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選曲

 笠地蔵の選曲は難航した。

 この演劇のメインのシーン、つまりお地蔵さんの頭に笠が掛けられるシーンに用いる曲を、幸樹はなかなか決めることができなかった。

 二年生になって裏方のトップを任されたのも原因だ。今年は十人も新入生が入部したものだから、その指導だけで四月はあっという間に過ぎていった。

 幸樹がもたもたしているうちに、小雪はどんどんとその才能を開花させていく。とは言っても、もともとの天然っぷりに輪がかかっただけなのだが。

 例えばダンス。

 彩夏の提案で、お地蔵さんが青年に家の前に来た時に恩返しのダンスを披露することになった。

 ということで、お地蔵さん役の七人はダンスの練習を開始する。練習の成果、六番目のお地蔵さんまでがピッタリ合うようになった。が、どうしても小雪だけが微妙にリズムを外してしまう。

 そんな練習風景を幸樹はヤキモキしながら見ていた。

 たまりかねた幸樹は、帰り道にそれを指摘してみたことがある。

『小雪、お前のダンス、外しまくってるぞ』

 すると、彼女は平然と答える。

『えっ、合ってるじゃん。幸樹くん、何言ってるの? 合ってる、合ってる。全然問題ナシっ!』

 悪びれた様子は何もない。

 それもそのはず、本人はちゃんと合っていると思っているのだから。

 そんなダンスの練習を、指導する彩夏はいつもにんまりしながら見ていた。まるで小雪を起用したのが成功だったと言わんばかりに。

 ――もしかして、部長、何かをねらってる?

 そういう視点で小雪のダンスを見ていると、その外しっぷりは意外と味のあるものだった。彼女は堂々と演技をしている。観客の立場で見ると、わざとリズムを外しているようにも映るのだ。

 ――小雪の仕草はなかなか愛嬌があるな。別にこのままでもいいし、ダンスがそろえばそれはそれでいいかもしれない。

 幸樹は次第にそう考えるようになった。

 

 五月に入ってゴールデンウィークが終わると、さすがに幸樹の尻に火がついた。

 ――メインのシーンに合う曲を早く決めなくちゃ。

 他のシーンのBGMはほとんど決まった。ダンスの曲はお地蔵さん役の生徒達で決めた。残るはメインのシーンの曲のみだった。

 ――普通のBGMじゃ物足りないんだよな。静かで、厳かで、雪のシーンに合ってて、しかも何か主張を持っている曲はないだろうか。

 幸樹は、候補にボーカル曲を考えていた。

 というのも、青年がお地蔵さんに笠を掛けるシーンにはセリフがないからだ。普通のBGMではおとなし過ぎて、なんだか味気ないものになってしまう。このシーンで演技される内容は誰もが知っいる。それならば、観客の注意が多少曲の歌詞の方に逸れたとしても問題は無い。

 今、幸樹が座っている部室の机には、何枚かのCDが並べられている。『雪』をキーワードに両親から借りたり、家中から集めたCDだ。例えば、レミオロメンの『粉雪』や中島美嘉の『雪の華』、ドリカムの『WINTER SONG』など。『なごり雪』、『さよなら』、『SNOW AGAIN』といったかなり古いタイトルも並んでいた。

 幸樹は携帯CDプレーヤーを取り出し、練習風景を見ながら一曲ずつ吟味するように聴き始めた。

 まずは、レミオロメンの『粉雪』。

 ――曲自体はいい感じなんだけど、サビに入るまでが長いんだよな。これじゃ、その前にメインのシーンが終わっちゃうよ。

 父親のお勧めのオフコースの『さよなら』。

 ――厳かな感じはいいんだけど、最初の歌詞で『終わって』しまったらダメだろ。お地蔵さんとの出会いのシーンなんだから。

 母親のお勧めのイルカの『なごり雪』と森高千里の『SNOW AGAIN』。

 ――『なごり雪』は別れの曲だから、やっぱり不適当かも。『SNOW AGAIN』は、サビの『もう一度会いたい』って歌詞がこの演劇にピッタリなんだけどな。でも、どちらも曲調が明るすぎて春をイメージしてしまうぞ。

 ――うーん、残るは『雪の華』か『WINTER SONG』か……。

 この二曲を皆に聞いてもらってから選ぶのもいいかも、と幸樹が思っていた時、休憩中の松岡が幸樹の元にやってきた。

「はははは、幸樹。ずいぶんと悩んでいるようだな。そんな時に悪いけど、ついでにこの曲も候補に入れてくれないか?」

 一枚のCDを差し出す。

 それは透明なケースに入れられており、CDの表面には何も書いていない。おそらく自作のものだろう。

「先輩。入ってるのは何という曲ですか?」

 すると松岡は意地悪そうに笑いながら答えた。

「まあ、聞いてのお楽しみだ。先入観無しで、お前の耳で判断してくれ。それに、もしダメだったら曲名なんて必要ないだろ?」

「わかりました」

 そして松岡は練習に戻る。

 ――先輩が推薦する曲って、どんな感じなんだろう?

