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5、《6歳》悪役令嬢、攻略対象は攻略しません③ユーリルート

 サイラスが本気なのか冗談なのか、ともかく宰相になると言った日から、ユーリとの関係が変わったようだ。

 今までのサイラスは、ユーリが静かに宰相になる意思を口にしても仄暗い淀んだ気配を醸し出すだけで、何も口にすることはなかった。

 それが今は、ゲームのユーリがしていたようにユーリが王子の前で正論を吐くと、サイラスが必ず反論するというゲームで見たことのない展開が繰り広げられる。

 ユーリは理知的眼鏡キャラだが、実はサイラスの方が政治に聡いのだと実感する。ゲームのサイラスは、宰相にならないことを心に決めていたから、ユーリの言う言葉に反論したい時もきっと黙ってやり過ごしていたのだろう。

 ユーリが悔しそうな顔をサイラスに向けることもできず、ただただ俯く。

 クロエはアワアワと挙動不審に、責任を感じていた。

 サイラスはあの日まで宰相になるつもりは微塵もなかった。だから、あのままなら、ゲームのようにユーリが政治に聡い唯一の側近として、対抗馬もないままに宰相に当選することが確実だったはずなのだ。

――それなのに、悪役令嬢が余計なことするから!余計なことしたから!ごめん、ユーリ。

 アワアワするクロエを見て、サイラスが意地悪くほほ笑む。

「いやいや。クロエ、これはユーリとのコミュニケーションさ。これから宰相職を争う者同士のね。」

 王子もサイラスに乗っかる。

「そうだね。ユーリが宰相になるなら、サイラスより優秀であるところを私に示さないといけないからね。」

 クロエは心の中で、「ユーリを煽らないで!」と叫んだが、無論声には出せない。

 ユーリは陰鬱な心を笑顔で隠して、

「ああ、もちろんです。互いに高め合うのも側近同士のコミュニケーションというものですから。」

としゃあしゃあと言った。

 けれども、それが本心でないことをクロエは知っている。

 攻略対象者ユーリの攻略ポイントがここにあるからだ。

 ユーリは、文官長の息子。侯爵子息には違いないが、上に兄が二人、姉も一人いるため、どうあっても、嫡子として侯爵家を継ぐことはない。よって、王子の側近として幼い頃から登城して王子の世話をしているわけだ。

 いつも冷静沈着に見えるユーリ。家族関係も悪くない。むしろ、親にかわいがられ、兄弟にかわいがられ、よく甘えたボンボンに育たなかったと褒めたいくらいだ。

 こうして城の中にいてさえも同じだ。他の貴族子息といても、優秀さが醸し出てしまうくらい、非凡な少年。全く悩みなんてない、完璧な少年に見える。実はこれが、ユーリの悩みポイントだ。

 ユーリは何の才能もないことを自覚している。

 幼い頃から、優秀な兄や姉に何ひとつ叶わず、なのに見た目が優秀そうであるから、周囲からは期待される。

 期待に応えるために、努力し、その努力の片鱗を見せた時の周囲の反応に安堵すると同時に、それが失望に変わるのを恐れて一人自分の無能さに悩むのだ。

 努力の人、ユーリ。その姿は、前世のクロエには眩しかった。

 前世でクロエはコミュニケーション下手のため、仕事の進行が分からない時が多々あった。周囲にきちんと聞くのだが、そもそも周囲には知らされている事項であることが多いため、「そんなことも知らないのか」という目で見られた。あからさまな「無能」とか「役立たず」という声を聞いたこともある。クロエはそういう時、ただうなだれるしか出来なかったが、ゲームの中のユーリは違った。

 ユーリは、周囲の失望がどんなに怖くても、恐れずに努力を続けた。それがどんなに難しいことか、クロエは身をもって知っている。

 クロエのユーリに対する思いを言葉にするならば、「尊敬」の念が一番に来る。結果が怖くても、人の目がどんなに恐ろしくても、努力を続けることができる……そこがクロエには誰よりも輝いて見えたのだ。

