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31、《15歳》ヒロインとユーリ、第一皇女を攻略する

 ソフィアはオデット姫を抱き起こした。

「安心して。顔の傷は深くなさそうよ。それよりお腹は大丈夫?」

 その言葉を聞いて、オデットは、先ほどの会話のほとんどをこの二人が聞いていたことを悟った。

 ユーリはオデットの様子を見て、その心の内を読みとり、

「あー……。」

と唸った。

「んーと。多分、さっきのゲイズとのやり取りを見られたかを気にしてると思うけど。まあ、見たし、聞いたんだけど……。」

 オデットは、ソフィアからさっと体を離した。目がものすごい警戒している。

 ソフィアはユーリを叱った。

「こら。そんな繊細なところから話すから、お姫様が警戒しちゃったじゃない。」

「いやいや。ソフィアが急に飛び出すからそれに驚いたんだって。ねえ、お姫様?」

 二人がオデットを見た。

 オデットはまず確認した。

「あなた方は、ステファン王子の側近、ユーリ・ブライアン様と、ソフィア・ヨーク様、ですね?」

 二人が頷いてから、改めてオデットは聞いた。

「……ここで見たことを誰かに話すのですか?」

 ソフィアは、頷いた。

「うん。話すよ。大事なことだからね。」

 オデットは、はらはらと涙を落とし始めた。

「……そうですよね。分かっています、私の命はここまでだと。」

「え?何の話?」

 ソフィアが慌てた。オデットは話を続ける。

「いいのです。私の命など、とうに諦めております。いつ終わってもいいと思っておりました。ただ……。」

 オデットは、床に額が付くくらい二人に深く深く頭を下げた。

「ただ、私がいなくなった後のハデス様が心配なのです!どうか、ハデス様を!ハデス様を自由にしてあげてください!お願いします!」

「えっと。それはどういう……。」

 ソフィアが困っていると、ユーリがオデットの肩を抱いて顔を上げさせた。オデットが潤んだ目でユーリを見上げる。

 ユーリは優しく言った。

「オデット姫。俺は、君のことを知っているんだ。元奴隷ってことも、今までどんな苦労をしてきたかも。……それに、君がハデスをどんなふうに案じているのかも。」

 オデットの目がユーリの目の中の真実を探ろうとしている。

 ユーリはオデットの不安さえも吹き飛ばすように笑った。

「まあ、俺の場合、そんなのたまたま知ったってだけなんだけどね。」

 それから、オデットの瞳を見つめて静かに語った。

「でも、俺と違って、ステファン王子を始めとするこのアッシュフォード王国のみんなはすごく優秀でね、そしてとても情に厚いんだ。いろいろ考えていろいろ行動してくれる頼もしい人たちなんだよ。それに、王子は戦争なんかしようとはしない人だ。今回も、アステッドから君たちが来るって時、君たちを排除しようなんて言わなかった。このソフィアだってそうだろう?昼のあの強引さ、俺もドン引きだけどさ、でも、ちゃんとハデスのことを考えてただろう?そんなふうに考えられる人たちなんだよ、このアッシュフォードの人たちは。頼りになるよ。……だから、君も簡単に命を諦めたりしないで。この国も、アステッドも、みんなが幸せになる方法を考えようよ。」

 オデットは、静かに涙を浮かべ、それから小さく……本当に小さくだけれども、頷いた。

 ソフィアがおそるおそる手を挙げた。

「ごめん。なんかいい雰囲気のところ、申し訳ないんだが。オデット姫の命がここまでってどういうことか説明してくれる?」

 ユーリが説明した。

「ゲイズは皇帝に遣わされた監視役……というか、第一皇女と第二皇子が裏切りそうになったら殺す処刑人なんだ。特にオデット姫は元奴隷だから、失敗したらあいつ、簡単に殺しに来る。今回の仕事はステファン王子の攻略だから、ステファン王子に正体がバレた段階で失敗と見なされるだろう?」

 ソフィアが、呆れた声を出した。

「あんた、本当に詳しいわね。知ってること、全部王子に話しなさいよ。どうせ話してないんでしょ。」

「いやあ、話せることと話せないことが。」

 ユーリがぐだぐだとごまかすのを、ソフィアは最後まで聞く気はない。

「それより。私たちがオデット姫の正体を知ったとなれば、ゲイズがオデット姫を殺しに来るの?なら、この状況はまずい?」

「とりあえず、ゲイズに、俺たちにバレたということがバレなければいいんだから、たいしたことではないよ。」

「それもそうか。」

「それ以上の作戦なら、うちには優秀な宰相志望の男がいるわけだし。」

「あ、そうね。サイラス様に策を練ってもらいましょう。」

 二人の間で軽く話が進んでいく。

 オデットは、先ほどまでの死を覚悟した自分の決意が馬鹿らしくなるような軽みになんだか安堵した。

 ソフィアがオデットに言った。

「じゃあ、オデット姫。医務室に行こうか。傷の手当てしないと。」


◆◆◆

 

