表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

40/41

40、《16歳》ぶざまな恋の終わらせ方

 ベッドにクロエが横たわっている。その枕元の椅子には父親のソーデライド公爵が座り、足元近くに侍従アーヴィンが立っている。

 ステファン王子は、公爵と反対側の枕元に跪いて、クロエの手を握っている。

 公爵が口を開いた。

「ステファン殿下。君もさっきの医者の言葉を聞いただろう?クロエは眠っているだけなんだ。ここには僕もアーヴィンもいる。君は今日、王太子として発表される手はずになっているだろう、早く会場に戻りなさい。」

 ステファン王子は小さく首を振った。

 公爵は大きなため息をついた。

「娘が目が覚めた時、そこに君がいるのは迷惑だ。」

 ステファンは返事もせずに、ただただクロエを見つめている。

「そうやって、君はいつもただ見つめているだけだったね。」

 公爵の言葉に、ステファンの瞳が揺れた。

 しかし、公爵は責める言葉を止めなかった。

「僕は君が嫌いなんだ、昔からね。たった五歳で僕からクロエを奪おうとしたこと、忘れないよ。もちろん、君の婚約の申し入れなんか断ったけどね。そもそも、クロエは最初、ユーリ君にひと目ぼれしたように見えたからね。」

 ステファンも五歳で初めて出会った時のクロエの様子を思い出していた。そう、ユーリだけを見つめていたあの愛らしくて憎らしい瞳を。

「でも、まあ、その後はユーリ君に恋心を抱いている様子はなかったし、君はこちらが腹立たしく思うくらいしつこく婚約を申し込んでくるし。あ~本当にしつこかった、二年間ずっとだもんな~。……だけど、クロエがいつも君を褒めるから、クロエの意思に任せようと思って城に行かせたんだ。君はうまくクロエを言い負かして、まんまと婚約したね。うまく説得したものだと思っていたら、どうやら違ったらしいけどね?クロエが、君に愛されていないだとか、いずれ他の女の元に行くのだからとか言うのを、アーヴィンに報告される度に君を殺したくなったものだよ。」

 ステファンはクロエから目を離して俯いた。

「あの誘拐のことも、僕は君を許してないんだ。もちろん、僕は自分も許していない。もっと、徹底的に守るべきだったと思う。けれども、僕が君を許せないのは、事件の後のことだよ。クロエの心を守れる立場になりながら、君はいつもクロエから距離を置いていた。この子が君の愛を信じられない程度にはね。」

 公爵の言葉は事実だった。ステファンがいくらクロエを好きだと思っていたとて、それがクロエに伝わらなかったのだから意味がない。

「とどめが、今日のこれだ。君は僕に言ったよね?クロエを守ると。なぜ、ゲイズ卿が叫んだ後、クロエのところに走り寄らなかった?なぜ一瞬でもクロエから目を離した?」

 その通りだ。何の言い訳も成立しない。

「……だから、殿下。もう充分じゃないか?クロエは諦めてくれ。君は会場に戻って、立太子の儀式をするんだ。妃候補は、あのソフィア嬢でもオデット姫でも……それ以外でもたくさんいる。もうクロエを解放してくれないか。」

