死んだ公爵令嬢の立場に立った男爵令嬢
悪役令嬢と呼ばれていたモニカレイナ・グリメア公爵令嬢が死んだ。
自殺だった。
彼女は愛する婚約者、ウィリアムズ・T・カルゴフィム第一王子殿下から直々に婚約の解消を言い渡されて絶望していた。2人が通っていた学園の広場で大々的に宣言された第一王子からの婚約解消宣言は彼女のプライドも傷付けるものだった。
モニカレイナは陰で悪役令嬢と呼ばれるだけあって気の強さが顔に出ているような女だった。真っ赤な髪色にその色を更に磨いたかのように煌めく赤色の瞳。常に吊り上がった眉と不敵な笑みを浮かべる唇には常に真っ赤な口紅が塗られていた。気の強さは見た目だけではなくその言動からも滲み出ていた。公爵家の令嬢であり、次期王妃という立場が彼女を傲慢にさせていた。
そんな彼女だからか婚約解消を突き付けられた時、泣きも拒絶もせずに笑って受け入れた。
「殿下の御心のままに」
そう言って淑女の礼をしたモニカレイナは悪役令嬢とは思えぬ程に美しく、人目を惹いた。
第一王子の隣で怯えながら事の成り行きを見ていた王子の最愛である男爵令嬢アリッサ・ケナートは顔に戸惑いと悲壮感を浮かべながら内心では『勝った』と思っていた。
アリッサは何の変哲もない貴族の娘だった。ただ生まれながらに“誰よりも可愛かった”、ただそれだけで彼女は今この国の第一王子であるウィリアムズの隣に居た。ウィリアムズが見初めた、たったそれだけの理由でアリッサはこの国で2番目に権力のある家の娘を蹴落として第一王子の“恋人”の地位を得たのだ。アリッサが言葉でどれだけ「そんなつもりはなかった」と言ったところで、内心ではやはり普通の女のように地位の高い女より上に立ったことへの優越感に満たされていた。
「ごめんなさいっ! モニカレイナ様!!」
涙を浮かべながらアリッサは立ち去るモニカレイナの背中に謝罪した。
──私が悪いの! 貴女より“彼に愛された”、私が悪いの! ごめんなさい、貴女より“可愛くて”! 貴女の婚約者に“一目惚れされてしまった”私を許して! 私が望んだわけではないけれど、“彼が私を選んだから”、どうしようもないの! 本当にごめんなさい!! 貴女より“魅力があってしまって”ごめんなさい!!──
決して口に出したりはしないけれどアリッサの謝罪の言葉にはたくさんの言葉が隠されていてモニカレイナのプライドを刺激する。だけどそれにもモニカレイナは気にすることなく学園を去った。
少しぐらい悔しそうにしたらいいのに……、アリッサは少しだけ不満だった。
だけれど直ぐにその気持ちも霧散する。ウィリアムズがアリッサだけに微笑み、彼の側近たちもがアリッサを囲み、大切にしてくれる。美男に囲まれて、アリッサは幸せだった。
だからそんな幸せな時間を壊すようなモニカレイナの自殺の話はアリッサには不快でしかなかった。
負け犬が死んだ。
負け犬が勝手に逃げた。
アリッサからすればそれでしかなかった。
モニカレイナは遺書を残さなかった。アリッサは彼女の性格なら恨みつらみを書き綴った大作の遺書があってもおかしくないと思っていたのに拍子抜けだと思った。アリッサが悪いと責め立てられたらいくらでもその言葉で逆に自分の立場を良くしようと思っていたのに。
そしてもう一つ拍子抜けしたのはモニカレイナの葬式だった。公爵令嬢で長年の第一王子の婚約者だったのにも関わらず、モニカレイナの葬式は身内だけで行われ、自殺した次の日にはモニカレイナの遺体は墓地に埋葬されていた。モニカレイナは家族にも嫌われていたのだろうか? とアリッサは内心嘲笑った。
