27、《15歳》アステッド帝国第二皇子来訪の知らせ
国王の召集は、ある日突然だった。
王に呼ばれたのは、宰相を始めとする国の重鎮たち。それと、学園に通う、王子とその側近たちも集められた。
王子も側近も、今日の召集の意味をよく理解していた。いよいよ、アステッドの脅威が学園にやってくることを!
王は、アステッド帝国の第二皇子を留学生として迎え入れてほしい旨の文書が来たと言った。
この第二皇子を迎え入れた国がどうなったか、この席で知らない者はいない。
皆、ごくりと喉を鳴らした。
「王よ。断るわけにはいかないのですか。」
その問いに宰相が答えた。
「これを断ることは、国交を断絶することになると文書の中で匂わせている。……開戦もあり得ると。」
ざわめきが起こった。
「では、もう受け入れると決まったということですか。」
「学園には、貴族の子どもたちがたくさんいます。誰にどんな危険が待ち受けているか!」
王は、ちらりとステファン王子を見た。
「そうだな。これを受けたとして、矢面に立つのは学生ということになる。……ステファンよ。お前はどう思う。」
王子は、深く礼をして、王に進言した。
「これを断ることは出来ず、かといって受けた時の危険も計り知れない。みなさんの心配もごもっともです。しかし、断ることができないのであれば、出来得る限りの安全策を練って準備を調えれば良いのです。王よ。どうぞ、その指揮権を私にください。また、宰相殿、そして騎士団長殿、そしてみなさん。私に知恵と力を貸していただきたい。」
ステファン王子のその堂々とした振る舞いに、大臣たちは驚き、そして頼もしく思った。
大人たちの反応を見て、王は満足げに頷き、そして言った。
「この件に関しては、全権をステファン王子に託す。」
王子と側近たちは、そろって深く礼をした。
◆◆◆
クロエが唸っている。
「ううう。結局、第二皇子の留学、止めることはできなかったなあ。」
「それはそうですよ。これがアステッド帝国の手なのですから、事前に止まるくらいなら、キュロス国も滅ぼされたりはしなかったでしょう。」
アーヴィンはそう言うけれど、クロエとしてはぜひ止めておきたかった。とは言え、来てしまうことは確定なので、来る前提で準備を調えなければならない。
「考えなければならないのは第二皇子だけではないの。今は、第二皇子が来るとしか知らせは来ていないはずだけど、本当は違うの。直前になって人数変更が言われて、もう一人追加されるの。」
「ああ、第一皇女、でしたね。」
クロエは頷いた。
「この第一皇女が第二皇子の手先なの。本当は皇女ですらないのよね。本物の皇女はとっくに亡くなっているのに、現帝がどこからか連れてきて皇女に据えてしまったの。ちなみにオリエンタルなすごい美女よ。」
とクロエは言ったけれど、今日もアーヴィンは、「クロエ様より美しい方はこの世にいません。」とでも言うように、せっかくの美女情報に全く反応しなかった。
「それで狙われるのはステファン王子、なのですね?」
「そうよ。第一皇女の美貌と、第二皇子の舌先三寸で、王子を攻略するの。」
「攻略、ですか。」
アーヴィンは、なんだか気の抜けた相槌を打った。
「皇女の王子への攻略なんて、無駄だと思いますけど。」
「あっ、そうよね。今はヒロインに夢中だものね。」
「……。」
アーヴィンは、あえて無言を貫いた。王子がクロエに夢中であることなど、一目瞭然だ。もう昔からそうだ。今、ソフィアに夢中だと噂になっているけれど、そんなの演技だと分かっている。けれども、王子のためにそれをクロエに教えてやる義理はない。
「まあ、皇女の攻略がうまくいかないとしても、第二皇子が言葉巧みに寄ってくるのよ。それが怖いの。」
「はあ。王子には、サイラス様を始めとする側近がいますが?」
「……それもそうね?」
クロエは首をひねった。
「ゲームの中では、側近たちがみんな自分の悩みに振り回されているから、誰一人、王子のことを考えてくれる人なんかいなかったのよね。だから、唯一味方になってくれるヒロインに夢中になるわけなんだけど。……あれ?」
「……ゲームとは異なっていますね。」
「……うん。だいぶ違う気がする。」
既に、王子には頼れる側近たちがいる。特に、ゲームでは神官になるとか言っていたサイラスが、もはや最年少宰相になる日も近いね?という勢いで頭角を現している。
アレックスだって、ゲームの中では自分の悩みでうじうじし、さらにゲームが進んでもただの脳筋で、戦略を練るのは彼の兄だったのだが、今は兄を追い越す実力で、次の侯爵は兄ではなくアレックスではないかと囁かれている。挙句、知略にも優れているので、将来の騎士団長としても有望視されている。
