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29、《15歳》『アステッド帝国第二皇子襲来』② 悪役令嬢、悪役の本領発揮する。

 危険な隣国の皇女を前に、クロエが悪役にも悪役すぎることを言うから、ユーリもギョッとして心の中で叫んだ。

――おいクロエ!いくらアステッド嫌いでも、皇女様に「香水が臭い」はないだろう?

 しかし、その「香水」というワードで思い出すことがあった。

――あれ?そういえば……そうだ!第一皇女のこの匂い、確か香水じゃないんだ。人の思考を鈍らせる麻薬みたいなもので、敵国に配備された時に香水みたいに身につけて男を誘惑する、みたいな感じだったはず。

 だとすれば、クロエが「匂いが嫌だ」とプンプン怒ってやめさせられるなら王子攻略の危険がひとつ減ることになる。

――でも、公爵令嬢が気に入らないからって理由では、相手も納得しないんじゃないか?

 案の定、ハデスとオデットの後ろから、付き人らしき女が、

「アステッド帝国の皇女様に何という無礼!」

と怒り出した。

 クロエが、その女の言葉はまるきり無視してオデットへの攻撃を続けようとしたものだから、女が怒って、クロエの前に歩み出た。

「我が国を愚弄するおつもりか!」

 クロエは彼女を冷たく見降ろしたが、やはり言葉はかけない。代わりにアーヴィンに小さく何かを囁いた。

 アーヴィンはため息交じりにハデスに尋ねた。

「失礼、ハデス皇子。アステッドでは、他国の公爵令嬢に対し、許可も得ずに付き人が話しかけるのは失礼に当たらないのですか?」

 その言葉で激昂したのは付き人らしき女だ。ハデスが答えるべき場面なのに、

「誰が付き人か!私はお二人の学友としてここに遣わされたれっきとした伯爵です!」

と叫んだ。

 クロエは、

「伯爵、ですか。」

とクスクス笑った。

 女は、

「自分が公爵令嬢だから伯爵よりも偉い、とでも言うおつもりか。」

とますます激昂する。

 クロエは、悪女の笑みで、ころころ笑いながら言った。

「いえいえ。……わたくし、アステッドにも何度も行っていますけれど、あなたを見たことがないと……ええ、不思議に思っただけですのよ?」

 女は黙った。

 クロエは容赦しない。

「一応、お名前くらい聞いておきましょうか?伯爵だと言うのなら、どこの伯爵家なのか、聞いておいてあげてもかまいませんことよ?」

「……ゲイズ伯爵です。」

 クロエの目が光った。

「あら!ゲイズ伯爵なら存じてますわ!確か、ずいぶん前に、国家間の人身売買の罪で処刑されたはずですわね。」

 女はギョッとした。まさか他国のたかが令嬢ごときに知られているとは思わなかったのだ。とはいえ、それは彼女には聞き捨てならないこと。すぐさま否定した。

「あれは正当な商売です。お父様は悪くない!」

 女の反論に、クロエのオーラがどす黒く渦巻く。

「ほほほ。『お父様は悪くない』、ですか。……人身売買が?人から人としての権利を奪うことが正当な商売だと?」

 もう、女は恐怖で声も出ない。クロエはその様子に、「あらあら、勉強になりますこと。」とクスクス笑って続けた。

「……『お父様は悪くない』、でしたわね。そうでしょう、そうでしょう。とかげだとて尻尾は切りますものね。……あら、でもおかしいわね。ゲイズ伯爵家は取り潰しになったはずでは?」

 クロエは何もかも知っているという顔で、さもおもしろそうに女を見た。

「ねえ?取り潰された家の娘が、どういういきさつがあれば、一国の皇子と皇女と肩を並べて留学、なんて話になるのかしら?ねえ、ずいぶん不思議な話ではありませんこと?」

「わ、私は、皇帝直々に、第二皇子と第一皇女を見守るようにと……。」

 クロエはおどろおどろしいまでの迫力で女の言葉を切った。

「で・す・か・ら!それが不思議だと言ってるのですわ。どうして取り潰された家の名を継ぐことができるのか、そしてどうしてそのような方が皇帝の名を軽々しく出せるのか、あらあらまあまあ、疑問はつきませんことねえ?」