 ステファンが顔を上げた。蒼白の顔色で、しかし何かを訴えようとしてか口を開こうとした。

 その時、扉がノックされ、王子の側近三人衆が入室した。

「殿下。クロエ様が大変な時に申し訳ございませんが……立太子の儀式の時間です。会場にお戻りください。」

 ステファンは首を振り、またクロエの枕元に跪き、クロエの手を握った。

「儀式はしない。今日はクロエとの結婚式の発表のはずだった。立太子の儀式はそのおまけだ。クロエがいないのに、立太子など意味がない。」

 扉が再びノックされた。ユーリが開けると、ハデス皇子とオデット姫が立っていた。

 ソーデライド公爵が頷いたので、二人は礼をしてクロエに近づいた。

 青白いクロエの顔を見たオデットの瞳が、見る見る潤む。ハデスも苦渋の表情でクロエを見た。

「我々のせいです。ゲイズが危険なことを知りながら止めることができなかった。」

 ステファン王子が二人に一瞥も与えず、

「どうでもいいよ。」

と言った。

「ゲイズなんかどうでもいい。それより、ハデス。君、いつまで皇帝の犬を続けるつもり?」

 ハデスが口ごもる。ここに来たら、きっと言われるだろうことは分かっていたが、来ずにはいられなかった。だからと言って、やはりここで言うべき言葉などない。

「ハデス、君の義兄が君を騙して君の家族を殺したと分かってるよね?なのに、過去の自分の行動を正当化するためだけに義兄に従い続けるの?それ、もうやめない?」

 いつもの完璧王子の姿は今のステファンのどこにも見えない。

「あの皇帝の目的は?キュロス国を討ち取って、次はうち。その次は?皇帝は止まるの?新しい国に侵攻する度に、君もオデット姫も不幸になる。ああ、うちみたいに君たちを送り込まれる国の方が不幸か。ねえ、皇帝は何がしたくてこんなに不幸を撒き散らしているんだい?」

 ハデスは辛そうに目を逸らして、

「分からない。」

と言った。

 ステファンは、つまらなさそうな目でハデスを見て、それからクロエに目を戻した。

 部屋の中に沈黙が降りた。

 ユーリが口を開いた。

「……俺、知ってます。アステッド皇帝が戦争を繰り返す理由。」

 ハデスがユーリを見た。ユーリはハデスから目線を外して言った。

「……アステッド皇帝は世界を壊そうとしています……その、失恋が理由で。」

「はい?」

 アレックスが間の抜けた返事をした。

 一拍おいて、サイラスが尋ねた。

「失恋が理由、とは?」

「……皇帝は、幼い頃からある女性に懸想をしていました。結果から言うと、その女性から徹底的に振られて、こんな世界は全部壊れてしまえと破壊の限りを尽くすことを誓うんです。」

 要領を得ない説明に、アレックスが言った。

「うん?分からないな?……まずは、その女性が誰かってところから説明してくれないか?」

 ユーリはゆっくりと説明を始めた。

「現皇帝は昔、自分の父親が新しくめとった側妃に恋をしました。いつか、父から帝位を奪って、その側妃を手に入れようと思うほどの激しい恋です。ところが、突然のクーデターで新たに帝となった宰相に奪われてしまいました。しかも、もともと彼女は宰相の恋人であったのを無理に自分の父親が奪ったのだと知り、愕然とします。それで自分もクーデターを起こし、その妃を手に入れようとしたのですが、妃は彼の手を取らず、彼が火を付けた屋敷の中に飛び込んで自殺してしまったのです。」

 アレックスがおそるおそる言った。

「……その妃って……ハデス皇子のお母さん?」

 ユーリが頷いた。

「……そんな……。」

 ハデスが頭を抱えて膝から崩れ落ちた。

「……そんな馬鹿な。では、私は何のために、母と義父と弟を失ったというのだ!」

「皇帝の恋ゆえ、だねえ。」

 ステファンが皮肉な笑みを浮かべて言った。

「ああ、なんてぶざまな恋の終わらせ方だ。汚くて、ずるくて、同情の余地なし。万人に笑われそうな話だね。……けれども、今の私にはなんだかその皇帝の気持ち、分かってしまいそうだよ。たった一つの恋が叶わないなら、私だって、世界くらい壊したくなる。」

 仄暗いその笑みは、もう全く普段の王子のものではなかった。

「まあそんな理由なら、ハデス君。これで心置きなく皇帝と手が切れるだろう?」

 ステファンは微笑んだが、ハデスは暗いままだった。

 ハデスの様子をステファンは嘲笑った。

「なんだい、まだ決心が付かないのかい?存外、君は……。」

「殿下!だめです。」

 側近三人が同時にステファンの言葉を遮った。

 今ステファンがハデスに吐こうとした言葉はきっと良くない言葉だと、側近三人に分かったからだ。

 ステファンは言葉だけは止まったけれど、その表情はすさんだままだ。

 その表情のまま、また口を開こうとした時、ソーデライド公爵が笑い出した。

「はっはっは。そうだったそうだった。君は昔、そんなだった。」

 みんなが注目するけれど、ソーデライド公爵の笑いは止まらない。

「小さい頃のステファン殿下は世の中全部知ってるような生意気な顔をしていたね。そのくせ、世界がつまらないって瞳だったよ。そうそう、まさに今のその顔だ。本当、その頃から僕は君が嫌いだったんだよ。……でも。」

