9章:忍び寄る鴉
翌日、ソーレンはモロー夫妻に昨夜の出来事を報告した。
間違いなくクロウが関わっていること、このギャラリーのあるビルに近付いていること。
話を聞いたルシアンは深くため息をつく。
「やはりクロウ本人が関わっていますか」
「これは俺の勘だが、昨夜の動きは“偵察”に近い。こちらの出方を探っていた気配がある」
――クロウはまだどこを狙うか迷っている。目当ての宝がどこにあるのか、確信を持てずにいるのだろう。そして俺がどの程度この件に関わっているかを試したのではないか。それが一晩考えて出した答えだった。
「次はもっと近くに来るかもしれないわね」
アレックスが呟く。その声に動揺は見られない。
ソーレンは頷く。
「近い内にまた現れるだろう」
やはりこの人は俺と同じ――
室内の空気が重く張り詰めたその時、軽やかなノックの音が響いた。
「⋯⋯失礼します、ルシアンさん」
柔らかなコーヒーの香りと共にミラが入ってきた。
「あら、ありがとうミラちゃん」
アレックスがテーブルをあける。
ルシアンも態々立ち上がりカップを受け取りに行く。
ソーレンの目にも、二人のミラへの確かな愛情がはっきりと映った。
(⋯⋯この人たちが何者だったとしても、彼女への愛情は本物だろう)
「ソーレンもどうぞ」
「ありがとう、ミラ」
ソーレンも手渡されたカップに口をつける。重苦しい空気はいつの間にかなくなっていた。
「そういえば式典の前日も駅舎に行かなきゃならなくなったのよ」
全員がほっと落ち着いたところでアレックスが切り出す。
「予定が遅れてしまっていてね。最後の調整が間に合ってないんだよ。薬剤が乾いてない所もあるから、夜にもう一度行かないといけない」
「もしよかったらミラちゃん、手伝いに来てくれないかしら?」
ソーレンの耳がピクリと反応する。
(⋯⋯何故、狙われそうな場所へミラを連れ出そうとする?――ああ、そうか“守りたい”んだな。……目の届く場所に置いて、彼女を守ろうとしている。そうだろ?)
そっとルシアンと目を合わせるが、彼は微笑むだけで何も言わない。
「はい、私でお手伝いできることなら」
「ありがとう、助かるわ」
カップを置いたルシアンが微笑みながら頷く。
「警備を厳重にしたせいで少し遅れが出てしまったが――何より人を失うわけにはいかないからね」
その言葉を聞いてソーレンは本気でこの夫婦を信頼することに決めた。
「なら、無人になるギャラリーは俺が引き受ける。こっちの警備は任せてくれ」
(⋯⋯だからミラのことは頼んだぞ)
その思いをこめてソーレンはアレックスに視線を送る。
「ええ、お願いするわ」
アレックスとルシアンも穏やかに頷く。
言葉には出さないが、お互いの信頼が確かに結ばれた瞬間だった。