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8、《5歳》悪役令嬢、従者をゲットする

 王子たちの知らない悪役令嬢クロエの日々を語るには、最初の時点、ゲームの記憶がよみがえった日に遡る必要がある。

 初めて王子を始めとする攻略対象達と出会った日、クロエが最初にしたことは、「わがまま令嬢脱却作戦」だった。

 五歳にして、既に嫌われ者の強欲・わがまま・最低令嬢であったため、初の王城から帰る道から、すぐにクロエは動き出した。

――私はもう五歳。悪役令嬢を救済するにはもう既に五年を無駄にしているってことなのよ。ここからは一分たりとも無駄には出来ないわ。

 友達もいないから勉強ばかりしていた前世をもつクロエにとって、一分たりとも無駄にしないとは、正に一分たりとも無駄にしないということだった。

 まず、馬車の中で、父親におねだりをした。

「家庭教師をつけてくださいませ。特にマナーの講師を。あと、歴史などのお勉強のため公爵家の図書館を使うことになりますけれど、許可してくださいますね?それから、苦手なものが見つかりましたら、その分野の講師もお願いすることになりますわ。それと、公爵家の騎士団で、わたくしの体力増強プログラムを作れる方を紹介してくださいませ。」

「え?どうしたんだい、クロエ。お父さん、びっくりだよ。」

「びっくりしている場合じゃありませんわ。今日、初めて高位貴族と話して、今のままでは全然ダメダメだと気付きましたの。あ、広く勉強したいので、次に外国に行かれる時には、お母様と一緒にわたくしも連れていってくださいませ。あと、外国の言葉を教えてくださる講師もつけてくださいませ。」

 こうして、クロエの悪役令嬢改造計画はスタートした。

 一人で勉強するのは得意だ。しかも、このクロエの頭ときたら、一度読むだけで理解し、暗記してしまう素晴らしい性能だった。

――これなら、五年分の挽回もそう遠くないわ。

 一番力を入れたのは、コミュニケーション能力の育成だ。

 これのおかげで前世では苦労したし、これがなければこれからの悪役令嬢救済作戦は成り立たない。

 家族はもちろん、使用人にも積極的に話しかけ、やはり失敗したり、たまにはうまくいったりと、練習に練習を重ねた。

 わずか数カ月で、今までからは想像できないレベルに高まったと自分で思った時、クロエは新たに何かに取り組む必要性を感じた。

――出来る淑女は社会貢献!

 そう、悪役令嬢の一番の断罪理由は、「平民を見下し、平民出身のヒロインを害そうとした」である。つまり、広く社会貢献をして領民から信頼を得ておけば、「平民を見下し」の部分は払拭できるのではないかとクロエは考えたのだ。

 ユーリに出会って、前世を思い出し、コミュニケーション能力を磨いたこの数カ月をもってしても、たいして会話上手にはならなかったが、前世、何年過ごそうと上達しなかったスキルがそうそう上達するわけがないとクロエは知っている。知っている以上、会話術が上達するのを待ってはいられない。

 クロエはさっそく、領地内の孤児院へと視察に出かける母親に付いていくことにした。

 孤児たちはきっと、服装もボロボロで、食事も満足に与えられていないだろうとクロエは考えていた。

――そうなれば、私が子ども達のために動いて、めちゃくちゃ感謝される……よし、それでいこう!

 そんな腹黒いことを考えていたクロエは、一歩足を踏み入れて、

――あれ、そうでもないかも。

と思った。

 確かに高そうな調度品はないが、実用的な内装と、質素ではあるが清潔な服と。

――なるほど。思ったより、ちゃんとしている。……これで恩を売る作戦はないわね。

 クロエの前世の記憶で生かせそうな知識など何もないが、孤児院の改装やら環境改善なら、知識なしでも簡単に恩も売れるし、簡単に好かれるだろうと安易に考えていただけに妙にがっかりし、がっかりした自分の腹黒さに絶望した。

 一緒に行った母親は、綺麗なドレスが汚れることも厭わず、小さな子どもたちに絵本を読んで遊んであげている。

――さすがはお母様!公爵夫人だけあるわ!そうよ、こういう姿を見せつけておけばいいのよ!

