10章:本当の狙い
式典の前日、ミラはモロー夫妻と共に、新駅舎を訪れていた。
昼の喧騒から切り離された駅舎内はがらんとして静まり返っている。
薄暗い館内には石膏や接着剤の臭いがまだ漂っている。
ルシアンはシートを被ったままの彫刻や、ベンチを通り過ぎて、奥の広間まで進んだ。
「私はこちら側の壁画をやるから、反対側の絵を頼めるかい?」
そちら側にあるのは視察でも気になった見上げるような大きな壁画だ。
ルシアンが向かって行く先からは薄っすらと
何かが香ってくる。新しい匂いでベールのように覆い隠された“一番古い匂い”だ。
「それじゃあミラちゃん、作業に取りかかっちゃいましょう」
「は、はい!」
ミラは慌てて壁画から視線をそらし、アレックスの手伝いに向かった。
ソーレンはギャラリーに一人残っていた。
明かりを消して暗くした室内をぐるりと見渡す。
壁にかかる絵画は芸術に詳しくないソーレンでも見たことがあるような画家の絵もいくつかあり、クロウが狙ってもおかしくない。
しかし、扉の鍵はどれも二重ロックになっており、窓など侵入できそうな所には最新のセンサーが仕掛けられていた。
「⋯⋯相変わらず厳重だな。これならクロウが慎重になるのも分かる」
モロー邸とこのギャラリー、侵入するのはどちらも手こずるだろう⋯⋯そう考えていた時、外から足音が聞こえた。
ソーレンは静かに立ち上がって身構える。
(二人⋯⋯いや三人だな。この時間帯は通行人がほとんどいないはずだ)
数分、沈黙が続いたあと、窓の割れる音とけたたましいジリリリリという警報音が廊下に響き渡る。
「うわっ」「なんだ!?」「止められねぇのか!?」
男たちがパニックに陥っているうちにソーレンはドアを蹴り開ける。
飛び出した勢いのまま、手前の男を蹴り飛ばす。
そして二人目の男が振り向く前に掌底を叩き込んだ。
やっと迎撃に気付いた三人目が逃げ出そうとした背中に手を伸ばし、そのまま床に投げつける。
――10秒もかからずに三人の男は倒れて動かなくなっていた。
ソーレンはしばらく窓の外を警戒していたが、他の侵入者がいないと確認すると警報音を止めた。
「⋯⋯あまりに弱すぎるな。まさか素人か?」
失神している男たちを拘束しながらナイフや銃を取り上げる。
しかし彼らの上着から出てきたのはモロー邸への侵入者が持っていたものと同じ改造された無線機だった。
(――やはりクロウの手下か。それにしてもあまりに⋯⋯まさか時間稼ぎ?こいつらは俺を足止めするための囮か!)
ソーレンは慌ててイーライに電話をかける。
「イーライ!?今、例のルシアン・モローのギャラリーにいる。不法侵入者の三人を拘束した。おそらくクロウの狙いは新駅舎にいるルシアン・モロー本人だ」