僕と君と陽炎と
僕と君と陽炎と
俺は、夏が好きだ。
毎年夏が来ると、君が帰ってくるような気がする。君との思い出が蘇ってくるんだ。
桜が満開になりつつも若干の寒さが残る4月。
普通の高校生ならいつもとは違った気持ちで学校へ向かうだろうが、俺はいつも通りの憂鬱感を抱きながら学校へ向かった。
昇降口前では自分のクラスを確認する人、仲のいい友人と同じクラスになり舞い上がっている人、仲のいい友人とクラスが離れ少し寂しそうな表情を浮かべている人などで群がっていた。春なのに暑苦しく感じる。
俺は遠目でクラスを確認し人波をかき分けて小走りで教室へと向かった。どうせ俺はどのクラスになっても特別仲のいい友人なんていないし、目立つこともなければ幽霊になることもない。ただのクラス替えだ。
「はい、皆揃ったかな。えーでは、HRを始めます。
えー、今年一年このクラスの担任を受け持つことになりました、久保仁と申します。えー、皆さんの最後の高校生活を応援して、皆さんの旅立ちを一番そばで見送れることにとても嬉しく思います。えー、一年間よろしくお願いしますね。」
ふっ。どうせ思ってないくせに。教師ってホントに綺麗事並べるの好きだよな。
「はい、じゃあね。早速ですが、三年生らしいことをしてもらおうと思います。
皆さん、進路について考えてますか?進学したい人、就職したい人。皆さんいろいろあると思います。えー、今から進路調査票という紙を配るので、よく考えて書いて週明けに提出してくださいね。」
俺は教師のそんな戯言を聞き流しながら頬杖をついてぼーっと時計を見ていた。
「...ちょっと!はやく紙回してくれない?」
後ろの女子に声を掛けられ、「あぁ、わり。」と空返事をして手紙を回した。
俺の高校生活なんてこんなもんだ。高校生活の思い出はなんですか?と聞かれたら、俺は果たしてなんと答えるのだろう。ありもしない思い出を捏造して、あたかも相当思い出深い過去のように流暢に語るのだろうか。
俺の最後の高校生活、一体どうなるのだろうか。
6月。俺は担任の久保に呼び出され「これ、親御さんに渡してね」と、茶色い封筒を受け取った。
中身を見るまでもなく『またか...』と大きなため息をつき「わかりました。」とその場を去った。
家に帰り封筒を開けると、やはりそうだった。
【学費の滞納について】
この件で何回両親と揉めたことだろうか。小中学生の頃も、頻繁に給食費の滞納を知らせる手紙を受け取った。幼い頃は手紙に書いてある内容も理解できず、自分だけ先生からもらえていることの優越感に浸っていたが、その手紙を受け取ることが恥以外の何物でもないと知ってからはとても恥ずかしくなり、その手紙を受け取れば自分の家庭環境が乏しいことを認めることになると感じるようになった。本当は認めたくないのに。
そんなこんなで7月の夏休み直前。HRや学年集会では必ずといっていいほど進路について考えることを促されるようになった。
「はい。暑いのはわかるけど先生の話聞いてくださいね。」
外の蝉の鳴き声に負けんばかりの声量で学年主任が話し出す。
体育館のドアをすべて開けていてもドライヤーの温風のような生温い風が入ってくるだけでちっとも涼しくない。
「あっという間に最後の学年の中間地点に来ました。明日から夏休みに入ります。ですが夏休みだからといって怠けて勉強をサボったり進路のことを後回しにしていいわけではありません。
三年生は夏休みに入ってからが本番です。毎日少しでも机に向き合ってペンを握ることで、ライバルに勝てたり偏差値が上がったり、第一志望校への合格確率がグンと上がるかもしれません。諦めたらそこで試合終了です。手汗をかいて、涙を流して、たくさん考えた分だけ自分が望んだ未来を掴むことができます。
油断することなく、ケガや事故に気を付けて夏休みを乗り越えましょう。」