 幸樹は、松岡の風貌から男性ユニットの曲なんじゃないかと連想しながらプレーヤーにCDをセットした。


 それは意外なことに、ボーカルの無い曲だった。

 イントロがフェードインして、三連符のリズムが繰り返されていく。

 ――へえ、松岡先輩ってこんな曲も聞くんだ。

 静かで厳かな雰囲気。

 松岡の風貌からは全く予想できない曲調。

 イントロのメロディがしばらく繰り返された後、今度は鐘のような音色を使ったメインのフレーズが鳴り響く。耳に残る存在感のあるメロディだった。

 ――これならボーカル無しでも場が間延びしなくて済みそうだ。

 これでもかと何回も繰り返されるメロディは、幸樹にとってどこかで聞いたことのある懐かしい響きだった。

 ――誰の曲だったっけな……。坂本龍一かな?

 幸樹は、帰り道に小雪にもこの曲を聞いてもらおうと思った。もしかすると彼女なら曲名を知っているかもしれない。もし彼女も気に入ってくれたら、演劇に使ってもいいと思った。

 そして帰り道。

「小雪。ちょっと聞いてほしい曲があるんだけど……」

 鏡大橋に差し掛かったところで、幸樹は小雪に切り出した。

「うん、いいよ」

 快く承諾してくれる小雪。幸樹はインナーイヤー型のヘッドホンを取り出し二人で分け合う。

 ――まるで恋人みたいな格好だな。

 小雪は背が低いので、幸樹とヘッドホンを分け合うためには二人はかなり近づかないといけない。街の中でそんな格好をするのはさすがに恥ずかしく、人が少なくなる鏡大橋に差し掛かるまで待っていたのだ。

「じゃあ、始めるよ」

 小雪の耳にヘッドホンが収まるのを確認すると、幸樹は携帯CDプレイヤーの再生ボタンを押した。

 フェイドインするイントロが、鏡大橋の雑踏を次第に遮断する。

「……あっ、これは」

 小雪が小さく反応した。

 どうやら彼女も知っている曲のようだ。それなら話が早い。幸樹はまず、この曲を松岡に教えてもらったことから説明しようと思った。

「松岡先輩が」

「松岡先輩に」

 二人の声が重なった。

 そしてしばらくの沈黙の後、「小雪からどうぞ」と幸樹は会話を譲る。

 ――小雪も松岡先輩と言おうとしてたなんて、どういうことなんだろう?

 すると、ためらいがちに小雪は言葉を紡ぐ。

「私ね、好きって言ったの……」

 ――えっ、それってどういうこと? 小雪が松岡先輩に告白したってこと!?

 幸樹は驚いて立ち止まる。すると、分け合っているヘッドホンのコードが伸びて、小雪の耳を引っ張った。

「イテテ。ちょ、ちょっと幸樹くん。急に止まらないでよ。耳が痛いよ」

「ご、ゴメン。だって、小雪。お前、松岡先輩に告白したのか?」

「え、え、えっ、何のこと? わ、わ、私、告白なんてしてないけど……」

 小雪は顔を真っ赤にして否定する。

「だって、松岡先輩に好きって……」

「やだ。この曲のことよ。私、この曲が大好きで、松岡先輩にCDを渡したの。ほら、今回の演劇にもピッタリでしょ。先輩がいいって言ってくれたら、幸樹くんにも提案しようと思ってたんだけど……」

 そういうことだったのか。幸樹は少しほっとする。

 ――ということは、今聞いているこのCDは、小雪が松岡先輩に渡したものなんだな。

 小雪が松岡にCDを渡す。松岡がそれを聴いていいと判断したから幸樹に渡した。そんな構図を幸樹は連想した。

「じゃあ、今度は幸樹くんの番。さっき何て言おうとしたの?」

 小雪に話しを振られて、幸樹は正直に答える。

「実はさ、この曲、松岡先輩から紹介してもらったんだよ」

「えっ!?」

 今度は小雪が驚いた顔をした。

「それで……、先輩……、何か言ってた?」

 そして恥ずかしそうにうつむいた。

「僕の耳で判断してくれってさ。きっと先輩もこの曲がいいと思ったから僕に紹介してくれたんだと思うよ」

 すると小雪の表情が明るくなった。

「そっか、よかった……」

 まるで告白が成功したかのように。

「それで幸樹くんもこの曲のこと、気に入ってくれたんだよね」

 そして満面の笑みで見上げてくる。

「あ、ああ」

 幸樹が生返事をしたのは、何か違和感を覚えたからだった。

 ――小雪。何で先に僕に相談してくれなかったんだよ。

 幸樹は悔しかった。

「じゃあ、今回の演劇に使ってくれるよね?」

 先月までの小雪なら、その言葉を最初に言う相手は幸樹だった。それがたった一ヶ月で、小雪の心の中の順番が変わってしまった。

「考えておくよ」

 小雪から目を逸らしながら幸樹は答える。彼女の嬉しそうな表情を見るのが辛かった。川辺の桜並木は、青々とした葉を夕方の風に揺らしている。

「やった!」

 小雪が小さくガッツポーズをする。

「ところで曲名は何ていうんだ?」

「この曲の名前はね……」

 小雪も鏡大橋から夕暮れの空に目を向ける。その視線の先の雲は、きっと松岡の顔の形になっているに違いない。

「メリー・クリスマス・ミスター・ローレンス」

 その名前は、幸樹にとって一生忘れられないものとなった。

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