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25、《15歳》アステッド帝国の脅威

 宰相の息子サイラスと、騎士団長の息子アレックスがダンス場に来た。

 二人ともソフィアの話の腰を折ったりせずに聞いた上で、納得の顔を見せた。

 まずはサイラスが言った。

「実は、王子。幼い頃の話なのですが、私もクロエが未来を知っているのではないかと思うことがありました。ただ、当時のクロエはあまり器用ではありませんでしたから、クロエ自身も思わぬ方向に話が行ったようですが。でも、今の話を聞いて、納得しました。」

 アレックスも同意した。

「私も同じです。幼い頃に、『このままではこうなる』と言われたことがあります。あの時クロエがいなかったら、本当にクロエが言っていた未来になっていただろうと思います。ですから、クロエが未来を知っているというのは違和感がありません。」

「二人ともありがとう。早速だけど、相談したいのは、クロエの心配している未来の話だ。それを防げるとクロエに分からせてあげたいんだ。」

「世界が壊れる、でしたね。」

「あとは、戦争ってのもあったよ。」

「戦争……。」

 サイラスがふと思い出した。

「そう言えば、王子。アステッド帝国からの転入という話はありますか?」

「聞いていないが。なぜ?」

「休み時間に、アーヴィンと会話するクロエの唇を読んだところ、『第二皇子が転入する前に準備を』と言っていたのです。」

 アレックスが驚く。

「え?サイラス読唇術できるの?」

「多少は。」

 澄ました顔で、とんでもないことを言いだしたが、その情報は大きかった。

「確かに開戦の可能性と言うと、アステッド帝国が大きいだろう。」

 王子は頷いた。

 アステッド帝国は二年前に代替わりをして、とてつもなく危険な国となった。身分制度が厳しくなり、奴隷はもはや物と同等の扱いとなった。それと同時に徴兵制度が始まり、強制的に兵を集めた若き帝は、盟友であるはずの小国キュロスを攻め、あっという間に属国にしてしまった。近隣の国は、次はいつ自分の国が攻められるかとどこも戦々恐々としている。

「第二皇子と言っても、本当は皇帝の弟じゃなかった?現帝が即位式を行わずに勝手に皇帝を名乗ってるから、国法上、未だに第二皇子と呼ばれているだけで。本当は帝弟のはずだよね?」

 アレックスが尋ねると、サイラスが頷いた。

「その通り。……あそこは複雑なんです。」

 サイラスは詳細を語った。

「ことの起こりは、アステッド帝国で八年前に起こったクーデターです。当時の皇帝のあまりの悪政に、時の宰相が起こしたものでした。その宰相が皇帝となり、アステッドも平和になったのですが。二年前、またクーデターが起こりました。前帝の息子である第一皇子が、元宰相から王権を奪い返したのです。」

 ソフィアがつぶやいた。 

「それでまた悪政が始まったというわけね。せっかく宰相さんが頑張ったのに。」

「ええ、その通りです。悪政を戻すというのは、白紙から始める治世よりもよほど骨が折れる。それをしていた人が倒されたということです。」

「ひどい話ね。」

「ええ。しかし、第二皇子の話はさらにひどい話になります。」

 その前振りにソフィアが唾を飲んだ。サイラスは後を続けた。

「第二皇子の母親は、もともと宰相の恋人でした。ですが、二人の仲は前帝に引き裂かれ、彼女は帝の側室にされてしまった。ですから、クーデターの後、宰相は元恋人である第二皇子の母親と結婚しています。」

「ん?ちょっと待って。なんか今、ややこしい話が出たね?」

「第二皇子は前帝の子どもだろう?父親を滅した男と母親が結婚って……。」

 ソフィアが気になることを聞いた。

「ねえ。クーデターの時、第二皇子はどちらの味方をしたの?」

「クーデターの立役者は第二皇子です。そもそも、第二皇子がいなければ、現帝のクーデターは失敗していたはずです。」

「じゃあ、第二皇子は元宰相と確執があったのね?」

「いえ。元宰相は、血のつながらない第二皇子のことを自分の息子として大事にしていました。新しく生まれた自分の子と分け隔てなく。」

「だったら、どうして。第二皇子はどうして義理とは言え、自分のお父さんをやっつけるのを手伝ったの?」

「それは、第二皇子が、実の父親について無知だったからです。母親も義理の父も、誰も実の父親の悪逆非道ぶりについて語ることはしなかった。きっと彼を傷つけたくなかったのでしょう。それで、唯一父親について語ったのが、年の離れた義兄である第一皇子……現帝です。現帝が、実の父親を理想の君主として語り、宰相を『帝の側室を手に入れるために君主を陥れた悪玉』として語り続けた。その結果、彼は現帝に味方し、それでクーデターは成功したのです。」

