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35、《15歳》ハデス皇子の攻略

 オデット姫には、分かりやすいほど筋肉隆々な護衛が複数付けられた。

 それは、ゲイズやゲイズが操る人間に彼女が害されないようにと王子が付けたものだ。

 さらに、王子がソフィアのダンス指導に当たる朝と放課後の時間帯は、どうしてもオデットに目が届かなくなると、ユーリまでがオデットに付けられた。

 ユーリは、オデット付きを命じられた時、そこにオデットもいたというのに無言ながら喜びで目を輝かせたものだから、オデットは盛大に照れて顔をりんごくらい赤くした。

 朝と放課後オデット付きになったと言っても、単に学園から城まで馬車で送り届けるだけの役目だが、ユーリには至福の時間となった。

 ソフィアはユーリのデレ顔にうんざり感を隠していない。

 オデットの方はというと、さすがにひと目のあるところでは表情を動かさないものの、ユーリと二人だけの時はとても楽しそうだ。

 短時間ではあるが、放課後の城内で一緒に勉強したりしている。他国の学習についてこれているかを心配したユーリが、下心なく声をかけて始まったこの勉強会も、結果ユーリを幸せにしている。

 ソフィアに、

「いや、オデット姫は王子のお気に入りってことになってるんだから、絶対に外では顔に気をつけなさいよ。」

と念押しされ、ユーリは城でも学園でも、窓のある馬車の中でも、平然とした顔をきちんと作っている。

 ソフィアにも前以上に護衛が付けられた。さらに朝と放課後は王子が守っている。その王子自身も側近たちが脇を固め、万が一のことも起こらないよう気を配っている。

 クロエには公爵家の護衛が付けられているし、王家の影も付けられている。何よりもアーヴィンがいるので鉄壁である。

 ステファン王子は、打てる手をすべて打って、みんなを守る姿勢だ。

「アステッド皇帝のやり方は、相手の内部に潜り込んで中から崩すというやり方だ。けれども我々は崩されない。」

 堂々とステファン王子が言うと、本当にそうだと思えるから不思議だ。

「皇帝の野望を破り、平和を勝ち取る。」

 王子の言葉に皆が頷く。

 ソフィアが、素朴な疑問を呈した。

「皇帝の野望って何だろう。キュロス国を破って、今度はうちに仕掛けてきて。皇帝の考えるゴールって何?」

 アレックスが首をひねる。

「普通に考えるなら、国を大きくしたいとか、世界の王になりたいとか。そんなところでは?」

 ソフィアがため息混じりにつぶやく。

「そんなことしてたら世界の王どころか世界が壊れてしまうよ~とか説得できればねえ。」

「皇帝を説得することは出来ないと思います。」

 皇帝を知るオデットが言った。

「皇帝は、誰の言葉も聞きません。誰も信用していないのです。人の命は等しく軽いと思っていらっしゃる。」

 その重い口調の裏に、オデットが見てきたものが垣間見える。

 サイラスが前に出た。

「であれば、皇帝には退位していただくしかありません。しかし、彼はまだ若く、子もない。となれば、皇帝位を譲る相手は……ハデス皇子です。」

 ステファン王子は微笑んだ。

「では、ハデス皇子に次代の皇帝になる覚悟を決めてもらおう。皇帝の退位については慎重に進める必要があるが。まあ、出来ないことではないよ。それより、やはり、鍵はハデス皇子だねえ。」

 そう言って、王子がユーリを見た。

「では、ユーリ。ハデス皇子と仲良くなって。」


◆◆◆


 「ハデス皇子と仲良くなれ」という王子からの命令から、三か月経った。

 ハデス皇子はステファン王子の顔を立ててか、あれ以来誘われれば王子の昼食室でランチを食べたりもするが、学食で食べることが圧倒的に多い。

 学食が気に入ったからと口にすることがあるが、多分それが本音なのだろうとユーリは感じている。

 ゲームの中のハデスは、自分のせいで母と義父と弟を失い、さらにその後は皇帝の手先となってしまい、常に苦悩の中にいたものだから、結局普通の学生生活を送っていなかった。

 現実のハデスもゲームと同じ展開になってしまっているはずなのだが、この国でなぜか学食にはまり、毎日ユーリと学食に並んでいる。まったくもって普通の学生生活だ。

 今も、

「明日はBランチにしよう。メインが鳥って書いてるから、きっと付け合わせはフライドポテトだ。」

と、明日の献立表を見て楽しみにしている。

 その横で、ソフィアが呆れ顔で笑う。

「ハデス皇子は本当にフライドポテトが好きね。」

 ソフィアも学食が大好きらしく、ハデスとユーリに混じって毎日学食で食べている。

 ソフィアが毎日学食に入り浸るのをステファン王子は許している。

 それについてユーリは、

――王子は、ハデス攻略のため、ソフィアをこちらに貸してくれているのだろう。

と考えている。

 念のためソフィアに、

「ステファン王子と昼食室で食べなくていいのか?」

と聞いてみたところ、ソフィアの答えは単純だった。

「学食が好き。」

 確かにユーリも学食が気に入っている。

 城でも侯爵家でも、一流の料理人が作った料理を食べているが、どうも味付けがくどい。

 学食は、貴族っぽい料理も出しているが、BランチCランチ辺りは庶民の味付けに近く、毎日食べても飽きない。

 ユーリは前世を思い出して、

――これで、うどんとかラーメンがあったら完璧だよな。

なんて考えてから、

――今、祖国の危機だというのに。のんき過ぎだろ、俺。

と反省した。

 ゲイズの存在は危険だが、あれから動きはない。何より今、昼時間のオデットはステファン王子が直々に守ってくれているのが安心だ。

 ステファン王子から、ハデスと仲良くなるよう命じられているが、そんな使命とは無関係に、ユーリはハデスと過ごす時間が好きだ。サイラスやアレックスといる時のように、自然でいられる。