と、クロエだって学ばないではなかったが、そこはコミュ障。どうやって子ども達の間に入ればいいのかすら分からず、ただ隅っこで突っ立っていた。

 母親が手招きしてくれたが、その周りを囲んでいた子供たちが一斉に母親の視線をたどってクロエを見たものだから、てんぱってしまい……クロエはその場を逃げてしまった。

――子供相手でもダメなんて。私はなんてダメダメなんだ。

 中庭のベンチに座って落ち込む。

クロエは前世の記憶が戻って以来、前世では考えられないくらいいろいろなことをうまくできているような気がしていただけに、このダメさ加減は落ち込むのに十分なダメージ

だった。

 半分泣きたい気持ちで次々に暗いことを考えていたのだが。ふと気付くと、膝の上に小さな男の子が乗っていた。

――ん?いつのまに?

 男の子は膝の上で小さく歌いながら、足をリズムよくばたつかせている。なんだか楽しそうだ。

 金色の髪の毛はさらさらで、なんとなく、ステファン王子を思い出す。ステファンよりもだいぶ幼いが、もしかすればステファンの昔がこんな感じなのかもしれない。

 顔も確かめようとクロエが覗き込むと、その男の子がニッコリと笑うから、クロエはそのかわいらしさに身悶えした。

――なんっっって、かわいいのかしら!

 ステファンに似ているのは髪だけではない。整った輪郭と白い肌。痩せているところもそこはかとなくステファンを幼くしたように感じる。

 前髪が長すぎて瞳の色は見えないが、静かに笑うそのはかなさがまたクロエに身悶えさせる。

――こんなかわいらしい子供が私の膝に上にいる!膝の上で歌ってる!

 そこに慌ててやってきた職員が、「まあまあ」と驚きの声を上げた。

「まあまあなんて珍しいこと!この子は誰にもなつかないんですよ。さすがは、クロエ様ですねえ。」

――え?人になつかない?

 もう一度、男の子の顔を確認すると、スンっと死んだ表情になっていた。さきほどのかわいい笑顔とは別人だ。

 しかし、クロエはなんとなく、納得した。

 前世と同じだ。前世で、児童館に派遣された時も、クロエは子供の世話などできず、はじっこで突っ立っているだけだった。そのうち疲れたから、床に正座したら、そこに子供が座った。その時も、児童館職員が言ったものだ。

「あら、珍しい。この子が自分から人に寄るなんて。」

 いつも一人でいるだけで、何もしゃべらないし、誰にも近寄らない……そういう子どもが寄ってくる。

 親戚の集まりでも、そういう子は、クロエに寄ってくる。何か似たものを感じ取るのだろうと前世のクロエは思っていたし、何であれ、子どもが寄ってくれるのが嬉しかったものだ。

 今、男の子は、職員に見つかり、急に体を固くした。人になついているところを見られたくなかったのだろう。そのうち職員の物珍しいものを見るような視線にいたたまれなくなったのか、ひょいっとクロエの膝から降りて、どこかへと走り去ってしまった。

「すみませんねえ、クロエ様。気を悪くなさらないでくださいね。」

「ええ、それは大丈夫ですが。それより、あの子は……?」

「あの子は、先日ここに引き取られたのですが、元は貴族のお子さんだったのですよ。ただ、どうやらあまり良い状況で育てられてはいなかったようで。」

「良い状況でないとは?」

「実は、あの子はクロエ様と同じ五歳のはずなのですよ。でも、痩せていて、背も小さいでしょう?どうやら、ろくに食べ物も与えられていなかったようでして。ここに来てからもほとんど食べてはくれないし、いつもリネン室の隅に隠れて、出て来さえしないんですよ。」

――え?食べ物を与えられてないって……それ、虐待じゃない?