 ソーデライド公爵は、ステファンに近寄り、そっと肩に手を置いた。

「でも、君は努力した。変わろうとした。そして今、誰から見ても完璧王子と言われるほどになった。最初は演技だっただろうね、でももう今は完璧王子が君の本質だ。……だから、君はアステッド皇帝とは違う。恋が叶わないくらいで世界を壊したりしない。……まあ、せいぜい恋を終わらせられず、心の中で長く苦しみ続ける程度だろう。ああ、君は若い……苦しめ苦しめ。」

 ソーデライド公爵は、高笑いをしながらステファンの両肩を両手でバンバンと強く叩いた。

 それから今度は、床に手を付いて俯いているハデスの肩に手を置いた。

「ハデス殿下。私がきれるカードが一枚ある。あなたがのどから手が出るほど欲しいカードだ。……君、もうステファン王子と組みなさいよ。そうしたら、そのカードを君にあげよう。」

「……カード?」

「ああ、君を救うカードだ。保証しよう。」

 ステファン王子は苦笑いをした。

「ハデス皇子、君はソーデライド公爵に気に入られたようだよ、うらやましい。きっと、そのカードはいいものに違いないよ。だから……私と組もう。不幸を撒き散らす皇帝から世界を守ろう。」

 まだ惑いの中にいるハデスにオデット姫が縋りついた。

「ハデス様!この方々を信じましょう!もう、こんなにみんなが苦しむことなど終わりにしましょう!」

 ユーリが手を差し出した。

「ハデス様!一緒にやろう。」

 だが、その手をアレックスが叩き落とした。

「こら。ユーリはその前にあるだろう。」

「え?何?」

「前世の話だよ。この先の未来のことも知ってるんだろう?もう全部言ってもらうよ?」

「なんで知って……ああっ、ソフィアか!って言っても、もうシナリオもエンディング近くで断罪と婚約破棄くらいしかイベント残ってない……。」

 王子が「婚約破棄」という言葉に反応した。

 しかし、ソーデライド公爵が笑顔で「ダメだよ。」と言った。

「ダメだよ、殿下。まずは君は会場に戻って立太子の儀をやってきなさい。もしかしたら、その力がみんなを守るために必要になることもあるんだから。」

 ステファンは、今度はきちんとソーデライド公爵の目を見て頷いた。

 王子の目は、彼が努力して作り上げた完璧王子の名にふさわしく冷静さを取り戻していた。

 ハデスはまだ苦渋の表情だったが、サイラスがにっこりと微笑んで言った。

「ハデス様とオデット様は国賓です。我が国の行事へはアステッド皇帝の名代で参加されているのですから。どうぞこちらへ。」

 ユーリもハデスの手を引いた。

「さあ、ハデス様。一緒に行こう。」

 頷いたハデスの目に、光が戻り始めていた。

 皆が会場へ戻ろうとする中、ソーデライド公爵がユーリを呼びとめた。

「ああ、ユーリ君。君の前世の話は後でじっくり聞かせてもらうからね。」

 立太子の儀の後、ユーリは前世のことを洗いざらい話すはめになった。

 断罪と婚約破棄の話は全員が息を飲んだが、ユーリは、国を守るために必要なのだと必死に訴えた。

 ステファン王子が、

「うん、いいよ。必要だというのならやろうか、その断罪劇とやらを。」

とユーリの言葉をあっさりと受け入れたのは誰にとっても意外だった。



ここまで読んで下さり、ありがとうございます!次回最終回です。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