また始まったよ、教師が綺麗事を並べる時間。教師はいいよな、綺麗事並べるだけで給料もらえて。しかも蝉の声にボリューム負けてるし。
ノロノロと教室に戻りクラスメイト達は帰りの支度を始める。
「なぁ、今日暇?カラオケ行こーぜ!」
「夏休み前最後にプリクラ撮り行かなーい?」
クラスメイトは次々と放課後の予定を入れていく。俺は一人で帰ってベッドでゴロゴロして、風呂入って飯食って、またゴロゴロして寝るだけ。虚しいなぁ。
「はい、みんな支度終わったかな?よし、1学期最後のHRするぞー。
学年主任の多田先生も言ってたけどね、サボらずちゃんと勉強しましょう。夏休み明け、4月にやってもらった進路希望調査またやるから、進路のこともちゃんと考えとけよー。えー、そして...」
机に突っ伏しながら話を聞いていると、後ろの席に座っている女子から突然、紙の切れ端を渡された。
『夏休みの間だけ、友だちにならない? 未來より』
友達も彼女もいない俺にようやく青春が訪れた!と思った俺はその紙に『いーよ 祐樹』と書いて返した。
久保の長話が終わり、校内では下校を知らせるチャイムと共にアナウンスが流れている。
話しかけようと思ったが今まで女友達など存在したことない俺にとって、女子に話しかけるというのはとてつもなく高い壁であった。リュックを背負い教室を出ようとすると、未來に呼び止められ
「ねぇねぇ、あの手紙、本当?」と問いかけてきた。
「あぁ、うん。いいよ。俺友達いないし」
「え!私も一緒!じゃあ今日からよろしくね!!一緒に帰ろう!」
『女子って話したことのない異性相手にすらもこんなグイグイ来るものなのか...?』と多少の違和感を感じつつ、未來と一緒に帰ることになった。
「ねぇ。祐樹くんってさ、夏、好き?」
好きな季節なんて、考えたこともなかった。本来ならすべての季節嫌いだ。どの季節も、自分が生きていると思うと嫌気がさす。返答に困った俺は思わず
「うーん、未來さんは?」と質問返しをした。
「あはは、呼び捨てでいいよ~、私たち友達なんだから。
私はね、四季の中で夏が一番好き。だって、自分が夏を生きてるってだけで何しててもそこ切り取ったら映画の主人公みたいでさ。自分が綺麗に見えるんだよね。」と恥ずかしそうに笑みを浮かべた。
「『綺麗に見える』って、どういうこと?」
「あぁ、わからなくていいよ(笑)。」
「っていうか、友達になるのは全然いいしむしろ嬉しいんだけど、なんで夏だ...」
俺が言いかけたとき、すかさずその言葉を遮るように
「なんでだろうね~、まぁ世の中にはわからなくていいこともあるんだよ(笑)。」
と言ってはぐらかされた。
「私こっちだけど、祐樹は?」
「俺こっち。」
「そっか、じゃあまた後で連絡するね。またね!」
「わかった。またね」
未來との会話で節々に違和感を覚えていた。
夏の間だけ自分が綺麗に見える、夏休みの間だけ友達になる。
俺はその日、眠るまでそのことが頭から離れずにいた。
2日後。俺のスマホに一件の通知が来た。未來からだった。
『ヤッホー、今暇?よかったら今日遊ばない?』
俺は当然その時も暇を持て余してベッドでゴロゴロとスマホを弄っていたのでOKし、合流することになった。
「おー来た来た!...って、寝癖?さっきまで寝てたの?」
クスッと笑い俺をからかう未來に
「んなわけあるか!暇で横になってたから乱れただけだわ!」と反抗した。
「そっか!ねぇ、一緒に行きたいところあるんだけど!」
と言って、有無を言わさず俺の手を引かれ無我夢中に走らされて着いたのは、少し離れた駄菓子屋だった。
「ここ、私の行きつけの駄菓子屋さんでね、お菓子買うと毎回サービスで駄菓子一個無料でくれるんだ!おばあちゃんがとっても優しいの!!」
「あぁ、そうなんだ。てか、走って喉乾いたよ。」
