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9、《6歳》悪役令嬢、隠しルートを潰したい①

 アーヴィンが公爵家に来て一年。アーヴィンは侍従としての学習をスイスイと進め、六歳とは思えないレベルに達していた。クロエの頭の良さもなかなかだが、アーヴィンの器用さはチート級だ。

 それに公爵家の食べ物がいいからか、あるいはクロエと一緒に受けている騎士団の訓練が優れているからか、やせこけていた体は既にしっかりとしてきており、身長もクロエと同等なところまで伸びた。

 とにかく気が効くものだから、侍女たちもアーヴィンを当てにしているし、なんなら執事もクロエのことはアーヴィンに任せている節があるくらいだ。

 クロエの両親は、そんなアーヴィンを気に入っている様子だし、ゲームのアーヴィンのような、いちゃいちゃ見せつけ要員にしないよう警戒していたクロエも、アーヴィンの真面目で口数の少ないことに安堵し、警戒を解除することにしたくらいだ。

 ともかく、アーヴィンは素晴らしい。

――まあ、元貴族だから、そもそも基礎学習は済んでいたのでしょうねえ。

 クロエは、他の孤児のことを考えていた。アーヴィンのように貴族出身の孤児は珍しい。となれば、今回のアーヴィンのような就職はなかなか難しいのではないか。

 あれから何度も孤児院に行くようになり、段々と子供たちともうまく話せるようになってきた今、学校制度のない平民の就職先という問題にぶつかっている。

 簡単に、学校を作ればいいとは思うクロエだが、その作り方が分からない。そもそも、学校を建てる金、そしてそれを維持する金の捻出どころが思い浮かばない。

 乙女ゲームを主軸にした小説なら、商売チートで一発なはずなのだが、前世も現世も悪役令嬢気質のクロエに商売チートの知識はない。アイディアだってまるで出ない。

――では、学校なんかなしでも就職できる先が出来ればいい?でも、就職先なんて簡単に作れる?しかも、基礎学力なしでできる仕事なんて、年齢がかさんできたら、若い人に取って代わられない?

 どう考えても、やはり、せめて文字や計算だけでも学ばせなければならないというところにぶつかる。

「クロエ様。馬車の準備が整いました。」

 アーヴィンの言葉に、考え事をしていたクロエは一瞬何のことだか分からないという顔をした。アーヴィンは大げさにため息をついた。

「クロエ様。本日は王子殿下とのお茶会でございます。」

「ああ、そうだったわね。」

 クロエは鏡の中の自分を見た。確かに今日はかなり気合の入ったオシャレ具合だ。王子たちと会うから侍女たちが張り切ったのだと今さらながら気付く。

「じゃあ、出かけるわ。アーヴィン、あなたは私がいない間、また孤児院にお届け物をしてくれる?」

 いつものようにそう言うと、アーヴィンは不満顔を見せた。

「クロエ様。私めは、クロエ様に信用いただいていると自負しております。」

 語尾にアーヴィンの圧が見える。

クロエは、

「信用してるわ?」

と不思議そうに言う。

「では、なぜ王子に会いに行く時だけは私を置いていくのですか?」

「うっ。」

 痛いところを突かれてしまった。そう、五歳で侍従候補としてこの家に来てから一年間、今ではどこに行くにも後ろに付いてきているアーヴィンだが、王子の所へは絶対に連れ立っては行っていない。

 城に行く時にアーヴィンを置いていく理由は、ゲームの中でアーヴィンといちゃいちゃしてみせて、結果処刑されたクロエだったからだ。

 断罪要素は少しでも減らしたいから、アーヴィンの存在は王子たちには秘密にしておくのだ……とは言えない。

「まさか、クロエ様? 城で王子方と、私に見られては困るような、よろしくないことをなさっているのではないでしょうね?」

「よ、よろしくないことって何よ。」

「本日は私も行きます。」

「なんでよ?」

「なんで? むしろ、私が聞きたいところですけれど。 まあ、クロエ様と問答するつもりはありません。侍従ともあろう者が、主人のご友人様たちを見たこともないなんて、あってはならないことです。さあ、出かけますよ。」

