30、《15歳》やりすぎ悪役令嬢は落ち込み、怒る。そしてヒロインとユーリは第一皇女の秘密を見る
後半、一部暴力的表現があります。苦手な方は◆以降ご注意ください。
学食騒動の中、クロエは昼食も食べずに早退した。
「香水に当てられて気分が悪くなりましたので私は帰ります。第一皇女様に、くれぐれも香水をやめるよう念押ししておいてくださいませ。」
サイラスにそう伝言を残して。
帰りの馬車の中、クロエは落ち込んでいた。
「うううう。私、悪役過ぎる~。」
アーヴィンは、
「クロエ様は言うべきことをおっしゃっていましたよ。」
と平然としているが、クロエの心は海より深く沈んでいる。
「ソフィアは偉いよ。すごいよ。私があれだけ壊した雰囲気をああやって持ち直させて。ソフィアがいなかったら、ハデス皇子も立場はないし、ステファン王子だって困っただろうし。ソフィア、すごすぎる~。」
クロエは馬車の座席に突っ伏して、涙目で愚痴を言う。
「……私、ソフィアはヒロインだから好かれるんだって思ってた。違うよ~。ヒロインとか関係ないよ~。ソフィアがあんなふうに心が広いからみんなに好かれるだけだよ~。この世界に魔法がないのに、ちゃんと『聖女様』って呼ばれるのも、ソフィアがみんなのために行動できる公平な人だからだよ~。……なのに、私はそんなことも気付かず、『ヒロイン』ってことにこだわって、ちゃんとソフィアのこと見てなかった。……でも、王子はちゃんと見ていたのね。それでソフィアに危険がないよう『私の側に』よ?さすがだわ。さすがは王子だわ、人間の本質をきちんと見極められる完璧王子だわ。うわ~ん、そんな王子に私はどれだけ嫌な人間だと思われてるんだろう?なんか想像つくだけに嫌だよ~。悲しいよ~。私、根っから悪役だよ~。心が狭いよ~。恥ずかしいよ~。存在が恥ずかしいよ~。」
アーヴィンは「はいはい。」と空返事をしながら、屋敷に着いたら心が浮上できるようハーブティーとお菓子を用意しようと算段をつけている。
クロエは、あんなに楽しみにしていた昼食に手も付けずに早退を決めた。その理由がステファン王子の言葉であることについて、アーヴィンは後でステファン本人に責任を取って苦しんでもらおうとは考えているが、今はクロエの心のケアが大切。
「クロエ様があのようにうまくおっしゃったので、例の香水問題は早々に解決しそうですね。」
クロエが顔を上げた。
「……うまく行ったかな?」
「ええ。明日には解決していると思います。もし解決していなくても、私がクラス委員長の立場で注意できますし。」
「あ、それ。アーヴィンが委員長って私、知らなかったんだけど。」
「ええ。委員長ではありませんでしたからね。」
アーヴィンはしゃあしゃあと、
「ああ、あの後、教員に届け出を出しましたから、今は委員長で間違いないですよ。」
と付け足した。
「じゃあ、麻薬もどきの香水でステファン王子が攻略されるのは免れたってことよね。」
「ええ。もう大丈夫です。」
「よしっ!」
クロエの心が浮上してきたようだ。
「じゃあ、ひとつ安心だわ。香水さえなければ、あんなにかわいくて性格のいいソフィアが側にいるんですもの、ステファン王子が第一皇女に攻略されることは絶対にないわ。」
アーヴィンも違う理由で賛同した。
「ええ。私もステファン王子が新たに攻略されるなんて思いませんね。」
「じゃあ、結果オーライってことね。」
とクロエが言ったので、これで落ち込みは終わりかとアーヴィンは胸をなでおろしたが。
「でも。あのゲイズって女が第一皇女に無理矢理香水つけろとか言わなきゃいいわね。」
とクロエが言ったところで、次の感情の波を予測した。
クロエは自分で言った「ゲイズ」という言葉で、ゲイズのことを思い出したらしい。ふつふつと怒りが湧き上がってきた。
「それにしても、あのゲイズって女!ああ、思い出すだけで腹立つ!」
アーヴィンは落ち着いて賛同した。
「まあ、賢い人間ではなさそうですね。自ら馬脚を表していましたし。」
「そうね。」
クロエも少し落ち着きを取り戻した。
「あの誘拐事件の犯人、あの時からずっと追いかけて……でも、お父様の力でも犯人の元締めまでは分からなかった。もう少しでたどり着くというところで、さっきの女の父親……ゲイズ伯爵が処刑されて、そこから足取りは全く掴めなくなった。」
「とかげのしっぽ切りですね。」
「ええ。でも、しっぽが切られたことそのものが答えだと、私もお父様も踏んでいたの。であれば、しっぽを切った人間が犯人。しっぽを切ったのは今のアステッド皇帝。だからアステッド皇帝が犯人で間違いないわ。その後クーデターを起こしたことを合わせて考えると、きっとあの人身売買はクーデターの資金集めだったんだと思う。ゲイズ伯爵は利用されたのね……今日、それが正解だったと証明されたわ、あのゲイズの娘のおかげでね。」
「ええ、そうですね。……しかし、そうなると腑に落ちないこともあります。アステッド皇帝は、自ら取り潰させた伯爵家の名を名乗らせてまであの女を我が国に寄こしたということになりますが……あの女にどんな価値が?」