「そう言うと思った!ラムネ飲む?」
ラムネを買うと、未來の言う通りサービスできなこ棒を2本貰えた。
外のベンチに腰掛け、蝉の声と店の前にぶら下がっている風鈴をBGMにしながらラムネを飲んだ。すると、未來が口を開き
「ねぇ、祐樹。生きてるの、楽しい?」
あまりに重い話題に驚きを隠せず、ラムネが変なところに入りむせてしまった。
「あっごめん。大丈夫?ラムネ飲みな!」
「バカじゃねーの。ラムネのせいでむせてんだよ」
「あっそっか、ごめんね」と、苦しそうに話す俺を横に汗を流しながらケタケタ笑う未來が、どこか儚く見えた。
そのあとは二人で空き地の原っぱを駆け回ったり寝そべって他愛もない話をして、解散した。
そんな夏休みがしばらく続き、気付けば8月25日。夏休みの終盤になっていた。
今日も未來からメッセージが届く。
『おはよう。元気?今日会える?』
明らかに、いつもの明るい未來が打つ文章ではなかった。
急ぎ足で集合場所に向かう。
「あ!来た来た!やっほー!!」
なんだ、いつもの未來じゃないか。俺はいつからこんな心配性になったんだ。
俺のどこか硬かった表情がどんどん柔らかくなるのを感じた。
「おう。今日も駄菓子屋、行く?」
「あ、いや...。今日は私の秘密、教えちゃう!特別だよー?」
その言葉を聞いた瞬間、嫌な予感が俺の脳内を駆り立てた。
「う、うん。わかった」
「そう来なくっちゃ!いっくよー!着いてきて!」
炎のようにしつこく揺らめく陽炎をかき分け猛ダッシュで未來を追いかけると、辿り着いたのは海だった。
「じゃーん!ここが私の居場所。どう?」
繰り返し波が押し寄せてくる音と気持ちのよい潮風に圧倒され、俺は言葉を失った。
「...おう。...これが未來の...秘密?」
「ううん。私の秘密、知りたい?聞く?」
聞いてどうする。たかが同じクラスメイトでしかない一人の女子の秘密を知ったところで、俺の今後の人生が豊かになるとでもいうのか?未來の秘密を知って、俺が幸せになれるのか?
脳内ではそんな気持ちが蠢いていながら、俺の口は自分の意志とは裏腹に
「うん。未來の秘密、聞きたい。聞かせて」
と言っていた。
「私ね、親いないんだ。
私が物心つく前に離婚して、私はずっとお父さんと一緒に暮らしてたんだけど、私が小学生の時に自殺したんだ。そのあと叔父さんが里親になってくれて今2人で暮らしてるんだけど、居心地悪いんだよね。気使うし素直になれなくてさ。
いろいろ考えて頭がゴチャゴチャになった時はここにきてぼーっと海を眺めてるんだよね。ここにいると時は、素直な本当の私でいられるの。
私、幼い頃から今と同じ感じで学校生活送ってたんだ。学校では幽霊みたいに誰にも相手にされなくて、おまけに頭も悪ければ運動も苦手。クラスメイトから『親不孝』っていじめられてたこともあったな。その度に思ったよ、私親いないんですけどー!!って(笑)」
「親がいないこと、周りは知らなかったの?」
「...言えるわけないよ。」
その言葉が俺の脳内に響いた。
言わない。言えない。言えるわけない。俺の家が貧乏なんて。
この子も、俺と同じだ。本当は寂しいんだ。
しばらくの間沈黙が続くと、今度は人が変わったように声色が明るくなり
「んで、夏休みが終わる前に死のうと思うんだ!」
「...え?」
「もう散々だよ、こんな人生。死んだらさ、なんにも考えなくていいんだよ?今苦しんでることぜーんぶから解放されるんだよ!」
その瞬間、波音が一気に静まり返った。まるで映画のフェードアウトのように。
俺は未來を止めるべきか?でも止めたら今以上に未來が追い詰められていく。俺が未來を苦しめることになる。でも死んでほしくない。まだ未來と一緒にいたい。これからも未來と一緒にいたい。俺はきっと、未來のことが...
