37、《16歳》悪役令嬢、誕生パーティーで自分の気持ちを考える
(ステファン王子side)
結果から言うと、クロエの誕生パーティーはステファン王子には散々だった。
ステファン王子は一年前から悩みに悩んで、春にはクロエにドレスをプレゼントしようと決め、それから順調に準備を進めていた。
ドレスは白。昔、初めての王子主催のお茶会の時、クロエが着てきた白いドレスが、本当にかわいくてかわいくて仕方がなかった王子は、結婚式にはクロエと二人で白の衣装を着ようとずいぶん前から考えていた。
今回は結婚式ではないけれども、色とりどりの衣装のパーティー会場で、クロエと王子だけが白い衣装で現れたなら、きっとクロエにも王子の気持ちが伝わるだろうとあえて白と決めたのだ。
一か月前にはドレスはクロエ本人に届けられ、きちんとそれを着てくれると約束も取り付け、当日勇んで乗り込んだ公爵邸でステファン王子は愕然とした。
クロエの衣装は淡い緑。王子が贈ったものと違った。
王子が事情を聞こうとすると、ソーデライド公爵が、
「おや、殿下が贈ってくださったものと思って着させたんですが、何か手違いがあったようですねえ。」
としゃあしゃあと言った。
誰が見ても絶対嘘だった。そんな馬鹿なことが起こるはずがない。
その証拠に、クロエの横にいるアーヴィンの濃い緑の衣装が、クロエの淡い緑とまるでおそろいのようではないか。
――ソーデライド公爵め……仕組んだな。大人げない!
王子には、ソーデライド公爵の策略にしか思えなかったが、しかし、そこで引き下がるわけにはいかない。今回のドレスに心血を注いできた王子は、そこで負けじとお色直しを提案した。
クロエは、王子がおそろいのドレスを用意していたと聞いて嬉しくなったから、その提案を飲みかけたのだが。
その時会場に入ってきたソフィアとオデット姫を見て、すっと気持ちが萎えた。
なぜなら、二人とも、王子とおそろいとしか見えない真っ白なドレスを着ていたからだ。
王子の恋人と名高い二人の美女が、王子とおそろいのドレスを着て入場したのに、婚約者の自分が後から真似して白いドレスにお色直しをしたら、皆、どう思うだろう。
当然、王子にドレスを用意してもらえなかった惨めな婚約者が、惨めにも今日になって王子の衣装を見て、それから自分で白いドレスを用意したように見えるだろう。
クロエはお色直しは出来ないと答えた。
それで、王子の計画は崩れ去った。
ソフィアとオデット姫は、王子とクロエの衣装を見て、愕然としたがもう後の祭りだった。
「ええっ。だって、これ、ソーデライド公爵家からプレゼントされたものだから、てっきりクロエ様が選んでくださったとばかり。」
「わたくしもですわ……。」
「ステファン王子……どれだけ、ソーデライド公爵に嫌われているの?」
ソフィアの言葉は王子の胸に突き刺さる。
しかも、こうして三人で一緒にいるだけで、王子の寵愛がソフィアとオデットにのみ向けられていると衣装が皆に告げていた。
その後、主役の正式な登場の場面で王子がクロエをエスコートして入場したが、淡い緑のクロエは、王子といる時よりも、さっきまでのアーヴィンといた時の方がカップルに見えた。
この日は王子がどんなに優しく接しても、クロエの態度は硬かった。
◆◆◆
(クロエside)
今朝、ステファン王子が贈ってくれた若草色のドレスを身にまとった時、鏡に映る自分の姿を見て、自分でも似合っているとクロエは思った。
そして、こんなに自分に似合うドレスを選んだのがステファン王子だという事実がなんだか誇らしかった。
――いずれ解消される婚約だし、今はもうソフィアに夢中のステファン王子だけれども、ちゃんと婚約者のことも考えてくれてるんだ。
誕生パーティーの前は、こんなふうにクロエも浮かれていた。
そしてステファンが公爵邸にやってきた。
完璧王子の異名を持つステファン王子は、クロエのドレス姿を褒めなかったことはない。さらには自分が贈ったドレスなのだ、いつも以上に甘い笑顔と甘い言葉で褒めてくれると思っていた。
しかし、ステファン王子は、クロエを見て、
「……ああ、クロエ。今日も綺麗だね。」
とは言ったものの、どこにも甘さはなかった。
――そうよね、もうソフィアに夢中なのだから、いつまでも婚約者にサービスなんかしていられないわよね。
クロエはきちんと心の中で納得したつもりだったが、なんだかやはり寂しかった。
ところが、王子が、
「このドレスは?君が用意したのかい?」
と聞いてきたから、「え?」となった。
「え?このドレスは殿下が贈ってくださったものでは?」
王子が眉間にしわを寄せた。
「私が用意したドレスではこれではないよ、クロエ。」
「ええ?」
「私が用意したのは、私とおそろいの白いドレスなんだ。……その、昔、君がお茶会で着ていた白いドレスがとてもかわいかったから……どうしても君と白でそろえたくて。」
見れば、王子は今日、白い衣装。いつも以上に恰好いい。
王子の判断は早かった。
「今からではスタートには間に合わないけれど、途中で退座するだろう?その時に、お色直しをしてくれないか。私のわがままだけど……どうしても今日、私はあのドレスを着ている君を見たいんだ。」