 確かに膝に乗せていても重さを感じなかった。痩せこけていたからだ。同じ五歳とは思えないあの身長も食事を与えられていなかったのだとすれば納得できる。

 クロエは慌てて男の子の後を追った。

――リネン室って言ってたわね。

 クロエはリネン室を探し当て、ドアを開けた。昼間の明るさがリネン室を照らす。その棚の間の薄暗がりに、その男の子はいた。

 さっきはなついてくれたというのに、男の子はこちらを見もせずに、棚の間で震えている。

 元の家で、よほど怖い目に遭っていたのだとクロエにもすぐに推察できた。

「えっと。」

 クロエは考えに

考えながら、話しかけた。

「ええっとね、今から多分おやつタイムになると思うの。クッキーを配るって言ってたから。向こうに行こう?」

 そう言って、入口から手を差し出した。

 男の子は首を横に振った。クロエの説得は失敗したらしい。

「えっと、ケーキもあるよ?みんなのとこ、行こう?」

 男の子はまた首を横に振った。クロエは自分の説得の下手さ加減に静かに心折れた。

――無理。私には無理。誰か助けて。

 ゆっくりと後方に助けを求めようとした時だった。

 男の子が口を開いた。

「僕はお化けだから。」

「え?」

 声が小さいこともあるけれど、それ以上に「お化け」と自称することの意味が分からず、クロエは聞き返した。

 男の子はゆっくりと繰り返した。

「僕はお化けだから、みんなのところへは行けない。……行っちゃいけないんだ。」

 クロエは、突っ込んでいいのかどうか少し迷ってから、思い切って聞いてみた。

「……あなたがお化けってどういうこと?」

「僕は人間じゃない。」

――え?この世界、人間以外っているの?

 クロエは前世のゲームの記憶をたどってみたが、人外が登場する場面など思い当たらない。

 クロエは慎重に尋ねてみた。

「……人間でないなら、何?」

「……化け物だよ。」

「えっと。人間にしか見えないんだけど。」

 クロエが困ったように呟いた途端、男の子は自分の前髪を上げて、自分の瞳を見せた。

「この目を見ても、人間だと言えるのか!?」

 クロエは男の子の目を見た。その瞳は薄い灰色で、あまり色がはっきりしなかった。

「気持ち悪いだろう。気持ち悪いってお前も思うんだろう。そうさ、こんな目の人間なんていない。死んだ人の目だってみんな言う。呪われているって。こんな化け物が近くにいたら、化け物がうつる、近寄るなって!」

 男の子は棚の間にいるから、光がそんなには当たっていない。クロエはその瞳の色をよく見ようと扉を全部開けて、男の子に近づいた。

 男の子は、クロエが近づいたものだから驚いて後ずさろうとしたが、そこはもう棚で、それ以上は下がれない。

 クロエはあっという間に男の子の前に立つと、その前髪を両手で分けて、じっくりと瞳を見た。

 やはり金髪と顔立ちの良さは、攻略対象者のステファン王子を思わせる。瞳は確かに色が薄いが、その灰色がきらきらと今にも光に反射しそうで、クロエは「やっぱりこの子、かわいいなあ。」と改めて身悶えた。

 クロエの様子に男の子は、

「……気持ち悪くないのか?」

と小さく聞いた。

 クロエは頷いた。

「うん、全然。むしろ、すごく綺麗。」

「き、き……れい?」

「うん。綺麗。綺麗な灰色。」

 「灰色」という言葉に、男の子の表情が曇った。

「……そうさ。灰色さ。燃えカスの色。燃えた後の無の色。死人の色だよ。」

 その自嘲の言葉は、彼が散々言われてきた言葉なのだろうことは、クロエにも分かった。

 そして、「灰色」という言葉が彼を苦しめてきたことも。

 それが分かった途端、クロエは「あっ」と閃いた。これは乙女ゲーム特有の攻略ポイントだと。

――あっ。これ、乙女ゲームあるあるの色攻略だ!ここは、「灰色」ではない色だと比喩で褒める場面だ!