俺なんてどうせ生きてても金と時間の無駄だ。俺の存在に価値なんてないし、俺の未来に期待を添えている人間なんているはずもない。人間いずれ死ぬんだ。死ぬのが早いか遅いか、ただそれだけのことだ。そして、未來がいない世界で生きる意味なんて、ないんだ。
「俺も付き合うよ。」
立ち上がってそう言うと、未來はいつものようにクスッと笑い、
「え、一緒に死ぬってこと?ほんと祐樹ってバカだね」と言った。
帰宅した後は家族にバレないよう、コソコソと身辺整理をしたり遺書を書いたりした。
「『いしょ』ってどういう字だ?」自殺を考えたこともなかった俺にとって、『いしょ』という漢字なんて、どうでもよかった。
命を絶つと決めてから、一日が短く感じるようになった。すべてが一瞬で終わっていくように感じた。
8月30日。部屋のそこら中に散らばっていた物がなくなり、もはや俺の部屋はもぬけの殻と化していた。
はぁ、今日で最後か。母ちゃんのズボラ飯。あったかい風呂。太陽の匂いに包まれた布団での睡眠。
寂しい気持ちがありながら、未來と同じように気が軽くなるようにも感じた。
ベッドに倒れこみ天井を眺めていると、スマホの通知が鳴った。
『明日の11時。公園の近くのマンションの前で待ち合わせね。待ってる』
『わかった』と返信をし、スマホとモバイルバッテリーを充電してアラームをかけて俺は眠りについた。
...ここはどこだ。どうやらいつもの待ち合わせ場所にしている公園のようだ。
小さな子供が遊具の周りを走り回ったり、家族と一緒に砂場で遊んでいる。その奥に、小さなボブの女の子が佇んでいる。目を凝らすと、その姿は未來だった。
未來を呼びかけようとするが声が出せない。必死に大きく手を振りアピールすると、未來は優しく微笑みながら小さく手を振り返した。すると耳元で
【祐樹、あのね...】と囁く未來の声が聞こえた。
未來の姿は遠くに見えるのに、未來の声は俺のすぐ横で聞こえる。すると、未來の体が下半身から少しずつ透けていった。未來のところへ走り出したくても、足も動かない。まるで金縛りにあっているようだった。
未來の姿がすべて消えかけるところでアラームが鳴り、目が覚めた。
自殺当日の朝に、変な夢を見たもんだ。
俺は着々と外出する準備を進め、約束の場所へと向かった。
マンションに着くと、制服を着た未來が座り込んで俺のことを待っていた。
「おはよ。ところで、なんで制服?」
「おはよ!...あぁ、本当は今日、叔父さんと出かける予定だったんだ。夏休みが終わっちゃうからって、最終日に2人でお出かけ行こうって言われてたの。でも、『学校に行かなきゃいけなくなった』って嘘ついて出てきた。」
「あ、そうなんだ。で、どうやって死ぬの?」
「ここまで来てまだわかんないの?祐樹ってすごい鈍感だよねー(笑)」
「うるせぇな、はやく教えて」
「わかった、おいで」
言われるがままに着いていくと、目の前には【関係者以外立入禁止】と書かれた看板が立つ入口の前にたどり着いた。
「え、ここに来てどうするつもり?」
「もーう。本当に面倒くさい人だね。0から10まで説明しないとわからない人なの??黙ってついてくればいいの。」
そう言うと、未來は看板を放り投げて階段を昇っていった。まさかと思いながら着いていくと、やはりマンションの屋上で未來の足は止まった。
「なるほどね。」
「おぉ、気付いた?言う前に気付けるの珍しいね。らしくないよ(笑)」
「うるせぇなぁ」
「ほら、おいで」
昔このマンションの屋上はフェンスがなく、だれでも簡単に飛び降りができる状態だった。案の定飛び降りる人が絶えずフェンスができたらしいが、それも申し訳程度でしかなく『じゃんじゃん飛び降りてください』と言わんばかりの、簡単に跨げてしまうほど低いフェンスだ。
二人でフェンスを跨ぎ、足をぶら下げて座り込んだ。
「大丈夫?怖い?」そう揶揄うように言ってきた未來に対して「ばか、こんなんでビビってたら男としてダセーだろ。」
そう言う俺の鼓動は今までにないほど早まっていて、手足も異常なほど震えている。何度も唾を飲み込み、『大丈夫、大丈夫』と言い聞かせていた。
「だっさ~(笑)...ありがとう、祐樹」
「なんのこと?」
「私に、幸せをくれて」
「........うん」
「準備はいい?せーので飛ぶよ」
「うん。いいよ」
「...いくよ」
ー せーのっ ー
その声と同時に俺と未來は前に倒れこみ、その瞬間、俺の視界は真っ黒になり遮断された。
...ここは?
目が覚めると見慣れない天井。俺の体を見ると、無数の管や針が繋がっている。
なぜ俺がここにいるのか。一体何があったのか。何も理解できずぼーっとしていると、俺の担当医であろう白衣を着た男性が病室に入ってくる。
「目が覚めた?祐樹くん、だいぶ無茶しちゃったね。祐樹くんに伝えなきゃいけない話があって来たんだ。まだ頭が錯乱していると思うけど、聞いてくれるかな?」
「祐樹くんはね、お友達と一緒に高いところから飛び降りたんだ。大きな音を聞いて現場に駆け付けた人がすかさず119をしてくれたから、君を助けることができたんだ。通報してくれた人に感謝しないとね」
...友達?俺に友達がいるのか?その友達と一緒に俺は...?
