24:家族という言葉
午後のカフェ・アローム。
窓辺のテーブルに並ぶカップから、柔らかな香りが立ちのぼっていた。
陽射しは淡く、風はカーテンを静かに揺らしている。
ミラが手元のカップを置きながら微笑んだ。
「アレックスさんに教えてもらったんですけど、あの銘板、今日から飾られてるそうです」
「……ああ。俺も今朝ルシアンから聞いた」
ソーレンが短く答え、少しだけ口元を緩める。
「見に行くか?」
「歩いていきますか? いい散歩になりそう」
ミラのその言葉に、ソーレンは静かに頷いた。
二人の呼吸が自然に重なり合う。
隣にいるのがあたりまえ、いつの間にかそれが二人の日常になってきていた。
外に出ると、空は高く澄んでいた。
初夏の陽射しはやわらかく、街の緑からは青葉の匂いが漂っている。
アロームのある通りから駅へと続く道を、二人は並んで歩いた。
「こんなふうに、ただ歩くのって久しぶりかも」
「俺も仕事以外じゃ歩かないからな」
「じゃあ初めてですね、ソーレンにとっては」
ミラが冗談めかして言うと、彼は小さく笑った。
その笑みは、以前の彼にはなかった穏やかさを宿している。
風が、木々の葉を揺らす音を連れて通り過ぎた。
少しの沈黙のあと、ミラがぽつりと尋ねた。
「……ソーレンは、“家族”とか、どう思ってたんですか?」
彼は歩みを緩め、少し考えるように空を仰いだ。
「俺の仕事、昔も今も……怪我をしたり、命を落とすこともある」
「……だから、踏み出せなかった。誰かと一緒になっても……俺の方が“いなくなる”順番が早い気がして。それが、怖かったんだ」
言葉は低く、しかしどこか静かな誠実さがあった。
しばらく沈黙が続く。
遠くで子どもたちの笑い声が聞こえた。
「でも、兄貴たちを見てると……家族を持つっていいなって思うようになった」
「……なんだか分かる気がします」
ミラは小さく笑い、彼の隣で同じ歩幅を保った。
夕暮れが街を染め始める頃、二人は新駅舎に着いた。
通勤客の流れを抜け、奥の広場へと進む。
そこはまるで時間から切り離されたように静まり返っていた。
壁画の横に、新しい銘板が取り付けられている。
その文字を見つめながら、ミラがぽつりと呟く。
「なんだか、本当に終わったんだなって」
「……そうだな。きっと俺たちが思ってるより長かったけど、ちゃんと終わった」
二人は並んで立ち尽くす。
銘板にはこう刻まれていた。
『この絵は、我らの街の記憶であり、未来です』
――Gallery.Ghost.