「あれ?もうこれ、かなり、頼もしい限りでは?」
「ええ。クロエ様が危ないことをされるまでもなく、次代のアッシュフォード王国は盤石です。」
「ええ?そんなはずは。」
そんなはずもこんなはずも、アーヴィンの言う通りだ。
「まあ、万が一のため、いろいろ準備をしておきましょう。それに、開戦になった時のためというならば……クロエ様が盤上の戦略とおっしゃって、今回の話を公爵様にお話しくださいましたから……多分大人たちの方も、いろいろ準備をしてくれるはずです。クロエ様が教えてくださった、あの言葉『立ってる者は親でも使え』の通りです。」
アーヴィンは頼もしく笑った。
クロエのおかげで、アーヴィンまで、公爵の使い方がうまくなったようだ。
◆◆◆
王の召集から、王子のサロンに帰った側近たちは口々に先ほどの王子の振る舞いを褒め、それから、
「いよいよですね、王子。」
と緊張を露わにした。
アステッド帝国の第二皇子が来るという情報が流れた時から、側近たちは全員自分たちの情報を持ち寄っていた。
ユーリの情報は皆の情報よりもさらに細かく、サイラスが、
「一体どうやってこのような情報を?」
と不思議がるくらいだった。
――それは乙女ゲームの知識です。
とも言えないユーリは、言葉を濁した。
ユーリは転生者だ。しかも、乙女ゲーム「傾国を照らす陽となれ」の重傷ゲーマーだ。アステッド版も何度も周回したので、かなり詳しいことも知っている。どうして今の皇帝が戦争ばかり繰り返していくのかも。
――まあ、アッシュフォード王国にいる限り、現帝の事情はあまり考える必要はない。それより、第一皇女について知らせておかないと王子が攻略されたら大変なことになる。でもなあ……。
今現在、ソフィアに攻略されて、朝も昼も放課後も彼女にべったりな王子が、今さらアステッドの皇女に堕ちるとはユーリにも思えないのだが。
――念のため、だな。
「先ほど話した皇女……実は偽物です。本物の第一皇女はとっくに死んでます。現帝が見目麗しい奴隷を仕込んで皇女のふりをさせているのです。ちなみに、この皇女は密かに第二皇子に恋をしています。現帝に道具として使われる自分と似ている第二皇子に恋をしてしまうのです。しかし、第二皇子はそんなことは全く気付かず、現帝同様、彼女のことを道具として扱ってしまう。彼女は傷つきながらも、それでも第二皇子のために役立てることを嬉しいと感じ、身の毛もよだつような命令にも従ってしまうという涙なしでは語れないストーリーなんです。」
アレックスが尋ねた。
「……ユーリ、それ、情報?それとも何かの物語?」
――いかん、いかん。思わずオタク語りしてしまった!
「もちろん、情報です。前回のキュロス国がやられた時の情報です!」
「ふーん?」
アレックスが疑いの目で見ている。ユーリは目をそらす。
サイラスが言った。
「では、いざとなれば、その皇女は女を使ってくるというわけだね?」
――ハイ!全年齢版ではふんわりしてましたが、R18版では、女使いまくりでした!
とは言えないので、ユーリは、
「おそらく。」
と言うに留めた。
「そうか。女を使ってくるのか。」
王子は、ものすごく嫌な顔をした。
「……皇女に迫られているところを見られたら……私は耐えられないかもしれない。」
ユーリは嘆く王子の肩に手を置きたくなった。
――ソフィアに見られたくないんだな。分かるよ、王子。
サイラスは、けろっとして、
「何言ってるんですか。状況によっては、皇女に堕ちたふりもしてもらいますよ?」
王子がものすごくものすごく嫌な顔をしたが、サイラスは「当然でしょう。」とバッサリ切った。
――サイラスはなかなか鬼だな。でも、場合によっては本当にそれが必要になるかもしれない。それに……。
ユーリは真面目に言った。
「王子の寵愛を受けているソフィアの身が危険です。多分、第二皇子は、ソフィアを狙うはずです。」
王子とサイラス、アレックスも目配せした。ユーリもうなずいた。
――ああ、みんな分かってるんだ。今回一番狙われやすいのは、王子の恋の相手、ソフィアだと。
王子は背筋を伸ばして言った。
「ああ、分かってる。ソフィアは責任をもって、私が守る。」
さすがは乙女ゲーム人気投票一位。男のユーリから見ても、惚れ惚れするほど頼もしかった。これなら、ソフィアもきっと大丈夫だと思わせられた。
ユーリの脳裏にふと、「なぜソフィアはこんな危険なことを引き受けるのだろうか」という疑問がぼんやりと湧いたけれども、下手にゲームを知っているユーリは、「それがヒロインだからだな。」と単純に納得した。




