序章 記憶
―――那美。
祖母の呼ぶ声。笑顔を作るのが苦手で少し気難しい人だった。
母の実家へ帰省ではなく引っ越しで戻ってきた。別の街で初等部入学後、半年も経たない冬の事。
―――お前には鬼が憑いているんだよ。私にも……。
理解出来なかった。私はただ捨て猫を守っただけ。鬼なんて怪物は見なかった。そう言うと祖母は布団の中で悲しげな目をした。
―――いいかい那美。鬼は私達の心の奥に住んでいる。もう二度と外に出してはいけないよ。
―――どうして?
―――これ以上大切な人達を失わないため。心を強く持つんだよ。決して鬼に空け渡さないように。
祖母と両親が相次いで他界したのは、その会話から一月も経たない頃だった。
彼女はいつも同じ席に座っていた。
「ううん……」
昼休み、図書室の窓際一角。ミルクティーを啜りながら課題の数学と格闘する後輩を、毎日俺は飽きる事無く眺めている。
彼女のプライベート情報は学校の内外で耳にして、既に殆ど暗記している。テストが出来ずとも、興味があれば自然に覚えてしまう物だ。
なあ、一緒に勉強しないか?
手の中のサンドイッチと教科書を睨みつつ、十メートル先に意識を向け続け、もう半年が過ぎようとしていた。