4、《6歳》悪役令嬢、攻略対象は攻略しません②サイラスルート
アレックスで失敗した悩み相談は、他の人の悩みでもうまくいくわけがないとクロエに確信させた。
ゲームを通じて攻略対象者の事情は分かっている。
けれども、だからと言ってアレックスがどうなったかを振り返ってみよ。
クロエが相談に乗った結果、母親を失わせただけだ。
人生相談など、悪役令嬢クロエには荷が勝ちすぎる。
だからと言って、ヒロインが登場するまで待っていては、戦争まっしぐらだ。
戦争まっしぐらはアレックスルートだけではない。
例えば、二番人気のサイラスルート。
彼が王子にも匹敵するくらい人気なのは、彼独特のルート、「聖なる永愛ルート」があるからだ。だが……そのルートも戦争に関係する。
サイラスは、宰相の息子に生まれ、周囲から次代の宰相となることを期待されている。また、運悪く、彼にはその才能があった。人から好かれる容貌と話し方、そして天から与えられた政治の才能。彼は、宰相となるべき人間として、誰からも尊敬されることになる。
しかし、彼は、父親が裏でいろいろな汚い取り引きをしながら宰相職を務めていることを知り、国の政治に関わることに罪の意識が募るようになる。
そこで表れるのがヒロインだ。ヒロインが、彼の悩みを聞き、彼の本当にやりたいことを、彼自身も気づいていない本当の望みを彼自身に言わせ、最終的には彼は神官になるのだ。
無論、宰相家から神官など出せるはずがないから、家からは大反対されるが、そこでもヒロインが家族を説得し、サイラスはサイラスが望む自分になれたとヒロインと握手をして別れるのだ。
物語が進むと、国が乗っ取られ、神官であるサイラスも国を救うために宮中にもう一度戻る決心をする。ヒロインと二人で自分の身を投げ打ってまでも戦い、最後に勝利をつかむことができる。
二人は思いあう互いの心に気付き、互いに愛の言葉を交わすが、神官は結婚できないため、サイラスは大神官として、ヒロインは女王として、それぞれの道でそれぞれがすべきことをすると約束する。
これが「聖なる永愛ルート」だ。愛し合う二人が、同じ国にいるのに、結ばれないこのじれったさが人気の秘密なのではないだろうかとクロエは思っているが、ユーリ推しのクロエには別段興味はなかった。
とはいえ、現世では「興味がない」では済まない。
ヒロインがサイラスルートに入ったら、まず国がいったん滅茶苦茶にされなければならない。貴族制度も滅び、平民であるヒロインが女王となるからうまく行くのだとサイラスが彼女の手を取って勇気づけるのだが、いやいや、いったん滅茶苦茶にされる国の立場になってほしい。
サイラスルートはクロエが避けたいルート第一位だ。ヒロインに代わって説得し、神官になるのを避けさせたいし、なんなら何か違う仕事を勧めたいとは思うクロエだったが、いつどのように何から話して?と考えると、永久に無理な気がしていた。
しかし、ある日、いつものように王城で王子と側近とクロエがお茶をしていた時だ。ユーリがサイラスに向かって小さく呟いた。
「お前はいいよ。父親が宰相なんだから。」
すると、普段温厚なサイラスが、
「お前に何が分かる!」
と叫んで、そのまま走り去った。
「私が追うわ。」
ととっさに走り出したクロエは、前世を思い出した5歳からの一年間、ずっと続けていた走りこみの成果で、あっさりとサイラスに追いついた。
追いついたはいいが、言うべき言葉がなく、黙ってしまうコミュニケーション能力の無さよ。
クロエは、サイラスが抱える問題は知っている。
けれども、この場合、何を言えばいい?
ヒロインのように、本当になりたいものを言わせて神官にするわけにはいかない。
なんなら、神官以外の仕事を推したい。
では何と言えば?
先に話し出したのは、サイラスだった。ぽつりぽつりと、宰相の仕事の汚い面を難なくこなすのは自分には無理なのだと語った。
静かに語るサイラスを前に、クロエは天を仰いだ。
――うん。知ってた、その内容。……で、どうすりゃいいの?