 実際、ユーリの努力は実を結ぶ。サイラスが抜けたために落ちてきた職とは言え、宰相職に就き、王子を導く人になるのだから。

 努力を続けることが出来る男、それがクロエが憧れるゲームのユーリだ。

 クロエは大好きなのだが……。

 そう、お気づきだろう。攻略対象者の中で唯一、悩みエピソードが弱いキャラ、それがユーリだ。人気投票ダントツ最下位を誇るのも、ここに理由がある。

 能力低いから努力してます、だけのキャラでは人気も出るまい。

 しかも、この悩み、他の悩みとは種類が異なる。解決策がまるでないのだ。

 能力の低さは努力でカバーするしかないが、ユーリはもう寝る間も惜しんで努力を続けた人だ。それでも低い能力を悩んでいる相手に、「もっと努力しましょう。」は酷というものではないか。

 では、ヒロインはどう攻略していたか。

 クロエは何度も周回したから知っている。ただただ褒めちぎるのだ。何をしてもしなくても、すべて褒めちぎり、男としてのユーリのプライドを守り続ける。そうすると、たまに本音の弱気を見せてくれるシーンがあり、その切なさがまた、クロエの心を悶えさせたものだ。

――大好きなキャラを褒めるのは、たやすいことだし、なんなら本人にそれを言えるなんて、なんて素敵なご褒美だろう。

 これは、初めてユーリに会った日のクロエの考えだ。しかし、出会いから一年も経った今は、それがどんなに浅薄な考えであったかを思い知っている。

 ユーリに褒めるところがないのだ。

 ゲームでは、努力し努力し、人から見えないところで努力しまくっていたユーリだが、まだ幼いからなのか、努力の形跡が見えない。

――ユーリ、あなた確かに能力低いね?

と感じる時があるのだが、ゲームのユーリと違い、それを苦にしているようにも見えない。

 唯一、ゲームと同じなのは、サイラスと比較される時だ。サイラスは自分が優秀であるようには見せない男なのだが、その一挙手一投足に彼の内面が表れ、人は彼の才能の豊かさを感じてしまう。すると今世のユーリは機嫌悪くなる。

 そう、機嫌悪くなる、なのだ。こんな恰好悪いことがあるだろうか。

 さすがにゲームのユーリファンだったクロエとて、ゲームのユーリと現実のユーリとの違いは見えている。これでは、ゲームのユーリのようには慕えない。

 この一年見てきたのだ、クロエの結論は出ている。

 つまり、このユーリとゲームのユーリは別人だ、ということだ。

 それはそうだろうと納得もできる。なぜなら自分だとて、きっとゲームのクロエとは異なっているのだ。他のキャラだって違って当然だ。

 とはいえ、あれだけ大好きだったキャラの魅力が半減していることは、クロエにとって何より悲しいことだ。

 だから。

 クロエは決めた。名付けて「ユーリをちゃんとさせるぞ作戦」だ。

 ヒロインのように褒めちぎるのは無理。褒めるところなんかないんだから。

 それよりは、叱咤あるのみ。

 今日も今日とて、クロエはいつものように小言を言った。

「ユーリ。コミュニケーションは結構ですけれど、さきほどのは単なる勉強不足ですわ。あれくらいなら、わたくしでも言えましてよ?あなた、この間お貸しした本はお読みになりましたの?あれに書いてあることを応用すれば簡単に答えられたはずですわ。」

 つい、言い方もきつくはなったものの、言いたいことは言えたとクロエは胸を張った。

 言われてムスッとしていたユーリも、自己満足しているクロエに苦笑した。

 ユーリが笑ってくれたので、クロエは安心して追い打ちをかけた。

「ユーリ。あなた、努力が足りないのですわ。今度また役に立ちそうな本を持ってきますから、読んでみることですわね。」

 言ってから、「努力が足りないは禁句だった!」と気付いたけれども、ユーリが呆れ顔で、

「クロエはもうちょっと優しい言い方を覚えないとな。」

と頭をなでたから、

「そ、それは難しいですわね。」

とそっぽを向くしかできなかった。

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