 頬の傷の手当ての前に、オデットはソフィアに顔を徹底的に洗わされた。分厚い化粧は全て取り去り、それから傷の手当てをするのだとソフィアが息巻いていたからなのだが。

 すっぴんになったオデットを見て、ユーリが目を見開いた。

「か、かわいいっ!」

 すっぴんのオデットは、めちゃくちゃかわいらしかった。

 ゲームでは、アラビアンナイト風少ない布面積の色気むんむんグラマラスキャラだったのだが、本物のオデットは、清楚系プラスかわいい系の美少女だった。

 もう、ユーリは見ているだけで興奮してしまいそうになり、慌てて両手で顔を覆った。

 ソフィアが注意する。

「いやいや、ユーリくん、気持ちは分かるが、なんか気持ち悪いから普通にしてなよ。」

「だって、かわいい……こんなにかわいい……。」

「いや、だから、それ、なんか気持ち悪いって。」

 オデットも「かわいい」を連呼され、真っ赤だ。

 ユーリは、両手で顔を覆ったまま言った。

「……ああ、思いついた。オデット姫、明日から、香水はもちろん、化粧もなしだ。」

 ソフィアが、「自分の趣味?」とでも言いそうな目でユーリを見ている。

 オデットは不安そうな顔をした。

「でも、それではゲイズ様に不審に思われてしまいます。」

「それは大丈夫。」

 ユーリは続けた。

「君は今日、王子が大人っぽい色気たっぷりの女に興味がなく、清楚系が好きだという情報を得るんだ。だから、明日からは、香水も化粧もしない。実際に、このソフィアを見てくれ。今の王子の想い人がこのソフィア嬢だ。この通り、化粧っ気もないし、香水も付けていない。そしてばっちりかわいい清楚系だ。説得力もあるだろう?」

 そう言って、にっこり笑いかけると、オデットは顔を赤らめて何度も頷いた。その様もかわいらしくて、ユーリはまた悶えた。

「か、かわいいっ!オデット姫がかわいすぎる!」

「いや、あんた、それ本当に気持ち悪いって。」

 ソフィアはうんざりした顔をしているが、オデットの方はまんざらでもなさそうだ。

――これが「蓼食う虫も好き好き」ってやつか。人の好みは様々だ。

 ソフィアは、如来のようなアルカイックスマイルを浮かべた。

 ユーリは、照れるオデットにまたまた悶えながら、「かわいい」を連呼した。


◆◆◆


 ユーリもソフィアも、オデット姫が医務室を去った後、同じことを考えていた。

 あのかわいいオデット姫を、どうやってゲイズやアステッド皇帝と切り離すか、だ。

 ユーリは、以前サイラスが言っていた「王子には状況によっては皇女に堕ちたふりをさせる」という言葉を思い出していた。

――一時的とはいえ、それが一番確実ではないか?王子が皇女を新たな恋人にしたとなれば、自然とゲイズからは離すことができる。それに……

 そこまで考えて、ユーリは自分の考えに首を振った。

――いかんいかん。幼かった昔じゃあるまいし、俺の考えなんかじゃ何一つできないって分かってる。俺には才能がないんだ、サイラスに相談してサイラスの意見を聞こう。

 昔のユーリは本気で宰相になるつもりだった。自分に才能がないことが分かっても、努力で何とかできるような気がしていた。

 だが、今はもう分かってしまった。サイラスとの差を。

――それでも、王子は側近として変わらず俺を大切にしてくれている。サイラスとアレックスも大事な友人だ。それで充分じゃないか。

 今、オデット姫のことは、単純にオデット姫のことに留まらない。間違いなく、国家間戦争に関わる話だ。

――オデット姫は、外見がかわいいだけじゃない。自分の命を賭けてまでもハデスを守ろうとする強い女性だ。俺は彼女のために何かしたい。彼女のためにできること……それは、サイラスという確実な人間を頼ることだ。

 ユーリは一抹の寂しさの中、サイラスに相談することを心に決めていたが。

 ふと、ソフィアが言った。

「さっきの、化粧をやめさせる作戦……ほら、王子の好みに合わせるためってアレ。なんか、すごいいいアイディアだったね。オデット姫も喜んでたし。」

 ソフィアの優しげな笑顔と相まって、ユーリは嬉しさで泣きたくなった。



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