サイラスは話し終わったけれども、クロエは助言も出来ず、唸っていた。
すると、サイラスが「ごめん」と笑った。
「ごめんね、君にこんな話をするなんて、どうかしていたよ。ユーリに言われるとつい、ね。」
クロエは首を振った。「力になれなくてごめん。」と。
サイラスは明るく言った。
「いや、解決法なんかもう分かってるんだ。僕は家を出て、神官にでもなるべきなんだろうね。」
「はあ?」
サイラスの「神官」というワードに、クロエが素っ頓狂な声を上げた。
「神官ですってぇ~~~?!」
急な大声に、サイラスが驚いている。が、クロエは止まらない。
「何が神官ですか!そんなの逃げでしょ、逃・げ!何から逃げてるか、自分で分かってるわけ?」
「ちょ、クロエ、一体どうしたんだ……。」
「どうしたもこうしたもないわよ。あなた、どれだけ自分が正しいと思ってるの?ああ、そうよね、サイラスは『聖なる永愛ルート』ですものね。てか、『聖なる』って何よ。最初から気に入らなかったのよ、何よそれ。結局、自分は綺麗ですって言いたいだけじゃない。人間なんてみーんな汚いこと、汚いものを背負って生きてるのよ。なんであなた一人だけ、綺麗なままでいたいんです~なんて子供みたいなこと言ってるのよ。」
言いながらクロエは「あ、まだ子供だった。」と気付かないではなかったが、もう止まらない。
クロエに前世の嫌な記憶が蘇っていたから。
前世、市役所で謝罪を迫られたことがある。その失敗はクロエのものではなかった。だが、誰もクロエの味方をしてくれなかったため、謝らないクロエはますます窮地に追い込まれ、結局、人の失敗を自分の失敗として謝罪するはめになったのだ。それはそのままクロエの黒歴史として噂になり、ますます孤立した。
あれは愚かだったと自分でも思うけれども、あの場ではあれしかできなかった。だったら、自分で自分のことを納得させるしかないではないか。
「汚いが何よ!綺麗でいられないことだってあるんだから!」
クロエは叫んだ。
「人は、清濁併せ飲むくらいでちょうどいいのよ!」
それは自分に向けた言葉だけに、ずいぶんとキツイ言葉だった。
あまりのクロエの勢いに、ポカンとしていたサイラスが、
「せ、せいだく?」
と呟いた。
「清濁くらい覚えときなさいよ!綺麗なことと、汚いこと、両方って意味よ!人間なんだから両方飲み込めって言ってんのよ!」
乱暴に意味を説明すると同時に、自分が何を口走ったのか理解した。
①綺麗ぶっていると侮辱した。
②清濁併せ飲めと無茶ぶりで侮辱した。
③子供だと侮辱した。
④「聖なる永愛ルート」だと、意味不明な言葉で侮辱した。
侮辱しまくりだ。
――終わった……。
ヒロインのようにはできないとクロエだって知っていたけれど、これはひどい。ひどすぎる。
――悪役令嬢にしても、これはナイ。これはナイわ~。
一瞬頭を抱えたくなったが、諦めてはいけないと、クロエは背筋を伸ばした。
――やってしまったものは仕方ない。さあ、ここからフォロータイムよ。
クロエは大きく息を吸って、にっこりと淑女の笑みを浮かべた。
いざ、勝負。
「サイラスが綺麗でいたい気持ちは大切ですわ。ですから、ここまでは許せるという範囲を自分の中にもてばいいのではありませんか?許せる範囲は許す、それ以上は許す必要がないから飲み込まない。ね?それなら精神的な負担は減ると思いますの。」
そう言ってクロエがチラッとサイラスの様子を伺うと、彼はまだポカンとしている。どうやらフォローは失敗したようだ。
こうなると、クロエに打てる手はもうなかった。
しょせん前世からの筋金入りの悪役令嬢。……ここでいいアイディアが浮かぶくらいなら、前世からとっくに好かれてる。
こうなれば、アレックスの時と同じだ。クロエに打てる手は、「他人に丸投げ作戦」しかない。この場合は、サイラスの父、宰相様に丸投げだ。
