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33/41

33、《15歳》悪役令嬢、王子と話す。それから幼い頃の心の傷と向きあう。

後半、心の傷の話です。苦手な方ご注意ください。

 王子は思いを込めて見つめているのに、クロエは悲しそうな目をした。それが苦しくて、王子は思わずクロエの手を握った。

 クロエは手を離そうとしたけれど、王子は離さない。

 クロエが小声で「離してください。」と言うと、王子ははっきりと言った。

「離さない。クロエ、君は私の婚約者なのだから。」

 ああ、王子の婚約者アピールはやはり続いているのだとクロエは思った。

 いずれ解消する婚約なのに、とも。

 クロエの硬い表情に、王子はますます胸が苦しくなった。

「……私はいつも君を傷つけてばかりいるね。ごめん、クロエ。……でも、私は婚約を解消したりしない。絶対に君と結婚する。」

 その苦しそうな声は、王子が本当はクロエとなど結婚したくないのに無理に自分を説得しているかのように聞こえた。

「殿下、もうおやめください。」

 クロエは手を離した。

「第一皇女様がいらっしゃるのですよ。」

 そう。この場には、戦争相手になるかもしれないアステッドの第一皇女がいるのだ。

「ソーデライド公爵令嬢様。」

 オデットは、ゆっくりと静かにクロエの名を呼んだ。

「どうか、私を信じてください。」

 クロエはオデットに軽蔑に似た目を向けた。

「信じる、ですって?昨日会ったばかりの方を?それは無理な話ではありませんか?」

 クロエに蔑まれてオデットに恐怖心が芽生えたが、ぐっと堪えてクロエに立ち向かった。

「ソーデライド様がそうおっしゃるのは無理もありません。ですが、どうしてもお力をお借りしたいのです。私は覚悟を決めました。今までのように自分の命を軽んじる覚悟ではありません。自分が死んだ後のハデス様の心配をするのはもう終わりにしたのです。今、私にあるのは、皇帝に逆らってでも戦争そのものをアステッドから遠ざける覚悟です。」

「自国の皇帝に逆らう、と?不敬も不敬、大変な裏切り発言ですわね。」

「裏切りではありません。アステッドのためです。……アステッド帝国国民が戦争に向かわずに済む方法があると、私に思わせてくれた方々がいるのです。……ユーリ様とソフィア様です。」

 オデットの頬に赤みが差し、自然にユーリとソフィアに対する彼女の気持ちが察せられた。

「お二人は、初めから私の正体をご存知でした。私は皇女ではありません。元奴隷です。先ほど申し上げたようにゲイズ卿は私やハデス殿下が失敗した時のための監視です。それもご存知でした。知った上で、私を助けて下さいました。そして、こうしてステファン様にも話を通してくれました。」

「ええ、ええ。それで王子は第一皇女様をすっかり信用してしまったというわけですものね。」

 クロエが嫌味を言うと、ステファン王子が「違うよ。」とクロエに言った。

「違うよ。私が信用したのはオデット姫の言葉というよりも、ユーリの言葉だよ。」

「ユーリ?」

 クロエがいぶかしんだ。

 ユーリは確かに真面目だし、王子のためにと誠実に働ける人材ではあるが、能力は低い。ユーリを信用するには、彼の能力はお粗末過ぎる。

 クロエの表情を見て、王子がクスッと笑った。

「ねえ、クロエ。私が役に立たない者を側近に置くと思うかい?私個人ならそうするかもしれないが、私には次代の王という立場がある。仲良しだからという理由で側近は決められない。ユーリの人を見る目は信用できるよ。」

