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39、《16歳》悪役令嬢、建国祭で襲われる

 ハデスが来たばかりの頃は、アステッド帝国とどう立ち向かえばいいのか全てが手探りだった。

 しかし今、国防にも目処がつき、ステファン王子は安堵のため息をつけるまでになった。

 今思えば、クロエの誘拐事件の後、王子も側近たちもそれぞれ意識が外国に向き、そこから今まで長きに渡って他国との接触を多くしてきた分、あちこちで援助してくれる人や協力してくれる国が得られたのだろう。いや、ソーデライド公爵とクロエが外交の下地を作ってくれていたことが大きいのかもしれない。

 なんにしても、平和が訪れる兆しは確実にあった。

 もちろん危険分子はいる。ゲイズだ。

 しかし、王子の周りの人間にはすべて護衛を付けていることもあり、誰も危険な目に遭っていない。

 ゲイズが何かしようとしても、すべて事前に防げている。

 彼女は何も行動に移せていないのだ。

 何も行動に移せていないこと……それが逆にどんなに危険なことかを王子は忘れていた。


◆◆◆


 建国祭がやってきた。

 あの誕生パーティーから二カ月。

 クロエは、あの日ソフィアとアーヴィンに言われたことをずっと考えている。

 と言っても、自分の気持ちもステファン王子の真意もやはり分からずじまいだ。

 だが、ひとつだけ分かっていることがある。自分がステファン王子にふさわしい行いができていないということだ。

 アッシュフォード王国の平和はもちろんアステッド帝国の未来までも守ろうとみんなが動いている時に、クロエは何もできていない。

 できることはあったが、二の足を踏んでいたのだ。

 なぜなら、クロエができることというのは、アステッドで得た商権と人脈を使いまくることだったから。

 クロエの父親であるソーデライド公爵は、

「クロエは何も心配しなくていいんだよ。」

とにっこり笑ってくれたけれど、できることがあるのにしないわけにはいかないと動き出した。

 それはアステッドの商業市場に介入することに他ならず、早い段階でクロエは、

「私、ものすごく悪役なことしてる!」

とかなり後悔したが、走り出したものは止められず、悪役街道をまっしぐらに走っていた。

「せめて、アステッドの皆様へのご迷惑が少しでも減るように。」

と次々にアイディアを出しては、

「アステッドの市民の皆様に還元できるよう調えながら進めているんだから……。」

と自分に言い訳し、なんとか自分を慰めながら頑張っている。

 クロエの働きは、アステッド皇帝の金策潰しという効果を発揮し始めているが、そんな悪役チックな効果を上げていることがまたクロエが落ち込む原因でもあった。

――こんな悪役が王子の婚約者なんて、たとえ一時のことでもダメ過ぎる。

 自分の悪役特性に泣きそうだ。

 しかし、クロエの落ち込みはよそに王子はひたすら優しかった。

 特に前回のドレスの件があったからか、今回の建国祭のドレスは王子直々に手渡しだったし、事前に自分の衣装も見せにきた。

 落ち着いた紺色の地色は、ビロードのマントと相まって、高貴な王族の貫録だった。厳かな儀式にふさわしい厳かな衣装だ。

 儀式……そう、今日建国祭に併せて、ステファン王子の立太子の儀が行われるのだ。

 完璧王子と言われるステファンがいずれこの国の王になると大々的に発表される。

 そういうめでたい日だ。

 そんな日に、王子とクロエとの結婚の日取りも発表されることになっている。

 これに関してはクロエは全く乗り気ではない。

 そもそも王子が結婚日の発表をしたいとソーデライド邸を訪れた時、クロエは反対したのだ。

 しかし、にっこりと穏やかに話すステファン王子に言いくるめられて、いつの間にか頷いてしまった。

 ちなみにその場にソーデライド公爵が同席していたが、彼は賛成していない。クロエが王子に頷いたので、しぶしぶ反対しなかったというだけのことだ。

 返事もしないソーデライド公爵に、ステファン王子は、「これからは私がクロエを守ります。」とだけ言って深く礼をした。

 あれから、ますますクロエは焦っていた。

――曲がりなりにも婚約者なんだから何か役に立たないと!

 焦っていても、新たにできることなど思い付かず、建国祭当日の今日を迎えてしまった。

 今日の建国祭では、まずは国王が妻子を伴って挨拶をする。そのあとに、王子と婚約者、そして国賓の挨拶がある。

 今、クロエは出番を待つ間、ハデスとオデットと同じテーブルで、アーヴィンとともにお茶を飲んでいたのだが。

 クロエには珍しくタイミングを読み違え、今がチャンスとばかりにハデスに新皇帝になるよう説得を試みようとした。

「ハデス様。お心はお決めになりましたか。」

 クロエは初手から失敗した。

 前置きもなしに、現皇帝を倒して次代の皇帝になる決意はできたのかと直接的に聞いてしまったのだから。

 ハデスは……。

 彼はただ穏やかに笑い、

「私は人の上に立つべき人間ではありません。」

とだけ言った。

 説得は初手だけで、あっという間に終わった。

――どうしようもない失敗だ。

 しかも、失敗はそれだけではなかった。

 いつの間にか戸口にゲイズが立っていた。

「クロエ・ソーデライド。お前は今、何を言ったのだ?」

 ゲイズの怒りの形相に、すぐさまハデスが立ち上がった。

 ゲイズは目は笑っていないながらも、ハデスに笑顔を向けた。

「ええ、ええ。ハデス皇子。私は分かっておりますとも……あなた様は皇帝を裏切ったりしないと。そんなことは分かっています。しかし、あなたを唆そうとするそこの悪徳女は見過ごせません。」

