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32、《15歳》悪役令嬢は、王子を信じきれない

 朝、教室に入ったクロエは、見慣れぬ美少女の存在に二度見した。

――オ、オデット姫?だよね?

 昨日学食で見たオデット姫も、ゲームとは異なっていた。

 それは、クロエが去年のうちに仕組んでいた校則改正のせいで、布地面積の少ない服を着用出来ず、他の生徒と同じ制服を着ていたからだった。

 しかし、今、目の前のオデット姫は、昨日の彼女とさえも違う。

――髪まで切っちゃって。色気はどこに行っちゃったの?

 長い髪かきあげの色気モードから、前髪が揺れる愛らしいモードへの180度転換!あの、ゲームの中の「ボンッキュッボン」なグラマラス女性とはかけ離れた、清純派も清純派、「かわいい」100%の美少女がそこにいた。

 クロエは、

「どんな化粧でこんなにかわいくなってるのよ。」

とつぶやいて、よくよく姫を見た。

 それで、

――すっぴんだ!

と再び驚いた。

――すっぴんで清純派、厚化粧と布地面積少なめで色気ムンムン派って、一粒で二度おいしい、か?男の夢とかロマンってやつか?

 一見清楚、でも制服で隠れているとは言え、脱いだらあの「ボンッキュッボン」なわけだから、確かに男の夢だろう。

――なんてことだ。モブのはずの姫が、なんなら、ソフィアと肩を並べるくらいかわいいなんて。この世界、どうなってるんだ。

 クロエが頭の中を混乱させていると、アーヴィンがこそっと耳打ちした。

「オデット様の頬に傷があります。何か、金属で引っ掻いたようですね。」

 よく見ると、不自然な線が見える。傷だ。

「……金属……例えば付け爪とか?」

 クロエは、ゲイズが昨日派手な付け爪をしていたことを思い出していた。

「ゲイズの八つ当たりってところでしょうね。姫の容貌が変わったこととも関係ありそう。アーヴィン、ここから読めることは?」

 クロエが聞くと、アーヴィンは、ため息をついた。

「ここから読めるのは、今からステファン王子が、世界一不憫な演技を始めるだろうってことですね。」

 クロエが思っていた答えと違ったので、クロエは、「えっ。どういうこと?」と聞いたが。

 アーヴィンが答える前に、華やかな一団が教室に来た。ステファン王子を始めとする、側近プラスソフィアの華麗な集団だ。

 生徒たちが全員立ちあがって、ステファン王子に礼をする。

 ここまでは、いつもの光景だ。

 しかし、今日は少し違った。

 ステファン王子は、オデット姫に気付くと、大きく目を見開き、

「なんとかわいらしい……。」

とつぶやいた。

 そして、いつもの王子スマイルで彼女に近寄った。

「やあ、おはよう、オデット姫。昨日とはだいぶ印象が違うようだが?」

 王子がオデットに笑いかける。

 いつも通りの素敵な王子様の姿なのだが。

 クロエは、ふと不思議に思った。

――ん?何だか近すぎやしませんか、王子?

 確かにステファン王子は誰にでも気さくに笑いかけるし、生徒との距離も近いとは思うが、密着とも見えるほどに女性に近づくことはない……婚約者のクロエを除いては。

 オデット姫は、王子を潤んだ瞳で見上げた。

「昨日、ソーデライド公爵令嬢に教わりまして、香水は校則違反だと知りました。それでもう一度校則を見直したところ、華美な化粧も禁止となっていましたので、わたくし、反省したのですわ。」

 オデットは、声までもかわいらしかった !

 クロエは、周囲の生徒たちが、男女の別を問わずオデット姫のかわいらしさに悶えるのを見た。

――いや、私も悶えるわ、こんなの!なんであんなに瞳が潤むことがあるんだ、花粉症か?それで頬を赤らめてるとか……どれだけかわいいんだ!

 みんな興奮状態の中、王子はオデット姫に顔を寄せて、小さく囁いた。

「今日から、私の専用昼食室でランチを食べませんか?」

 その声は小さかったけれど、その分大きな衝撃をもって、クラス中に響いた。

 クロエにも衝撃的だった。

――どういうこと?今、王子はソフィアの攻略中じゃなかったの?

