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34、《15歳》悪役令嬢、友達がいることを思い出す。

――昨日あれだけ泣いたにしては、大丈夫そうね。

 鏡の中のクロエの目は、若干まだ赤く、周りも少し腫れているが気になるほどではない。

 昨日帰宅後、すぐにアーヴインが手当てしてくれたのが功を奏したらしい。

 静かなノックの後、アーヴィンはいつも通りに入室した。

「おはようございます。クロエ様。」

 アーヴィンの前であれだけ醜態を晒したから、今朝はもっと気まずいかとクロエは思っていたけれど、普段通りのアーヴィンを前にそんな気持ちにはならなかった。

 昨日クロエは「アステッド帝国を滅ぼしたい」とアーヴィンに言った。

 誰もが戦争を避けようと努力している今、そんな物騒なことを言ってアーヴィンにどう思われるか分かっていたのに、積もり積もったアステッド帝国への恐怖がクロエにそれを口にさせた。

 それは誘拐事件からずっとアステッド帝国が怖かったクロエの本音だった。

 アーヴィンはクロエの恐怖を理解していた。

 そして、ただ受け入れてくれた。

 それがクロエには本当に嬉しかった。

――……アーヴィンがいてくれるから、私は大丈夫だ。

 クロエはアーヴィンにほほ笑んだ。

「昨日はありがとう、アーヴィン。」

 アーヴィンは何でもない顔でほほ笑む。

 それもまたクロエを安心させた。

 クロエは少し息を吸って、それから昨夜考えたことを話し始めた。

「ねえ、アーヴィン。……私、誘拐された時、奴隷になって自分の意思に反することをさせられる人生を想像したわ。とても怖かった。……でも、奴隷の人って、今こうしている時間もそんな人生を強要されているわけでしょう?例えば、オデット姫のように。」

 オデットは元奴隷。そしてあの美貌が買われて皇女となった。となれば、その美貌を使う仕事が与えられたはずだ……本人の意思などお構いなしに。

「アステッド帝国が小国キュロスに侵攻した時、オデット姫がどんな役目を命じられたのかを考えたの。ううん、きっともっと前から、彼女はそんな目に遭っていた。……それが私だったらって考えた。」

 アーヴィンの眉間に深いしわが寄った。

 アーヴィンも想像したのだ、オデットの役目を強要されるクロエを。

 クロエは続けた。

「昨日は、オデット姫が嫌だった。なんであんなに嫌だったのか分からないくらい嫌だった。アステッドの手先のくせにってずっと思ってた。王子もユーリもあの顔に騙されてるだけだって。……でも、オデット姫は自分の命さえも捨てる覚悟でハデス皇子を守ろうとしていたわ。それからアステッドを戦争から遠ざけたいとも。……すごく強くて、すごく綺麗だった。あんなふうに他人のために自分さえも捨てようとする彼女に、私、きっと嫉妬したのね。私には出来ないから。私はいつもいつも自分のことばかり。それすらもどうにも出来なくて、アステッドが滅べばいいっていつも思ってた。アステッドにだって、たくさんの人がいるのにね。」