モニカレイナが死んだらウィリアムズの“恋人”であるアリッサは忙しくなると思っていた。今は男爵令嬢であるアリッサは第一王子と結婚するには立場が足りない。当然どこかの高位貴族の家に養子に入ってそこで必要な教育を受けるだろうと思っていた。
今アリッサや同級生であるウィリアムズは17才だ。学園では2学年目。アリッサ的には早く王子の婚約者となり、必要な教育があるなら直ぐに教育を始めて欲しいと思っていた。自分はそんなに頭が悪い訳では無いけれど、1・2年で王妃教育を覚えられるとは考えていない。ウィリアムズと結婚するのならアリッサは必然的に王妃になるのだから、恥をかかないためにも必要なことは早く教えてほしいと内心アリッサは焦燥感を感じていた。
◇
だがアリッサが何を思ったところで王子が動かなければ何も動かない。
今日も今日とてアリッサはウィリアムズが誘ってくれたガゼボでお茶を飲んでいた。
ウィリアムズが出してくれるお茶とお菓子は王家が作っているもので少しだけアリッサの口には合わなくて、アリッサ的にはこの時間はあまり好きではなかった。ウィリアムズと一緒に居られるのは嬉しいが、お茶もお菓子も若干苦いのだ。これが王家の味なのだと言われれば慣れるしかないのだが、甘いだけのお茶やお菓子が好きなアリッサとしては、このお茶もお菓子も自分が王妃になったら絶対に別の物に替えようと思っていた。
そんなある日、アリッサの夢にモニカレイナが出てきた。
美しく微笑むモニカレイナにアリッサは頭を下げる。
「あぁ、モニカレイナ様! なんとおいたわしい!! 殿下の心変わりでお立場を無くし、ご自分を殺すことでしかご自身を守れなかったモニカレイナ様!! 殿下が私なんかを愛してしまった所為で!! 本当に申し訳ありません!! 私が殿下と出会ってしまったばかりに!!」
そんなアリッサの言葉を聞いてもモニカレイナは微笑んでそこに立っているだけだった。
目を覚ましたアリッサは不快な夢にただただ眉を顰めた。
しかしそれから徐々にモニカレイナの夢を見ることが増えた。夢の中でモニカレイナはただ微笑んで立っているだけだったが、既に死んでいる人間が夢に出てくるのはアリッサにとっては不快で気味が悪いという感情でしかなかった。所詮はアリッサが見ている夢。アリッサ自身の気持ちの所為だとは分かってはいるが、アリッサ自身にはもう既にモニカレイナに対しての気持ちなど残ってはいないので、無意識から来る罪悪感でもあるのだろうか? とアリッサは悩んだ。
ただ夢の中で立っているだけのモニカレイナ。
何も言うことのないモニカレイナ。
だけど夢を見る度にそのモニカレイナが徐々にアリッサに近づいていることに気付いた時にはアリッサは怖くて震えた。
「……恨まれてるの?」
そう思ったらもっと怖くなった。
夢の中のモニカレイナがアリッサの手の届きそうな位置まで迫ってきた日、遂にアリッサはウィリアムズにその話をした。
いつものお茶を飲むガゼボ。いつものお茶が最近やけに美味しく感じていて、アリッサは最近必ず2杯はお代わりしていた。
「……夢にモニカレイナ様が出るのです」
「夢に……?」
「はい……。何も言われないし、ただ立っているだけなのですが……どんどん近付いてきてて……これ以上近付いてこられたらどうなるのだろうかと私怖くって……っ!」
「今、どれくらい近くに居るんだ?」
「明日には手を伸ばせば届きそうで……」
「それは…………」
「ウィリアムズ様っ! 私怖いっ!! モニカレイナ様は幽霊となって私を呪い殺そうとしてるんです!!」
遂に泣き出してしまったアリッサに、ウィリアムズは優しく手で触れてその髪を撫でた。
