表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

ショートショート!

気難しい置き手紙

作者: 葉月いつ日
掲載日:2026/02/27

「……何時だと思ってる」


 玄関の時計は、夜九時を回っていた。

 制服のまま立ち尽くす私に、父は低い声でそう言った。


「塾に行くなんて、聞いてないぞ」

「言ったら反対するでしょ」


 その一言で、空気がぴんと張り詰めた。


 父は怒鳴らなかった。

 ただ眉間に皺を寄せ、深くため息をついた。


「心配するって言ってるだろ」

「……余計なお世話」


 そう言って、自分の部屋に閉じこもった。


 母が亡くなってから、父と二人の生活は静かだった。


 静かすぎて、言葉が足りなくなって、すれ違いが増えた。


 私は知っていた。

 父が一人で働き、私を育てるのがどれだけ大変か。


 だからこそ、奨学金の出る難関大学に行こうと決めた。


 ──でも、それを素直に言える年頃じゃなかった。


  ◇◆◇


 翌朝、私は父が起きる前に家を出た。

 机の上に、一通の置き手紙を残して。


 しばらく帰りません。

 探さないでください。

 迷惑はかけません。


 本当は、塾と図書館と、少し遠回りをするだけ。


 家出なんてする勇気はない。

 でも、あのまま顔を合わせるのが、どうしても怖かった。


「……やりすぎたかな」


 駅へ向かう途中、胸がちくりと痛んだ。


  ◆◇◆


 父は、その手紙を見て、しばらく動けなかった。


「……はぁ」


 思春期の娘。

 正解のない問いばかりで、声をかけるたびに距離が開く。


 ふと、甘い匂いを思い出した。

 まだ三人だった頃、よく行ったドーナツ屋。


「帰りに買っていこうか」

「三つね!」

「パパは一個でいいよ」


 笑い合った、あの時間。


 ──今、会えるとしたら。


 父は上着を掴み、ドーナツ屋へ向かった。


  ◇◆◇


 私は、塾の帰りに足を止めていた。


 お母さんが生きてた頃、よく三人で着ていたドーナツショップ。

 ガラス越しに見える、懐かしい店内。


「……結局、ここか」


 子どもっぽい置き手紙を書いたくせに、行き先まで子どもだった。


 ドアを開けた瞬間、視線がぶつかった。


「……え」

「……お前」


 同時に声が出て、二人で固まる。

 次の瞬間、どちらからともなく笑ってしまった。


「何やってんだ」

「それ、こっちのセリフ」


 父はドーナツを二つトレイに乗せた。

 私の好きな、チョコとシュガー。


「……奨学金の話、ちゃんと聞いてなかったな」

「……言ってないし」


 少し沈黙してから、父が言った。


「無理しなくていい」

「でも──」


 言葉が詰まって、目が熱くなる。


「私、父さんに苦労させたくないだけだから」


 父は、少し驚いた顔をして、それから優しく笑った。


「ありがとう。でもな、一緒に悩ませてくれ」


 その日、私たちは仲直りした。


  ◇◆◇


 春。

 私は大学に合格した。


 第一志望じゃなかったけれど、家から通えて、学費も抑えられる大学。


「これでよかったのか?」

「うん。ちゃんと、自分で決めた」


 入学式の日、父は仏壇の前に座り、あの置き手紙をそっと置いた。


「男一人じゃ、思春期の気難しさは手に負えないよ」


 そう言って、母の写真に微笑む。


「父さん! ネクタイ曲がってる!」


 父は立ち上がり、少し照れたように答えた。


「はいはい、今行くよ」


 気難しい置き手紙は、もう必要なくなっていた。



          〜〜〜おしまい〜〜〜





貴重なお時間を使ってお読み頂き、本当に有難うございました。

興味を持って頂けたならば光栄です。


作者のモチベのために☆やいいねを残して頂くと幸いです。感想などもお待ちしております。

ブクマ頂けたら……最高です!


シリーズ『ショートショート!』の中の作品も、合わせてお楽しみください。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