 クロエは笑っていたけれど、アーヴィンにはそれが泣き顔に見えて、つい名を呼んだ。

「クロエ様……。」

「うん……でも、昨日、アーヴィンにいっぱい撫でてもらったから。……だから、私はもう大丈夫。」

 クロエは、悪戯っぽく笑った。

「それでね、もうアステッドを滅ぼすのはやめにしたの。その代わり、アステッドの奴隷制度を滅ぼすことにしたわ。もちろん、人身売買もね。」

 アーヴィンは胸がいっぱいになった。

「ええ、ええ。それが良うございます。」

 アーヴィンは、クロエが望むなら本当にソーデライド公爵とともにアステッド帝国を滅ぼすこともやぶさかではない。

 しかし、アーヴィンは考える。アステッド帝国を滅ぼした後のクロエのことを。きっと、後悔し、後悔し、自分を責め、いずれ壊れてしまうのだと。

 アーヴィンは昨日の自分の言動が正解かどうかなど分からない。ただ、そうせずにはいられなかったから、自分の正直な言葉を正直な気持ちのままに紡いだ。

 でも、今のクロエの笑顔を見ていると、自分が認められた気持ちになる。本心から良かったと思える。

「ああ、でもね。」

とクロエはニヤリと笑った。

「オデット姫のこと、心から信じたわけじゃないわよ。アステッド皇帝の配下なんかいつ裏切るか分からないからね!」

 アーヴィンはいつものように

「当然です。事実、彼女はアステッド皇帝の命を受けてこの国に来た、いわば刺客ですから。」

とクロエに賛同した。


◆◆◆


 ランチを食べるために、クロエはアーヴィンとともに王子専用室を訪れた。

 クロエが来た時にはもうすでにテーブルは調えられ、使用人も下がっていた。

 クロエが部屋に入るとすぐに、ステファン王子がクロエの名を呼んで、クロエの肩を抱いた。

 クロエが驚いていると、後ろから王子側近のアレックスとサイラスが言った。

「殿下。婚約者とはいえ、急に女性に触るものではありません。クロエが恐怖を感じています。離れてください。」

「殿下。さっさと使用人を下げるから、クロエに何かするつもりかと思いましたが、本当にするとは思いませんでしたよ。離れてください。」

 だが、王子は構わずクロエを見つめている。

 側近二人が、

「あ~近い近い。クロエから離れて、殿下。」

「はいはい。クロエから手を離して、殿下。」

と間に入ろうとしたけれど。

 王子はクロエの目をじっと見て言った。

「クロエ、目が赤い。」

「え?」

 クロエはびっくりした。

 ちゃんと朝確認した。目立つほどではなかった。しかも、今はもう昼で、時間も経っているから、全く赤みも消えたはずだ。

 側近二人が独り言のようにつぶやく。

「王子は朝からクロエの目が赤いってずっとそわそわしてたんだよ。」

「表情に出さない完璧王子だから、まあ放置してたけどね。」

「え?朝?」

 クロエは朝の王子の様子を思い出していたが、特に何も変わった様子はなかった。それに今は席も遠いし、クロエの目の変化になんか気付いているとは思わなかった。

 王子は、肩から手を離して言った。

「クロエ、ごめん。」

「え?」

「昨日、私があんな話をしたからだね?」

 王子はつらそうに言った。

「……君にアステッド帝国の話をするなんて、昨日の私はどうかしていたんだ。本当にごめん。……君の傷が癒されるには時間がまだ足りていないというのに。浅はか過ぎた。ごめん、クロエ。」

 サイラスがクロエに頭を下げた。

「違うんだ、クロエにも話をした方がいいと忠言したのは私だ。……君があの誘拐事件からずっと苦しんでいるのを知っていたのに。」

 アレックスも頭を下げた。

「クロエ。僕もサイラスに賛成したんだ。本当にごめん。」

 クロエはアーヴィンを見た。

 アーヴィンは静かに微笑んでいる。

 クロエは思い出していた。

――そう言えば、あの誘拐された日、王子とサイラスとアレックスとユーリ……四人がみんな、私のために泣いてくれたっけ。

 いつの間にか、クロエの方から四人に距離を置いていた気がする。それでも、四人とも、ずっとクロエを心配し、クロエを気遣ってくれていたのだ。

――そうか。

 クロエはゆっくりと考えた。

 乙女ゲームのシナリオに振り回されていたけれど、この四人はクロエとずっと友達でいてくれた。

――そうか。悪役だとか攻略対象だとか、それ以前に私たちは友達なんだ。……私にはこんなに心配してくれる友達がいたんだ……。

 胸が熱くなる。

 後ろからオデット姫が、

「みなさん、ソーデライド様のことが本当に大切なんですね。」

と潤んだ瞳でクロエに言った。

 いつもなら、否定から始まりそうなクロエだが、オデットの言葉に心から頷ける気がした。

 クロエは本心を口にした。

「……アステッドが怖くないと言ったらそれは嘘になります。けれども、私もアッシュフォード王国のために出来ることはしたいのです。ですから、サイラス、アレックス。王子に私にも話すよう進言してくれてありがとう。殿下も。私を仲間に入れてくださり、感謝いたします。」

 クロエはそれからオデットに向かって言った。

「オデット姫。覚悟を決めてくださって、ありがとう。わたくし、昨日、決めたことがございますの。聞いてくださる?」

 クロエは、アステッド帝国の奴隷制度を廃止し、人身売買もなくしたいのだと語った。

 オデットは、奴隷制度をなくすという考えもつかなかった言葉に驚き、それから喜びの涙を落とした。



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