 ちらりとアーヴィンを見ると、ただことの成行きを見守っている。

 当のソフィアに視線を移してみると、ソフィアはいつも通りけろっとしている。

 周囲の生徒たちは……。

 王子の誘いに、オデット姫が何と答えるかと誰もが注目している。

 オデット姫はちらっとゲイズを見た。

 ゲイズは誰にも分からない程度に小さく頷き、そしてオデット姫は、

「王子のお誘い、嬉しいですわ。」

と誘いを受けた。

 クロエはもうとてつもないショックを受けていた。

 なんだか、いろいろショックだった。

――ソフィアだから……ヒロインだから、応援していたのに……今度は隣国の姫様なんて!……ステファン王子って……ただの女好き?そんなはずは……。

 クロエにとってのステファン王子は完璧王子だ。

 ソフィアに恋をしても、ちゃんとクロエを婚約者として立ててくれる気配り王子だ。

 今は、あまりこちらに構ってないが、きっと公的な場面では婚約者を立ててくれる……そういう信頼があった。

――そう言えば、ゲームでも、R18版の王子は女たらしだった……。

 クロエは知らず知らず、王子をジト目で見てしまう。

 王子は、最後までクロエの方を見なかった。


◆◆◆


 王子の側近であるサイラスとアレックスが朝からクロエに昼食の誘いに来た。

「また本日から王子の専用室で一緒に食べることが可能になりましたので、王子からお誘いの申し出です。」

 断ることはできなさそうな圧があったが、クロエはにっこりと断った。

「昼食なら、昨日食べそこなった学食でいただきますわ。」

 こちらも、「王子となんか食べないよ?隣国のお姫様とよろしくやっていれば?」という無言の圧がすごい。

 結局サイラスとアレックスはすごすごと自席に帰るしかなかった。

 しかし、午前の授業が終わると、ステファン王子がクロエのところにやってきた。

「クロエ。迎えに来たよ。」

 腕を差し出し、エスコートをする姿勢だ。

 クロエは、驚いた。

「え?オデット姫を誘っていらっしゃったのでは?」

 王子はにっこりと笑った。

「ああ、聞こえたのかい?そうだよ。オデット姫もお誘いしているんだ。別に構わないだろう?」

――いや、曲がりなりにも婚約者である私が同席することをオデット姫の方が構うだろう?

 クロエが黙っていると、サイラスにエスコートされたオデット姫がやってきた。

「ソーデライド様。昨日は校則を教えてくださってありがとうございました。わたくし、もっとソーデライド様とお話がしたいと思いまして。」

――あれ?なんか好意的だ。

 クロエがぼんやりしていると、あっという間に王子に手を取られ、自然にエスコートされていた。

「さあ、クロエ。一緒にランチしようね。」


◆◆◆


 王子の昼食室にユーリとソフィアの姿がなかった。

 二人は、ハデス皇子と過ごしているらしい。というのも、昨日ハデス皇子は学食をとても気に入ったとかで、今日も日替わりランチを楽しみにしているらしく、王子との会食は遠慮なさったという。

「それでこうしてオデット姫だけを呼んだんだ。」

 笑顔の王子に、クロエは嫌味な口調で言った。

「殿下はオデット姫のことをずいぶんお気に召したようですものね。」

「あれは芝居だよ、クロエ。私がオデット姫を気に入ったとゲイズ卿に思わせるためのね。」

 クロエは疑いの目を王子に向けた。王子は苦笑いを浮かべた。

「それで、クロエ。まずは君にオデット姫の話を聞いてもらいたいんだ。……オデット姫。」

 オデットは真剣な顔で頷いた。

 クロエがアッシュフォード王国でどれだけの影響力をもつかは、国を出る前から聞かされていた。クロエがどう反応するかで、オデットの命も、ハデスの未来も変わるのだ。

 オデットは覚悟を決めて言った。

「私は昨日、人を通じてステファン王子に助けを求めました。」

「昨日?」

 早速、クロエが話の腰を折った。

「昨日来たばかりだと言うのに、もう助けを求めた、と?殿下はこんな話を信じて聞けとおっしゃるの?」

 クロエは王子を見た。

 オデットは、視線を外されても頑張ってクロエに話し続けた。

「ゲイズ卿は、皇帝の手先。私とハデス皇子の監視役です。……今までは、私が失敗したら私の命でまかなえば良いと考えて来ました。しかし、こちらの国の方々のお考えを伺っているうちに、私はなんとかしてハデス皇子も、アステッドの国民も、そしてこちらの国も、みんな一緒に守る方法があるのではないかと思ったのです。お願いです、お力を貸してください。」

 クロエはオデットの瞳を見た。瞳の奥に、強い光が瞬いている。

 クロエは次にステファン王子を見た。

 王子は笑ってクロエを見ている。

 クロエはため息をついた。

「……殿下はこのような話に乗ると、そうお決めになったのですか?」

「うん。君なら助けようって言うだろうと思ってね。」

「わ、わたくしは……!」

 クロエは立ちあがったが、それからゆっくりと席に着いた。

「……殿下はソフィア様からオデット姫に鞍替えしただけではありませんか。」

 クロエが言うと、殿下は、

「私の婚約者はクロエ、君だよ。」

と言った。

 その声も目も熱を帯びて熱い。

 クロエは、まるで愛されているかのような心地になり、同時に、「そんなわけないのに。」と自分を恥じた。



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