其之九
――翌日早朝、真田の郷のはずれ――
「源四郎、いささか早くはないか?昌相まで泊まらせて…」
「何をおっしゃいます父上?あまり人に知られたくない故にこのような早朝に繰り出したのでありますよ??」
源四郎が昌幸、昌相、源三郎、源次郎、茂誠…そして繁蔵を伴い先頭をきって歩く。
「そ、そうですよ源四郎様ぁ〜…痛てて。こっちは身体中痛いってのにぃ。」
「…お前のは自業自得だろうが繁蔵。」
ふみにこてんぱんにされ全身ボロボロの繁蔵が言う。
「ぷっ!くくく…」
「兄上、笑ってやりまするな…んくっ!」
「全く!浮気などと!日ノ本の男児たるものそう移り気でどうする?妾を作るなとは言わんが…」
「「「(兄者、なんでこんなにピンピンしてんだ?へべれけだったくせに…)」」」
弟達三人は揃って茂誠を見て思った。
この男、酔うのも早いが抜けるのも早い。
「にしても源四郎、目的地は…あの衝立の向こう側か?」
「左様でございます出浦様…」
そうこうしていると前方に衝立で囲まれた一画が見えてくる。
二年ほど前にこの辺りを荒らし回った猪を退治した際に源四郎が「自分が毎日供養します故!」とここを供養の地として衝立を建てて毎日懇ろに供養している…
と言う事になっている。
実際衝立の内側でどんな供養をしているのか誰も見た者はおらず、そもそも近づくにつれて鼻を突く異様な匂いもしてくるので誰も近づこうとしなかった。
「んんッ!確かに異様な匂いじゃが…」
「えぇ父上…民から聞いた話とは違いますね。」
「そうよな源次郎。屍肉が更に腐った所に糞尿混ぜたような匂いと聞いとったが…」
「ふふふっ…それこそこの奥で行われていることが上手くいっている証拠ですよ、父上、兄様、兄上。」
「?どういうことじゃ源四郎??」
「奥へ入れば分かりますよ兄者。ささっ…」
「そうですとも茂誠様。ささっ!皆様も。」
「…」
衝立にある戸口を開け中に皆を招き入れる源四郎と茂誠。
何かを察したのか昌相は黙っている。
中に入るとすぐに【肥溜め大の穴(ひさし付)】と右手に【供養塔】があった。
「では皆様方、まずは【供養塔】に手を…」
「「「「「「「…」」」」」」」スッ
全員が揃って手を合わせ黙祷を捧げる。
そして昌幸が口を開く。
「して源四郎…この……いわば【隠し肥溜め】で何をしておるのよ???」
「父上…これこそが…この【肥溜め】こそが……禁呪とも言える【古土法】であります!」
「「「「「古土法!?」」」」」
※古土法とは?…有り体に言えば土中のバクテリアに有機物を分解させ火薬の主成分【硝石】を取り出す方法である※
「そう。地中のバクテリア…」
「「「「「ばくてぃりあ?」」」」」
一行(恐らく同じ説明を事前にされたであろう繁蔵を除く)が首をかしげる。
「え〜、コホン。伴天連の言葉ですから聞き覚えもありませんね…まぁカビの一種と考えて下さいませ。…で、そのカビどもにヨモギや蕎麦殻、そして【屍肉】に【糞尿】を餌として与えまする。」
「なっ!?土中のカビはそんなものを!?!?」
「まぁ待て源三郎…続けよ源四郎。」
自身の全く知らない知識を聞かされ狼狽する源三郎とそれを制し話を続けさせる昌幸。
「はい…そうするとそれらをカビ共が喰らい【糞】として【硝石】を出すのでございます。…まぁ喰らって出すのに数年かかるんですが。」
「年単位で時がかかるのか!?」
「そもそも【糞】を喰らって【糞】を垂れるとは…まっこと面白いな!そのばくてぃりあなるカビは!」
「源次郎、茂誠…続けさせろ。」
「待て昌相」
今度は昌相が源次郎と茂誠を制した所で昌幸が割って入る。
「して源四郎…今回はその屍肉、以前郷を荒らした猪の物を使ったと見えるが…それで如何ほどの硝石がとれるのじゃ?」
「………流石父上。察しがよろしいですね。」
「問うておることに答えよ源四郎。」
「……………二貫(約7キロ)いくか、と言ったところでしょう。」
「「「「「「!?たった二貫!?!?」」」」」」
驚愕する一同。
それもそのハズ、件の猪は三十六貫(約135キロ)はあったのだから。
そして…
「屍肉を使う…!!!!!」ダッ
バキッ!