 再びゲイズの目がクロエを射抜く。

「貴様!我がアステッド皇帝に弓を引けと、我が皇子を唆すとはなんたる無礼!しかし、愚かなお前も分かったであろう。我が祖国アステッドの皇子に何を吹き込んだとて無駄だ!我らアステッドの絆は深いのだ!」

 ゲイズがクロエに一歩近づいた時、アーヴィンが衛兵を動かした。

「ゲイズ卿は、体調が優れないようだ。休める場所にお連れしなさい。」

 衛兵が、丁寧にしかし力強くゲイズを拘束した。

 体は止められても、ゲイズの口は止まらない。

「クロエ・ソーデライド!貴様が、我がアステッド帝国の市場に入り込んで我が国を滅茶苦茶にしようとしていること、こちらが知らないとでも思っているのか!愚か者め、他国への介入を楽しむような女だからステファン王子の愛を得られぬのだ!お前もあの愛人を見習っておとなしくしておればよいものを!」

「連れていけ。」

 アーヴィンに促されて、衛兵たちが慌ててゲイズを部屋から出した。

 アーヴィンは続けて衛兵や護衛に指示を出している。

 今日一日、ゲイズは丁重に隔離されるようだ。

 クロエは、自分の失態に俯いた。

 俯くクロエの脳裏には、さっきのゲイズの言葉が繰り返されていた。


◆◆◆


 建国祭の挨拶が終わり、クロエが化粧を直されているところへ、ソフィアが顔を出した。

「次の会場に移動しましょう。」

 ひとあし先に移動した王子の代わりに来たという。

 ソフィアは、さっきの騒動を知っているのかいないのか、無邪気な顔で、

「今日のドレス、いいですね。今度こそお揃いだから、王子も喜んでましたでしょう?」

などと言うから、クロエは返答に困った。

 控室を出たクロエは、ソフィアとアーヴィンと一緒に階段を降り始めた。

 踊り場のところまで来た時、階下に王子と側近たちの姿を見つけたソフィアが、クロエに言った。

「あ。王子、待ち切れなかったのかな。ほら、下にいますよ。」

 ソフィアに言われて階下に目を向けると、本当に王子と側近がクロエに優しい目を向けていた。

 王子に注目していたからか、三人とも一瞬気付くのが遅れた。

 階下から上がってきた一人の使用人……。

 それが使用人の服を着たゲイズだと気付いた時にはもうゲイズは凶行に出ていた。

 ナイフを隠すように腰のところに持ち、クロエに襲いかかったのだ。

 横にいたアーヴィンがクロエを自分の方に引っ張るのと、ソフィアがクロエを守ってゲイズの腕を押さえたのと同時だった。

 ソフィアは持ち前の運動能力で、ゲイズの腕を確かに押さえた。

 だが、ゲイズが力の限り振り回したナイフは、ソフィアの腕に突き刺さった。ゲイズはそのままソフィアの体を勢いよく押す。

 ソフィアは叫ぶ間もなく階段から空中に投げだされた。

 ゲイズはもう身を翻して階上に逃げようとしている!

 だが、今はゲイズに構っている暇はない。

 クロエはとっさに、

「アーヴィン!ソフィアを助けて!」

と叫び、アーヴィンは落ちていく彼女を支えようと、階段を飛び降りた。

 その時だ!少し階段を上がったところから、ゲイズが高らかに叫んだ。

「悪徳クロエ・ソーデライドが王子の恋人を突き落とした!」

 階下のアレックスが、

「ゲイズを捕まえろ!」

と叫びながら、ソフィアを下から支えようと動いた。

 ソフィアはアーヴィンとアレックスによって、うまくキャッチされたが、その腕にはナイフが突き刺さっている。

「すぐ医務室へ!」

 アレックスが叫んで、今度は階段を上がってゲイズ捕獲に加わろうとした。

 アーヴィンも、自分がクロエから離れてしまったことに気付き、すぐに階段を上がり始めている。

 階段の上では、クロエが蒼白な顔でソフィアを見ていたが、それから階下の王子と目が合うと、

「……違う。私じゃない……。」

とつぶやいた。

 王子はクロエの瞳の中に恐怖を見た。自分への恐怖だ。クロエは王子を恐れている。王子に信じられていないという恐怖。

 王子は、クロエの思いを見た。王子を信じられない彼女の思いを。

 そして動けなくなった。

 すぐにでもクロエの元に走り寄りたいのに、足がうまく動かない。

 ゲイズは階上に逃げようとしていたが、クロエの呆然とした様子に気付いてくるりと身を翻し、クロエの背中を下方に思い切り蹴り倒した。

 それはまるでスローモーションのようだった。

 アーヴィンもアレックスも間に合わなかった。クロエが、先ほどのソフィアのように空中には飛ばず、階段をゴロゴロと転がったからだ。

 クロエが転がり落ちていくのを二人がなんとか止めた時にはもう階段をだいぶ落ちたところだった。

 我に返った王子がクロエの名を呼びながら走り寄った。

 彼女の額から血が流れている。

 意識はない。

――落ちる時、あんなに頭を打っていた……。

 王子は自分の手が震えるのを生まれて初めて感じた。

――ダメだ。しっかりしなければ。

 王子はいつもの王子に戻って命令した。

「誰も触るな!今動かすのは危険だ、医者をここに呼べ!すぐだ!」

 


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