「ひどい……。」

「小国キュロスがアステッドに攻め滅ぼされたのは記憶に新しいですね?あの時も、現帝は、最初に第二皇子を向かわせて、情報を操作してから攻め入ったと聞いています。」

「え。何それ。第二皇子、やばいじゃないの。」

「そんな奴がこの学園に転入?」

「目的は?」

 みんなの目がサイラスに集まる。

 サイラスは拳を顎に当てて少しの間考えた。それから真っ直ぐに王子を見た。

「第二皇子の目的は……ステファン王子、あなただと思います。」

 アレックスが口を開いた。

「王子が目的って?どういうことだ?」

 サイラスは、ひとつ頷いて、簡単に話した。

「小国キュロスが滅びる前の第二皇子の行動がそれだったからです。」

 第二皇子は、滅ぼすと決めた国に留学という名目で渡り、そこの王太子を言葉巧みに操り、戦争でアステッドが有利になるよう働いたという。

「だから、我が国も、王子が狙われると思います。」

 王子は、冷静な目で尋ねた。

「具体的には?」

「あなたが今すぐに王権を欲しくなるような甘言を吐くでしょうね。」

「私は王権など欲していない。」

「ですから、欲しくなるような、ですよ。」

 サイラスが意地悪く笑った。

「例えば。クロエをあなた以外の人と結婚させるという王命が出たら?どうです?欲しくなりませんか、王権?」

 ソフィアは、のんきに、「ああ、なるほど。」と言った。

「ああ、なるほど。そういう心理戦に持ち込まれるってわけね。そりゃあ、こんな純粋な王子様には太刀打ちできないわ。」

「ソフィア嬢。君は本当に失礼だね。」

「まあ、慣れてよ。ほら、私、元平民だから。」

 アレックスはソフィアと王子の会話に驚いた。

「ええ?なんかすご~く仲良くなってるね?」

 すぐさま王子が否定した。

「仲は良くない。」

 王子は不満そうだが、ソフィアは笑っている。本当に仲が良さそうだ。

「ふ~ん。」

 アレックスが、楽しそうに笑ってサイラスを見た。

「ねえ、これ、使えない?」

 サイラスもニッと笑った。

「なかなかいいアイディアだと思うよ。」

「じゃあ、決まり!」

 二人の間で何かが決まったらしい。

「今、何が決まったの?」

 サイラスは「作戦です。」と言った。

「とても理にかなった作戦ですよ。」

 王子は「嫌な予感がする。」とつぶやいた。

「王子の弱点は、クロエです。」

「そうそう。クロエが好きすぎるから。」

 王子は真っ赤になって、「それはお前たちもじゃないか。」と責めた。

「ええ、私たちも狙っています。」

「うん、まだ勝負はついてないんだ、クロエがまだ誰のことも選んでないからね。」

「……クロエは私の婚約者だ。」

「クロエは、婚約は破棄されると思ってるよ?」

 アレックスに痛いところを突かれて、王子は黙ってしまった。

「まあまあ、ちょっと説明させてよ。つまりさ、王子がクロエを好きだってことが第二皇子に知られるのは良くないだろう?クロエの存在を開戦の理由に使われたり、もっと悪い場合は……クロエ、殺される可能性だってあるんだ。」

 アレックスの表情は明るいままだが、その言葉に底知れない違う何かが表れている。

 アレックスの言葉をサイラスが引き継いだ。

「そう。どちらにしても、王子の溺愛が向いている少女なんて、アステッド帝国が狙わないわけがないでしょう?」

 王子はもう嫌な予感しかしなかったが、一応聞いてみた。

「……つまり?」

「つまり、王子とクロエは政略婚約で、実際には王子はクロエを疎ましく思っていると思わせるのです。」

「はあ?!」

 王子は全力でそう言ったけれど。

「ちょうどいい展開になってますしね。」

とサイラスがソフィアを見たので、もう理解しないわけにはいかなかった。

「今、ダンスを教えるという口実で、王子は真実の愛を育んでいる最中というわけですよ。」

 王子は悔しそうに言った。

「……サイラス。ずいぶん楽しそうじゃないか。」

「そりゃあ、楽しいですよ。七歳で、思い人を婚約って形で奪われたんですから。いやあ、楽しい楽しい。ねえ、アレックス?」

「本当、楽しいねえ。ああ、これで、クロエは王子から解放されるから……あれ?俺の出番かな?」

 二人とも楽しそうだ。ソフィアがほほ笑んだ。

「へえ。王子と側近というから、もっと堅苦しい間柄かと思ってたけど、ずいぶん気易い感じなんだねえ。」

「そりゃあ……。」

 アレックスが、ふと考えた。

「ああ、そうかも。」

 昔のことを思い出したのだ。

「クロエが未来を語ってくれなかったら、多分、俺は今頃、笑ったりできない人形みたいな生活をしていたと思う。もちろん、王子とこうやって腹を割って話したりもできなかった。」

 サイラスも頷いた。

「私もだ。あの時、クロエが叱ってくれなかったら、私は自分のことだけでうじうじとして、王子のことまで考えたりできなかっただろう。」

 王子も頷いた。

「私も、クロエがいなかったら、ただただつまらない毎日を過ごしていただけだったと思う。それに……。」

 王子は、サイラスとアレックスを見た。

「クロエが誘拐された事件、あの後から、私は独自に各国に人をやって情報を集めている。どうやら、サイラス、アレックス、君たちもやっているね?特にサイラス。さっきの情報は、ちょっと詳しすぎはしないかい?」

「ばれましたか。」

 サイラスは悪びれる様子もなく笑った。

「クロエが黒幕を知りたいと騎士団長に縋りついた時から、絶対に私が解決すると決めていたんですよ。」

「あ~。俺もだ。」

 アレックスも笑った。

 ソフィアはあることに気付いた。

「ねえ。それ、もう未来が変わってない?」

 三人がソフィアを見た。

「だって、クロエ様が話した未来を聞いて、三人とも行動を変えて、未来が変わってるよね?」

「確かに。」

「……未来は変えられるって証明が、もう済んでいるということですね。」

「そうだね、私たちは変えられる。」

「うん。頑張るとするか、クロエの願う未来のために。」

 王子も今は観念して、クロエを守るための作戦決行に乗り出した。



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