その切ないまでの眼差しにクロエもキュンとしてしまう。
――なんだか、本当に愛されてるみたい。そんなわけないのに。
クロエは王子の言葉に頷きかけた。
しかし。
ソフィアとオデット姫の姿を見た時、クロエは衝撃を受けた。二人の衣装は白。意匠も王子の衣装と似ていた。
クロエは王子を見た。
王子は驚きを隠せず二人を見た後、クロエを振り返った。
「違うから。あの二人の衣装に私は関与していない。」
「偶然で、こんなに衣装が被るなんてあるのでしょうか。……どちらにしても、これでは今から白いドレスを着ることは出来ません。」
クロエは口早に王子の提案を断り、その場を去った。
アーヴィンが、オデット姫とソフィアのドレスについて説明してくれた。
「オデット姫とソフィア嬢のドレスは、クロエ様がおっしゃったようにソーデライド公爵家からのプレゼントとして贈らせていただきましたが……そちらに関しては、メーカーに丸投げだったため、まさか王子と同じ色になっていたとはこちらも把握しておりませんでした。申し訳ございません。」
そんなことがあるはずがないと、動揺しているクロエには思い浮かばない。ましてや、それが父親の差し金だとも全く気付かず、ただ悲しい気持ちでいっぱいになった。
ソフィアがやってきた。
「クロエ様。お誕生日おめでとうございます。」
クロエは、ソフィアの眩しいくらいに白いドレスを見てまた悲しくなった。
ソフィアは、にこりと笑った。
「お姫様、悲しい顔をしてますね。何が悲しいのか、考えてみましたか?」
「そ、そんな。悲しいなんて、そんなことありませんわ。」
「いいえ。クロエ様は今悲しんでいます。隠しても無駄です。ほら、今にも泣きそうだ。」
「それは……婚約者が自分の誕生日に、恋人たちとおそろいの恰好で来たら、それは恥ずかしくて泣きたくもなりますわ。」
「恥ずかしい、だけでしょうか?」
ソフィアは笑った。
「違うでしょう。クロエ様は悲しいんです。私の着ているドレスが今とても憎いでしょう?どうしてですか?」
「そんなの知りません。」
「王子は自分の気持ちを隠したりしていません。いつも、あなたを見ている。あなたはどうなんです?王子のことをどう思ってるんですか?」
「だって、ステファン王子は、あなたの……。」
「私の……なんですか?」
クロエは黙った。
ソフィアが答えた。
「ステファン王子は、私とは何の関係もありません。あなたが望んだからダンス練習で一緒にいるだけで、彼の心は私にはありません。私の心もです。」
「そんなのダメよ!」
思わず声を荒げてしまってから、小さな声で、
「それではダメなのよ。」
とつぶやいた。
ソフィアはやはり微笑んだまま、
「クロエ様。もう、ちゃんと考えなければならないと私は思いますよ。」
と静かに言った。
言われて、なんとなくステファン王子を見た。
遠くで誰かと談笑しているステファン王子はいつもの完璧王子で、クロエはますます自分には遠い存在だと思わざるを得なかった。
パーティーが終わり、部屋に戻ると、アーヴィンが白いドレスを持ってきた。
「見つけて来ました。これが王子がくれたドレスのようです。」
ドレスは、昼間見たソフィアのドレスともオデットのドレスとも似ていなかった。肌を出すのが苦手なクロエのため、首元も腕も薄い透ける素材で覆われている。あまりゴテゴテしたものが似合わないクロエのためにリボンやフリルがない代わりに、クロエが好きな花が同じ白い糸で大きく刺繍されている。
もう、クロエのことが大切だとドレス全体が語っている。
ドレスを見ただけで、クロエは泣きそうになった。
王子は昼間言った。
どうしてもこのドレスを着ているクロエを見たいと。
――どうしてあんなことを言ったの?
あり得ないはずの王子の愛情がドレスから伝わってくる。
――本当に私のことを思ってくれている?
アーヴィンが同封されていた手紙を手渡した。
手紙には、昔見たクロエの白いドレスがかわいかったからとか、自分とおそろいだとか、このドレスを着ているクロエを見るのが楽しみだとか、昼間王子が言っていたことばかり。
「本当に、王子はそう思ってくれている?」
アーヴィンが答えた。
「クロエ様。このドレスは王子のあなたへの気持ちで出来上がっていますね。」
クロエはドレスを抱きしめた。けれど、それから悲しい顔をした。
「でも、王子はソフィアと結ばれないといけないの。そうしないと、この国が滅ぼされてしまう。」
アーヴィンは、
「そうでしたね。」
と一度は同意したけれど、
「でも、ゲームとはかなり展開が異なっています。もうクロエ様が自由にしたところで、国は滅びませんよ。」
と言った。
クロエが反論しようとする前に、アーヴィンはクロエに優しく諭した。
「それよりも。私はクロエ様のお気持ちの方が大切です。クロエ様、本当は王子のことをどう思っていらっしゃるのですか?結婚する意志がおありですか?そこまで好きなわけではありませんか?……すべて、クロエ様のお心次第です。」
「私の心?」
アーヴィンは優しく微笑み、
「ゆっくりとお考えになってください。」
とだけ言うと、クロエを一人にしてくれた。
ソフィアとアーヴィン二人の問いをクロエは真面目に考えてみた。




