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38、《16歳》オデット姫の恋、悪役令嬢の恋

 ランチタイムだと言うのに、ユーリが今日何度目か分からないため息をついた。

 ハデスがちらっとソフィアを見ると、「構うな構うな」と手首を振る。

 ハデスはそれでまたおもしろがって笑っているのに、ユーリがまたため息をついたから、それでいらだったソフィアがついに怒ってしまった。

「ああ、もう!聞くわよ!何なのよ、その悩んでますアピールは!」

 それで、二人はユーリの悩みを聞くことになった。

「最近、オデット姫から避けられてる気がする……。」

 めちゃくちゃ悲しげな顔で相談を始めたというのに、ソフィアの悩み相談はものの十秒で終わった。

「ああ、ユーリがあんまり『かわいい』ばっかり連呼してるから嫌われたのよ。気持ち悪いもの。当然の結果ね、ご愁傷様。」

 ユーリはますます落ち込み、ハデスは笑いながらもユーリの肩をポンポンと叩いて慰めた。


◆◆◆


 昼食後、教室に戻ったソフィアが、

「クロエ様。今日の放課後は、オデット姫の悩みを一緒に聞きましょうよ。」

と囁いたおかげで、今、放課後のダンス室に、お茶と菓子がセットされ、クロエはソフィアとオデットと三人でお茶するはめになった。

 クロエは昼もきちんと「なぜ私がそんなことを。」と怒ってみせたけれど、ソフィアには全く通用しなかったのだ。不服な顔でお茶をがぶ飲みしている。

 もちろん、王子もユーリも側近たちも追い出されてしまっている。

「今日はダンスなんかしてる場合じゃないの。私たち、お茶会するから!」

 さっき、護衛まで廊下に出された。

 唯一アーヴィンだけが存在感を消してクロエの後ろに立っているが、それはいいらしい。

 女子だけになると、ソフィアは早速オデットに尋ねた。

「ユーリを避けてるんですって?」

「……いえ……避けているというわけでは……。」

と否定しかけたが、ソフィアが、

「いやいや。避けたい気持ちは分かる。『かわいい』ばっかりでアイツ気持ち悪いよね?」

と頷くから、

「ユーリ様は気持ち悪くありません!」

と叫んでしまった。

 ソフィアがニヤニヤと迫る。

「ユーリと何かあったでしょ?オデット姫、話して。」

 オデットは話すしかなくなった。

「……平和になって、王子の恋人役が終わったら、こ、こ、恋人になってほしいと言われました。」

「あら、ユーリにしては大胆ね。それでオデット姫は何と答えたの?」

「そんな……今はそんな時ではありませんから……。」

「まあ、まだ緊張状態ではあるけれど。でも、もうかなり安心できる材料がそろってきてるじゃない?ねえ、クロエ様?」

「ええ。そうね。」

 クロエは頷いた。

 今、国家間の調整は、ソーデライド公爵の力もあり順調に進んでいる。戦争が起こった場合にアッシュフォードに味方してくれる国々も固まってきた。

 もちろん、戦争が起こらないよう、アステッドの貴族の懐柔も進んでいる。

 そもそも、今の皇帝に人望がなく、不満を持つ貴族が多いため、少し突けばアステッド国内で決着をつけられる可能性も出てきた。

 なんならハデスが旗を掲げるならば、簡単に決着を付けられそうなところまで来ている。

 ハデスは今もどっちつかずの態度を崩していないが、ユーリやソフィアとの仲は深まっていて、彼らを敵にする選択をするとも思えない。ハデスが決断するのも時間の問題だろう。

「平和になったらという前提も、そんなに遠い未来の話ではないんじゃない?」

 オデットは無理に笑顔を作って言った。

「でも……私には、誰かの恋人になるなんて権利はありませんから。」

「権利なんてそんなおおげさ……。」

 ソフィアの言葉をオデットが遮った。

「……私は奴隷です!しかもただの奴隷じゃない。……私が今までどんな命令に従って生き延びてきたか……お二人は知ってるんですよね?私の体はとっくに汚れてる。穢れているんです。こんな人間に、恋なんかできるわけないじゃないですか!……なのに……。」

 彼女の目から涙が溢れている。

「……無理なのに。ユーリ様だって知ってるはずなのに。なのに、恋人なんて言うから……。」

 ソフィアが立ち上がり、オデットを後ろから抱き締めた。

 そして、オデットが涙が収まるのを待ってこう言った。

「オデット姫。あなた、ユーリに恋人になろうって言われて嬉しかったのね。」

 オデットはまた溢れ出る涙のまま、ソフィアを見た。

「……うれしい……?」

「うん。好きな人に恋人になってって言われて嬉しかったの。」

「……恋なんて。そんな簡単な話ではありません。そもそも私は奴隷ですから貴族様とどうこうなんて……。」

「ううん。そんな簡単な話なのよ。あなたはユーリが好きなの。そしてユーリもあなたが好き。ね?簡単な話でしょ?」

 オデットはまだ首を振って否定している。

 クロエが言った。

「身分なんて考える必要はありませんわ。こちらのソフィア様も元平民ですが、ステファン王子の妃になる方です。お二人の気持ちが大切なのです。」

「平民と奴隷では立場が異なります。」

 ソフィアが、

「あら。頑固ちゃんね。」

と笑った。

「あんまり頑固ちゃんしてると、ほら、クロエ様が怒っているわよ。」

「私は怒ってなど……。」

 クロエはいったん否定しかけたが、

「そうね。怒っていますわ。」

と認めた。

「でも、オデット姫、あなたに対してではありません。わたくしはアステッドの奴隷制度に怒っているの。ハデス様がさっさとアステッドの皇帝に収まってくれたら、最初の仕事が奴隷解放よ。そんな制度なんか絶対にやめていただくわ。……でもね、制度から解放されても、解放された人たちが心の傷のままに人生を諦めるのは、わたくし嫌ですの。ですからオデット姫。お願いです、自分で自分を縛るのはもうやめて。あなたはあなたの心のままに生きていいのだから。」