「可哀想に。でも安心してほしい。
王家の秘術でその悪夢を終わらせて上げよう」
「え?! 本当ですか?!」
「あぁ、だからそんな可愛い顔に涙を浮かべることはない。君はただ微笑んで」
そう言うとウィリアムズはアリッサの頬に手を添え、目に溜まった涙を親指で拭った。
「ウィリアムズ様……」
微笑を浮かべたウィリアムズに見つめられてアリッサは頬を染めた。自然と言われたままに微笑んだアリッサにウィリアムズは目を細める。
この顔が好きなのだとウィリアムズは改めて思う。こんなに自分の好みを具現化した外見は他に存在しない。これが欲しいのだと、ウィリアムズは笑みを深くした。
◇◇◇
それから3日後、アリッサは王城内にある礼拝堂に呼ばれていた。
周りにはウィリアムズの側近たちと護衛騎士たち。
ここへ来て直ぐにアリッサは真っ白なシンプルなドレスに着替えさせられていた。そして礼拝堂の祭壇の前、王家の紋章が描かれている上で両膝を付いて祈りの姿勢をとらされていた。
そんなアリッサの前に立ってウィリアムズが言う。
「今日で悪夢は終わらせよう」
柔らかく微笑まれてアリッサも微笑む。
「はい! お願いします!」
何をやるのか一切聞かされていなかったが、アリッサがモニカレイナの悪夢の話をしてからここに呼ばれたのだからあの夢を終わらせる儀式をしてくれるのだとアリッサは嬉しくなっていた。仰々しい儀式をアリッサの為にしてくれるウィリアムズに愛さえ感じていた。
そんなアリッサにウィリアムズは小皿を差し出した。
皿の上には小さな宝石が載っていた。
「コレを飲んで」
そう言われてもさすがに石を食べる習慣のないアリッサは戸惑ってしまう。
「……え……っと、これは……?」
一応摘んでみたが、やはり感触は硬い石だった。サイズは小さいが飲むものではないことが分かるそれをはいそうですかと飲む気にもならない。アリッサは戸惑いの目をウィリアムズに向ける。
戸惑うアリッサにウィリアムズは微笑む。
優しい優しい王子の顔で。
「これを飲むんだよ、アリッサ。
そうすればモニカレイナの夢は二度と見ることはない。彼女は君の身体で目を覚まし、君は永遠の眠りに就くのだから」
「え?」
何を言われたのか分からないアリッサが聞き返す。しかしそんなアリッサの両腕をウィリアムズの側近たちが掴み、動けなくさせられるとアリッサの手から石を取ったウィリアムズが反対の手で水の入ったグラスを受け取りながらアリッサの目の前に立った。
「可愛い可愛いアリッサ。安心して。君の悪夢は今日で終わりだ。モニカレイナはもういない。居るのは“アリッサ”という可愛く魅力的な女性一人。何も気にせず君は眠りにつくといいよ。私が“アリッサ”を生涯愛することには変わりはないから。君は気にせずに……眠るとよい……」
「何?! えっ?! や……っ!? なにっ……っ?! っ……!?!?!」
混乱するアリッサの口を誰かの手が強引にこじ開けて、その口の中にウィリアムズが小さな宝石を入れる。そして直ぐにグラスから水を流し込み、口と鼻を手で塞がれた。アリッサは抵抗できずに宝石を飲み込むしかなかった。
「やっ!!? 止めてっ!!!」
叫んだ口にまた水を流し込まれてアリッサは咽る。その時に押さえられていた腕も解放されてアリッサは一人で床にうずくまった。ゲホゲホと咳が出ると同時に目の前が暗くなる。
何が起こったのか分からずにアリッサは混乱のままにウィリアムズを見上げた。
視界に入ったウィリアムズはそれはそれは美しく笑っていた。
「愛しているよアリッサ。君ほどに私の理想の女性は居ない。