 クロエは、乙女ゲーマーとしての知識を総動員した。

 乙女ゲームでは、例えば攻略対象が自分の赤い瞳を「血の色」と馬鹿にされている場合は、

「ほら見て、あの大きな夕焼け!みんなを温かく包み込んでくれる色よ。まるであなたの瞳のようね。」とか言って、トラウマを解消させるのだ。

 他の例では、茶色い髪は「誇り高い大地の色よ。」とか、薄い金色は「豊饒の穀物の色だわ。」とか言って、なんとなくいい感じにまとめるのが王道だ。

――さあ、今こそ、私の乙女ゲームの知識とセンスで「灰色」を何か違うものに例えるのよ!

「あなたのその瞳の色は、灰色なんかじゃないわ。そう、その色は………。」

――あれ?浮かばない。灰色のものって何があるんだ?

 クロエは頑張った。頑張って灰色で灰以外の別のものを思い浮かべてみた。

――あ!あった!

 ようやく思い付いたクロエは嬉しそうに叫んだ!

「あなたの瞳は、ネズミのようよ!」

「…………。」

 沈黙が降りた。

 それから男の子が言った。

「ネズミは穀物を食べるね。」

「……ええ、農家の敵ね。」

「家の中のものもかじるね。」

「……ええ、害獣ね。」

――失敗した……。

 クロエは頭を抱えた。やはり、クロエに比喩で褒めるという高等技術は難しすぎたらしい。

――ネズミは、ナイわー。

 もうここからのフォローなど不可能だろうことはクロエにも理解できた。子供を慰めることくらいも出来ない己のコミュニケーション能力の低さに「うううう」と唸るしかない。

 クロエが唸っていると、男の子が笑い出した。

「ネズミか。それはいいね。」

「え?」

 クロエが男の子を見つめると、いたずらっぽく笑う。

「だって、ネズミは図太い存在でしょう?僕もあれくらい図太くていいってことでしょう?」

「……ええ、まあ、そういうことに……なる……のかな?」

 クロエが首を捻っている間に、男の子はクロエの手を取って歩き出した。

「え?どこに行くの?」

「公爵夫人にお願いに行くんだ。僕をあなたの護衛騎士にしてくださいって。」

「えええ?」

「今はまだ僕の方が小さいけれど、僕、必ず大きく強くなって、あなたを守る騎士になる。だから、あなたも僕を推して。ね?」

 本当に図太くなったようだ。クロエは返事に困っていたが、なんとなく、その男の子を放ってお

くことはできない自分に気づいていた。

 公爵夫人も、クロエの様子に何かを理解したようで、帰りの馬車にはその男の子が一緒に乗ることになった。

 帰りの馬車の中で、公爵夫人が男の子に尋ねた。

「そう言えば、まだお名前を聞いてなかったわね。」

 男の子は、礼儀正しく答えた。

「ああ、大変失礼いたしました。私はアーヴィン。今は平民になりました、ただのアーヴィンでございます。これより、クロエお嬢様のことをお守りできるよう精進してまいります。どうぞよろしくお願いします。」

 クロエはその名前に大いに聞き覚えがあった。

――アーヴィンって、……アーヴィンって!悪役令嬢が王子にいちゃいちゃして見せる護衛騎士の名前!絶対ダメ~ッ!

 クロエは慌てて訂正した。

「アーヴィン。あなたは、護衛騎士ではなく、わたくしの侍従になるのよ。侍従よ、侍従。いいわね!」

 アーヴィンは一瞬だけポカンとしたが、すぐにいい笑顔で、「はいっ。」と返事をした。

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