 王子は「まあ、人の気持ちに疎いとこあるけどね。」とつぶやいてから、クロエの目を見てほほ笑んだ。

「でもね、クロエが幼い頃から鍛えてくれたから、ユーリはもう側近として信用できるんだ。そのユーリが信用していいと判断したんだから、私も信用すると決めたんだ。」

 クロエは、

「ユーリですよ?第一皇女様の麗しい容姿に判断が鈍っているだけでは?」

と反論した。

 王子はそこは否定しなかった。王子の前でも「オデット姫かわいい」を連呼していたから。でも……。

「でもね、クロエは知ってる?ユーリは自分の意見を言わないんだ。まるで、自分の意見で私が間違った道を進んだらいけないとでもいうように、頑なにサイラスの意見を待つんだ。……でも、今回、国家間の戦争もあり得る大切な場面であることを承知で、ユーリが私に意見したんだよ。……第一皇女の容姿だけで、ユーリは私を動かそうとはしない。そういう信用だよ。」

 王子の信頼は本物だとクロエは思った。

――ユーリは王子に信頼されている。

 クロエは泣きそうになった。

 ポンコツであり、ポンコツなことを自覚しているユーリが、優秀なサイラスとアレックスと肩を並べることにどんな思いを抱いているかくらいクロエは知っている。でも、この王子はちゃんとユーリを見ていてくれたのだ。

――ユーリ、良かったね、ユーリ……。

 第一皇女に覚悟を決めさせたのもユーリだとするならば、確かに信用に値するかもしれない。

 いつの間にか、成長していたユーリを思うとクロエの表情も緩んだ。

 それを見て、第一皇女オデット姫が言葉を続けた。

「もう皆さんはご存じでしょうけれど、ハデス殿下が皇帝に従っているのは、ご自身の過去の失敗のせいです。ハデス様が皇帝のクーデターに賛同したのは、皇帝がハデス様のご家族の命の保証をしていたからです。ですが、それは嘘でした。……ご自分の判断が間違っていたせいで、ハデス様はご自分のお母上とお義父上、弟様までも亡くしたのです。ですから、今さら引くに引けず、そのまま義兄である皇帝に付き従うしかなくなっているのだと思います。……でも、もう充分です。もう充分苦しみました。ハデス様はもう、皇帝から自由になっていいと思うのです。……そのためには、ハデス様の御心も自由にさせてあげたいのです。」

 サイラスが尋ねた。

「オデット様。あなたがハデス様を説得することはできませんか?」

「何度か試みたことがあります。……でも、私ではどうすることもできませんでした。何か方法があればよいのですが。」

 王子が「ふむ。」と顎に手をやった。

「今、ユーリとソフィアが皇子の側にいてもらっているが……。ハデス皇子の心を変える、か。……難しいね。」

 クロエは思わず立ち上がっていた。

――ユーリが頑張っているなら、私だって頑張らないと!

 勢いのままに、クロエは宣言した。

「わたくしにお任せくださいませ!」


◆◆◆


 帰りの馬車の中で、昨日に引き続き、クロエはまた落ち込んでいた。

「なんであんなこと言っちゃったんだろう。」

 アーヴィンは、平然と答えた。

「勢いですね。」

「そうだけど。そうなんだけど!」

 馬車の座席に突っ伏した。

「だって、ユーリが頑張ってるって聞いたら、私も何かしなきゃって思ったんだもの!」

「王子は、クロエ様は何もしなくていいと言ってましたよ?」

「それはいつもの、王子の『婚約者大切にしてますアピール』の一環でしょう?本当は、猫の手でも借りたいところだわ。」

「猫の手は分かりませんが。……そう言えば、王子、クロエ様の手を握ってましたね。」

 クロエは思い出して顔を真っ赤にした。

「あ、あれも『婚約者大切にしてますアピール』よ!」

「絶対に結婚するとも言ってましたね。」

「いや、それも違うから!」

「違う、とは?」

「いや、だって!そもそも私と王子はそんな仲ではないし、そもそも政略婚約だし、そもそも王子は恋心があって私と婚約したわけではないし、いや、それ以前に、婚約は親が言ったもので、王子の気持ちは全く入ってないものだから!」