「……あの女の価値は、あの性格の悪さよ。」
クロエは掃いて捨てるように言った。
「あの女の役目は監視。第一皇女と第二皇子が裏切らないよう見張り、少しでも裏切りの兆候を見せたら即処刑するのが使命。……あの女に躊躇はないわ。そこに価値を見出したのでしょうね。」
「なるほど。それで腑に落ちました。」
アーヴィンは語った。
「実は、彼女の所作の端々に、暴力に慣れている者特有の動きが見えて気になっていたのです。なるほど、処刑、ですか。」
「そう。ゲームでは簡単に第一皇女を殺していたわ。……でも、ゲームでは、付き人ってしか出てこなかったから、まさかゲイズ伯爵の娘とは思わなかった!」
「……第一皇女に護衛を付けるのを早めましょうか。」
「ええ、そうね。あの女が第一皇女に無理難題を言うのはずっと後のはずだけれども、今日のこともあって、早まるかもしれないものね。あの女を皇子と皇女から切り離すまで、まずは皇女を守らないと。」
「では、明日から影を付けますね。」
アーヴィンの先読みはいつもながら冴えていた。
けれども、事態はそれよりも早く動いていた。
◆◆◆
「ソフィア。さっき、昼に言われたばかりだろう?王子の側を離れるなって。」
ユーリは後ろから文句を言うが、ソフィアは、
「文句があるなら付いてこないでいいよ。」
と軽い。
「そうはいかないだろう?」
午後の授業の後、ソフィアが忘れ物を取りに行くと直前の講義が行われた特別教室に一人向かったのだ。慌ててユーリが付いてきたわけだが。
「忘れ物くらい、俺とか護衛が取りに行くのに。」
「はあ?自分の忘れ物を人に取りに行かせるなんて、人として終わってるでしょう。」
「いや、貴族なら当たり前だから。」
「……はあ。貴族、自分の尻も拭けないんじゃない。終わってる。」
「いや、お前も今は貴族だから。というか貴族しかいない学園で、貴族をディスるのはやめれ。」
二人が仲良くなく特別教室に戻ると、中から声がした。
ユーリがソフィアを振り返って、唇に人差し指を当てて見せた。
声は特別教室の後ろから聞こえる。二人は前のドアに向かい、それからドアの隙間から教室後方を覗いた。
そこにはアステッドの第一皇女とゲイズ伯爵がいる。
「だいたい、お前はアステッド皇女の名前で来ているのだ。それにも関わらず、昼の態度は何なのだ!」
ゲイズがオデット姫に居丈高に叫んでいる。オデットは、無言で頭を下げている。
ソフィアが小声で「何、これ。」と言ったが、ユーリがまた唇に人差し指を当てたので黙った。
「ああ、嘆かわしい!帝国アステッドの名が泣くわ。お前の価値などその体だけなのだ、さっさと王子を寝取ればそれで終わりの仕事だというのに、香水を止められるとは!しかも、何の反発もせず!……ソーデライドの娘など殺していいと皇帝に言われているものを!」
「ですが、ゲイズ様!ソーデライド様の言い分はもっともなものでした。香水が校則に反するというのでは続けることなど出来ないかと……。」
オデットの言葉は最後まで続かなかった。
ゲイズがオデットの腹を蹴り飛ばしたのだ。
ドアから見ていたソフィアが瞬時に走り出ようとしたが、ユーリが全力で彼女を押さえ、そして口もふさいだ。
今、オデットは後方に蹴り飛ばされ、倒れ、お腹を押さえて咳込んでいる。ゲイズの蹴りがどんなに強く酷いものだったかが一目瞭然だ。
ゲイズはオデットの様を見てふふんと笑った。
「奴隷の分際で、伯爵様の前でいつまで寝転んでいるのだ?さっさと立ちなさい。」
オデットはよろけながら、ふらふらと立ちあがる。
「全く愚鈍ね。いいわ。どちらにしても、せっかく皇帝がくださった香水、明日からもきちんとつけなさい。いいわね?」
「……しかし……。」
オデットが小さく言うと、かっとしたゲイズがオデットの頬をぶった。あまりの勢いに、オデットはまたしても後ろに吹っ飛ばされた。床に倒れながら、それでも気丈にオデットは言った。
「ゲイズ様!顔は、顔だけは、おやめくださいませ!仕事がやりにくくなってしまいます!」
「う、うるさい!奴隷の分際で生意気な!」
もう一発お見舞いしようとゲイズがオデットに近寄った時、頬を押さえるオデットの指の隙間から血が見えた。
ゲイズははっとして自分の手を見た。そして、自分が付けている指先の付け爪サックの華美な金属飾りがオデットの頬に傷を作ったのだと理解した。
「お、お前が悪いのよ!お前のせいだからね!明日までにその傷、なんとかしなさいよ!」
「傷?」
オデットは自分の手を見た。そこに血を見つけ、愕然とした。
ゲイズは慌てて、
「ふん。明日、きちんと香水をつけて、顔も元に戻しなさい!奴隷のくせに、口応えしたことをちゃんと反省することね!」
と早口で捲し立てるとさっさと後ろのドアから出て行った。
もうユーリがソフィアを押さえることは出来なかった。ソフィアがオデットの元に転がるように走り寄る。
「大丈夫?!怪我は?」
オデット姫は、アッシュフォード王国の者に今の場面を見られたことを悟り、息も出来ないほどに蒼白になった。




