7、《7歳》悪役令嬢、王子だけは攻略します!(恋のスパイス的な意味で。)
王子との婚約が決まってしまった以上、クロエは王子だけは攻略しなければならない。
と言っても、それはヒロインと出会う十五歳の学園入学までの間に限られる。
それまでの間、正しくヒロインに渡すまで、王子は他の女性になんか振り向かせてはいけない。そういう攻略だ。
まあ、それは簡単そうだとクロエは思っている。なんせ、誰か王子に近づいてきたら、悪役令嬢特有の嫌味と意地悪で応酬するだけだ、なんらテクニックはいらないだろう。
むしろ、テクニックが必要になるのは学園に入ってからだ。
学園でも王子攻略は進めるが、それが意地悪の応酬ではいけない。ヒロインだってそれ以外だって、もし意地悪をした日には、まかり間違って断罪へといざなわれてしまうからだ。
つまり、学園に入ってからは、恋のスパイスにはなるけれども、本当の攻略はしませんという確実な態度で臨まねばなるまい。
「でもなあ。あの王子、本当、何考えてるのか分かんないんだよね。」
クロエは机でため息をついた。
この乙女ゲームには実はR18版があり、そちらでは、性に奔放な悪役令嬢につられてか、王子までただれた性生活を送っている。
ちなみに、なんとなくだが、クロエは段々と分かってきていることがある。ゲームの中のクロエは、本当は王子のことが大好きだったのではないかという辺りだ。
今クロエは、国のために側近たちにキツイ小言を言う嫌味令嬢だが、ゲームの中のクロエがそれをする必要性が感じられない。それなのにゲームのクロエが嫌味を言い続けたのは、自分が王妃になる前提で、王子のためになるような人材育成のつもりだったのではないかという考えに至ったのだ。
そう考えるようになったのは、クロエの性に奔放ってところを洗い出してみてからだ。どうも、性に奔放と言っているけれども、何か違和感があるのだ。
クロエの相手は自分の護衛騎士の男たちだが、全員なんとなく王子に似たイケメンたちだった気がする。それに、どういうわけか、王子の前でしかそういうイチャイチャを見せていない。
――本当に、性に奔放な女だったのか?これ、単純に嫉妬させようとしてただけでは?
というのがクロエの結論だ。
もちろん、物語が進んでいき、学園編に入ると、やばい連中とのやばい関係が出てくるわけだが、それも何だか王子の気を引きたくて、わざと見えるようにやっていたようにクロエには感じられた。
なのに、R18版の王子は、クロエなんか関係なく、色っぽい女性を見るとすぐにそういう関係に持ち込んでいた。女の敵である。
王子に夢中だと思われるゲームのクロエとは違い、この王子の選ぶ女に基準はない気がする。単に、胸の大きい色っぽい女なら誰でもいいような。そんな選び方だ。
誰でもいいなら、ゲームのクロエだって胸は大きいし、色っぽさも抜群だったのだから、大人しくクロエに恋していればいいものを、とちょっぴりゲームの王子に反感をもってしまうクロエだが。それはそれとして、現実の王子の攻略だ。
目の前で、他の女性が攻略しそうになったら、奥義「悪役令嬢の嫌味」をぶつけてやるだけだが、学園でもあるまいし、月に数回お茶会で会うだけの間柄では、その他の時間にどんな攻略されているかなんて分かったものではない。
王妃教育で、登城する機会が増えるのかとも思っていたが、王妃様が、
「クロエちゃんは、言葉も知識も所作も完璧だから、たまに一緒にお茶会を開くくらいで充分だわ。」
とおっしゃり、王妃に弱い国王も、うんうんデレデレと頷いたため、事実上王妃教育なるものは存在しない。
クロエは、乙女ゲームと言えば「王妃教育」と思っていたから肩すかしを食らったわけだが、仕事も勉強も忙しいのでありがたく承った。
というわけで、結局、王子の女性関係パトロールは、難しいのが実情だ。