「でも!でも、私なんかではユーリ様が幸せになれない……。」

「あら。ユーリも見くびられたものね。まあ、ご安心なさい。ユーリのことは幼い頃からわたくしがビシビシ鍛えましたのよ。……だから、大丈夫。ユーリはね、本気で好きになったら、あなたの不安もあなたの過去も全部ひっくるめて愛せる人よ。信じてあげて。それに……ユーリが愛してるあなたのことを、『私なんか』なんて言わないで。ユーリにとって、あなたは最高の人なのだから。」

「クロエ様……。」

 オデットがまた涙を溢れさせた。

 その時、ドアが乱暴にノックされ、乱暴に開けられた。開けたのはユーリだ。護衛に止められていたが、王子の許可が出たのでドアを開けることができたのだ。

「オデット姫!大丈夫か!」

 ユーリの言葉にソフィアが怒った。

「いや、女の子のお茶会にいきなり乱入してきて大丈夫かとは何事か!」

「あっ、オデット姫!泣いてるじゃないか!やっぱり心配した通りじゃないか!大丈夫だよ、姫。ソフィアは言い方がきついけど、悪い奴じゃないから泣かないで!」

「泣かせたのは、ユーリお前だ!」

「ええっ?俺?」

「ユーリ。あんた、オデット姫に恋人になろうって言ったんだって?今は王子の恋人なんだから自重しろって言ったよね?なんで平和になるまで待てないの?」

「だって!だって、そんなの待ってたら、他の男に取られちゃうじゃないか……だってこんなにかわいい。」

「またかわいいって言った。それも自重しなさいって言ってるでしょう。女はね、顔とか体とか外見のことばかり言われたら嬉しくないのよ!」

「顔は……好みなんだから仕方ないだろう?体つきも……よくは分からないけど多分好きだ。でも、一番好きなのは、こんなにかわいいのに実は強いところと、めちゃくちゃ優しいところと、あとすぐに照れて真っ赤になるところと……。」

 ソフィアが遮る。

「ああ、もういい。そういうのは二人でやって。」

「じゃあ、オデット姫。城に帰ろう。」

 ユーリが腕を差し出したが、オデットは顔を赤くしてソフィアを振り返った。

 ソフィアは「頑張りなさい。」という顔で頷く。

 オデットも小さく頷いた。それからクロエを見ると、クロエも嬉しそうだ。

 オデットはクロエに礼をして、ユーリの腕につかまった。

 きっとこの後に二人だけになったら、さっきの「オデット姫の好きなところ」の続きが繰り広げられるのだろう。オデットがユーリの申し込みに頷くにはまだ時間がかかるだろうけれど、きっと未来は悪くない。

 二人が去った後、ソフィアが言った。

「さてと。次はクロエ様の番ですね。」

「は?」

「この間の宿題ですよ?クロエ様はご自分の気持ちを考えてきましたか?ステファン様王子のこと、どう思っているか、ですよ?」

「……ステファン殿下のお相手はあなたです。」

「どうして?」

「それが国にとって一番だからです。」

「ふーん?さっき、オデット姫に言ったのとずいぶん違いますよ、クロエ様?自分で自分を縛るのをやめてって言ってましたよ?ユーリのこと、オデット姫の不安ごと愛してくれる人だとも。王子は違うんですか?王子は相手の不安ごと愛してくれる人ではないんですか?」

「私のはただの政略婚約です。殿下の口からそう伺っています。ですから……殿下が本当に愛しているのはあなたです。私ではありません。」

「王子から聞いたって……それ、子どもの時の話でしょ?今は?大きくなってから聞いたの?」

「聞く必要はありません。……私なんか好かれるはずがない。」

「私なんか、か。それもさっき聞いたねえ?」

 クロエは黙った。

 ソフィアは、優しく言った。

「王子に愛されてるって思う瞬間、本当にない?」

 クロエは答えない。

 ソフィアが重ねて言った。

「本当は、あるでしょう?」

 クロエが小さく頷いた。

「……あるわ。勘違いだと笑われるでしょうけれど。好かれてるんじゃないかって思う時があるわ。……でも、怖いの。」

「怖い?」

「……好かれていると信じて、それで少しでも殿下が私に冷めた目や疑いの目を向けたら……きっと私、耐えられない。」

 ソフィアは、「そっか。」とつぶやいた。

 それから、立ち上がって、さっきオデット姫にしたように後ろから抱き締めた。

「うん、だいぶ、ちゃんと考えたんだね。偉い。」



ここまで読んでくださりありがとうございます。完結間近です。

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