 ゲイズ伯爵を名乗る女はもうぐうの音も出ない。

 クロエの目がオデットに戻った。

「話を折られてしまいましたわ。……そんなことより、第一皇女殿下、わたくし、あなたにお教えしたいことがございますのよ?」

 クロエの言葉は、その麗しい笑顔と相反して冷たく響く。

 幼馴染のユーリでさえもその迫力に跪いてしまいそうだ。

 ユーリはオデット姫を見た。

 オデットは内心恐ろしいだろうに、けなげにも一歩前に出た。

 クロエはにっこりと極上の笑みを見せた。

「皇女様は、学園にいらっしゃったばかりですもの、まだ書類をよくよく読んではいらっしゃらないでしょうと思いましてね。この学園の校則について、ご存じなさそうですので教えて差し上げたくて。」

 先ほどの女に対する怒りは露ほども見えぬ優しげな笑顔……それが逆に恐ろしい。

 クロエは、周囲の注目の中、閉じた扇でオデットを指した。

「王国学園は、校則で香水を禁じていますのよ。」

 学食が水を打ったように静まり返った。

 クロエは調子よく続けた。

「学園は、制服着用が義務付けられていますわ。私服が禁止されていますの。その項目の中に、香水も禁止と明記されていますわ。」

――ふふふ。麻薬もどきな香水を止めるために、校則を改正させたんだから!薬物による王子攻略なんて、ぜったい許さないんだから!

 高らかに悪役令嬢らしい笑い声を響かせて、鬼の首を取ったかのようにクロエは言う。

「明日から学園にはそんな臭い香水など付けないでいらっしゃることですわね。」

 圧倒的な悪役令嬢らしいセリフに、クロエはちょっぴり気分が良くなり、オデットに顔を近づけて彼女にだけ聞こえるよう小さく付け足した。

「それに、あなたにはそんな香水なんか必要ないわ。充分魅力的ですもの。」

 クロエはもう出番は終わりとばかりに留学生たちに背を向けると、さっさと席に着いた。食事の途中だったのだ。さあ食べるぞとばかりに料理に目をやった時だ。

 ハデスが笑い出した。

「クロエ・ソーデライド嬢、あなたは思っていた以上におもしろい方だ。」

 せっかく食べようとしたところを邪魔されて、クロエはムッとハデスを見た。

 ハデスは言った。

「ソーデライド嬢の先ほどの言葉は興味深かった。『人としての権利』でしたか。」

 クロエはおもしろくない顔を隠しもせずに答えた。

「ええ。人は誰しも生きる権利がありますから。」 

「へえ。生きる権利?」

「ええ。人として生きることを妨げられない権利ですわ。」

 クロエはそれから、嫌味な顔で付け足した。

「まあ、奴隷制度があるようなお国の方には難しい話でしたかしら。」

 ハデスはおもしろそうに笑った。

「はて。まるであなたは奴隷制度がお嫌いだとでも言っているように聞こえますね。」

 クロエは、挑戦的に、

「嫌いですわ。奴隷制度など、人としての権利を根こそぎ奪うものでしかありませんもの。即刻おやめになってはいかがです?」

とにっこり笑ったが。

「それはおかしいですねえ。」

 ハデスはわざとらしく首を捻った。

「我が国に奴隷を輸出している方の言葉とは思えない。」

 クロエは内心ドキッとした。

――これ、『あなたは奴隷』シリーズのぬいぐるみ輸出をやってるのが私だってバレてる?それで「俺は知ってるぞ」って脅してる?!

 クロエが淑女の笑みのまま答えた。

「いったい何の話でしょう。」

 するとハデスはまた首を捻った。

「それとも我が国の民を奴隷にした、の間違いかな?」

 クロエは即座に、

「わけのわからないことを言われましても困りますね。何の話とお間違いになっていらっしゃるのか。」

と呆れ顔を見せた。

ユーリは「奴隷輸出」というワードに驚いていた。

――ゲームの悪役令嬢の断罪シーンで確かに「奴隷輸出の罪」ってあったけど……でも、このクロエが本当に奴隷を輸出している?