「その……サイラスは、お父様の仕事が気になっているのよね?……お父様の、清濁の濁の内容が。それなら、直接お父様に聞いてはどうかしら。」
「……父上、に?」
サイラスがごくりと唾を飲んだ。
ああ、宰相様に正面切って聞くのは怖いだろう。
子供のくせにと質問を切り捨てられるかもしれない。
宰相職を非難していると思われるかもしれない。
サイラスがクロエを見た。
「父上に尋ねてみて……もし、汚いことなど当たり前だと言われたら?」
クロエは宰相の顔を思い浮かべて、「そんなこと言う人かしら。」と首を捻ったが、しょせんコミュ障の自分に宰相が何を言うかなど当てられるわけもないとさっさと認めた。
「まあ、そういうのもあるかもしれませんわね。」
サイラスはがっかりとして俯いた。
慌ててクロエが付け足す。
「そ、そうしたら、その当たり前だっていう汚いことの内容を聞けばいいのよ。それこそが宰相職のコツみたいなことかもしれなくてよ?」
サイラスはぽかんとした顔でクロエを見つめた。
――あ。これ、間違いなく呆れられてる。
クロエは顔を青くしながら次のフォローを考えた。うんうん唸りながら考えるが、さっきの「丸投げ作戦」が最終策で、それより他はない。
――何も浮かばない。やっぱり、無理。無理なのよ、私に人生相談なんて!でも、諦めたら国が滅びちゃう。どうしよう、どうしよう。
頭を抱えて悩むクロエの様子に、サイラスはなんだか腹から笑いが込み上げてきて、とうとう大声で笑い出した。
突然笑われてわけがわからないのはクロエだ。きっと慌てている自分の姿がおかしかったのだとは思う。でも、笑われるのは気分が悪い。
「まあ、そんなに笑うことないではありませんか。」
クロエが恨みがましい目でそう言うと、「ごめんごめん。」と謝った。
「そうだね。まずは、父上に聞いてみるのが正解だね。自分の未来も、宰相かそれ以外か、なんて二択である必要もないんだ。」
笑いながら、そう言う。
クロエは心配になって、尋ねた。
「ねえ。神官になっちゃうつもりなの?」
「クロエは神官が好きではないようだね。」
サイラスはクスクス笑って、さらに尋ねてきた。
「そうだなあ……例えばだけど。クロエだったら、将来の夫にはどんな仕事に就いていてほしいんだい?」
「何その質問。私の答えが世間一般の女の子の答えとは限らないんだから。」
「いいから、考えてみてよ。」
「ええ?……まあ、貴族である以上、おうちの仕事を継ぐのが一番ではなくて?」
サイラスは、その答えが意外だったのか、一瞬きょとんとしてから、また笑い出した。
「確かにその通りだ。」
当たり前のことを言っただけなのに、大笑いするサイラスに、クロエは、
「もう、みんなのところに戻りましょう。」
と提案した。
すぐに解決する問題でない以上、このままここにいても意味がないと判断したのだ。むしろ、みんなが心配している方が気になる。
「さあ、行きましょう。」
クロエがくるりと背を向けて歩き出すと、サイラスがクロエの腕をつかんだ。
「ん?どうしたの、サイラス。」
クロエがサイラスを振り返ると、サイラスはクロエの瞳を覗き込んで、意地悪い笑みを浮かべた。
「ねえ、クロエ。僕が家の仕事を継ぐのだとしたら、宰相だと思わない?」
◆◆◆
帰りの馬車で一人反省会をするクロエは、今日も頭を抱えていた。
――ひとまず、サイラスが神官にならないのはいい。うん、これで「聖なる永愛ルート」はなくなるんだから、これでいい。私にしては、これが最上。うん、最上…………なわけないじゃん!サイラスが神官にならないようにとばかり思っていたけれど、サイラスが宰相になるということは、ユーリが宰相になれないってことじゃないの!ユーリが宰相になることにどんなに賭けていたか知ってるのに!私の馬鹿馬鹿馬鹿馬鹿……