24、《15歳》ヒロインと王子、悪役令嬢の知る未来を考える②
「まあ、王子。まずは落ち着こうか。」
そう言って、ソフィアは持ってきていた水筒のお茶を王子にいれてあげた。そして、自分は水筒本体をガッと傾けて、飲み始めた。
王子はゆっくりと話し始めた。
「さっきのボンオドリ、ずいぶん前に見たことがあるんだ。」
それは八年前の『王子のお茶会』のことだった。
「気付いたらクロエの姿が見えなくて探し回ったら、クロエが庭園から一人で戻るのが見えて。一体誰と何をしていたのか気になって彼女の来た方向に行ってみたんだ。そしたら君がこの踊りを踊っていた……ユーリを相手に。」
「あ、それ。その時よ。お茶会の時。その時初めてユーリと会ったんだけど、いきなり『ヒロイン?』とか『おれ、テンセイしたのか?』とか、一人でブツブツ言い始めて。面倒くさそうだから帰ろうとしたのよね。そしたら、『君と王子がくっつかないと世界が終わる』とか『戦争が~』とか言い出して、無理矢理、お茶会会場に連れていかれるところだったわ。」
「君、行かなかったよね。」
「うん。行く必要なかったからね。」
ソフィアはあっけらかんと答えた。
「それより王子、あの時私を見てたんなら、『あの女の子は誰だ』とか聞いたりしなかったの?」
王子は気まずそうにうつむいた。
「あの時は、二年もかかったクロエとの婚約をようやく国王に認められた時で。次はクロエの父親に認めてもらおうという段階だったから、その……ユーリに釘を刺したくて……君を利用した。」
「利用って?」
「……ユーリが嫉妬して君を意識するようにと思って……ユーリに、踊る君を見て気に入ったから妃候補にしようと思うって話した。」
「ほえ~。思い切った嘘をついたね!こんだけクロエ様に執着してるのに!」
「うん。必死だったからね。」
「それで?ユーリは?私を妃にって話に賛成したってわけ?」
「口では良いとかなんとか言ったけど、明らかに動揺していたよ。きっと君のことが好きになったんだと、その時私は嬉しかったんだ。」
王子は恥ずかしさに顔を赤らめて目線をそらした。
王子のそんな表情は意外だった。
「お。正直な王子、かわいいねぇ。」
距離はあったが、空中でソフィアが王子の頭を撫でる動作をした。
「まあ、ユーリが当時、私に惚れたかどうかは心底どうでもいいけどね。」
「ユーリの気持ちが心底どうでもいいって。」
王子は苦笑したけれど、それからにやりと笑って言った。
「……うん、でも、いい気味だ。」
「そうでしょ、そうでしょ。」
王子は照れ隠しみたいに
「君といると調子が狂うな。」
と小さくつぶやき、それからひとつうなずいた。
「うん、そうだね。ユーリが君に話したことはきっと本当だと思う。そう考えれば、今クロエが私と君をくっつけようとしている理由も分かる。世界のためだ。彼女らしい。世界のためだから、婚約者の私を君とくっつけなければならなくて仕方なくそうしてる。」
「そうそう。その調子その調子。」
ソフィアはこの短時間で、ずいぶん王子が気にいった。
最初、入学式で出会った時は、気さくで話しやすいから貴族だけど友達になれるのではと期待した。その後すぐにその人が王子様だと知って、「不敬で処刑?」と青ざめた。その後は、ずいぶんと皆に好かれる完璧王子だと知って、興味を失った。
けれども、実際の彼はどうだ。好きな人に振り向いてもらえてないのに、彼女のために何かしたいと考えている、ずいぶんいじらしい男ではないか。
――うん、完璧王子だと思ってたけど、なんだかかわいい。
それに、これだけ一途にクロエのことを好いているなら、クロエにとっても悪い相手ではないだろう。
――これはぜひ、応援しよう!
