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3、《6歳》悪役令嬢、攻略対象は攻略しません①アレックスルート

 5歳で転生に気付いたクロエは、王子以外の攻略対象者たちがヒロインに攻略される前に、なんとかして手を打っておきたいと一年間ずっと考えていた。

 乙女ゲームの『傾国の照らす陽となれ』では、ステファン王子ルート以外では必ず戦争が起こった。

 しかも、必ず国の中枢が滅茶苦茶に荒らされてからの開戦で、必ず不利なスタートとなり、その後がイマイチ期待できない終わり方が多い。

 だから、必ずヒロインをステファン王子ルート攻略に向けさせなければならない。

 そのためにも他のルートを潰す必要がある。

 憧れのユーリを含め、三人の側近にはそれぞれ悩みがあった。

 それを攻略すればいい話なのだが。そんな攻略が自分にできるとは思えないクロエは、最初からあきらめている。

 確かに口下手悪役令嬢がヒロインばりに攻略を進めるなど無理な話だ。

 たとえ、攻略対象者一人一人の悩みの詳細を知っていても、それをうまく言葉にして説得するなど出来るはずがない。

 例えば、騎士団長の息子アレックス。

 王子、サイラスに続いて三番人気のアレックスの悩みだ。

 彼は、父親に強い憧れをもっているが、嫡男は前妻の息子である兄だ。いずれ領地を継ぐのも騎士団を継ぐのも出来のいいその兄の方だと言われている。

 これだけなら問題はなかったが、問題は後妻だ。

 アレックスの生みの親でもある後妻は、貞淑な見た目と違って、非常に激しい性格だった。

 ともかく負けず嫌いで、前妻の息子にアレックスが負けることが何よりも許せない女だった。

 年を重ねるごとにその行動はエスカレートしていき、とうとう嫡男に毒を盛ってしまう。しかもそれは、アレックスが幼馴染の薬師から入手し、毎回手渡ししていたものだった。

 母親が仕組んでその薬師に持たせていたとはいえ、アレックスは母親の共犯となってしまった。

 そのため、誰にも言えず、兄にも会えず、病が重くなってもう剣を握れなくなった兄に代わって嫡男となるも、徐々に精神を壊し、剣を握ることなどできなくなってしまう。

 そこに現れるのがヒロインだ。ヒロインは、兄のところへとアレックスを引っ張っていく。

 拒否し続けていたアレックスだが、ヒロインに連れられていった先に兄がいた。兄は、自分はもう剣は握れないが、もともと知略に長けた才能を生かしたいと思っていたと告白する。アレックスは、母を止められなかったこと、そして自分が毒を盛ってしまったことを謝罪し、二人は堅い握手を交わす。

 その後、国が戦乱になった時、兄弟が知と力とで協力し合って国を勝利に導き、新しい国でアレックスが国王となり、兄が宰相となるのだ。

 アレックスはヒロインに「すべては君のおかげだ。」とプロポーズし、二人が寄り添い、新しい国づくりが始まるというストーリー、これがアレックスルートだ。

 クロエはため息をついた。

――無理だ。

 そもそも、いつ毒が盛られるのか分からない。というか、毒で動けなくなっているお兄さんのところに毒を盛った弟を連れていくってどんなスキルがあれば出来るのだろう。

 それに、いつも明るいアレックスを見ると、クロエは、

――うん。まだまだ先の話だな。

と安心してしまう。

 クロエだって分かっている。このまま放置していて、明るいアレックスじゃなくなった日にはもう毒は盛られているのだ。

 だからと言って、何をどのようにすればいいのか皆目見当がつかなかった。

 そして、ある日、恐れていたことが起こった。

 アレックスが青ざめた顔で呆然と座っていたのだ。

――やばい。これ、手遅れじゃないか。

 クロエまで真っ青になっていると、アレックスが青ざめたままでニコリと笑って見せた。

「やあ、クロエ。元気がないね。どうしたの?」

 クロエは泣きそうになった。

 確かに5歳で顔合わせをしてから一年間、何度も顔を合わせているけれども、クロエの性格上、嫌味は多いし、つんけんしてるし、悪役顔だし、嫌われて当然のことしかしていない。

 なのに、そんなクロエ相手でも、アレックスはちゃんといたわってくれるのだ。

――こんなに優しい人相手に、私は何を躊躇していたのだろう。

 もう、口下手とか、コミュニケーション下手とかどうでもよかった。

「アレックス!」

 クロエはアレックスの肩に抱きついた。

「元気がないのはあなたの方よ。何があったの?私じゃあまり役には立てないけど、でもあなたが心配なの!話して。少しでもいいから話して。」

 アレックスはクロエの行動に驚いていたが、ぽつりぽつりと話し出した。

 自分には、何をしても叶わない兄がいること。そしてその兄を母親がおもしろくなく思っていること。今朝、母親が兄を害することも厭わないと言葉にした挙句、それを自分にやれと言ったこと。