 クロエは一気に言って肩で息をしている。

 アーヴィンは、優しく尋ねた。

「つまり?」

「……つまり……王子の婚約者アピールは王子の本音じゃないから。」

 クロエは自分の言葉にまた落ち込んだ。

 アーヴィンが静かに尋ねた。

「それで。……クロエ様はどうなさるのですか。」

 クロエがアーヴィンを見た。

 アーヴィンの質問は、さっきクロエが「お任せください。」と言ってしまった件……つまり、「ハデス皇子を攻略するのか」だ。

 クロエが背筋を伸ばして座り直した。

「王子にやると言った以上、やるわ。」

 そう言った後に、静かに付け足した。

「……けど。本当は、アステッド帝国を滅ぼしたい……。」

 クロエはずっと心にあったことを思い切って言葉にしてみた。

 アーヴィンの反応を待つ。

 クロエは、昼間、オデット姫が、ハデス皇子もアステッドもアッシュフォード王国も全部助けたいと言ったことを思い出していた。

 それに対して、自分が何と醜いことを言っているか、クロエは正しく理解していた。

 アーヴィンは静かに尋ねた。

「クロエ様は本当にアステッドを滅ぼしたいですか?」

「……滅ぼしたい。」

「それが本気なら、ソーデライド公爵に頼めば、叶えてくれると思いますよ?頼んでみますか?」

 アーヴィンが言うことは、大げさに聞こえるけれども、クロエはそれが大げさではないことを知っている。

 あの親馬鹿公爵にかかったら、きっとアステッド帝国など滅茶苦茶にしてくれそうだ。

「……でも、王子もユーリもソフィアもサイラスもアレックスも……誰もどこかの国を滅ぼそうなんて考えてない。私だけが汚くて、私だけが嫌なやつなのよ。……でも、私、アステッドが嫌いなの。許せないの。……本当は、こんなことを考える自分が一番嫌い……。」

 クロエは泣いていた。

 アーヴィンはクロエを優しく抱きしめて言った。

「ええ。あの誘拐は怖かったですね。この国から連れ出されて、奴隷として過ごす可能性もあった。乱暴にあなたを投げ捨てた悪者もいた。公爵が来てくれるといいながら、それでも怖くて怖くて。でも、あなたは私の手前、怖くないふりをしていた。ずっと平気な顔をしていた。本当は怖かったですね。あの時からずっと怖かったですね。今日までよく頑張りましたね。」

 クロエは声を上げて泣いた。「うん。」「うん。」と頷きながら泣いた。

 アーヴィンは、クロエの頭と背中を撫でながら、彼女に話しかけ続けた。

「アステッド帝国が誘拐の元なのですから、あなたがアステッドを嫌って当然です。あなたは汚くなんかありません。本当に許せない時は本当に滅ぼしてしまいましょう。……今回の件は……ハデス様は、存在としてアステッド皇帝に近過ぎる。クロエ様には抵抗があって当然の相手です。誘拐事件からあなたの中で時間はまだ十分に経ってはいません。あなたはまだ苦しみの中にいる。今回の件に関わるにはまだ早すぎます。大丈夫ですよ。ハデス様の説得は、ソフィア様とユーリ様がやるでしょう。クロエ様は、ここまで頑張りました。ハデス様もおっしゃっていましたよね、アステッドの国民をぬいぐるみの奴隷にしたと。クロエ様が宣言なさった通りに成功したのです。菓子屋もつくりましたね。甘い物のとりこにもさせました。もうアステッドは、クロエ様のとりこです。ええ、本当に。今日までよく頑張りましたね。」

 アーヴィンが分かってくれているとは思っていなかった。あの誘拐の時だって、前世の記憶がある分精神的には大人だったはずだし、あれからずいぶん時間が経っているのにまだアステッドが許せないなんて、クロエは自分一人が悪くて、自分一人が汚いと思っていた。

 馬車の中で号泣し、アーヴィンにたくさん撫でられ、クロエはようやくあの悪夢の誘拐事件から抜け出せそうな気がした。




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