 一緒にいればいるほど、ハデス皇子はとてもいい奴だと感じた。ハデスもユーリを気に入ってか、双方遠慮のない同等の口調で話すようになったくらいだ。

 もし、ただの同級生だったなら本当に親友になっていただろう。

 最初の警戒が嘘のようにユーリはハデスと仲良くなった。

 実際のところハデスは、見た目の冷たさと異なり、気さくなので周囲の目も好意的だ。もちろん、女子からの人気も高い。

――さすがは、乙女ゲームアステッド版の一番人気、ハデス皇子。

とユーリも感心している。

 無論、敵国の皇子だとはわきまえているが。

――このまま何事もなく過ぎてくれれば……。

 ユーリは心から願っていたのだが。

 いつものように三人で学食のランチを楽しんでいるところにゲイズが来た。

「ハデス様、ヨーク様、ブライアン様。私もご一緒してよろしいでしょうか。」

 正直ユーリは油断していた。

 この三カ月のゲイズの動きについての報告は聞いていた。

 ゲイズが何度もハデスに接触していたこと、そしてハデスの進捗が遅いことを理由に自分をステファン王子の昼食に招くよう迫っていたことも。

 しかし、ハデスが、

「ステファン王子の昼食会には、婚約者のクロエ嬢がいるんだよ?君、クロエ嬢と相性悪いよね?」

と一刀両断し、事なきを得ているのだ。

――ステファン王子に接触できないから、しびれを切らしてソフィアを狙ってきたというところか。

 ユーリが、何と言って断ろうかと一瞬思案し、口を開きかけると。

 ソフィアが、

「お断り。」

と即座に言った。

 身も蓋もないその物言いに、ゲイズは引きつりながらも口角を上げて理由を問うたが、ソフィアは辛辣だった。

「理由を言うほどの仲ですらないし。」

――ああ、怒ってるなあ。

 ユーリは三か月前の、ゲイズとクロエの言い合いを思い出していた。

――ソフィアはクロエのこと、友達だと思ってるから。あの日、敵認識してるんだよなあ。

 ゲイズは怒りを隠しもせず、

「ハデス様!」

と小さく叫んだが、ハデスは「これは無理でしょ。」という微笑みを浮かべたから、ゲイズは引き下がらざるを得なかった。

 ゲイズは、それでも口角を上げて、作りきれていない笑顔を作り、

「まあ、残念ですわ。今度はご機嫌の良いタイミングでお声掛けしますわ。その時はご一緒しましょう?」

とソフィアとユーリに礼をした。

 これで帰ってくれれば良かった。だが、ゲイズはそれからハデスにこう言ったのだ。

「ハデス様。ランチがご一緒できませんでしたので、ランチが終わってから二人でお話をしましょうよ。皇女様もステファン王子といつも一緒ですし、私、同郷の方とお話できなくて、ずっと寂しいのですよ?」

 その言葉に応えたのはソフィアだった。

「自国の皇子に、寂しいから話し相手になれなんて、ものすごい物言いね。そんな失礼な人と一緒に食事をする日は永遠に来ないわ。」

 ゲイズはカッとして叫んだ。

「元平民のくせに!ステファン王子の愛人になれただけで偉くなったつもりか!」

 周囲の生徒たちが、皆驚いてゲイズを見た。

 ソフィアがステファン王子の恋人であることは皆承知しているが、王族が側妃をもつことは普通であり、学園在学中にその候補を定めることも当然のことだから、それを変に思う者はいない。むしろ、将来側妃になるとほぼ確定しているだろうソフィアを、ゲイズが愛人呼ばわりしたことにギョッとしたのだ。

 学食中がざわつく。

 ゲイズは、自分がやらかしたことに気付いたが、元平民のソフィアに謝るなどプライドが許さなかった。

 逆に、フフンと鼻で笑ってから、とんでもないことを言い出した。

「ステファン王子をオデット姫に取られたから、今度は我が国の皇子、ハデス様の妻になろうという腹か!」

 周囲はハッとする。

 確かにソフィアは朝も放課後もずっと王子を独り占めしている。

 しかし、昼はどうだ?

 ステファン王子はオデット姫に夢中だし、ソフィアの方はゲイズの言う通りハデスと毎日一緒だ。

 ユーリは焦った。何が正解の行動か、頭をフル回転させている。

 そんな中、ソフィアがドス黒いオーラを放ちながら笑顔で立ち上がった。

――やばい!何かするつもりだ!

 ソフィアを止めるべきか、ゲイズを責めて追い出すのが先か、一瞬の迷いのうちに……。

 ハデスが立ち上がり、ソフィアの肩を抱いた。

 目はソフィアを優しく見つめている。

 静かにソフィアを座らせ、それからゲイズに向かって言った。

「ゲイズ。ダメだよ、こんなに人がいるところで僕の想いを声に出しては。ステファン王子の許可どころか、まだ彼女の気持ちすら得られてないのに。」

 実質上の、ソフィアを狙ってます宣言だった。

 その大胆な宣言に、周囲がわっと湧いた。

 ユーリがとっさに、

「ソフィアはステファン王子と結婚しなきゃダメだ!」

と叫んだのは……乙女ゲームのバッドエンドを思い出してのことだったが。

 この現実世界では悪手だったと、ジト目のソフィアの顔が物語っていた。



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