 こうなっては、誰もアーヴィンには勝てない。クロエは渋々後に付いていくしかない。

 馬車に乗ってからも、クロエはアーヴィンを馬車に置いて城にいく方法を考えていたけれど、

「ああ、楽しみです~(怒)、よ・う・や・く、侍従としてクロエ様のご友人様方に紹介していただけるのですから(怒)。ねえ、クロエ様?(怒)」

とアーヴィンが片頬を上げて笑うから、背筋が凍り、置いていくという選択肢がなくなったことを察した。

 と、次の瞬間、外を見たアーヴィンが御者窓に走り寄った。少しだけ窓を開けて御者席を確認すると、クロエににっこりと笑いかけた。

「クロエ様。不測の事態が起こっております。」

「え?どういうこと?」

「先ほどの枝道で、城とは違う方向に曲がりました。今確認したところ、御者がいつの間にか代わっています。公爵家の者ではありません。」

「どういうこと?!」

「逃げる必要があるということです。」

 アーヴィンはドアを少し開けた。

「少しスピードが落ちたところで、私がクロエ様を抱いて外に出ます。ああ、大丈夫です。クロエ様は必ず無事に逃がします。信用してください。」

 六歳とは思えない大人の表情でアーヴィンは微笑む。走っている馬車から飛び降りるなど、自殺行為にしか思えない。アーヴィンとて、きっと怖いに違いないのに。

 クロエは、目の前のアーヴィンがゲームの中の護衛騎士アーヴィンに見えるような気がした。

 ゲームのアーヴィンは、クロエのために最後は命を落としてまで戦い抜くのだ。そう、悪役令嬢に加担する悪役として、だ。

――護衛騎士ではゲームと同じになってしまうから侍従にしたのに。結局ゲーム通りになってしまうの?

 アーヴィンがタイミングをはかっていると、扉の真横に並走する馬が現れた。見るからにならず者といった風体の男が馬上からアーヴィンを馬鹿にしたように笑った。

「おいおい、馬車から飛び降りる気かよ。いくら子供でもそれでどうなるかくらいは想像できねえのかよ、これだからお貴族様はよ!」

 見れば、他にもならず者の馬が馬車を囲むように走っている。アーヴィンが唇を噛んだ。

――ドアから飛び出しても、並走している男たちに止められて終わりだ。 では、どうすればクロエ様を助けられる?

 何ひとついいアイディアなど浮かばないうちに、馬車は目的地とおぼしき場所に着き、クロエとアーヴィンは顔に麻袋を被せされてどこかの建物に連れていかれた。

 建物の一室に二人一緒に投げ入れられると、アーヴィンはすぐにクロエの方に走り寄り、無事を確かめた。

「ええ、大丈夫よ。乱暴に投げられたからちょっと腕を擦りむいただけ。」

 クロエの腕が、広く皮が剥けている。アーヴィンは顔をしかめたが、クロエは、「平気よ。たいして痛くもないし。」と繰り返した。

 アーヴィンは、自分の力が及ばなかったことを謝らなかった。とにかくクロエが助かるまでは、己の気持ちを慰めるための謝罪などしている時間はないと部屋の中を探索しまくった。

――御者とメイドが座っていたはずの御者席は、ならず者が座っていた。それに、護衛騎士が並走していたはずなのに、いなかった。となれば、彼らはもう当てにはならないだろう。あとは、城に行くはずなのだから、遅いとなれば公爵家に確実に連絡が行く。計画的犯行ならば、それまでに動きがあるはずだが……。

 アーヴィンが恐れているのは、麻袋を被せられたのが馬車を降りる寸前であったこと。ならず者たちの顔を見ている自分たちを、後から解放するとは思えないこと。

――身代金目的であるならば、先に殺される可能性もあるが。現段階で殺されていないのは、もしかすれば……。

「もしかすれば、他国に売られてしまうのかもしれないわね。」

 クロエが呟いた。

「隣国アステッド帝国には、奴隷制度があるわ。正々堂々人間の売買を行っているんだもの、こうやって誘拐された人たちが売られることもあるんでしょうね。」

 クロエは、六歳の貴族令嬢とは思えない冷静な目で語る。

「クロエ様……。」

 驚いたアーヴィンに、クロエは慌てて笑いかけた。

「あっ、心配いらないわ。お父様に身代金要求するための誘拐って話なら、先に殺される可能性もあるけれど。人身売買なら、商品である私達に傷は付けないだろうから、まだ猶予はあるでしょう?」

 アーヴィンはあっけにとられていたが、ふと何だかおかしくなって笑った。

「クロエ様はなんでまたそんなに余裕なんですか。」

「余裕? ナイナイ、そんなのないわよ。でも、今アーヴィンが部屋中見てくれて、逃げられそうな場所はなかったんでしょう? ここ、隠し部屋っぽいわよね、窓もないし。 なら、誰かが入ってくるところを狙うしかないもの。体力は温存しておきましょう。」

 クロエは元気にそう言ったが、心の中は焦りまくりだった。

――これ、もしかして、隠しルートの分岐点じゃない?

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