 クロエは嫌味の多い女だし、特にユーリには当たりが強くてお小言も多いけれども、どこか正義感の強さだけは認めていたから、クロエが奴隷を売り買いしているというのはユーリには大きな衝撃だった。

――いや、今クロエは否定したじゃないか。俺が疑ってどうする。それより今はこのいけすかない皇子をここから離さねば……。

 今度こそ、ハデスを王子のところに連れて行こうと一歩前に出た時。

 入り口に頼りになる一団が見えた。

「やあ、ハデス皇子。ここにいらっしゃったのですね。」

 爽やかな笑顔のステファン王子が現れたのだ。後ろにはサイラスとアレックス、そして護衛の者たちが続く。

 ステファンのもつ明るくおおらかなオーラと相まって、その集団は華やかな空気をまとって皆の注目を集めている。

 ユーリもクロエも他の生徒も皆、ステファン王子に深く礼をした。

 ステファン王子は、皆にかしこまらなくてよいと手で合図し、それからハデスに笑いかけた。

「こちらの建物は分かりにくいですからね。私の昼食室の入り口はあちら側なのです。」

 ハデスが迷ったというテイにするらしい。

 アレックスも、

「私がご案内いたします。」

と前に出た。

 しかし、ハデスは笑って、

「今、妹と合流しましてね。であれば、女性とご一緒出来れば妹も喜ぶのではないかと。」

と、動く様子を見せない。

 アレックスがいつものわんこ系の愛想の良い笑顔で言った。

「私は本日、学園にてハデス様が不自由ないようご案内するよう申しつかっております。王子の昼食室にご案内しなかったとなれば、私が叱られてしまいます。さあ、どうぞこちらへ。」

 誰が相手でも、ついつい付いていきたくなるところだが、ハデスは動かない。

 かといって、クロエは、淑女の笑顔のままブリザードを吹きまくっている。どう見ても、これから一緒に食事を楽しもうとは見えない。

 王子は王子で引く様子がない。

――あれ?これ、まずいのでは?

 ユーリが王子側と皇子側とクロエを見た。

――これ、三すくみじゃん!

 その時、ソフィアが「はあ。」とため息をついた。

「はあ。留学生も、うちの国の人たちも、いったい何を意地になってるんだか。」

 言いながら、もう立ちあがっている。

「もっと単純に考えようよ。うちの国としてはアステッドからの留学生をもてなしたい、でもアステッドの留学生は学食を味わいたい、ってことよね?うちの国としてはもてなしたいという気持ちなんだから、それは留学生が喜ぶことをしてあげた方がもてなしとしては上出来だわ。それなら、今日のところはみんなで学食で食べるってことでいいんじゃない?」

 学食全体から「はい?」と聞こえてきそうだ。

 だが、ソフィアは止まらない。

「さあ、学食は並ばないと始まらないのよ。さ、第二皇子、並ぶわよ。」

とハデスの制服を引っ張ったものだから、ステファン王子が驚いて叫んだ。

「ソフィア。君は私の側に。」

 ソフィアは、

「心配ないわよ?」

とあっけらかんと笑っている。

 それからオデットに笑いかけた。

「何が食べたい?それによって並ぶところが違うのよ。」

 オデットが言ったものと、ハデスが言ったものとが並ぶ場所が違ったので、ユーリが、

「じゃあ、俺が皇子を案内するよ。」

とハデスを引き受けた。

 オデットはソフィアのペースに巻き込まれて会話が成立しているし、意外にもユーリとハデスも、並びながら話が盛り上がっているようだ。

「王子。我々も、今日は学食で食べましょう。」

とサイラスが言ったから、王子まで並ぶことになり、他の生徒はざわついた。

 アステッドのゲイズ伯爵だけが、

「アステッドの皇族を一般貴族のように並ばせるとは!」

と怒っていたけれど、ソフィアが、

「あなたも並ぶのよ?」

と言って終わった。

 そんなふうに、ソフィアのおかげでなんとなく収拾はついたのだったが。

 クロエはさっきのステファン王子の、

「ソフィア。君は私の側に。」 

という言葉にわけもなく打ちのめされていた。



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