俺の思考回路はその『友達』のことで埋め尽くされた。
「ところで祐樹くん。足、動かせるかい?」
...足?なんのことだ。
、、、あれ、力が入らない。足ってどうやって動かすんだっけ。
焦った表情で担当医に目をやると、医者は俯きながらこう言った。
「もう君は、二度と足を動かせないんだ。」
その言葉を聞き、俺はショックと絶望に包まれた。
俺、もう足使えないんだ。
足、動かない。足が動かない...ん? いつかは覚えていないけど、前にそんな夢を見たような...。
.........!全てを思い出した。俺はあの時、未來と一緒にいたんだ。そして未來と...
「先生、未來は?!戸田未來は?!」
「...ごめんね。」
俺の足が二度と使えないことよりも、未來を失った事実の方が遥かに大きなショックだった。
後々話を聞いたところ、119を受けた救急隊員が現場に駆け付け病院に運ばれた後、俺と同時進行で救命処置が行われたが、目を覚ますことはなかった。医者の推定では、未來は急所を打ち、即死だったとのこと。俺は足を地面に強く打ち、たまたま急所には当たらなかったらしい。
なんで俺だけ...。なんで俺だけ助かるんだよ...。
それから3日後。未來の里親さんが面会に訪れた。
「これ。未來の部屋のテーブルにあったから。いろいろとありがとう。そして、本当にごめん。」
それは一枚の封筒だった。表面には『祐樹へ』と書かれている。
恐る恐る封筒を開き中身を開けると、便箋にはびっしりと文字が綴られていた。
『祐樹へ
初めて話した日、急に変な手紙書いてごめんね。びっくりさせちゃったかな。笑
私といた夏休み、どうだったかな。楽しかった?
私はね、すっごく幸せだった。こんなに幸せだと感じれたこと、今まで一回もなかったんだ。今まで幸せの意味が分からなかったけど、祐樹と過ごして初めて幸せってこういうことなのかなって思えた。
本当はね、死ぬのが少し怖いんだ。
私、死ぬまで絶対好きな人作らないって決めてたの。
でもね、祐樹と毎日会っていろんなこと話していくうちに、こんな時間が一生続けばいいのにって思った。まだ祐樹と一緒にいたいと思ったの。
これってそういうことなのかな。
ありがとう、祐樹。大好きだよ、さようなら。』
なんだよ。好きならそう言えよ。俺だって。俺だってお前のこと.......。
俺は必死に声を押し殺して泣いた。それから俺の中から感情が消え、何もかも無意味に思えた。生きているのが馬鹿馬鹿しくなった。
なんで生きてるんだ俺は。好きな人も失って、おまけに一生足使えないって。生き地獄じゃないか。
もはや笑えてきた。
2か月の入院生活を終え、いよいよ退院日。
俺は担当医と話し、月に1度の通院とリハビリが決まった。
俺は車椅子を動かし、会計受付へと向かって名前を伝えると
「塚本様のご精算は既に済まされてますよ。」と言われた。
担当医に話を聞くと、俺の治療費や入院費はすべて未來の里親さんが負担したようだ。
「そうですか」と一言零し、俺は病院を後にした。
車椅子で外に出ると、残暑のせいかあの頃聞いていたたくさんの蝉の鳴き声も聞こえ、遠くを見ると陽炎が揺れていた。
その陽炎はまるで、夢で見たような、未來が手を振りながら揺れているように見えた。
俺はその後高校を中退し、現在は写真家として夏をテーマにした写真をSNSに投稿したり、本にして出版している。
写真を撮るために、未來と共に訪れた場所に足を踏み入れる度、タイムスリップし過去に戻った感覚になる。
ー せーのっ ー
震えた声で叫ぶ彼女の声が脳裏にこびりついて離れない。
未來。 俺はいつまでも君のことを忘れないよ。
毎年夏が来ると蝉が鳴き出すくらい当たり前のように俺は君を思い出す。
ー俺は、夏が好きだー
これまでに祐樹が出版してきた本の一番最後のページは、必ず陽炎が揺れている写真だった。