君の外見に中身が備わった時、私は完璧な伴侶を手に入れることができる。
ありがとう。私を愛してくれて」
その言葉を最後にアリッサの意識は消えた。
文字通り、“アリッサの意識”は二度と目を覚ますことはなかった。
そして“アリッサ”は目を覚ます。
ケホッと小さく咳をして身体を起こした“アリッサ”はウィリアムズを見上げると、それはそれは妖艶に微笑んで見せた。
「……お久しぶりです、と言った方が宜しいかしら? それともおはようございます?」
そんなことを言う“アリッサ”に、ウィリアムズはおかしそうに笑って手を差し出した。
「どれもおかしいよ、“アリッサ”。君は一瞬気を失って、そして直ぐに目を覚ましたのだから」
「そうでしたわね。ではこの場合、“大丈夫。なんともありませんわ”、が正解かしら?」
ウィリアムズの手を取って立ち上がった“アリッサ”は空いている方の手で口元を隠して微笑んだ。
「そうだね。そして、“もう悪夢を見ることはなさそうです。ありがとうございます殿下”、と言えばいいかな?」
「ではそのように。
もう悪夢を見ることはなさそうです。ありがとうございます殿下」
そう言って“アリッサ”は完成された淑女の礼をしてウィリアムズに頭を下げた。
そんな“アリッサ”を見てウィリアムズは心の底から嬉しそうに微笑んだ。
それから“アリッサ”の立場は急激な変化を始めた。
初めに“アリッサ”はグリメア公爵家へと養子に入った。娘が自殺する元凶となったと思われる男爵家の娘を養子に取ることを決めたグリメア公爵家に周りは驚いて騒いだが“アリッサ”を見た家から徐々に静かになっていき直ぐにその話は沈静化した。
そして養子となった“アリッサ”は直ぐにウィリアムズ第一王子と婚約した。
婚約式に現れた“アリッサ”は完璧な淑女であった。
完璧なカーテシーに完璧な受け答え、そして完璧な王族としてのマナー。その立ち振る舞いは完全に男爵令嬢のそれではなかった。不審に思う者は当然いたが、何をどう指摘すればいいのかも分からない。
「随分印象が変わりましたね」
と空気を読めない者が声を掛けたりしたが、“アリッサ”は特に気に留めた風もなく、
「ウィリアムズ様の隣に立つ者として当然ですわ」
と言って微笑んだ。
その言動は完全にモニカレイナ・グリメア公爵令嬢と重なるものだったが、誰もそのことを口に出すことはなかった。
完璧な淑女となった“アリッサ”をウィリアムズは心の底から愛しげだと言わんばかりの瞳で見つめ、その側を離れようとしない。娘の仇かもしれない娘をグリメア公爵夫妻は本当の娘のように見つめている。
誰もが察して口を閉ざした。
そして口々に言った。
この国の次期国王夫妻は愛し愛される夫婦になるだろと。
才色兼備な王子の婚約者のことを国民たちは期待に満ちた目で見つめていた。
その瞳に応えるように“アリッサ”は微笑む。
「立場、マナー、教養、そして“外見”。愛する人を支えるのも大変ですわ」
──ねぇ、アリッサ?──
可愛らしい“アリッサ”は誰もが見惚れる笑顔で微笑んだ。
[完]
※愛している相手がそれを望んだのだから受け入れるのが“愛”でしょう?(ニッコリ)
※拙い文章で意味不明だった方へのネタバレ→『第一王子が一目惚れして最高の外見だと思った男爵令嬢の肉体を、王子の婚約者の公爵令嬢(才女)がもう仕方がないわねぇ(はーやれやれ)と貰った(憑依した)(男爵令嬢の魂はほぼ死んだも同じ)』(公爵令嬢を悪役令嬢と呼んでいたのは第三者のモブたちと男爵令嬢やその友達。王子的にもモニカレイナの外見は好みではなかった)