 アレックスは震えていた。高位貴族が自分の家の恥を他家に話すことの危険を、幼いながらもしっかりと理解しているのだ。

 もう、ヒロインの攻略とかどうでもいいとクロエは感じた。

 アレックスの震える肩を自分に引き寄せ、肩の上に顎を置くようにして、アレックスを抱き寄せた。

「ねえ、アレックス。それ、やっぱり、私では解決できないわ。」

 クロエは正直に話した。

 アレックスは、気まずそうに、

「そうだね。ごめんね。」

と呟いた。

 クロエはハッとして、体を離すと、首を振った。

「ううん。違うの。私には解決できないけれども、解決できる人がいるってことは分かるよ。アレックスも本当は分かっているはずよ。」

 アレックスが目をそらした。それが答えだ。

「騎士団長様に、お母様の計画をお話しましょう。」

 クロエがはっきりと口にした。アレックスが信じられないものでも見るように、クロエを見た。

 クロエは、もう一度言った。

「あなたのお父様に相談するのよ。」

 アレックスは大きく首を振った。

「だ、ダメだよ。そしたら、お母様も僕も、あの家を追い出されちゃう。」

 それはアレックスにとって耐えられることではなかった。

――ヒロインだったら、ここで何かうまいこと言うのかな。

 クロエはそう思わないでもなかったけれど、自分に出来るとは思えない。事実をそのまま言った。

「そうね。そうなる可能性はあるでしょうね。」

 アレックスの顔が絶望に染まった。

 クロエは、またやってしまったと後悔した。だからと言って、他の方法など思い付かない。

「でもね、アレックス。このまま行ったら、あなたのお母様が本当にお兄様を手にかけるか、あなたがそれをやらされるかするわ。そうなってからのあなたの苦しみを考えてごらんなさい。今、侯爵家を離れるくらいなんでもないことだわ。」

 アレックスが叫んだ。

「お父様に嫌われたら、僕は生きていけない!」

 アレックスの心の叫びだった。

 憧れの騎士団長、いつかなりたいと、……でもきっとなれないとジレンマの中で生きてきた。

 その騎士団長に軽蔑の目を向けられるのは、彼にとって死よりも辛いことではないか。

 それが分かったから、クロエはうまいこと何か言おうと頭を巡らせた。

 ……けれども結局浮かばなかった。

 浮かんだのは、前世の自分のことだ。嫌われるのは毎回辛かったけれど、でも生きてきた。

 二次元だけど、友だちも恋人も出来た。乙女ゲームをしている間、幸福を感じた。

 そう、クロエは割と誰からも嫌われたけど、ゲームは救いだった。ゲームで救われた。救われたのだから、前世も結構楽しく生きられたと言っていいのではないか。

「……誰かに嫌われても、結構生きていけるものよ?」

 クロエが明るさを装ってそう言うと、アレックスが「そうか。」と笑った。

「そうか。クロエがそう言うなら、きっとそうなんだね。」

 アレックスは笑いながら泣いていた。

「そうか。……そうか。嫌われても結構生きていけるのか。じゃあ、頑張らないとな。」

 クロエも泣いていた。

 アレックスはまだこんなに幼いのに、家を追い出されるかもしれない恐怖の中で、「頑張る」と言うのだ。なんて強さだろう。なんて優しさだろう。

 クロエは、アレックスの肩を強く抱いた。

 アレックスはその手でクロエに触れはしなかった。

 ただ、クロエの気持ちを抱いていた。

「ああ、でも。」

 アレックスが冗談めかして笑った。

「僕が侯爵家を追い出されたら、こうしてクロエに会うこともできなくなるね。」

 多分、平民になるからねとアレックスは言った。

「まずは、住むところを探すところからかな。」

 アレックスが冗談めかしてそう言うと、クロエがすかさず手を叩いてこう言った。

「そしたらうちに来る?」

「え?」

 アレックスの時が止まった。

 クロエは何でもないことのように続けた。

「うちね、今、いろんな人を集めて町の警護をしてくれる警護団を作ろうと、ものすっごく鍛えているところなの。そもそもうち、領内に騎士団があるから、本格的に鍛えてくれるのよ?……だから、うちにくれば、鍛えてもらえるし、うまくするとうちの騎士団に入れる。そこで強くなれば、うちで騎士団長にもなれるかもしれないわ。あ、でも、アレックスがもし王都の騎士団に入りたいなら……そうね、試験を受けて入ることもできそうじゃない?ね、どう?意外にいけそうじゃない?」

 アレックスは、今はもう滝のような涙を流しながら、うんうんと頷いていた。

「ああ、いいね。うん、すごくいい。僕、クロエのところに行くよ。そうしたら、うんと鍛えてもらって、クロエの護衛騎士になるよ。きっと、強くなるから……絶対強くなるから、期待しててね。」

 クロエも泣きながらうんうんと頷いた。


◆◆◆


 帰りの馬車でクロエは一人反省会を開いて、自分がどんな失敗をしたかに気付いて頭を抱えた。

 そうだ、ゲームのクロエは次々に下働きの男を護衛騎士とか言って自分の玩具として迎えいれていた。今日、アレックスも「護衛騎士」と口にした。

――あれって、フラグじゃないの?アレックスをおもちゃにとか……悪役令嬢そのものじゃないの!


◆◆◆


 それから数日後、アレックスはステファン王子に母親が領地で療養することになったと話した。

 その様子を見たクロエはアレックスに何があったかを悟った。

――きっと、アレックスは騎士団長に相談できたのね。その結果、アレックスのお母様は領地に監禁になったのだわ。

 アレックスは王子に話した後クロエに笑いかけたが、クロエはあることに気付いて、アレックスの視線に気づかずに、また脳内で頭を抱えた。

――あれ?これって、結果、幼い子供から母親を奪ったってことじゃない?!そもそももし失敗してたら父親さえも失うはめになってたじゃないの!なんてこと!アレックスはまだ6歳よ?ああ、もう、私ごときがなぜ、ひと様の壮大な悩みに安易に答えた?

 やはり、ヒロインとは違うのだと悪役令嬢の業の深さを思い知ったクロエだった。

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