――私がパトロールできない以上……そうね、男心は男に聞くか。
城に上がる日、アレックスやサイラス、ユーリにその辺を聞こうと決めた。
◆◆◆
その日、王子とのお茶会に出かけたクロエがサロンに入ると、王子が大輪の花のような笑みを浮かべて近づいてきた。
何事かと一歩後ずさるクロエの手を取り、室内へとエスコートする。
「ど、どうされたのです、殿下?」
クロエの言葉など無視して、王子はクロエの肩を抱き、三人の側近候補たちに言い放った。
「先日、クロエと私は婚約したんだ。」
三人とクロエは、ポカンと口を開いて王子を見た。王子はクロエにニコニコと笑いかけている。
クロエは満面笑みの王子を見たことがない。なんなら、ゲームでだって見たことがない。
ゲームの中の王子は、最初は見目麗しいボンクラ王子として登場する。その後、それは、何に対しても才能豊かすぎて、父国王や、弟第二王子の立場を悪くしないようあまり出しゃばらないようにしていただけの仮の姿だと知られていく。しかし、実は、何に対しても感動できない、まるで全てが他人事のように感じてしまう自分を見せないための偽りの顔でもあるのだ。
そんな彼が、ヒロインといる時だけは作った笑顔ではなく、心からの優しい笑みを浮かべるというそういう胸キュン仕様のはずだ。
それだって、あくまで「優しい笑み」だ。今のこの王子の、嬉しさ満開の普通の男の子のような笑顔ではない。
クロエは、
――どうした王子。バグってるぞ。
と注意したい気持ちになった。
しかし、側近三人はそれどころではない。「婚約」というパワーワードで動きが止まっている。
しばらくの間、三人とも言葉もないほど驚いていたが、ユーリがハッと我に返って、
「殿下。おめでとうございます。」
と言った。
他の二人はまだ思考が戻っていないようだったが、先にアレックスがフウッとため息をついた。
「……まあ、殿下はいずれ、そのような手段に出ると踏んではいましたが。 それにしたって、いくら何でも早すぎやしませんか。婚約なんて……。まだ、クロエは七歳ですよ?」
続いて、サイラスが眉間にしわを寄せて言った。
「それで? 殿下が婚約を申し込んだとして、クロエは了承したのですか? まあ、王家からの申し出では断るなどできなかったでしょうが。 クロエは、期間をおきたいとか、もう少し年がいってからにしてほしいとは言わなかったのですか?」
「まあ、サイラス!」
クロエは、まるで見てきたかのように推測するサイラスに、将来の宰相としての力量を見たような気がして、ものすごく嬉しくなった。こんなにも賢いサイラスが宰相になるなら、この国も安泰な気がする。
クロエの反応を見て、サイラスが唸る。
「どうやら、当たりのようですね。それで殿下は、待ってあげるとは言わなかったと。」
「それはそうだよ。待とうが待つまいが、クロエと私が結婚するのは変わらないからね。早い遅いなど誤差に過ぎない。」
アレックスがげっそりとした顔で、「誤差って!」と呟いたが、王子は全く意に介さぬように、
「君たち、まだ祝いの言葉が出ていないようだが?」
と、「おめでとう」を要求してきた。
クロエからしてみたら、いずれ破棄される婚約への「おめでとう」など、あろうがなかろうがという感じだが、男の意地なのか、サイラスもアレックスもジトッと王子を見るだけで、言いそうにない。
ただ、クロエが、
「別に。殿下に本当に愛する人ができるまでのかりそめの婚約ですもの、お祝いなんて特に必要では……。」
と言いかけて、王子にジトッと見られた時に、サイラスとアレックスがそれぞれ王子の肩に手を置いて、
「……一応、おめでとうございます。」
「……一旦、おめでとうございます。」
とお祝いの言葉を紡いだ。
お祝いの言葉が出たので、これでもういいだろうと、クロエは王子から離れ、茶具の方へと急いだ。今日はクロエがお茶を入れるつもりだ。