ソフィアは王子の恋を応援しようと心に決めた。
「ねえ、王子。作戦を練ろう。クロエ様が王子に振り向くように。」
◆◆◆
二人には作戦を練る時間がたっぷりあった。何せ、公認のダンス指導が朝夕開かれるのだ。
さらに、ダンス指導の時間以外も一緒にいようとソフィアが提案した。
「押してダメなら引いてみろ作戦よ。ヤキモチやかせるのよ!」
ソフィアはふふんと偉そうに言った。
「入学からずっと、『クロエ様大好きアピール』があふれてたでしょ。あれだけ押しまくったんだから、今度は一度引いてみるのよ。」
「……それは嫌だな。」
「え。どうして。」
王子はそもそもなぜ「大好きアピール」を始めたのかを話した。
「クロエは、私が彼女を好きなわけではないと思っているんだ。」
「……ハイ?」
話は七歳の時に遡った。
「ずいぶん昔に遡るね?」
王子は恥ずかしそうに過去の失敗を語った。
「婚約の話がソーデライド公爵に届いた直後、クロエが一人で城に来たんだ。」
「うん。」
「クロエは、学園に行く年になれば私に思い人ができるはずだから今自分と婚約するべきではないと言った。」
「ああ、未来を知ってるからそう言ったんでしょうね。それで、王子は何を言ったの?」
「クロエが外交官の娘で、他国の言語にも通じていることを挙げて……未来の王妃に一番ふさわしいと……言った。」
「ん?」
「他家の娘に比べて、王子の隣りにふさわしいのは誰かって……聞いた。」
「んん??」
「クロエが答えられなかったから、この婚約話は進めていいねと言った。はい以外の返事は認めない質問だった。」
「んんん??? 」
「……私はクロエに好きだと言ったことがない。」
「ええええっ?!」
驚きすぎて、ソフィアは二の句がつなげなくなっている。
王子は続けた。
「クロエはよく『政略婚約だから』と言うんだ。条件だけで自分が選ばれたと思っているから。そもそも、私の希望で叶った婚約だと思っていないんだ。親の……国王の命令に私が仕方なく従ってると思ってる。」
「……王子、何をしてるんだね、君は。」
ソフィアは見事な倒置法で王子をジトッと見た。
王子は負けずに続けた。
「だから、学園に入ったら、毎日クロエを大切にして、徐々に思いを言葉にしていこうと、……そう思っていたんだ。」
「いや、言葉は最初が良かったね?」
ソフィアの正論は王子に刺さるが、
「ともかく、押してダメなら作戦は、そもそも押せてないからダメだ。」
と食い下がった。
ソフィアは少し考えたけれど、ひとつため息をついた。
「ん~。でも、もうこの作戦は始まっていると思うよ?そもそもこのダンス指導が、王子とクロエの結婚の邪魔にしかならない話なのに実現しちゃってるところから、もう戻れない話なんだよ。」
それは、王子にも分かる。だから、ソーデライド公爵の脅しにも乗りたくなかったのだ。
「多分、すぐに私と王子の噂話が立つでしょうね。それも含めてのこの話、なのでは?」
「その通りだ。」
「あ、もしかして、私が貴族にいじめられないように?」
「そう言っていた。」
「私はそういうの平気なんだけどなあ。」
実際、ソフィアがヨーク家の誘いに乗って養女になってまでこの学園に来たのは、中央政府の高官になるためだ。
――この世界は、前世とは違って、公務員の方が給料もいいし、いろいろ有利だもの。
そういう目的があるので、平民であることへの嫌味や意地悪などあまり気にならない。
――いつか高官になった時にへこへこするのはそっちだぞ。
とか思うので、悔しくもない。
「しっかし、そう考えると、このダンス指導って話、よく考えられているね!惚れ惚れしちゃう。でも、これをクロエ様が考え付くとは思えないなあ。苦手そう。」
「多分、アーヴィンの発案だろう。」
「ああ、若き伯爵って人ね。クロエ様の侍従なんでしょう?そんな切れ者なんだ?」
「なんなら、ソーデライド公爵がクロエと結婚させるために伯爵の位を譲ったのではないかって……私は疑ってる。」
「そんなに?あ、そうか。それならますます納得。私と王子がくっついた後、自分がクロエ様と結婚してソーデライド公爵になれるわけだし。このダンス指導は外堀りを埋めるのに最適解ね。」
さらに、「ソーデライド公爵も認めてるなら、なおさらね」と続けたから、ますます王子は落ち込んだ。
ソフィアは、「まあまあ。」と慰めた。
「まあまあ。まだ、負けと決まったわけじゃない。それに、忘れてはダメよ、王子。君はクロエ様の婚約者。それはまだ覆ってない。それが覆らない限り、その侍従に負けることはないわ。」
「うん。私は婚約は絶対に解消しない。たとえ、クロエが解消したいと言っても、……誰か好きな人が出来たと言っても……無理だ。できない。」
王子がうつむいた。
好きな人が出来たと言われても、というところがやるせない。
王子だって、他に好きな人がいる女と結婚していいことなんかないだろうにとソフィアは同情する。王子の恋の病は重傷のようだ。
「まあ、一番知りたいのは、未来を知っているクロエ様とユーリが、なぜ、そろって私と王子をくっつけたがるのかってところね。」
「私たちが結ばれないと、世界が壊れるっていうのは、一体何が起こると言うのだろう。……ユーリに聞いてみるのが早いか。」
「ユーリは答えないわよ。」
「え?」
「入学式で再会した時にもう聞いた。めちゃくちゃ動揺しながら『何のこと?』ってシラをきってたわよ。」
「知っていることを隠したいってわけか。」
「でしょうね。あの感じだと、下手につついても本当のことは言わなさそう。こっちで考えないと。」
二人でしばらく考えていたが。
ソフィアが先に音をあげた。
「いや、こういうの、得意じゃないのよ。ねえ、王子。王子なんだから、考えるのが得意な人材に心当たりあるでしょ?その中で、王子が王子の心の中を話すことが出来るくらい信頼できる人はいる?」
王子は、すぐに答えた。
「サイラスとアレックス。」
「ああ、いつも側にいる側近ね。」
「あの二人は信用できる。それに、二人とも切れ者だ。」
二人に対する信頼は大きいらしい。
「では、その二人を呼びましょう。」
ソフィアは言った。




