんと着けられるように練習から見せるね。ありがと、レイ」小箱を受け取ったその頬は僅かに上気しているように見えた。
「あ、ああ」
思った以上の好感触。よーしよし、一歩前進だ!
「ねえアス」
自室。床の愛用の埴輪を見栄え良くなるよう並べ直しながら、ドレッサーの鏡をピカピカに磨く衛兵に声を掛ける。
「何ですか女王様?はぁー」キュッキュッ。充分綺麗だろうに、まだ納得がいかない様子。
「あの二人。ここ二、三日変な目で私を見てる気がするんだけど、気のせい?」
「変な目、ですか?」
「犯されそうな視線を感じるの」
「あぁ、それは誤解ですよ。多分」断定はしないのか。「お二人はただ、女王様にプレゼントを渡す機会を窺っているだけです」
どうせそんな事だろうと思った。
「プレゼントって何?」
「ええと……レイさんはイヤリングで、セミアさんは栞です」
「あぁ……」どちらもいらない。
「お気に召しませんか?」
「まぁね」
イヤリングは昔孤児院で先生に無理矢理着けさせられて真っ赤に腫れたトラウマがある。栞も使う程本を読まない。セミアに貰った本も、十ページぐらいで眠くなってまだ一章も終わっていなかった。
「そうですか。それは残念です」
「高い高ーい」埴輪可愛い。食べちゃいたいぐらい可愛い。私の心を癒してくれるのはこの子達だけだ。
「ですが、貰うだけ貰っては頂けませんか?お二人の気持ちはともかく、不機嫌に巻き込まれて正直僕が先に参ってしまいそうです。受け取った後は抽斗の奥に入れて構いませんから」
「うーん、でも下手に貰っても状況が一段悪くなるだけな気がする……」
さっ、衛兵は胸ポケットから小袋を取り出し、中身を私の目の前に出した。
「か、可愛い……!!!」
長い人差し指と中指に嵌ったカップル埴輪の指人形。ゴム製だが子供向けの変な着色をせず、あくまでリアル指向なのが素晴らしい。勿論その精緻且つコケティッシュなデザインも称賛に値する。
「お二人のプレゼントを貰って頂けたら差し上げます。どうですか?」
「どこで手に入れたの?」
「麓の船着場の売店です。因みに製造元は倒産していて、正真正銘最後の一組ですよ」
「うう……ズルい」咽喉から手が出る程欲しい。見ているだけで発狂しそうだ。
衛兵は袋に人形を戻し、また胸ポケットに仕舞って何事も無かったように窓を拭き始めた。
「向こうは梯子で上って来ないと無理ですね」下三分の一開いた窓をガチャガチャして呟く。「確か倉庫にあったはず」
「アス、私と付き合わない?」
「僕はまだ死にたくありません、刑務官さんが戻るまでここで待っている約束していますから。それに僕にとって女王様は敬愛の対象です」
至って冷静な返答に私は肩を竦めた。「残念」近付いて埴輪の下の空洞を彼の口に押し付ける。ぷちゅ。「アスだったら私結婚してもいいのに」
「じょ、女王様!?」頬が赤い。「いけません!指人形はお二人のプレゼントと交換!」
「分かってるよ。別にからかって動揺している隙に盗ろうなんて思ってない」もう一回ぷちゅ。「割と本気で言っているんだよ?」
「そう思うなら尚更貰って来て下さい。僕にも立場と言う物があります。このまま付き合いだしたら、本気でお二人に闇討ちされてしまいます」
「埴輪人形は拾ってあげる」
「なら最後の力を振り絞り、這ってでも女王様の手の届かない崖下に投げ落とします」
「それは困る」ベッド脇に埴輪を置く。「しょうがないなあ、行ってくる」
「はい。待っていますね」爽やかな顔が軽く憎らしかった。