手伝うつもりなのか、近づいてきたサイラスとアレックスとユーリにクロエが声をかけた。
「ねえ、三人とも。後で相談があるのだけれど。」
すると、クロエのすぐ後ろから声がした。
「それは、私にはできない相談かな?」
ソファーにいたはずの王子が真後ろにいたのだ。
アレックスが呆れたように言う。
「殿下。クロエが驚きすぎて、恐怖を感じています。鍛えた成果は認めますが、クロエ相手に気配消すのはやめてください。」
サイラスも続く。
「殿下。クロエがあなたに言わない以上、あなたにはできない相談に決まっているでしょう?分かり切っていることで困らせるものではありません。」
ユーリが二人を宥める。
「おいおい、二人とも言い方を考えるべきでは? しかし、それはそうと殿下。今のは確かに女性には恐怖ですよ。お気を付け下さい。」
その様子をクロエは、これこそ側近のあるべき姿だと感動をもって見ていた。
うるさがられても、二年間小言を言ってきたかいがあったというものだ。
王子が失敗しないよう、側近がこんなふうに王子に物を言える環境、それこそがクロエの理想だった。
「……はあ、分かったよ。」
王子も三人の意見を聞いて、ちゃんと引くようだ。
その様子も、クロエには嬉しかった。これで、国が壊れる原因がひとつ確実に減ったのだと。
クロエの様子に王子が引っかかった。
「それで?クロエは何でそんなに喜んでいるの?」
「だって、きちんと物を言える側近がいるなら、殿下が国王となった時、きっとこの国はうまくいくでしょう?」
クロエの言葉に、王子とアレックスとサイラスがそろって胸を押さえた。
ユーリだけが不思議な顔をしている。
王子が、余裕あるようなふりをして言った。
「それは、自分が王妃になるって前提で話してるんだね?」
「いいえ?」
王子が撃沈した。
クロエは、もういいかとばかりに、撃沈する王子の目の前で、サイラスとアレックスとユーリに相談した。
「殿下が本当に愛する人に出会うまでは、わたくしがお守りしようと思うのですが、いつも近くにいるわけではありませんでしょう? ですから、三人には、学園に入るまで、殿下に特定の女性がつかないよう気をつけてほしいのですわ。」
アレックスとサイラスがいぶかしんだ。
「え?特定の女性って何?」
「君と婚約したのに、殿下が浮気するって話?」
「ええ、そういうことがないようにという話ですわ。あくまで、殿下が真実の愛を見つけるまでの間ですけれど。」
「真実の愛?」
ユーリがクロエの言葉を繰り返した。
「真実の愛を見つけるなんて、まるで、君はこれから殿下が誰かを好きになるのを知っているかのようだね?」
クロエはドキリとした。ユーリの目が何かを探ろうとしているようだ。
クロエが とぼけようとした時、王子がユーリの問いに答えた。
「ああ、クロエは心配なんだよ。」
王子は答えながらクロエを後ろからそっと抱き締めた。
「殿下……。」
クロエが、後ろから首に柔らかく回された腕に手をかけたが、王子の腕は意外とびくともしない。
王子は、視線をクロエに向けたまま、ユーリに答えた。
「この間、婚約が決まった後、クロエが私のところに相談に来てね。その時に言っていたんだ。この先、私がいろいろな女性に出会うだろうって。それで私に好きな人が出来て、自分が捨てられたら嫌だと……それはそれはかわいく言われてね。学園にはたくさんの出会いがあるとか、運命の人が現れて私に捨てられたら自分には後がないだとか。クロエの心配は尽きないようだね。……そんな心配はいらないと言っているんだが。」
「殿下……。」
クロエはホッとして王子を見つめた。
王子が何を思ってそう言ったのかは分からないが、これで未来を知っていると疑われはしないだろう。
ありがとうの気持ちで王子を見つめると、王子がクロエの手を握って、にこりと笑った。
ユーリは二人を不思議な顔で見ていた。