源次郎が源四郎に駆け寄りその頬を有無を言わさず殴りつける。
「「源次郎!?」」
「源次郎様!?」
「「…」」
突然のことに驚く源三郎と茂誠と繁蔵。
そしてまたしてもこうなることが分かっていたかのように黙り込む昌幸と昌相。
「…」クイッ
切れた唇から出た血を無言で拭う源四郎。
「一体何じゃというんじゃ!げんじ…」
「分かりませんか兄上!こいつは屍肉を使うと言いました!そしてこの如何様にも広げられる衝立の奥地!こいつは…源四郎は………ゆくゆくは【敵兵の骸】をも【火薬】に変えるつもりです!!」
「「………は?」」
「っ!」
「「(やはり、か。)」」
呆気に取られる源三郎と茂誠。
共犯者として(恐らく)事前にその計画を聞かされていたであろう繁蔵も苦虫を噛み潰したように顔をしかめる。
そして昌幸、昌相は事態を悟っていたのか未だに口を噤む。
「源四郎!お前は!」
「待て!源次郎!!」ダッ
源三郎が源次郎と源四郎の間に割って入り…源四郎へ向き直り語りかける。
「なぁ源四郎…今なら、今なら子供のいたずらで済む。嘘だと言ってくれんか?」
「…」
源三郎の問いに答えない、いや答えられない源四郎。
なおも源三郎は続ける。
「…嘘だと言わんかぁああああああ!」
「…」
「かような…かような!神仏を恐れず!犬畜生にも劣り!!死後冥府魔道へ堕ちるような!!!そんなことを齢八つのお前がやると言うのか!?えぇ!?!?」ツゥー
なんと…源三郎の目に涙が。
家族の前で泣いたことなどない源三郎の目に涙が。
「!!…なぜ泣かれるのです兄上!?!?」
「「「「源三郎!?」」」」
「源三郎様!?」
驚愕する源四郎。そして一同。
それほど源三郎の涙はあり得ないことなのである。
源三郎が鼻水を啜りながら答える。
「お前一人に【業】を背負わせるところになりかけたことが悔しいに決まっとろうが!!」ガッ
言うなり源四郎を抱き寄せる源三郎。
「!兄上…」
「お前の気性は兄である俺が知っている!いついかなる時も家、郷、そこに住まう民を思っての行い…最近ではそこに『みお』も加わったが」
「…」
「いずれにせよお前は少々やりすぎなきらいもあれど、常に周りを想う優しい奴じゃ!」
「そんな優しい奴に…戦国の世を生き抜く為とは言え…かような…かような!」
「…【業】ですか。それでしたら兄上が気になさることはございません…何故なら人とは常に罪深きモノなのですから。」
「「「「「!!!」」」」」
「げん…しろう?」
澄んだ、それでいて確かな【覚悟】を湛えた目で源三郎を見つめ源四郎が言う。
「草花を除く生きとし生けるものは皆他の命を奪いそれを喰ろうて生きています。そんな中【人】だけが喰らう目的以外でほかの命を奪います。」
「!」
「そう…【戦】にて。」
「「「「「…」」」」」
源四郎の【死生観】の前に押し黙る一同。
更に源四郎は続ける。
「なれば我らが奪う側になった時に命を奪ったその骸、ただ腐らすより我らの剣とし盾とする。それが奪った者のせめてもの責任でありましょう!…無論、懇ろに弔った上で。」
「「源四郎」…」
「源四郎様…」
「「…」」
「源四郎…お前、なんと言う覚悟で…」
「それに…そんな狂った世は……奪い奪われなんて狂った世はさっさと終わらせるに限ります!何故ならば…」
「「「「「「?」」」」」」
「み お と 一 緒 に い ら れ る 暇 が な く な っ て し ま う 故!」
ズルッ!
皆が滑る。
一様に滑る。
「?」
「「「「「「結局そこか!」」」」」
一同綺麗にハモって言う(昌相を除いて)。
「それが悪いのでしょうか?」
「…ふっ。源三郎に聞いた通り嫁に狂っているな、源四郎。」
「いやはや…」
「だがこの出浦昌相、その狂いっぷり気に入った!出来ることは限られるが助力致そう!!」
「!」
「そうだな…源四郎殴ってすまなんだ!お前の覚悟改めて聞いた上で…この源次郎、共に冥府魔道に堕ちよう!!!」
「兄様!」
「無論ワシもじゃ源四郎!」
「兄者!」
「ふぅ〜…」
そしてここ(一様に滑るとこ)まで黙っていた昌幸が口を開く。
「…父上。」
「確認じゃ源四郎…お主この【火薬】と【古土法】があればこの乱世を終わらせられる、そう申すのじゃな?」
「…はい。終わらせるのではなく終わらせてみせまする。みおの為にも!」
「かぁ〜嫁に狂うとるのぉ…あい分かった!ならばこの真田喜兵衛、その狂気に乗ってしんぜよう!!」
「父上!!!」
「〜〜〜〜〜ッ!だあああ!分かった!分かったわ!」
源三郎が突然吠える。
「兄上!?」
「こうなれば俺だけ【業】を背負わぬ訳にはいかんじゃろ!源四郎、俺も乗るぞ!」
「ありがとうございます、兄上!」
男どもがこうしてやいのやいのしている時だった。
チョンチョン
背中を突っつかれる源四郎。
「ん?」
振り向くとそこには…
ここに呼んでいない、いて欲しくない者がいた。
「み……………お?」
もう一度野郎どもの方をむきなおる。
皆目を丸くして「後ろ!後ろ!」と目配せする。
なのでもう一度振り返る源四郎。
…やっぱりみおがいる。
「みぃおおおおおおおおおおおお!?」
「…源四郎様。」
ズザザザザザサ
一気に男性陣のところまで後ずさる源四郎!
「みみみみみみみみみ…みお、どこから聞いていた?」
「…ばくてぃりあ?の辺りから」
「繁蔵てめぇ閂しわすれたなぁ!?」
「いやだってこんなところに女、それもみお様が来るなんて!?」
「言い訳すんなボケェ!」
「して…源四郎様?」
「お、おう。」
「源四郎様は敵兵の骸を【火薬】に変える禁呪に手を染める、と?」
「あぁ。…おれのことが嫌いになったか?」
「いいえ」
「そうか…って、え?」
「みおが源四郎様を嫌うハズがありません。それは源四郎様が一番お分かりのハズでは?」
「おおおお、おう」
「「「「「「(相変わらずお熱いなぁ)」」」」」」
野郎どもが半ば呆れて二人を見守る。
「なればこのみお、【火薬】作りは女の細腕故手伝えずとも、日々の供養はさせて下さいませ。」
「…!いいのか?」
「はい。是非もございません。それに…」
「それに?」
「皆様源四郎様がみおに狂っておると言いますが…みおも源四郎様に狂うております。なれば源四郎様に尽くすのが道理です♡」
「〜〜〜〜〜ッ!みお!!!!!!!」ガバッ
「あらあら…源四郎様♪」だきっ
人目も憚らず抱き合う二人…が!
「あ〜…二人ともちといいか?」
「?なんでしょう父上??」
「なんでしょう昌幸様??」
「「「「「「いい加減ここ臭いんじゃが?」」」」」」
「「……………………………臭っ!」」
源四郎は慣れもあって忘れていた…
ここがアンモニア臭が充満する空間だということを。
「皆はよ出てくだされ!匂いが取れなくなりますぞ!?」
「何!?それを早く言わんか!」
「「「げんしろぉおおおおおおお!」」」
「あ〜ボロ着てきて良かった…」
「…素破の仕事に支障が出るな。」
「げっ、源四郎様ぁ…意識しだしたら匂いが…」
「だぁああ!みおは俺におぶされ!!とっとと出るぞぉ!!!」
かくして最後の最後は締まらぬ感じになったが…
こうして源四郎は父、兄、昌相、繁蔵、そしてみおとあらためて【業】を背負う気持ちを新たにし【火薬】製造に勤しむのであった。
…そして物語は激動の「武田家滅亡」、「本能寺の変」へ向け加速する。
――序章、完――
いかがだったでしょうか?
次回より新章突入!
刮目して待て!!!




